第百五話 勇者であるという事
【勇者ルーリ】
「何とか、間に合ったみたい」
ソニアが、サキコちゃんからの電話を切ってそう答えた。
「よかった……」
私はそっと息を吐き出す。
ずっと膝の上で握りしめていた手を、グッパーして強張りをほぐした。
最初、学校で追われているって彼女からメッセージが来た時は、どうなることかと思った。
しかも、ヤマさんたち『学校班』は渋滞にハマって、まだ学校にたどり着いてすらいないと聞いた時には、目の前が真っ暗になった。
もう本当に、すぐにでもここから飛び降りて、学校組に合流したかったくらいだった。
「だから、大丈夫だって言ったろ」
ガースさんが、窮屈そうな椅子の中で巨体を縮こまらせ、にっこりと微笑む。
今回はガースさんに、指南役として加わってもらった。
もちろん、お願いしたのは私からだ。
ガースさんは「俺が入っても邪魔なだけだろ?」なんて謙遜していたけれど。
やっぱり、本当の土壇場で試される底力。それだけは、経験の浅い私たちでは決して越えられない一線がある。
さっきだって、そうだ。
サキコちゃんのピンチが伝えられた時、学校班は渋滞で助けに行けない状態にあった。
私は叫んでいた。
「私たちで助けに行きましょう! 今ならまだ間に合います!」
そんな私を諫めたのが、ガースさんだった。
「間に合うって、何にだ?」
「だから、サキコちゃんを助けに!」
「サキコは勇者パーティのメンバーだろ?」
きっぱりと言い切るガースさん。
そうだ。でも、だからってピンチなのは変わりないじゃない。
「それに、うちのシンたちだって向かってる」
「でも、渋滞で動けないって……」
「そうだな。もしかしたら、間に合わないかもしれない」
「だったら!」
「それでもだ。あいつらだって、指をくわえて待ってるだけじゃないだろう?」
ガースさんは、静かに、しかし力強く言った。
「そもそも今回、二チームに分担して攻略すると決めた時点で、こんなことは想定内のはずだ。それでもなお、分担しようと決めた。なら、今俺たちがすべきことは、預かった目的を果たすために全力で取り組むことだ」
「でも……」
言っていることは理解できる。
理解はできるけれど、そこは臨機応変に対応すべきだと思う。
仲間の命がかかっているのだから。
ガースさんと私の言い合いに、和泉ちゃんはハラハラした顔を浮かべる。
一方で九頭竜さんは目を瞑り、じっと考え込んでいるようだった。
ソニアも心配そうに私を見ているけれど、口を挟んではこない。
ガースさんが、大きなため息をつく。
「シンが襲われた時、陰から誰かが助けてくれたと言っていたな」
「そう聞いてます」
彼の問いに、私は頷いた。
「俺にはまだよくわからんが、今回の件にはいろいろな思惑が絡み合い、俺たちが未だ知らない勢力がせめぎ合って蠢いている気がする。実際、あのジイジさんだってそうだろ?」
ガースさんは、私をリラックスさせようとしてくれているのだろう。
少し口角を上げて話した。
「こういう時には、どっしり構えて、周りを見てなくちゃいけない。俺だって、言うほど楽観主義じゃねぇ。もしかしたら、その結果、サキコに不幸が訪れるかもしれない……」
一拍置いて、彼は続ける。
「でもな、まだ彼女は諦めていないし、シンたちだってそうだろう?」
私は、ぎこちなく頷いた。
「もし、ルーリが俺らと同じ『いち、パーティメンバー』なら、飛び出していってもいい。だけどな……お前は『勇者』だ。どんな時でも、仲間を信じて、まっすぐ前を向いていなくちゃいけない」
そう言って、ガースさんはくしゃりと顔を崩した。
「辛いよな。ごめん、きついこと言って。でも……だからこそ、俺たちは『勇者』のために命を懸けるんだ。それだけは、知っておいてくれ」
彼のまっすぐな視線に、私はただただ頷くことしかできなかった。
迷いが消えたわけじゃない。
けれど、私がここで立ち止まっていい理由にはならない。
私は前を向き直り、心配そうにこちらを見ていた後藤さんに伝える。
「ごめんなさい。このまま進みましょう」
後藤さんは無言で頷き、操縦桿を倒した。
現在、私たちは後藤さんの操縦するヘリコプターに乗り込み、千葉の北部にある『シルベ』のデータセンターへ向かっていた。
再び、フロントガラスの向こうへ視線を向ける。
雲ひとつない青空が広がり、その均一な青が、世界を静かに覆っている。
その下で、田園風景から切り離されたように、巨大なビルがそびえ立っていた。
『シルベ』が管理されているデータセンターだ。
ガラスの外壁は空を正確に写し取り、輪郭が溶けるほど滑らかだった。
隣には、真っ白な箱型の建物がいくつも並んでいる。
影の角度まで揃った、揺らぎのない白。
以前、アナウスがいた会社の工場にも似ている。
それなのに、どこか決定的に異質で、硬質だった。
「まっすぐ前を向く……か」
私は独り言のように呟き、その建物を見据える。
頭の中に、昨日の話し合いの内容が蘇ってきた。
分かったことは二つ。
サキコちゃんの学校で行われていた、オカルトめいた実験。
そして、最近話題の『シルベ』が、そこに深く関わっているということ。
そこで私たちは、二チームに分かれて調査を行うことになった。
一つは学校に潜入し、状況を打破する『学校班』。
そしてもう一つは、『シルベ』の発信元を直接叩く『データセンター班』。
『シルベ』の運営との接触については、ジイジが段取りしてくれた。
「実は、『シルベ』については、わが社のM&Aセクションで買収を検討していた経緯がありましてね。その際にお会いした、開発チームのリーダーとのパイプがございます。私の方で調整してみましょう」
ジイジの提案により、ネット事情に疎い異世界メンバーよりは、私たち現代っ子の方が話が早いだろうということで、その開発者に直接会うことになったのだ。
考えてみれば、あの時からすでに、結末は見えていたのかもしれない。
これから私たちが突きつけられる真実が──
私たち『勇者パーティ』の存在意義すら、根底から揺るがしかねないことを。




