第8話 暗闇の中で……
村長によれば、この納屋は複数の農家が財産や家畜を守るため共同で建てたものだ。
山賊やモンスターの襲撃に備え、普通の納屋より大きく、頑丈に作られている。
目の前の闇は深く広く、壊した扉から漏れる光では到底照らしきれない。
家畜の気配は感じるが、鳴き声一つ聞こえない。
まるでライオンの檻に放り込まれた兎のよう、皆が息を殺している。
一歩、また一歩。
周囲の気配に神経を尖らせ、納屋の奥へ進む。
背後の光から遠ざかるにつれ、祓魔師にかけられた祝福がぼんやりと輝き始めた。
――今の僕は、盗賊や獣でいっぱいの夜の山で、焚き火を炊く間抜けみたいに目立ってるんだろうな……。
ラークは自嘲気味に笑った。
だが、相手は「猫目」をはじめ闇を見通すスキルをいくつも持つ。
今さら目立ったところで、大して変わりはない。
ラークは足を止めた。
――罠だ。
すねの高さにロープが張られている。「導光」がなければ、確実に引っかかっていた。
慎重にロープを跨ぎ――
――二つ目の、さらに巧妙に隠されたロープに足を取られた。
藁の下に隠された漁網が、ラークを絡め取ろうと跳ね上がった。
剣を薙ぎ払って、網を吊るすロープを断ち切る。
直後、左手側でカチリと何かが外れる音が響いた。
限界まで張られた木の棒が、バネのように跳ね上がり、先端に括られた数本のナイフがラークの腹を狙った。
――だが、光の盾がそれを弾く。
これが「罠士」のスキルか!
棚の近くは、さらなる罠の巣窟かもしれない。
ラークは遮蔽物の多い壁際から飛び出し、建物の中央の通路へ走った。
二本の火矢が、赤い残光を曳きながら飛んできた。
ラークは剣を構えたが、矢は彼を掠めず背後へ向かう。
振り返ると、火矢が素焼きの壷の口に吸い込まれたのが見えた。
目を見開き、マントの裾を翻して身を庇う。
瞬間――耳をつんざく爆音が納屋を震わせた!
ラークたちの母国へルティアは、列強の国境に挟まれた小さな山国だ。
大国間の微妙な力の均衡と、進軍に不向きな地形のおかげで、戦乱の多い西方大陸でも比較的平和な時代が続いてきた。
リリィたちの村も、小さながら四百年の歴史を持つ。
名物は、王都の貴族が休息に訪れる温泉と、炭焼きに最適なブナやカシの林だ。
この三つ――農村、温泉、炭焼き――が何を意味するのか、物質生成と錬金術に関わるスキルを持つ“彼女”は、すぐに理解した。
長年溜まった村の堆肥から硝酸カリウムを、温泉の近くから硫黄を、炭焼き小屋から木炭を掠め取り、作り上げたのだ。
――黒色火薬を!!
一つ、二つ、三つ、四つ!
火矢が闇を切り裂き、床の素焼き壷に命中する。
壷には、彼女が用意した火薬と、大量のネジ釘が詰め込まれていた。
爆発が起こるたび、ラークの立っていた場所は、何百もの土器や金属の破片が飛び交う死の交差点と化した。
五つ目、六つ目の爆発音が木霊を残して消えたとき、納屋は白煙と硫黄の匂いに満たされた。
耳に痛い死のごとき静寂……。
やがて揺らめく靄の中から、白光をまとった人影が煙の中から立ち上がった。
「なかなか凄まじい威力だ。僧兵を連れていたら、十人ぐらいは吹っ飛んでいたかもね」
ラークの姿は一変していた。
光明神の聖印が縫い込まれたマントは、眩い輝きを放ち、体に巻き付き鎧兜のように変形。
細い覗き窓を残し、青年の顔を完全に覆っていた。
「アマータの加護を受け、『八乗祝福体』となった僕は、かなり頑丈でさ……。」
小手で変形したフードを軽く叩いた。金属のような甲高い音が響いた。
「君たち、地球人の言葉で言うと……なんだっけ? そう、ミサイルや機関砲を喰らっても、ビクともしないっやつだよ」
「今のはただの小手調べだ!」
闇の奥から、少女とは思えないざらついた声が響いた。
「アタシが蓄えた火薬はこんなものじゃない! 村ごと吹き飛ばされたくなければ、さっさと失せろと外の連中に伝えな!」
「――嘘だね。二ヶ月程度でこの質の火薬を作ったのは驚くべきことにしても、村を丸ごと吹き飛ばす量を合成するのは無理だ」 ラークは飄々とした声で応じた。「火薬は地球人の十八番だ。教団ではその対策も、どのスキルでどれだけの量を作れるかも、とっくに研究済みだよ」
「アマータの異端審問官め! 生きたままアタシを捕まえられると思うな!」
「それだよ……。」
ラークはため息をつき、剣を下げた。
「君はいろいろ勘違いしてる。僕たちは祓魔師だ。異端審問官じゃない。」
「アタシにはどっちも同じだ!」
ラークは「導光」で拡張した感覚を研ぎ澄まし、声の出所を探ったが――無駄だった。
「気配遮断」「影渡り」「忍び走り」、そして恐らく「蟋蟀の歌声」。四つものスキルで居場所を隠しながら、話しかけてくる。
「大違いだよ。異端審問官はアマータ信徒を取り締まる役職。僕たち祓魔師の使命は、怪異や悪神の使徒から人々を守ることだ」
「アタシはバケモノじゃない!」
闇に潜む異邦人が叫んだ。「神に選ばれ、この世界、この体に生まれ変わったんだ! お前たちにとやかく言われる筋合いはない!」
「それも勘違いだ……」
ラークは悲しげに言った。「君をこの世界に誘ったのはアマータ様じゃない。欲望と混沌、無責任な自由を司る暗黒の大神ジャグラーだ」
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