第6話 ラークの決意
「恩寵の名前は、“最終生存者”だ。調べたけど、異邦大辞典には記載がない……」
「……多分、追い詰められるほど、強くなる能力ね」
しかも直接戦闘だけでなく、持久戦でさえレベルアップするとなれば、これは相当に厄介な相手だ。
通常、標的を包囲した時には、破魔の結界をじわじわと強化し、行動の余地を奪ってから祓魔師が止めを刺す。
だがエレニアの見立てが正しければ、今回は定石戦術こそが最悪の選択肢となる。
相手の段階が、ある時点で、必ずこちらの総戦力を上回るからだ。そうなればもう、誰にも止められない。
「……応援を呼びたいところだね」ラークが弱気に言った。
「誰を呼ぶの?こんなど田舎には、低等級の冒険者ぐらいしかいない。素人は足手まといよ」
「武闘神の聖騎士か、上級祓魔師に出張ってもらうとか?」
「……連絡はしておくけど。王都まで馬で二日。次元門でも半日はかかる。悠長すぎるわ」
それに、援軍が来たところで勝てるとは限らない。
武闘神の聖騎士と光明神の祓魔師は、有史以来ずっと力と知恵を合わせ、この世界を守ってきた。
だがーー未知の恩寵を宿す異邦人との戦いは、いつだってか細い生と死の綱渡り。
数の優位も、この際限なく段階を上げる、この異邦人には意味をなさない。
そして、敗北した時には、悪夢のような結果が待っている。
引き続き対策を論じようとした祓魔師達の耳に、言い争う声が飛び込んだ。
「下がってください! ここは封鎖されています! 危険です!」
「お願いです、娘が、リリィがあそこに……! せめて司祭様と話を……!」
声の方に目をやれば、分厚い口ひげの中年男が、僧兵二人に取りすがりながらも前へと進んでいた。
「あれは……ブライアーさんか。すごい力だな」ラークは目を見張る。
「知り合い?」エレニアが眉を上げた。
「ああ、リリィちゃん――取り憑かれた女の子の父親だ」僧兵に叫んだ。「その人は関係者だ! 離してやってくれ!」
ラークの声に従い、僧兵たちは手を緩めた。ブライアーは足元をふらつかせながら数歩進み、祓魔師たちの前に膝をついた。
「どうか……司祭様、あの子がどうなったのか、教えてください!」
潤んだ目で訴える父親に、ラークはエレニアと一瞬だけ目を合わせると、腰を屈め、彼を助け起こした。
「安心してください、ブライアーさん。リリィちゃんは無事です。取り替え子になったわけでも、吸血鬼に襲われたわけでもありません。ただ……異邦人に取り憑かれて、混乱しているだけです」
「異邦人……異世界からやってくる、暗黒神の使徒にですか……!?」ブライアーはどんぐり眼をさらに大きくした。
「それは迷信です」ラークはきっぱりと言い切った。「異邦人は確かに暗黒神ジャグラーの恩寵を受けていますが、必ずしも闇の信徒ではありません」
「……それは、どういう……?」
「暗黒の大神は混沌を好む神です。だからこそ、異邦人を選ぶ基準は極めて無作為。年齢も、性別も、人格も、何もかも関係ない。ただ一つの共通点があるとすれば――前世で、不本意な死を迎えたことです」
「不本意な……死……?」
「突然の交通事故で命を落としたり、無実の罪で処刑されたり……。そういう報われなかった人生を、もう一度やり直したいという強い願望。その想いに、闇と欲望の神ジャグラーはつけ込んで、彼の縄張り、つまり私達の世界に引き寄せるんですよ」
ブライアーは顔を上げ、闇の中にぽつねんと浮かぶ納屋を見た。そこには今、娘の体を借りた何者かが潜んでいる。
「……そうか……」静かな声で呟いた。「そういうことだったのか……」
その目に、理解の光がゆっくりと灯っていく。
「では……今、あの子の中にいるのは……一体、誰なんですか?」
「それは……」
ラークの言葉が途切れた。
父親を安心させようと、できるだけ柔らかい言葉を選んで、説明を重ねてきたが――
「今、貴方のお嬢さんに取り憑いているのは……元暗殺者で、人間の解体と毒物に精通した、狂犬のような女です」
――とは、さすがに伝えられるはずもなかった。
「とにかく、状況は私たちの管理下にあります」
ラークの困惑を察し、エレニアが助け舟を出す。
父親と青年の間に、彼女がするりと割って入った。
「光の主のお力は偉大です。明日の朝までには、お嬢さんの身柄を保護し、取り憑いた霊を取り除いてみせます」
「お、俺に……何かできることはありますか?」
「アマータ様に、娘さんの無事を祈ってください」
なおも渋る父親を、エレニアは容赦なく包囲網の外へと押し出していく。
ラークは思わず安堵のため息を漏らした。
祓魔師の中で一番背が低いというのに、エレニアの豪胆さは他の追随を許さない。
時々ラークは、周囲の空気を一片も気にせず突き進む彼女の強さが、うらやましく思えるのだった。
青年の目が、遠ざかっていく父親の背中を追う。
魔法の明かりの外から、ふっくらとした顔の女性が飛び出してきた。彼女は男の体に暖かそうなストールを巻きつける。
恐らくリリィの母親、リネットだろう。
目を真っ赤に腫らし、自分も倒れそうなほど憔悴しているのに、必死に夫を支えていた。
二人に挟まれた幼い男の子は、何が起きているのか理解できず、唇を噛み締めながら、泣くのを必死にこらえていた。
弟のコーピンだ。
リリィの両親が肩を落とし、夜の闇に消えていくその瞬間、男の子と目が合った。
小さな手を伸ばし、歯が一本しかない口を大きく開いて、叫ぶ。
「リリィ!リリィ!……ねえーちゃ!!」
ラークは目を閉じ、息を深く吸ってから、隣の僧兵に命じた。
「僕の剣と鎧を、持ってきてくれ」
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