第4話 暗黒神の恩寵《チートスキル》
脳みそをかき回されるような不快感に耐えながら、彼女は吠える 。
――スキル:牡牛の強力!
足を踏ん張り、両手で机を押した。ヒノキの重い家具が、受け止めようとしたラークを巻き込み、部屋の端まで吹っ飛んだ。
辛うじて避けたエレニアが、指で空中に光る文字を素早く描き始める。
何かの術を準備している。
――だが、させるものか!
スイレンは机からくすねた羽根ペンを舌で舐め、頭巾の少女めがけて振りかぶって投げつけた。
――スキル:魔弾の投手!
エレニアが外套の裾を振って防ごうとした瞬間、唾液で変形した羽根ペンは、魔法のような軌道で彼女の手を貫いた。
「エレニア!」
ラークの視線が少女に逸れた隙を突き、スイレンは駆け出した。椅子を蹴り、天井へと跳躍した。
――スキル:黒豹の敏捷!
――スキル:軽業師!
天井の梁を踏みしめ、一気に窓へ飛び込む。両腕で顔を覆い、身体ごと突っ込んだ。
――スキル:鉄の皮膚!
鋭いガラスを硬化した肌で弾き、最後の陽光にキラキラと輝く破片をまとって、地面に降り立った。
目の前に、彼がいた。
裏切り者の目で彼女を見つめた男
――リリィの父親が、三人の光明神の僧兵と揉み合っていた。
全員が、窓を破って飛び出した少女に唖然としていた。
頭の中の黒い獣が叫んだ。
「構うな、逃げろ!」と、
だが、前世でナイフや銃弾から自分を生かし続けた本能に逆らい、彼女は足を止めた。
「……どうして?」
その声は弱く、掠れ……まるで本物の幼い子どものようだった。
父親の濃い口ひげの下で、唇が震えた。何かを言おうとしたが、喉がつかえて言葉にならないようだった。
「――どうしてっ!!」
彼女が一歩踏み出す。
父親は太い腕を動かした――手を伸ばしたのか、身を守ったのか、その意図はわからなかった。
僧兵たちが刺股を構え、包囲してきたからだ。
三人の顔を見比べる。集団の力関係を瞬時に見抜くのは、彼女の得意技だ。
「情報盗視」を使わずとも、誰が強く、誰が弱いか、一目でわかる。
――コンクリートのジャングルで、二本足のケダモノどもから逃げ続けた末に身につけた技術だ。
左の白髪混じりの僧兵がリーダー。中央の馬面は足運びからしてベテラン、おそらく一番強い。
そして右――こいつだ!
髭も生えていない右の若い僧兵へ突進した。 刺股の先にわざと体を晒す、幼い少女の姿に、若者は怯み、武器を引いた。
その隙に、彼女は相手の懐に飛び込んだ。刺股の柄を掴み、「牡牛の強力」を発動。
若者の身体を持ち上げ、地面に叩きつけた。
奪った刺股を手にくるりと回し――
――スキル:長柄の達人!
左右から挟み撃ちを狙った白髪混じりの僧兵の顎を刺股の先で打ち砕き、馬面の僧兵のみぞおちを石突で突き飛ばした。
瞬く間に、三人が地面に倒れ伏した。
教会の影から、さらに五人の僧兵が姿を現した。
彼女は父親に一瞥を投げ、刺股を引きずって一目散に駆け出した。
――スキル:悍馬の駿足!
両足が目にも止まらぬ速さで動き出した。履いていた靴が地面との摩擦で煙を上げ、ボロボロにすり減っていく。
もし「鉄の皮膚」がなければ、足の裏も同じ運命をたどっていただろう。
瞬く間に追手を置き去りにしたが、村の建物や木々の影から、次々と新たな僧兵が飛び出してきた。
――何人いるんだ、こいつら!
息を切らしながら、彼女は毒づいた。 太陽は遠くの山に半分沈み、空と大地は血のような赤に染まっていた。それでも、増え続ける敵を撒くには、辺りはまだ明るすぎた。
腐った路地裏と電気の絶えたマンションで育った彼女は、闇の抱擁を求め、隠れる場所を目指して走り続け――そして、ついにたどり着いた。
倉庫と家畜小屋を兼ねた、大きく頑丈な納屋。この世界に流れ着いてから、万が一に備えて自らの手で作り、集めた武器を溜め込んだ秘密の砦だった。
だが、納屋へ方向を転じた瞬間、待ち構えていた七人の僧兵が飛び出し、刺股を構えて槍衾を形成した。
彼女も刺股を構え、騎士のランスのように突進した。武器が触れ合う寸前、刺股を地面に突き刺した。
――スキル:飛蝗の跳躍!
たわんだ柄とスキルの力を利用し、彼女は呆然と口を開けた僧兵たちの頭上を跳び越え、納屋の二階の窓へと消えた。
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