第7話 八乗祝福体《バンディオン》
「何してるの?」
ブライアー夫妻を見送り、戻ってきたエレニアが見たのは、なめし革の外套を羽織り、長剣を帯び、鎖帷子に身を固めたラークの姿だった。
「何って? 君がブライアーさんに言っただろう。納屋に入って、異邦人を取り押さえるんだよ」
「何人連れていくつもり?」
「僧兵は連れていかない。」ラークは首を横に振った。「あの狭い建物で、『罠士』や『仕掛人』の技能を持つ暗殺者相手じゃ、死傷者が増えるだけだ」
「一人で突入する気? 私が許すと思う?」
エレニアは細い腰に手を当て、頭一つ以上背の高い相手を睨みつけた。
ラークは微笑み、しゃがんで少女と視線を合わせた。
「怖い顔しても無駄だよ。君もわかってるはずだ。この異邦人は時間が経つほど強くなる。援軍を待つ余裕はない」
籠手を着けた指で、エレニアの胸元を軽く叩いた。
「だから、相手が新しい能力に慣れる前に、こちらの切り札で一気に決着をつける。それが最適解だ。違うかい?」
エレニアは青年の甘い笑顔を、穴が開くほど鋭く見つめたが、ついに根負けしてため息をついた。
「……あなたの言うことに一理あるのは認めるわ。でも、忠告よ。あそこにいるのは普通の異邦人じゃない」
形の良い顎でくいと納屋を示す。「おそらく、暗黒神の三無徳――無慈、無畏、無悔――を体現した夜の申し子、ダークトライアド。いつものように同情して説得しようなどと思わないで。」
「……肝に銘じておくよ」
ラークは頷き、剣を鞘から抜き放った。
ーーー
ラークは納屋の入り口に立った。
扉は鍵がかかり、内側から重い棚で塞がれ、開く気配はなかった。
窓も鎧戸で固く閉ざされ、外から中を覗くことは不可能だった。
白い息を吐き、ラークは剣を鞘から抜いた。
エレニアと七人の僧兵が彼を取り囲んでいる。
頭巾の少女が光明神の聖印を掲げ、詔を唱えた。
「おお、アマータ、全ての光と火と熱を統べる方、祝福王よ! 今、われらの兄弟が、天地の法を侵す科人との戦いに臨んまんとす。御子を守りたまえ――神盾!」
あらゆる攻撃を自動的に防御する、光の盾が現れた。
僧兵長のファルリックがその後に続く。「魔を切り裂く、真実の剣を与えたまえ、聖剣!」
青年の剣が、鋼鉄をも切り裂く聖なる光を宿す。
ごま塩頭のフィンが祈りを上げた。「闇を見通す、希望の光を与えたまえ、導光!」
ラークの五感が、十倍以上鋭くなり、夜が昼間のように明るく見えた。
残る四人の僧兵が次々に祝福を重ねた。
「火より守りたまえ!」
「水より守りたまえ!」
「鋼より守りたまえ!」
「毒より守りたまえ!」
アマータの聖数――八人の使徒が八度の祈りを捧げ、八乗の祝福を授けた。
燃えるような神の力がラークの体に宿る。
目を開けば、両目は白く輝き、口を開けば白い炎が溢れた。
「おお、主よ!我が魂と刃は御身と共にあり!」
手に持った聖剣を振り下ろす。 灼熱の一閃で、扉と鍵と、その裏側に有ったバリケードを全て斬り裂いた。
前蹴りで扉の残骸を蹴り飛ばすと、ラークは憑依者の待つ闇の中へと飛び込んだ!
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建物に突入すると、ラークはそのまま駆け込み、近くの木棚の背後に身を滑り込ませた。背中をカビ臭い納屋の壁に押し付け、棚の陰で息を潜める。
一秒、二秒、三秒──矢も投げナイフも飛んでこない。
四秒、五秒──呪文も使い魔も気配なし。目標の姿は、影すら見えない。
ラークはこらえていた息を吐き、塵と家畜の糞が混じる空気を吸い込んだ。
「情報開示!」
淡い光とともに魔法の書が現れる。彼は急いでページをめくった。
『経歴の書』には、異邦人の現在地が記された小さな地図が載っている──いた。まだ納屋の中だ。
だが、位置はぼんやりとしか表示されていない。おそらく、所在を曖昧にする「五里霧中」のスキルを使っているのだろう。
ラークは続けてステータスを確認した。段階の上昇はなし。新たな技能の追加もなし──
自分ひとりなら、レベルアップの必要もないと踏んでいるのか? ならば少し屈辱的だが、ありがたい。
さきほど追加されたスキル群をもう一度見直す。
「猫目」、「蝙蝠の聞き耳」、「罠士」に「ロープ使い」──暗闇で多勢向けの典型的な能力が並ぶ。
だが、中でも気になるのは二つ──
『血濡れの魔女』と『絶望と渇望の御子』だ。
前者は名前と色から判断して、魔法系だろう。
だが後者は……名前だけではまるで見当がつかない。
さらに奇妙なのは、そのスキルの「色」だった。
「経歴の書」の技能には、役割ごとに色が割り当てられている。
近接系は赤、遠隔系は緑、神聖魔法は銀、暗黒魔法は紫。
だが、「絶望と渇望の御子」は――灰色だった。
灰色は、通常は使用不能となったスキルに割り当てられる色だ。
たとえば『両手剣の達人』が片手を失った場合などがそれにあたる。
だが……スキルを獲得した時点で灰色など、聞いたことがない。
つくづく、『術式介入』が中途半端に終わったことが悔やまれる。
もし、完全にステータス技能を奪うことに成功していれば、名前だけじゃなくて恩寵やスキルの詳細もわかったはずなのに。
――まあ、今さら悩んでも仕方ない。出たとこ勝負だ。
ラークは長剣を構え、棚の陰から踏み出した。
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