第2話 王都から来た二人
王都から来たという司祭とその助手は、男女二人組だった。
金糸と白い麻布で織られた光明神の祭服に身を包み、村の教会の一室で、檜の机を挟んで彼女と向かい合った。
男の方は、昔テレビで見たアイドルのような男前で、男に興味のない彼女でも見惚れるような端正な顔立ちをしていた。
女の方は十代半ばぐらいで、相方以上の美貌だったが……。
残念なことに室内でも頭巾を脱がず、事務的に書類を青年に手渡すだけで、彼女の方をちらりとも見なかった。
「初めまして、リリィちゃん。僕はラーク。こちらはエレニアだ」
ラークの声は、その容貌にふさわしく、蜂蜜のように甘く透き通っていた。司祭というより吟遊詩人にでもなれそうな声音だ。
だが、彼女の注意を引いたのは、少女の名前だった。
この国では、人に水仙や雲雀のように、草木や鳥獣にちなんだ名をつけるのが慣わしだ。
聞き慣れない「エレニア」という名は、彼女が遠い異国出身の証だった。
いったい、どこから来たのだろう?噂に聞く花の大国ローラン?
港町で有名なヒスティア?
あの肌の白さは、寒さで有名な北のリーシの出身なのかも?
ラークが軽く咳払いすると、彼女ははっとして視線を戻した。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、ぼーっとしてました!」
「気にしないで。」 ラークはにこりと笑った。
「エレニアを初めて見た人は、みんな君みたいになるんだ。男も女もね。全く妬けちゃうよ。僕だってこの外見には相当自信があるのに!」
「ラーク、余計なおしゃべりはいいから、さっさと本題に入って」
エレニアが低い声で言い、青年の脇腹を肘で軽く突いた。ラークは肩をすくめて笑みを浮かべた。
「緊張をほぐすための軽い会話だよ。この子、今日初めて面接のことを知ったって言うんだからさ」
ラークは机の上で手を組み、顎を乗せて彼女を見つめた。
「少し説明しておこう。今回の面接は、神学院の本試験に参加するための予備試験だ。結果次第では、本試験の一部が免除される。成績が特に優秀なら、入学後の奨学金や補助金も支給されるよ」
彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。思った以上に大きな機会だ。転生後の人生が、この一時間ほどの面接にかかっている――その重みが、じわじわと実感として迫ってきた。
「さて、準備はできた? それとも、今日は休んで明日にする?」
「私は大丈夫です!」
自信を込めて答えたつもりだったが、声がわずかに震えた。こんなにも心と身体が張り詰めたのは、前世で初めて人を殺したとき以来だった。そう、あのときも、彼女は十歳くらいだった――。
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あの相手は、近所の路地でたむろする麻薬の売人だった。彼女が近づくと、シンナーで歯が欠けた口をにやりと開き、笑いかけてきた。彼女が産みの親のために薬を買いに来る「常連」だったからだ。
だが、男は知らなかった。彼女の親はオーバードーズで死に、目の前の少女のコートに隠れているのは金ではなく、縄張り争いで死んだギャングから奪った銃だった。
彼女は男の懐に飛び込むように体をぶつけ、引き金を引いた。一発、二発、三発――。
まだホローポイントとメタルジャケットの違いも知らない頃だった。鉄の弾頭は男の体を貫いたが、男は死なず、彼女を掴んで地面に引きずり倒した。
汚れたコンクリートの上、使用済みのコンドームや折れた注射針の間を、二人でもつれ合って転がった。気がつけば、彼女が上になっていた。両手で銃口を男の口に押し込み、ボロボロの歯を折りながら、引き金を引いた。四発、五発、六発――。
トマトを潰したような赤とピンクのドロドロが、男の後頭部で弾けた。薬で濁った黄色い目が、灰色に光を失った。静まり返った路地裏に、弾の切れた拳銃のカチリカチリという音だけが響いた。
人の声と靴音が近づき、ようやく彼女は正気に返った。男の懐から麻薬と金を掴み、逃げ出した。
――それから、路地裏で強盗を繰り返し、カルテルに捕まり、老いた殺し屋に預けられ、その跡を継いだ。前世で彼女が手を血に染めた回数は、軽く百を超える。
それでも、あの不器用で無様な「初体験」は、売人の金で買った揚げ菓子の安い油の味とともに、彼女の記憶に深く刻まれた。
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でも、“アタシ”は変わった。
彼女は心の中で自分に言い聞かせた。
文字通り生まれ変わったのだ。賢く、強くなり、そして神様から恩寵を授かった。怖れるものなど何もない。
「私は大丈夫です。」 彼女は背筋を伸ばし、きっぱりと言い直した。「どうぞ、面接を始めてください!」
「わかった。じゃあ、始めるとしようか」 ラークは目を細め、静かにうなずいた。
面接試験は、拍子抜けするほど簡単だった。アマータの八つの美徳と八つの大罪の暗唱。数名の聖人の名前とその功績の説明。
あとは簡単な掛け算や割り算の算数。分数すら出なかった。
彼女は本もメモも見ず、すべての問題をスラスラと答えた。義務教育など受けたことはなかったが、爆弾の組み立てや狙撃の経験のおかげで、暗算は得意だった。殺し屋の老人に叩き込まれた「一目で標的の情報を暗記する術」も、役に立った。
「素晴らしい!」 ラークは書類に書き込む手を止め、ため息をついた。「教父シールが君を絶賛した理由がよくわかったよ」
「恐れ入ります……。」
彼女は神妙な顔を装おうとしたが、口元が緩むのを抑えきれなかった。
あまりにも順調すぎる気がした。
だが、彼女をこの世界に呼び寄せたのは、神様その人ではないか?
ならば、このトントン拍子の成功も、天命なのかもしれない。
「さて、最後の問題だ」 ラークは姿勢を正し、続けた。「君の記憶力と計算力は申し分ない。次は文章力を試したい。今から詩が書かれた紙を渡すから、それを読んで感想文を書いてほしい。時間は――」
彼は砂時計を取り出し、ひっくり返して机に置いた。
「三十分。枚数に上限はない。自由に書いてくれ」
文章力は、前世でほとんど鍛えなかった分野だ。この世界では住人の多くが文盲だと聞くから、基準は高くないはず――それでも、油断はできない。神の恩寵を使うべき時か?
彼女は顔を引き締め、渡された紙に目を落とし、
――その場で凍りついた。
「あ、あの……これは何ですか?」
「ん? どうしたんだい? 読めないのかな」
「はい……」
おずおずと首を振った。ラークは彼女の顔をじっと見つめ、ふっと微笑んだ。
「ごめん、ごめん。読めなくて当然だよ。これは意味のない、でたらめな文字なんだ。神学院の試験では、魔法で不正をする者が後を絶たないからね。この紙は不正防止のブラフさ。本物は――こっちだ」
ラークは最初の紙を取り上げ、共通語で書かれた新しい紙を渡した。彼女は弱々しく笑い返した。
だが、皮膚の下では、恐怖と混乱がマグマのようにうごめき、笑顔の仮面を突き破りそうだった。
彼女が凍りついたのは、字が読めなかったからではない。
――読めてしまったからだ。
最初の紙には、英語と日本語とスペイン語――彼女の前世の世界の言語で、こう書かれていた。
「怖がらないで、私達は貴方が誰か知っている」
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