表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

第一話 消えたい秋の空

新連載!本日、二話同時公開です。楽しんでいただければ嬉しいです。


 どこまでも高く澄み渡る秋の青空が、やけに目に染みる。


 代々木公園の奥まったベンチ。トイレのそばで、人通りも少ない。

 会社を飛び出してから、もう一時間はこうして空を眺めている。

 

 冷たい風が汗の引いた首筋を撫でていく。

 四十に手が届こうというおっさんが、平日の昼間から何をやっているのか。そう思うと、澄み切った青空の色がじわりと滲んだ。

 

 空を眺めていれば嫌なことも忘れられる──なんて、嘘だ。忘れられるものか。


 頭の中に、聞きたくもなかった声が何度も反響する。


 会社に入って十数年。なのに、いまだミスばかり。情けなさすぎる。


 うちの会社は給料は安いが、決してブラックじゃない。ほんとに「普通の会社」だ。


 ダメなのは、俺の方だ。


 やる気を出せば空回りし、気を抜けばミスをする。もはや周りが気を使ってくれるのが、かえって辛い。


「山川さん、ファイトです!」

「大丈夫っすよ、俺フォローするんで!」


 後輩たちの励ましが、今は刃物みたいに突き刺さる。

 だって俺は──彼らの本音を聞いてしまったからだ。


 年のせいか最近増えたトイレ休憩。その帰り、給湯室で耳にした会話。


「加藤さん、あのおっさん何とかしてよ。仕事できないうえに邪魔までするなんて最悪だろ」

「高坂君だって昨日のアポ、遅刻してたでしょ。……まあ、山川さんのフォローに回されるよりはマシだけど」

「キッツー。加藤さん、可愛い顔して言うことエグいわ」


 ……あの瞬間、血の気が引いて頭が真っ白になった。


 気がつけば、会社を飛び出していた。

 そして一時間。俺はここで空を眺めている。


 学生時代は夢があった。なんでもできると思っていた。

 仲間と「つまんない大人になるくらいなら生きる意味ない」なんて青臭いことを言い合ってたっけ。


 それが今じゃ──つまらないどころか、何もできないおっさんだ。


「どこで間違ったのかな……。いっそ消えてなくなりたい」

 思わず、そんな言葉が口からこぼれた。



「どこで間違った、ですって? 本気で言ってるの、あんた!」


 突然の声に顔を上げる。

 そこに立っていたのは──息を呑むほどの美人。


 陽光を反射する金色の髪、吸い込まれそうな青い瞳。日本人離れした顔立ちなのに、なぜか懐かしさすら覚える。

 そんな現実離れした美女がタイトスカートのスーツを着こなし、俺を睨みつけていた。


「これはシンが自分で選んだ道でしょ! あれだけ私が止めたのに!」


 そう言い放つと、彼女はゴージャスなウェーブのかかった長い金髪を、苛立たしげに手で払いのけ、どかりと俺の隣に腰を下ろした。


「ほら」

 差し出されたのは、キンキンに冷えた缶コーヒー。


「昔、シンが『これが美味いんだ』って言うから飲んでみたけど……苦いだけじゃない」

 そう言って脚を組み、フンと鼻を鳴らした。


 シン……?

  俺の名前は山川新次郎。確かに「シン」は入ってるけど、そんな呼ばれ方されたことはない。

  そもそも、こんな絶世の美女と会った記憶なんか……あるはずがない。


「……あの、どちら様ですか?」


「アンジュよ。なに! もしかして忘れちゃったの? ……まあ、そうよね。忘れるようにしたのは私だし」


 さらっと言う彼女。


「いえ、その……大変失礼いたしました! きっとどこかでお会いしたのだと……」


 まずい、取引先の誰かだろうか。高坂君の担当先にこんな綺麗な人がいたか?

 いや、加藤さんの知り合い? そうか! 会社の上役でこんな人──いないいない。


 俺の貧弱な脳をフル回転させるが、まったく記憶にない。

 必死にごまかし笑いを浮かべる俺を、彼女は不機嫌そうにじっと見つめてくる。


「この顔を見ても、まだピンとこない?」


 ──指名手配犯みたいなこと言うな、この人……


 睨みつけられたまま数十秒。観念した俺は、正直に言った。


「すみません……情けないですが、最近物忘れが激しくて。本当に申し訳ありません」


 居住まいを正し、深く、深く頭を下げる。


 そんな俺の姿を見て、彼女はついに堪えきれないといった様子で、ゴージャスな金髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。


「あー、もうっ!」


 そして、叫んだ。


「なんであたしのシンが、こんな冴えないおっさんになってんのよぉ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ