第11話 血濡れの魔女《ブルージャ》
「アマータは嫉妬と怒りではなく、慈悲と愛の神だ」
ラークは暗がりの中に潜む転生者へ、言葉を重ねた。
「光明神の教団は、君が知る世界の宗教とは似て非なるものだ。信じてほしい。僕たちがこの村に来たのは、君たちを助けるためだ。滅ぼしたり、追い詰めたりするためじゃない!」
扉の明かりは、すぐ背後にある。今駆け出せば逃げられる。
"彼女"も追ってはこない――そんな予感すらあった。
それでもラークは立ち止まった。異邦人の胸に渦巻く苦悩を、自分のもののように感じていたからだ。
あまりに多く裏切られた者にとって、信じることは死よりも恐ろしい。
暗く冷えた場所に身を沈めすぎた者にとって、朝日の温もりすら焼けた火箸のように痛む。
アマータの光へ続く道は、ジャグラーの闇に落ちる坂よりも、ずっと長く険しい。
それでも――
ラークは信じたかった。
黒い夜の果てに明るい朝が待っていること。
そして、人の心にはその光を求める本能があることを。
長い沈黙の後、納屋の闇の奥で何かが動いた。
「少し光を抑えてくれ。お前の明かりは目に痛い」
「わかった。待ってくれ」
ラークは聖印を切り、アマータの加護の輝きを弱めた。
暗がりから小さな影が浮かび上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「子供の頃、母ちゃんはアタシを雌犬と呼んだ。ギャングに拾われてからは七番目。他にも人食鬼だの、魔女だの……ろくな名前じゃなかった。」
「僕は『悦びの館』でフローラって源氏名を与えられた。十五になるまで男の子の服を着せてもらえなかったよ……でも、未来は変えられる。古い名を捨てて、新しいものを選べばいい」
「……そうだな」
転生者は両手を振り回しながら、ふらつく足取りで近づいてくる。酔ったように左右へ揺れる姿に、ラークは剣の柄を握り直した。
「なんだかフラフラしてるけど……大丈夫?」
「平気だ。狂戦士の薬の副作用さ。少し経てば『薬物耐性』のスキルで元に戻る」
ラークは目を細めた。
二人の距離は、わずか十歩ほど。
だが――
所在を曖昧にする《五里霧中》、闇に溶ける《影渡り》、それに《気配遮断》の三つを同時に使われているせいで、この距離ですら相手の顔は黒布を被ったように全く見えなかった。
「……アタシたちは似た者同士だ、ラーク。でも、ひとつだけ違うところがある」
「男と女だってこと以外に?」
「ああ……お前は手遅れになる前に、神に見つけてもらえた。アタシは……」
小さな影が足を止め――
「アタシは死ぬまで誰にも見つけてもらえなかった!」
――突然、地を蹴った!
ラークは左手をかざし、叫ぶ。
「光波!」
閃光を伴う衝撃波が、猛烈な勢いで迫る黒い影を打ち倒す。
だが地面に転がったのは、異世界人に取り憑かれた少女ではなかった――
藁で作られたカカシと、それに括りつけられた一頭の山羊だった!
「お前たちが何を言おうと、ジャグラーはアタシの救いの神だった!」
その声は――”真後ろ”から響いた。
振り返るより早く、「神の盾」が自動で背後へ展開する。
「導光」で加速された視界の中、ラークは見た。
少女の手に、家畜を解体するためのナイフが握られているのを。
――スキル:血濡れの魔女!!
血が生き物のように指先を伝い、刃を這い登る。
それは神の奇跡を否定する深紅の魔技。
赤い刃が、絶対防御の「神盾」を真っ二つに切り裂いた!
「お前たちの神は――アタシの死神だ!」
少女の裸足が床の木槍を踏みつける。
――スキル:壁虎の掌!
――スキル:長柄の達人!
――スキル:魔弾の投手!
吸着させた槍を、弩砲のような勢いで蹴り放った!
ラークは長剣でかろうじて弾いたが、がら空きの懐に少女が滑り込む。
――スキル:牡牛の強力!
――スキル:猛虎の爪!
祓魔師の肘を小さな手が掴み、鋭い爪が祝福された鎧を貫いた――
――スキル:体内発電!
青白い電光が納屋を一瞬照らし、ラークは痺れて力を失った。
藁と塵の積もる床に倒れ込む。
「豚のように捌いてやるぞ、アマータの狗め!」
少女の瞳に怒りと涙が光り、悲しみと狂気が渦巻く。
魔女の血が宿った刃が、無防備な青年の脇腹に振り下ろされた!
呪われたナイフは鎧を切り裂き――
「――――!!?」
刃先は皮膚に触れる寸前で止まった。
銀色に輝く鎖が、少女の手首を絡め取り、止めの一撃を阻んでいた。
驚愕に凍りつく"彼女"の耳を、鈴のように澄んだ声が打った。
「まったく……情けをかける時は選びなさいって、いつも言ってるでしょ、ラーク。そんなんじゃ、司祭には程遠いわよ」
納屋の入り口。
長方形の光を背に、小柄な人影が浮かび上がる。
その姿を見た瞬間、"彼女"の脳裏にリリィの父の言葉が甦った。
――王都から来るのは、司祭と助手の二人組。
彼女はずっと、ラークこそが司祭だと思っていた。思い込まされていたのだ!
「そうか……お前が……お前の方が!」
「手間はかかったけど、ようやく隙を見せたわね――異邦人」
人影はゆっくりと外套の頭巾を払う。
光に晒されたのは、現実離れした美貌。
黒玉のように艶やかな髪。
天を突く、血を思わせる赤い二本の角。
そして、黄金に輝く猫のような瞳。
――半魔族!
おとぎ話の中でしか語られない存在。
暗黒神によって造られた魔族の血を引き、人間よりも遥かに長命で、強大な魔力を持つ伝説の種族だ。
読んでくださって、ありがとうございます!
もし気に入っていただけましたら、下の「★評価」ボタンや「ブックマーク」をポチッとしていただけると、
作者のモチベがめっちゃ爆上がりします!
よろしくお願い致します。




