第百一話 デッドライン・ハイウェイ
【山川新次郎】
俺たちは今、第三京浜を抜け、環状線を北上していた。
車内にはリラ、シュシュ、そしてキリ。
助手席にはアンジュがふんぞり返っている。
車はジイジが用意してくれたものだが、あいにく俺たちは今、最悪な渋滞の渦中にいた。
目的地は、サキコちゃんの通う学校だ。
「まーだかなー。これさー、いつ着くのよ?」
さっきから、助手席の女神様がうるさい。
「あんまりゆっくりしてると、サキコちゃんが危ないんだからねー」
「あと少しで着くはずです。ほら、カーナビだとあと十分……」
「そうですよ! アンジュは運転できないくせに、さっきからシンをいじめすぎです!」
後部座席からリラが援護してくれるが、焦っている俺には、それさえプレッシャーになる。
「まあねー。そもそも出発が遅れたのは、アンジュの寝坊が原因だしねー」
シュシュが冷ややかな追撃を加える。
その肩の上では、キリが呑気にすやすやと眠りこけていた。
旗色が悪くなったアンジュが、肩をすぼめてひらひらと手を振る。
「ハイハイ、わるーござんした。あーあ、その十分がさー、生死の分かれ目にならなきゃいいけどねー」
──なんつー不吉なことを!
気持ちは焦るばかりだ。
実際、さっきからサキコちゃんとの連絡が途絶えている。
ハンドルを握る手は、嫌な汗でびっしょりだった。
クソッ!
やっぱり彼女の単独行動を許すべきじゃなかった!
今更ながら、後悔の念が胸を締め付ける。
俺は、昨日の話し合いを思い出していた。
▽▽▽
「……ただし、わかっていることも、この程度しかございません」
ジイジは深く首を垂れた。
東龍院家の懐刀たる男が、これほどまでに恐縮するとは。
「実際に何が進行しているのか。誰が、何の目的でこんなことをしているのか。
すべてが、まだ闇の中でございます」
俺は、思いつくまま言葉にした。
「でも、実際にグールにされた人がいるんです。これを普通の出来事で片付けるわけにはいかない」
一呼吸置き、続ける。
「それに、調査結果を待っている間に、被害がさらに拡大する恐れだってある」
ルーリが力強く頷いた。
「ヤマさんの言う通りです。
そこに悪意があることはわかっている。だったら、方法が分からないからといって、手をこまねいているなんておかしい」
そして、きっぱりと言い切る。
「僕らは警察じゃない。動くために、法律なんていらないんだよ」
一見すると危うい発言だが、
「正義の名の下に動く」ルーリの姿勢を知っている俺たちには、頼もしかった。
と、その時。
再び皆のスマホが、ピコン、ピコンと奇妙に揃った音を立てた。
「あたし!? あたし、何もしてないわよ!!」
アンジュが慌てて否定する。
仕方なくスマホに目を遣ると、不気味な通知が表示されていた。
画面いっぱいに踊る『緊急速報』という禍々しい赤文字。
その下には──
グール化した真田正樹。
そして、須藤香苗とハルカと呼ばれる人物に起きた、この一週間の出来事が、詳細に記されていた。
「なんだ、これ……?」
九頭竜さんが低く呟く。
「まるで、今俺たちが話していたことを盗み聞きして、それを答えてるみたいじゃないか」
ジイジのスマホにも届いたらしく、彼は驚愕に目を見開いていた。
「私のスマホは特殊なセキュリティ設定を施しており、部外者から連絡が入るはずはないのです。なのに……」
和泉さんは画面を読み、眉をひそめて呟く。
「この須藤っていう子が、関係者っぽいですね。
彼女の行動を軸にして、経緯が書かれています」
「本人……あるいは、その端末を操作している誰かか」
九頭竜さんが鋭く指摘する。
サキコちゃんは、ゆっくりと首を振った。
「須藤さんもクラスメイトですが、スマホに詳しいタイプには見えませんでした。別の人間が介在している気がします……もしかして、『シルベ』のAI?」
「それなら『シルベ』自体が連絡してくるはずです。皆様のスマホは、既に紐付けられているのですから」とジイジ。
「でも……なんだか、人間が書いたものじゃないみたい」
ルーリが、ぽつりと呟く。
「どうしてそう思うんだ?」
「大した理由じゃないんですけど……情報が細かすぎるというか、フラットすぎるんです」
彼女は言葉を選びながら続けた。
「人の場合、言いたいことと言いたくないことで熱量がバラバラになる。
でも、このテキストは、すべての情報が同じ『正確さ』で並べられている気がして」
──出た、人間AIチェッカー。
ルーリの直感は侮れない。
「おっしゃることは分かります。
とにかく、うちの技術班と強襲班に連絡し、再調査させましょう」
ジイジが即答する。
……さらっと言ったが、技術班に強襲班って何だ。
やっぱりこの人、ただの隠居じいさんじゃない。
「しかし、参りましたな。こうなると、学校と『シルベ』の両面から、調査を並行する必要がありそうです」
珍しく額を押さえるジイジ。
そこでアンジュが一喝した。
「急がば回れ、でしょ!
だったら、明日すぐ二手に分かれて調査すればいいだけじゃん!」
なぜかケーキフォークをくるくる回し、したり顔。
──相変わらず、言葉の使い方が間違ってるが。
「そうですね。お姉様の言う通りです」
サキコちゃんが、ぎゅっと拳を握る。
「私、明日さっそく調べてみます」
▽▽▽
──そして、今日に至る。
すぐにでも調査をしたいというサキコちゃんは、朝早くに一人で学校へ向かった。
「無茶しちゃダメだよ」と俺が言うと、
「もちろん」と、笑顔で返してきた。
俺たち「学校班」は、寝ぼけたアンジュを半ば強引に車へ放り込み、出発。
そして今。
絶賛、渋滞中というわけだ。
「あ、サキコちゃんからだ!」
リラがスマホを差し出す。
『ただいま、須藤さんと逃亡中。学校中の生徒に追われています』
……ヤバすぎる。
学校まで、あと十分。
いや、本当に十分で着けるのか!?
俺が焦る一方で、後部座席では「あーでもない、こーでもない」と勝手な推測が飛び交い、妙に盛り上がっていた。
と、その時だ。
運転席側のドアウィンドウを、コツコツと叩く音。
見覚えのない男が、車内を覗き込んでいる。
いや──見覚えはないが……この雰囲気。
俺は警戒しながらウィンドウを下げた。
「そこの角を曲がって、二つ目の交差点を過ぎたところに学校がある。車じゃ、この渋滞だ。ここからは走ったほうが早い」
男は、クイッと手招きをする。
「あんた誰よ?」
アンジュが即座に噛みついた。
「私は鏡。鏡太洋だ。……聞いていないか?」
聞いてる。
ルーリを助けた、あの鏡太洋だ。
「どっかで見た顔だと思ったら、ゲコ室長の弟さんじゃない!」
失礼極まりない一言にも、彼は眉一つ動かさず続ける。
「急がないと、取り返しがつかないことになる。
車は、こっちの人間が引き受けた。……さあ、行こう」
俺たちは一瞬だけ目を合わせ、彼を信じると決めた。
車を降り、彼と並んでアスファルトを蹴る。
「……もしかして、あの夜も、あんたが?」
ふと尋ねると、彼は一瞬だけニッと笑い、すぐに真顔へ戻った。
「あの夜は、まだ終わっちゃいないよ。
さあ、急ごう!」
鏡が先頭を走り、俺たちは必死にその背中を追った。
渋滞で動けない車列を縫うように、歩道を駆け抜ける。
息が上がる。
だが、止まれない。
サキコちゃんが──
いや、須藤という女子生徒も、危険に晒されている。
学校が見えてきた。
その瞬間、校舎の窓から、何かが飛び出した。
いや──誰かが、落ちた。
俺の心臓が、凍りついた。




