第5話 未知の脅威
ラークが教会から現場に駆けつけた頃、僧兵たちはすでに納屋を取り囲み、白い聖砂で破魔の結界を敷いていた。
魔法の印が地面に光を放ち、結界の縁を静かに照らしている。
隊長格の壮年の僧兵が青年に気づき、急ぎ駆け寄った。
「教兄ラーク、申し訳ありません! 我らの力不足により、目標を納屋に逃しました!」
「君のせいじゃないよ。最初に目標を教会から逃がしたのは、僕たちの失態だ」
ラークは柔らかく微笑み、僧兵の肩に手を置いた。
「それより、死傷者は?」
「はい。イアンが顎の骨折、フィンが腹に打撲、ビビッドが右腕を脱臼しましたが……いずれも軽傷です。三人とも戦意に問題はありません!」
彼の報告に、ラークは静かにうなずいた。
すでに太陽は地平線の彼方へと沈み、空から光が消えていた。
だが、僧兵たちは刺股の先に魔法の灯をともし、納屋を四方から明るく照らし出している。
だが、ペンキの剥げた木造の納屋は、まるでその努力を嘲笑うように、なおも内側に濃密な闇を湛え、黒々と沈黙を守っていた。
「”あれ”相手に、その程度で済んだのは……運が良かったわね」
鈴を鳴らしたような声が、背後から近づいてきた。
「やあ、エレニア。腕の方はもう良いのかい?」
ラークは遅れて駆けつけた相棒に声をかけた。
頭巾の少女は、無言で片腕を掲げて見せた。
先ほど憑依者の投げ矢を受けた手には、もう傷一つない。光明神より賜りし治癒の奇跡のお陰だ。
「ついでに怪我をした三人も治してきたわ。ファルリック……」傍らに侍る僧兵に顔を向けた。「兵達に結界をもう一層深くするように伝えなさい。それが終わったら、交代で食事と休憩を取るように。この件は多分……長丁場になるわ」
「了解!」
僧兵は一礼し、駆け足で仲間の元へ向かっていった。
その背中を見送って、ラークが溜め息をついた。
「簡単な任務だと思ってたのに……まさか、こんな大事になるとはね」
アマータに仕える祓魔師の二人が、この村を訪れたは、現地の司祭から急ぎの通報を受けたからだ。
一ヶ月半前、近隣の山を根城にしていた山賊たちが、突如として姿を消した。
数日後、若い猟師が青ざめた顔で教会へ駆け込み、老司祭に訴えた。
「山に恐ろしいものが住み着いた!」と。
猟師は、山賊砦近くの土中で、大量の遺体を見つけたのだという。
ならず者たちは生きたまま解体され、顔には筆舌に尽くしがたい苦痛と恐怖が刻まれていた。
周囲には動物やモンスターの死骸も見つかった。
獣達の肉は抉り取られ、それを焼いて食べた痕跡が残っていた。
――その同じ頃、老司祭の古い友人が教会を訪れた。彼の長女が、ある日を境にまるで別人のように変わってしまった、と打ち明けた。
その老司祭は引退した元祓魔師で、娘の症状が通常の悪魔憑きや妖精の取り替え子と違うことにすぐに気がついた。
普通、悪質な霊に取り憑かれた者は、暴力的で攻撃的になる。
しかしその少女、リリィは逆だった。傲慢で周囲を寄せ付けない性格が、二月前を境に急に勤勉で親しみやすくになったのだ。
周囲の人間が不安になるほどに……。
魔祓いで最も重要なのは――
取り憑いた霊の「性質」を見極めることだ。
だからこそ、二人はあの面接で、少女の反応を見るために“芝居”を打った。
彼女に渡したのは、識別の術が仕込まれた偽の試験用紙。
紙に宿る術式は、少女の手に触れた瞬間、その記憶を一瞬で読み取り、彼女が使う本来の言語を浮かび上がらせた。
ラークの書類にも、共感魔術による術式が組み込まれていた。
偽の用紙に浮かび上がった文章は、そのまま彼の紙にも転写されるようになっていたのだ。
結果は明白だった。
娘に取り憑いたのが地球人の“異邦人”ーー暗黒神によって、この世界に招かれた、異界の魂だとわかった。
地球出身の者は珍しいが、異界人の中では比較的温厚で理性的だとされている。
宿主が幼い少女であったこともあり、祓魔師二名と僧兵三十名があれば、強行手段に出ずとも、拘束と説得は可能だとラーク達は踏んだ。
……その慢心と油断が、この結果を招いた。
「……こんなに凶暴な地球人は初めてだわ。ラーク、あの娘に取り憑いている者の正体、わかった?」
「今、見てるところだよ……情報開示」
ラークの目の前に、淡く光る魔法の書が出現した。「情報盗視」が砕けた残骸が変化したものである。
面接の終盤、追い詰められた憑依者は暗黒神の恩寵を使い、ラークの情報を読み取ろうとした。
だがそれを逆手に取った祓魔師たちは、神聖魔術によって術式に介入し、逆に相手の素性を記録する魔法具へと変えていた。
「この『経歴の書』によれば、目標は二十一世紀の地球の南米大陸出身の女性。本名は……途中で術が破れたせいかな?よく読み取れない。元の職業はーー」
ラークは顔をしかめ、言葉を詰まらせた。
“異邦人”は、暗黒神の加護によって新しい能力に目覚めている場合がある。
しかし『経歴の書』の冒頭に記されている技能は、生前のものか反映されることが多い。
その書の技能一覧の最上段にあったのはーー『銃器の達人』、『ナイフの達人』、『近接格闘術』、『爆破物作成』『毒物合成』、他にも……。
「ーー『外科知識』、『拷問術』に『人体解体』とある。傭兵か、暗殺者……あるいはその両方だったのかな?」
「あの尋常じゃない暴れっぷりも説明がつくわ。何故、過剰な防衛反応に出たのかも……目標の段階と技能についてもっと教えてちょうだい」
「それが、問題でさ……」
ラークは口ごもり、手に持った魔法の書のページを何度もめくり直した。
「この憑依者は、ちょっとおかしいんだよ。さっき、教会で見た時は、十五段階だったのに、もう十九になってる。あ、また上がった!二十段階になった!」
「なんですって…?」
エレニアは顔をしかめた。
暗黒神の恩寵を受けた異邦人は、その強さの指標となる段階と、特定の現象を起こす技能を与えられる。
戦闘や困難を乗り越えるたびに段階が上がり、新たな技能を得る。
エレニアも、戦闘中に段階上昇する異邦人に遭遇したことはあったが――
「それでも、僧兵三人を殺さずに五段階も一気に上昇するのは異常よ……」
「技能はもっとおかしい。さっきよりも、十六個も増えてる。元から持っていた物と合わせると……もうすぐ百に達する!」
エレニアは唇を噛んだ。
通常、この世界に召喚されたばかりの異邦人が持つ技能は、せいぜい十個程度。
レベルアップで得られる技能も、一度につき一つ、多くて二つ。
この憑依者の成長は常軌を逸している!
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