表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/131

第百三話 遅刻ヒーロー


【須藤香苗】


 真っ赤に燃える、一振りの剣。


 実際に燃えているのか、それともそう見えるだけの何かなのかはわからない。

 けれど、その剣は間違いなく重厚な鉄の扉を突き抜け、堅牢な金属を軽々と切り裂いた。


 爆音と共に、そこから颯爽と現れた男性は──。


 ……正直に言えば、見た目はちょっとアレだった。

 けれど、その瞬間の私には、神様か何かにしか見えなかった。


 彼は迷うことなく、かつて「木下」だったものを無造作に蹴り飛ばす。

 その光景を見て、私はようやく、肺の奥に溜まっていた泥のような息を吐き出した。


 ──と、その時。


 私のすぐ傍らで、耳障りなうめき声が上がった。


 剥き出しの歯をガチガチと鳴らし、こちらに覆いかぶさろうとする「先生」だったもの。

 濁った瞳が、私の喉元を正確に捉えている。


 ──あ、ヤバい。


 不思議と、妙に冷めた気持ちで、その光景を眺めている自分がいた。

 サキコちゃんと、さっきの男性は、こちらに気づいていない。


 あと数センチ。あと一秒。


 私は、このまま食い殺される。


 ──そうだね。結局、そうなるんだ。

 私はゆっくりと、抗うのをやめて目を閉じた。


「ちょっと、ジャマ」


 不意に、場違いなほど透き通った声が響いた。


 現れたのは、見惚れるほどの美人だった。

 黒いスーツを完璧に着こなしている。

 ……けれど、なぜかカメラを手に、『只今撮影中』と書かれた白いヘルメットをかぶっている。


 彼女はカメラを片手に構えたまま、その長い足で「先生」だったものを容赦なく蹴り飛ばした。


 その衝撃で、ようやくサキコちゃんと男性がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってくる。


「ごめん! 大丈夫だった!?」


 サキコちゃんが、泣きそうな顔で私の安否を確かめる。


 その手を掴まれた瞬間、氷が解けるように、張り詰めていた体が一気に震え出した。

 サキコちゃんは、そんな私をぎゅっと抱きしめる。


「もう大丈夫。大丈夫だからね」


 その体温に触れて、ようやく現実が追いついた。


「で、グールたちは、あの魔法陣から現れたんだね」


 男性が、私とサキコちゃんを交互に見て言った。


 正直、最初は見た目に難ありかと思っていた。

 でも、こうして必死に駆け寄ってきてくれる様子を見ると、その印象は少しずつ変わっていく。


 ──案外、優しい人なのかもしれない。


 その男性──三十代後半くらいだろうか。

 私の視線に気づき、少し照れたように、はにかんだ微笑みを浮かべる。


 ……なぜだか、目が離せなかった。


 ぼんやりと見つめてしまっていた私は、「そうだよね!」と繰り返すサキコちゃんの声で我に返り、慌てて頷いた。


 男性は、さきほど私を救ってくれた美人に問いかける。


「あの魔法陣を壊せば、彼らは元に戻るとか……」

「ないわね」

「リラに頼めば、聖属性魔法で……」

「それも無理」


 短い否定が、淡々と積み重なっていく。

 その一つひとつが、わずかな希望を確実に削り取っていくみたいだった。


「アンジュさん! あの二人、実は……」

 サキコちゃんが、耐えきれないように声を上げる。


「うん。行方不明になってた被害者でしょ?」


 彼女は静かに首を振った。


「可哀想だけど、一度グール化した人は、元に戻せないの」


 きっと、優しい人なのだろう。

 アンジュと呼ばれたその女性は顔を伏せ、小さく「ごめんね」と呟いた。


 男性は「やっぱりか」と低く呟く。


 そして、再び私たちのほうへ──。

 よろよろと歩み寄ってくる「足音」を、私たちは黙って見つめるしかなかった。


 フゥ、と短く息を吐き、男性は一歩前に出て剣を握り直した。


 心配そうに、サキコちゃんが男性の背中へ「ヤマさん……」と声をかける。

 それは、化け物になってしまった二人を憐れむというよりも、これからそれに向かおうとする彼自身を案じているようだった。


 男性──ヤマさんと呼ばれた彼は、手にした燃える剣へ、まるでそれが言葉を理解できるかのように語りかける。


「マグナフォルテ……悪いけど、頼むよ」


 その瞬間、剣を包んでいた血のような真っ赤な炎が、静かに色を変えた。

 青白く、澄んだ光へと。


 私の隣でカメラを構えていた美人が、「ほー、いつの間に」と小さく呟く。


 それまで、ただ漠然と私たちを追いかけていただけの二人だったものが、今はまるで、その青白い光に引き寄せられるかのように歩み寄ってくる。


「ごめん」


 ヤマさんは、小さく、けれどはっきりとした声で言った。


「君たちが悪いわけじゃない。ただ、このままだと……君たち自身が、傷つき続けることになる」


 その背後には、すでに手を伸ばせば届く距離まで、「先生」だったものが迫っていた。


 ヤマさんは、それを最初からわかっていたかのように、迷いなく身を翻す。

 くるりと回転しながら剣を振り抜き、返す刀で、その胴を貫いた。


 次の瞬間、マグナフォルテを中心に、青白い炎が一気に噴き上がる。


 それはまるで、邪気を洗い流すかのように。

 心臓から腕へ、腕から指先へと、蒼い炎が静かに、しかし確実に燃え広がっていく。


 ──悲鳴は、なかった。


 そして、その背後から、今度は「木下」だったものが襲いかかる。


 ヤマさんは再び振り向き、ためらいなく剣を突き入れた。

 その体もまた、同じ青い炎に包まれていく。


 やがて二人は、灰すら残さず、夜の空気に溶けるように消えていった。


 ヤマさんが、ゆっくりと振り返る。


「……終わったよ」


 そう言って、私たちに微笑みかけた。


 けれど、その表情は。

 なぜか──泣いているようにも、見えた。




新年あけましておめでとうございます。


新年一話目から、わりと容赦のない展開で始まってしまいました。

でも安心してください。

今年もこの物語は、ちゃんと笑えます。たぶん。きっと。


重かったり、怖かったり、時々どうしようもなくなったりしながらも、

それでも一歩ずつ前に進む人たちの話を、

読んでくださる皆さんと一緒に、今年も追いかけていけたら嬉しいです。


寒い日が続きますので、どうかご自愛くださいね。

本年もどうぞよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ