5、異世界でリアルにボス戦!!
『──よく来たな、来訪者たちよ。
俺様がくたばってから、千百余年……。
貴様らが初めてだ。この場所に辿り着いたのは。
褒めやるぞ。
さあ、俺様の遺産は貴様らが居るところから通路を進んだ先に在る。
好きなだけ持って行くがいい!』
ボクたちが空間転移魔法陣によって空間転移した先は、当初、暗闇に包まれていて何も見えない状況でした。ですが、数秒としない内に唐突に『ボッボッボッ……』という火が点るような音と共に通路の両壁に等間隔で設置されている篝火型の魔法道具──照明が灯りを灯し、空間を覆っていた暗闇を払います。
そして、響いてきたのが、今し方の声。
「皆さん、“今の声”聞こえましたか?」
サーハ君が確認の為、皆に声を掛けます。
そして、勿論、聞こえていたボクをはじめ、
「はい、聞こえました。
ですが、一体、誰の声だったのでしょうか?」
「……おそらく……、声が言った内容から推測しやすと、ニーショの亡霊でやしょう……」
「はッ。“好きなだけ”だ~あ?
全部いただくに決まってんだろ!」
全員、聞こえていた事を証明する言葉を口にします。
それにしても、此処はなんともオーソドックスな“ザ・ダンジョン”な様相を呈しています。
床・壁・天井、共に直方体の石のブロックが敷き詰められていて、間違いなく、“ダンジョン” という言葉を聞いた人の半数以上が最初に想像するであろう造りです。やはり、罠なんかも有るのでしょうか?
「──さーて、漸く、吾らの出番か」
「おう、ベヒの旦那と精霊さんたちには大いに活躍してもらうぜ!」
──さて、先のニーショの亡霊のように、ベヒさんが唐突に話し掛けてきたのに、ガメッツさんが当たり前に応答していて“アレ?”と思った方もいるでしょうから、説明しますと、実はルニーンの街の北門から貴樹君たちと遭遇するまでの間にボクと契約してくれている精霊たちの紹介と簡単な打ち合わせをしておいたのです。それ故、ベヒさんが唐突に話し出しても、ガメッツさんたちは驚かなかったということです。
「任せておけ!
大船に乗ったつもりでいるがいい。
ん?……おや、既に斥候に出ていたシルフルズからの報告だ。この一本道の通路を行った先の突き当たりの壁にある無数の穴から、夥しい量の矢が発射されたそうだ。数秒後に此処に到達する見込みとのことだ」
「はい?」
「なんですって?!」
「は? フザケんな!!」
ベヒさんが告げたシルフルズからの報告に、ボク、サーハ君、ガメッツさんの三人が慌てふためく中、ランテさんは一人苦虫をかみつぶしたような顔で愚痴を零します。
「いきなり、初見殺しのトラップっすか。流石は元・盗賊のニーショってところっすね……。
ですが──オイラたちには最強の盾があるんすよ?
総員、円さんの後ろに隠れるっす!! 少しでも円さんの後ろからはみ出たら、矢の雨の餌食になるっすから、そのつもりで!」
そして、言うが早いかランテさんはサーハ君とガメッツさんに指示を出すと、矢が迫ってきているのとは逆方向──即ち、ボクの後ろに身を隠します。
更に、サーハ君とガメッツさんもランテさんの指示を理解し、急ぎボクの後ろに回ると、サーハ君はボクより身長があるので身を屈め、ガメッツさんはサーハ君と同じく身長が高い上に体がガッシリしているのでサーハ君やランテさんみたく正面を向いたままではボクの体の横幅からはみ出てしまう為に体の向きを横にしさらに横向きでは屈むワケにはいかないので床に一本棒な状態で寝そべります。
──って、
「──これじゃ、ボクはハリネズミになっちゃいますよ!?」
「おそらく、たぶん、大丈夫なハズっす!」
「何が、“おそらく”で“たぶん、大丈夫”なんで────ヒィ!?」
ボクがみなを言い終わるより先に矢の大群が目視できる距離に迫り、ボクは咄嗟に顔を守るため両手を顔の前でクロスさせた次の瞬間、矢が空気を切る音と後方の壁に次々と突き当たる音が鳴り響きます。
それらの音はボクの恐怖感を否応なく高め、ここから直ぐにでも逃げ出したい気持ちですが、いまボクが動いたら、ボクの後ろに隠れているサーハ君たちが大変な事になってしまいます。
なので──……………………というか、いまだに矢が空気を切る音と矢が壁にぶつかる音は鳴り止んでいませんが、ボクの身体は何ともありません。それどころか、矢が身体に当たっているという感覚も感じません。
──もしかして、矢はボクが立っているラインは飛んできてないのでは……?
そう思って、怖くて閉じていた目を開けて、顔の前でクロスさせている両腕の隙間から前方を覗いてみると、
「──ニャッ!?」
それが当然の如く、ボクのところにも矢の雨が飛んできていて、ボクは堪らずに再び目を閉じます。
どうやら、確かに矢はボクに命中しているようですが、ガメッツさんの飛礫の時同様に矢がボクに接触した瞬間に運動エネルギーがゼロの状態になったみたいに、矢はボクの身体に刺さる事無く床に自由落下しているみたいです。
そうして、体感的には数十秒間──実際には十秒にも満たない時間でしたが──もの間、ボクは矢の雨の中を耐え忍びきりました。
──あー、死ぬかと思った……。あまりの恐怖に漏らしそうになりましたが、ほんの少しちびるだけでなんとか堪えました……。
「──いや~、流石は稀代の守護の大賢者ジャーケンが施した付与魔法っす!
魔法刻印が縫い込んである衣装だけでなく、その着用者である円さんの身体の全身にまで防護魔法の効果を及ぼさせるとは、並大抵の付与魔道士ではそうはいきませんっすよ!」
「そうなんですか?」
「そうっすよ!
普通は魔法の防具類は魔法の効果を受けられる範囲は魔法刻印がある部分。
詰まり、鎧を例に挙げやすと、鎧に魔法刻印がある場合、魔法の効果は鎧にのみにしか顕れやせん。もし、魔法刻印の魔法効果を全身にまで及ぼしたい場合は全身鎧の全部位に同じ魔法刻印を刻み込まないと効果を得られないっす」
「成る程、そうなんですね。ところで、ランテさん──」
「なんすか?」
「──どうして、説明もナシにボクを盾にしたんですか? 凄く怖かったんですよ!!」
「……いや~、はっきり言って、さっきの場合、円さんを盾にしなかったら、オイラたちはハリネズミになってあの世行きになるしかなかったっすからね~。
それに悠長に説明なんてしてやしたら、前述と同じくハリネズミっすから、どのみち、選択肢は“円さんを盾にする”以外は無かったっすよ。
すべては命あっての物種っす!」
「……確かに、そうですけど……──」
「お主ら、悠長に話しをしている暇はなさそうだぞ。シルフルズからの報告だ」
「ベヒさん、なんすか?」
「先程、大量の矢を放った仕掛けだが、新たな矢を装填しているそうだ」
「……まったく……、ニーショという人物は手加減ってモノを知らないみたいでやんすね……」
「おい、ランテ。どうする?」
「そうっすね……。
少しでも対策を考える時間が欲しいっすね……。
……………………!
──円さん、ベヒさんに頼んで、オイラたちが身を隠せる壁を造ってもらえやせんか?」
「“壁”ですか?」
「そうっす。次の矢の雨が飛んでくる前に超特急で!」
「ベヒさん、出来ます?」
「壁を造る程度の事、造作もない。素材もそこら中にあるからの」
「じゃあ、お願いします」
「うむ。了承した」
ベヒさんがそう言った直後、ボクの身体から何かが抜ける感覚があり、それと同時に通路の床や壁や天井に使われている石材が見えない力で削り取られていき、それら削り取られた石がボクたちが見ている前で独りでに集まって十分な厚さがある壁を形成していきます。
「やっぱ、直で精霊から力を借りられるってのは便利だな。
精霊との契約を結ぶのを頑なに固辞する正統派の魔道士じゃ、コレだけの事が出来る魔法を修得するのに何年かかるやら……」
「そうっすね、兄貴。
そうしやすと、この前、些細な事で仲違いして土の精霊のノームに契約を破棄られたのは痛手でやしたね、兄貴?」
「うるへー!
仕方ねーだろ、アイツとはソリが合わなくなったんだから……」
「そうなんですか~。
ところで、ランテさんもなにかしらの精霊と契約しているんですか?」
「ええ、してるっすよ、円さん。
でも、今は内緒っす」
「皆さん、精霊と契約出来ていていいですね……。
私なんて、過去、最高数の精霊たちを召喚したのに……総スカンですよ……」
「…………ドンマイだ、兄ちゃん…………」
ベヒさんの力によって矢の雨から身を隠す為の壁が完成し、一先ずの安全が確保された事で、雑談する余裕が出てきたボクたち。
そんなボクたちが雑談に興じ始めて間もなく矢の雨の第二射が襲ってきましたが、ベヒさんの力を借りた魔法で造られた壁は飛び来る数多の矢をものともせず、ビクともしません。
「さてと、ランテ、何かいい対策案は思い付いたか?」
「そうっすね……、幾つか案は浮かびやしたが、一番手っ取り早い策は、“円さんにベヒさんの力を借りて、壁を造りながら、少しずつ前進する”っていうのがありやすが、どうでやすか?」
「うむ……。単純な策が妥当ってヤツだな。
よし、それでいこう!
嬢ちゃん、頼むぜ!」
「──え?! それ、マジですか?
この壁を造るのにそれなりの魔力を消費したのですが……。
あと、残りの魔力で同じ様な壁はせいぜい1、2枚造るのが精一杯ですよ……?」
そう、先程、ベヒさんが壁を造った時にボクの身体から何かが抜けた感覚がありましたが、今ならそれが魔力であったことが分かります。そして、同時に自分の中にある魔力の残量が、なんとなくの感覚で理解でき、その感覚を信じるならば、現在のボクの魔力の残量は約二分の一強~ギリで三分の二有るかどうかといったところ。なので、あと、1、2枚同じような壁を造ったら、ボクの魔力残量は空になってしまいます。
「円さん、魔力の残量に関して、その辺は気にしなくて大丈夫っすよ!
なにしろ、“魔力の実”をたんと用意してきやしたから」
そう言って、ランテさんが持っている荷物の入ったカバンを開けて、カバンの中身を見せてくれます。その開かれたカバンの中には様々な道具類と一緒に沢山の果実が入っていました。
「“魔力の実”?」
「そうっす。正式名称は長ったらしい上に言い辛いので省かせてもらうっすが、この“魔力の実”には一個で人一人分の魔力を食後即座に回復する効果があるっす」
「へぇ~、そうなんですか。
でも、そういうモノって、値が張るんじゃないですか?」
「確かに、一昔前はそれなりに値の張るモノでやしたが、今じゃ、この実が生る樹の群生地が発見されて、其処を農園にして、安定して市場に出回ってやすから、お手頃値段で大量購入が可能なんでやんすよ」
「は~……、ナルホド……そうなんですか……」
それで、ランテさんのカバンの中身の三分の一のスペースを、その魔力の実が占めているのですね。それにしても、魔力の実の量、多すぎません?
道具類と一緒に非常食も入っているのですが、魔力の実の量は非常食の量の軽く倍以上はあります。
「円さん、もしかして、オイラがどうしてこんなにも沢山の魔力の実を用意したか気になりやす?」
「…………ええ。まあ……、気になります」
──ま、なんとなくではありますが、予想はついていますが……。
「兄貴も先ほど言ってやしたが、精霊との契約は便利っす。
ですが、大概は契約出来る精霊の種類は一種類~二種類。
なので、精霊の力を借りて出来る事にも限りがあるんすよ。
それに対して正統派の魔道士が使う魔法は複数種類の精霊の力を借りて行使してるっす。例を挙げやすと、“飛んでいって爆発する火の球”の魔法は一見、火の精霊の力だけを借りているように見えやすが、実は風の精霊の力も借りているでやんす。もし、例に挙げた魔法を火の精霊だけの力を借りただけの場合、完成した“爆発する火の球”は術者の意思に反応して飛んでいく事はなく、自ら投球しないといけなくなるんよ。
詰まり、四大元素すべての精霊と契約している円さんは、正統派の魔道士と同様に多種多様なバリエーションの魔法が、魔力のある限り、使い放題なんでやんすよ。
コレが如何に利便性極まりないことが分かるっすか?
真に“歩くなんでも出来る超便利な魔法道具”っすよ!
故に何時でも十二分に力を発揮してもらうために魔力の実を持ち込めるだけ持ってきたっすよ!」
──あ~、やっぱり、そうでしたか……。
「うむ、ランテの言った“力を借りる精霊の種類の数と魔法の関係云々”には一理あるぞ。
その壁を造る際、吾が削り取った石を一ヶ所に集める際にシルフルズの力も借りているからの。そうしなければ、円よ、其方の魔力は先の壁一つ造るだけでスッカラカンになっていたところだ」
「うわ~……、そうなんですか……。
シルフルズのみんな、ありがとう」
ボクは頼んでいなかったのに気を利かせて手伝ってくれた風の精霊たちに感謝を述べます。
「ま、なにはともあれ、前進するっすよ!」
そして、初っ端の“矢の雨地獄”を精霊たちの力を借りて壁を造りながら少しずつ前進して行って突破したボクたちは次なる凶悪なトラップが待つ通路の前へとやってきました。
其処は先の矢の雨地獄と違って、見た目と音が凶悪さを見せ付けています。
“チュイィーン!”と唸る無数の回転刃が床・壁・天井からその半身を飛び出させ、通路の中を手前や奥へと行ったり来たり。しかも、回転刃が移動するタイミングは微妙にズレていて、上手く躱しながら進むのを至難にしています。
「おいおい……、さっきは普通じゃ回避不可能な矢の雨で、今度は明ら様に通行不能な回転のこ刃の通路かよ!
ニーショのヤロウ、遺産をくれてやる気、全然、無ーじゃねーか!」
「そうっすね、兄貴。
──ですが、兄貴ならこの程度のトラップなんて容易く“粉砕”出来るっすよね?」
「おうよ!
これくらいのトラップをぶち壊すなんて朝飯前よ!」
そう言って、ガメッツさんが取り出したのは、背中に背負っていた見た目がとても重そうな鎚。ソレをガメッツさんは片手で──まるで棒切れかのように──振り回しながら、準備運動をしています。
「あの~……、ガメッツさんが持ってる鎚って軽いモノなんですか?
それとも、ガメッツさんがスゴい力持ちとか?」
「どっちもハズレっすよ、円さん。
本来であれば、兄貴でも“あの鎚”を持ち上げることすら無理っす。
ですが、あの“鎚”は“契約武器”っていう特殊な魔法武器でやして、“契約を結んだ者にのみ”その武器が秘めた能力を使用可能になるっす。
兄貴の“テラキロハンマー”は“契約者が身に付けている間はその重さが棒切れほどの重さになる”能力と“攻撃時には本来の重さから算出される威力を完全に発揮する”という能力が備わっているっす。だから、この程度のトラップなんて軽く一捻りで粉砕出来るっすよ。
まあ、見ていてくださいっす」
ランテさんの説明が終わるのを待っていたかのように、ガメッツさんは準備運動を終えて、鎚を構えます。
そして、ガメッツさんは一番手前に来た床の回転刃に向けて、
「お~らっ! 先ずは一つ!」
──ガボォーン!
鎚を振り下ろし、回転刃をへし曲げて、更には床にヒビまでも入れてしまいました。
それによって、へし曲がった回転刃はすべての動きを止めて、沈黙します。
「凄い威力ですね……」
「こんなの序の口っすよ、円さん。
ま、兄貴の勇姿をとくとご覧あそばせっす!」
ランテさんの言葉通り、最初の一撃目は序の口だったようで、ガメッツさんはすかさず、次々と唸り声を上げながら迫ってくる回転刃を手にする鎚で以てへし曲げていきます。
「おら、おら、どうした?
こんな、モノじゃ、オレの進撃は止められやしねーぜ!!」
──ガゴォン!! メゴォン!! バゴォン!! ドンガラガッシャーン!!!!
破竹の勢いで無数の回転刃を破壊していくガメッツさん。まさに、快進撃!
しかし、そんなガメッツさんへと突如、天井から振り子のように降り来た三日月状のギロチンが襲い掛かってきます!?
ですが、
「ハッ! その程度の見え透いた追加のトラップなんざ、オレには通用しねーぜ!
オラーッ!!」
──ギュオィーン!
気合い一閃!
迫り来る凶刃をガメッツさんは手にする鎚で迎え撃ち、三日月ギロチンをぐにゃりとひしゃげて破壊してしまいました!
「さっすがは、兄貴!
勘も冴えてるっす!」
「おうよ!
こんな見た目だけの虚仮威し、ぶち壊すなんてワケねーさ!」
そう言って、ガメッツさんは「ガッハッハ……」と笑い飛ばします。
──その後も、落とし穴だらけや、壁が迫り出してきたりだとか、様々な即死系トラップが仕掛けられた一本道の通路を、ボクたちはランテさんの的確な指示やガメッツさんの破壊活動やボクが精霊たちから力を借りた魔法などで切り抜けて、漸く、此れ迄のトラップだけらの通路から様変わりした場所にやって来ました。
そこは──、
「真っ暗っすね……」
ランテさんの呟きの通り、そこは暗闇が支配している空間。少し先に目をやると、次なる通路の明かりが見えますが、その途中に広がるこの闇の空間は実に不気味です。
──それに、
「──スンスン……。なんですか……この……饐えた臭いは……?
気分が悪く……なります……」
「──クンクン……。コイツは!?
腐臭……、っすね……」
「腐臭?
──って、ことは……!?
ランテ、こん中に使い捨て照明をぶち込め!」
「了解っす、兄貴」
ガメッツさんの言葉を受けて、ランテさんは荷物カバンの中から、簡易照明の使い捨て魔法道具を取り出すと、照明を起動して暗闇空間の中へと幾つか放り込みます。
すると、──暗闇に支配されていた空間はランテさんが放り込んだ複数の照明によって、その全貌を曝かれ、すべてを晒します──って、
「──ゾ、ゾンビの団体さん?!」
──そう、ランテさんが放り込んだ照明によって煌々と照らされた部屋の中には害獣や魔物のゾンビがうじゃうじゃといます。
「──コイツは兄ちゃんの出番だな!」
「そうですね。ココはサーハ君にお任せしましょう!」
「そうっすね。サーハさんがお持ちの剣には“浄化”の能力が秘められてるっすから、この場を任せるのは最適っす!」
「……あの……、皆さんは、手伝っていただけないのですか?」
「何言ってんだ、兄ちゃん?
兄ちゃんはココに来るまでの間、何一つ活躍してねーじゃねーか?」
「そうですよ、サーハ君。
ボクらはいろいろと頑張って、少し疲れがあるので休憩です」
「この部屋にはトラップは無いようでやすから、周囲を気にせず存分にやっちまってくださいっす、サーハさん!」
「………………分かりました……、やります、やればいいのですよね?」
「おうさ、行け! 兄ちゃん!」
「頑張ってください、サーハ君!」
「健闘を祈ってるっす!」
ボクたちはサーハ君を囃し立て、彼をゾンビ退治に赴かせます。
しかし、サーハ君はいざ、剣を抜いて構えを取ろうとしたところで、直ぐさま構えを解いてコチラを向き、
「……あの~……、この腐臭なんとかなりませんか?
臭いがキツくて、集中が乱れます」
「……そうっすね……、確かにここまでキツい臭いの中での戦闘は、酷っすね……」
サーハ君の申し出に応答したランテさんは、チラリとボクの方へと視線を寄越します。勿論、ボクはランテさんが寄越した視線の意味を理解できましたので、なので、
「いきます!」
ボクは精霊たちの力を借りて、この空間に充ちる腐臭を無臭化します。
それと、同時にボクの中の満タン近い魔力のすべてが消費されていくのを感じ、一気に気力が削がれていきます。どうやら、魔力は気力と関係があるようで魔力の残量が空に近付くと気力──特にやる気が、こう、ゴリゴリと削り取られていくのです。故に、
「は~い、この空間の腐臭は無臭で無害な物質に変換しましたから、サーハ君、後はヨロシク~……」
魔力が空っぽで、やる気を失ったボクは適当に、サーハ君にこの空間内の腐臭を無臭化したことを告げると、近くの壁に寄り掛かります。そして、魔力を回復させるため、ランテさんから渡された魔力の実を一つ、口の中に放り込み、咀嚼して腹の中に収めます。
この魔力の実、見た目はブドウで、味はブドウの酸味とリンゴの甘味を足したような感じで悪くはありません。しかも、皮を剥かずに食べられるので、皮を剥く手間が無く直ぐに食べられるのは煩わしさがなくて重宝できます。
「──クンクン……。ホントっすね。さっきまで鼻をついていた腐臭が完全に無くなってるっす!!
…………しかし、いくら精霊たちの力を借りたモノとはいえ、円さんはデタラメな事を平然とやるっすね……!」
「ああ。浄化系の魔法は賢者って名乗れるだけの正統派魔道士でも、そう易々と扱えるもんじゃねーぜ……」
「そうなんですか?」
「さあ?
私は魔法関連に関しては疎いので、なんとも……。ですが、これで、十分に力を発揮できそうです!
行きますよ!」
そう言うや、サーハ君は剣を構え直し、ゾンビ軍団へ躍り掛かっていきます!
そして、そこからはもう、サーハ君の独壇場と言っても過言ではありませんでした。
迫り来るゾンビの群れをサーハ君は物怖じせず見据え、タイミングを図ると一気に斬り込み、剣に宿る浄化の力で次々とゾンビたちを斬っては塵へと変えていきます。
サーハ君の闘う姿を見るのはこれが初めてですが、彼が如何に優れた戦士であるかは素人目にも明らか。もしかしたら、ボクの護衛の騎士さんにも負けず劣らずの力量かもしれません。元王子様と言う肩書きはからは想像だにできないほど凄いです!
そして、ものの数分でゾンビ軍団を殲滅してみせたサーハ君。その額には汗は一粒もかいておらず、彼が如何にに猛者たらんかを如実に示しています。
「ヒュ~♪ やるね、兄ちゃん!
最初、「手伝ってほしい」とか言ったわりにはまったくの余裕綽々じゃね~か」
「そうすっすね!
実力があるのに下手に謙遜されると、嫌味にしかならないっすよ、サーハさん」
「そんな~、これでも私はまだまだですよ、ヒラノと比べたら……」
──そりゃあ、まあ、そうでしょう。良藍はこっちの世界に召喚された時にパワーアップが施されいるのですから、普通の人間基準では遥かに高みにいるのですから……。
──ボクたちは、ゾンビ軍団が居た部屋状の空間で暫しの休憩をした後、再び、一本道のトラップだらけの通路を奥へと向かって突き進んでいきます。
相変わらずの即死系トラップの数々がボクたちの行く手を阻んできますが、ランテさんの知謀を頼りに其れ等トラップを無事に突破や機能不全になるまで破壊を繰り返し、更に進み行くと遂に終着点が見えてきました。
其処は此れ迄の通路や途中にあった部屋状の空間とは全く異なり、広々とした円形ドーム状の空間。其処には奇妙な輝きを放つ大小様々な石がサークル状に並べられていて、更には空間の中心にはどっしりとした巨大な人影のようなモノが鎮座しています。
そして、近付くにつれて、そのどっしりとした巨大な人影のようなモノが“何で”あるかが、ハッキリとしてきました。
「金属人形っす!!」
その正体をランテさんが告げ、
「差し詰め、お宝探し定番のお約束、宝の番人ってか!」
ガメッツさんがソレの役割を言い当てます。
『──ご名答。
よくぞ、此処まで辿り着いたな!』
空間転移でココに着いた直後の挨拶以来、再びニーショの亡霊の声が響きます。
「よお~! スタート地点振りだな、ニーショの亡霊さんよ~!
“遺産を好きなだけ持っていけ”っつったわりには此処に到着するまでの道のりには殺す気満々の仕掛けをごまんと用意してくれさって、ざけンじゃねーぞ!!」
『ハン!
そんな文句はくたばってから二百年そこそこで輪廻の輪に還っちまったゴクアン・ニーショ当人に言いやがれ!
俺様はニーショの執着心から生まれた『妄執のニーショ』! 本体の執念を成就する為に俺様はココに居る!!』
……
…………
……………………
「──ぷ……」
「──マジ……ぷくく……っすか?!」
「──……流石に……それは……くくく……無いですね……」
「──みんな、……んフフ……嗤うのは……やめてやれ……。
コイツだって……プクク……真剣に考えたんだろうからさ……」
「……ですが、『妄執のニーショ』とか……」
「……そうっすよ、兄貴。いくら真剣に考えたと言っても……」
「……自ら名乗りに“妄執の”とか付けるのは聞いている我々からしても痛々しいです……」
「……だがよ、それでも嗤ってやるのは可哀相すぎたろ……プクク……」
ニーショの亡霊──改め『妄執のニーショ』の名乗りに、ボク・ランテさん・サーハ君が嗤うのを窘めるガメッツさん。しかし、ガメッツさん自身も嗤いを堪えられないようで、失笑が絶えません。
『──テ、テメェー等、直ぐさま、ぶち殺してやるから、ゴーレムが起動する条件の“魔力石が並ぶサークルラインの内側に足を踏み入れる”を満たしやがれ!!』
なんと!? 『妄執のニーショ』はいきなりゴーレムの起動条件を明かし、ボクたちにその条件を満たすよう要求してきました。
勿論、ボクたちが『妄執のニーショ』の要求に従う謂れはありません。
「“やれ”と言われて、素直にやる阿呆ぅはいやせんぜ?
『妄執のニーショ』さん(笑)」
「その通り!
誰が好き好んで、面倒くせーことするか?!
嬢ちゃん、構わねー、精霊さんたちの力を借りて一発デカいの打ち噛ましてやれ!!」
「……はぁ……、ボクは別に構いませんが、この部屋の先に“ニーショの遺産”があった場合、一緒に吹っ飛ぶか、少なくとも回収が不可能な状況に陥りますが……、まあ、GO!サインが出たのですから、──いきます!」
ボクは雰囲気を出すため構えて、ベヒさんをはじめとした精霊たちの力を借りた魔法を放つ態勢に入ります。
「──え?
……いや、お宝まで吹っ飛ばしちまったら、お宝探しの意味が無くなるから……、やっぱ、さっきのオレの発言はナシ!!」
「そうっすね。課程における手段で目的を失うとか、本末転倒もいいところっす……。
ここは一つ、ゴーレムの事は無視して先に進むっす!」
『──残念ながら、そいつは出来ねー相談だ』
「──!? それは、どういう意味っすか?」
『折角、此処まで辿り着いたテメェー等に特別に教えてやるよ。
“ニーショの遺産”はそのゴーレムを完全に破壊しねーと手に入らねーし、同じくゴーレムを倒さねーとテメェー等が地上に帰る手段の空間転移の魔法陣は動かねー。
しかも、この部屋ごとゴーレムを破壊しちまうと、魔法陣も壊れてテメェー等は帰れなくなるんだぜ?』
「なら、ゴーレムだけを破壊できる威力の魔法をぶち込めばいいだけの話だ!」
『──またもや残念、その手は不可だ。
そのゴーレムにはこの部屋ごと一瞬で破壊するくらいの超高威力の攻撃魔法以外ではダメージを受けないよう特殊なコーティングがなされているからな!』
「──質が悪いっすね……。
詰まりは直接、物理的に叩かなくちゃならないってことっすか?」
『その通り!
どの道テメェー等はゴーレムを起動させないと詰みってワケだ!』
『妄執のニーショ』の勝ち誇った声が響く中、ボクたちは一旦密集して作戦会議を始めます。
「──さて、どうやら金属人形と一戦交える事になっちやいましたが、普通に馬鹿正直に真っ向勝負で殴り合いしやしたらオイラたちに勝ち目は無いっす」
「──なら、ランテさん、どうするんですか?」
「な~に、安心してください、円さん。あのゴーレムは部屋の状況から推測するに外部から魔力を吸収して動くタイプのヤツっす。
そのタイプのゴーレムであれば攻略法が存在するっすから、オイラたちにでも倒せる可能性は十分にあるっすよ!」
「なるほど。
それで、その攻略法とは?」
「ここからでも見えると思いやすが、ゴーレムの腹の部分と股間の部分に同じ紋様があるのがわかるっすか?」
ランテさんに言われ視線をゴーレムに向けると、確かにお腹と股間の部分に同じ紋様があるのが見えます。
「──アレは“吸魔の門”といって、外部──空気中から魔力を吸収する為のシロモノっす。
これはゴーレムを動かす為の“魔力をたんまり溜め込んだ核”を搭載していないタイプの特徴っす。
そして、この吸魔の門は実にデリケートなシロモノでキズがひと筋でも入ると機能不全──使い物にならなくなるっす。
更に、ゴーレムに刻み込める吸魔の門の総数は最大で五つ。因みに、吸魔の門を六つ以上刻み込むと魔力の供給過多になってゴーレムが暴走するそうっす。──話を戻しやすと、現在見えている二つと残り三つの“吸魔の門”全てにオイラたちがひと筋でもキズを刻み込む事が出来れば、オイラたちの勝利っす!」
「成る程、理解しました」
「へっ、そんな簡単な事でいいのか。なら、楽勝だ!」
「そうですね。ゴーレムの図体もデカいですから、上手く立ち回ればいけるでしょう」
『作戦会議は終わったのか?
──ったく、待ちくたびれちまったぜ……』
亡霊のくせして、まるで欠伸を噛み殺すような声音でそう言ってきた『妄執のニーショ』。亡霊も寝るということがあるのでしょうか?
…………まあ、精霊であるベヒさんも昼寝をするみたいですから、亡霊が寝ても不思議ではないですね……。
そんな事を思いながら、ボクは皆さんと共に再び、ドーム状の部屋の中へと足を踏み入れます。
「ところで、『妄執のニーショ』さん、先ほど、オイラたちのことを「ぶち殺す」とか言ってやしたが、アレはどういう意味っすか?」
『──いいだろう、教えてやるぜ。
元々、そのゴーレムはな、俺様の本体が朽ちることのない永遠の体を得るために拵えたモンだ。
そして、此処に“ニーショの遺産”目当てでやって来たヤツがゴーレムの起動条件を満たすと、ゴーレムの起動と同時に本体の魂がゴーレムに宿る手筈だった。
しかし、俺様が先に言った通り、本体はくたばってから二百年そこそこで根を上げちまったんで、代わりに俺様が本体の望みを受け継いだのさ。
詰まり、このゴーレムは俺様の身体そのものってワケさ。だから、“ぶち殺す”っつったんだよ!』
「そういうワケでやしたか……──ですが、オイラたちはアンタなんかにぶち殺されるつもりは毛頭ありやせんぜ!」
「おうよ! テメーなんざ、このオレのテラキロハンマーでボッコボコのケチョンケチョンのスクラップにしてやるぜ!!」
「ええ! 私もこの様なところで倒れるわけにはいきませんので、全力でお相手します!!」
──うわー、ランテさんも、ガメッツさんも、そして、サーハ君までも燃えています。ここはボクもみんなの勢いに合わせるべきなのでしょうが、“リアル”という枷があって、流石に他人様が聞いていたら小っ恥ずかしい台詞は言えません。ですが、何か言わないとイケナイような気がだんだんとしてきたので、ボクも意を決して何かを言おうとした矢先、
『ハッ!
テメェー等、よくぞ吠える!
いいぜ!
掛かってきなよ?!
返り討ちにしてやるぜ!!』
『妄執のニーショ』の言葉が響き渡り、そしてその挑発の言葉が合図となって、戦いの火蓋が切られました。
ガメッツさんとサーハ君は武器を構えると一気に駆け出して、前衛となって石のサークルライン──ストーンサークル内へと入っていきます。
そして、サーハ君たちがストーンサークル内に進入と同時にゴーレムの吸魔の門が輝きだし、グゴゴゴ……、という重厚音を伴って巨大ゴーレムが動き出します。
ボクはその光景をただ呆けて見ているだけの自分に気付き、慌てて抜剣し、微力ながらにも参戦するべく、サーハ君たちの後を追って駆け出します!
『ハッハー……!
ゴーレムの視線というのは中々にいいモノだな。
テメェー等がまるで、虫ケラに見えるぜ!』
「──ケッ。今は好きなだけ吠えてろ!
直ぐに地ベタに這い蹲せてやるぜ!!」
『ほう……。このゴーレムが動く姿を見て、まだ吠えるか。
なら、その勇姿に敬意を表して、もう一つ、イイ事を教えてやるよ。
このゴーレムにはな、さっき言った一定威力以下の攻撃魔法が効かない特殊コーティングの他にも物理攻撃に対しての特殊コーティングがなされているんだ。
そして、ソイツはダイヤコーティングっつてな、このコーティングを打ち破るには材料に使われてるのと同じ“宝石のダイヤ”で出来た武器じゃねーとキズ一つ付かねーぜ?!
ま、高価な宝石で武器を作るなんてバカは居ねーだろうから、物理的にはこのゴーレムは無敵だ!!』
「──な!?」
「──なん……だと……!?」
『妄執のニーショ』が突如告げた真実に、サーハ君とガメッツさんは足を止め、立ち止まってしまいました。
けれど、後発のボクは足を止めることなく、サーハ君たちを追い越して、巨大ゴーレムへと肉薄していきます!
「おい! 止まれ、嬢ちゃん!
ソイツには剣の攻撃じゃ意味をなさねーぞ!!」
『そうだぞ、小娘。
俺様が言っていたことを聞いてなかったのか?
それとも、俺様が言っていたことが嘘かハッタリだと思ったか?
──だがな、俺様がさっき言った事は真実だ!』
ボクはガメッツさんの言葉も、『妄執のニーショ』が言っていることも、無視して、突き進みます!
『ハン。若さ故の蛮勇というヤツか。
いいだろう。己の無能さを痛感するがいい!』
そう言うや、『妄執のニーショ』はゴーレムの片腕をゆっくりと動かして、ボクに狙いを定めます。
──今です!!
ボクは余裕をかまして徐に行動するゴーレムを視界の端に捉えると、予め憑依してもらっている精霊たちに思念で合図を送り、身体能力の強化を施してもらいます!
──精霊憑依──
契約した精霊を自身の身体に憑依──宿すことで、精霊の種ごとの身体能力の強化を一時的に受けられる技。
例えば、火の精霊であれば恒常的に火事場の馬鹿力以上の力を出せる等。
ただし、デメリットも存在します。
先の例で上げた火の精霊を宿して出せる力を向上させた場合、強くなった力で身体を動かせば当然その反動が身体に返ってきます。
なので、なんの対処もせずにそのまま動けばものの数分で身体がボロボロになってしまいます。
更にこれは全ての精霊で共通で、一つは効果の如何に関係なく力ある精霊をその身に宿す行為自体は身体に多大な負荷が掛かること。
そして、もう一つは精霊憑依中は精霊の力を借りた魔法は術者が直接接触して使用するタイプ以外は使用不可なこと。
──火の精霊のウィスのお陰で力が増し。
──水の精霊のぷるるんのお陰で血行が最良の状態になり疲労物質の蓄積を防ぐことで疲労によるパフォーマンスの低下を大幅に遅らせ。
──風の精霊たちのシルフルズのお陰で身体表面の空気抵抗が軽減され普段以上に素早い動きが可能になり、その上、身体の動きを風をによって調整してもらい。
──地の精霊のベヒさんのお陰で身体が受けるダメージを大幅に軽減──この身体能力強化で火の精霊のウィスの力向上のデメリットも相殺──されます。
これで、実戦経験の浅いボクでも、それなりの戦力になれるでしょう。
ボクはシルフルズのサポートで、上がった身体能力に振り回されることなく身体を動かし、一気に巨大ゴーレムの股間の下に到着すると同時に剣を上段に構えた状態で跳び上がり、これまたシルフルズのサポートで狙い違わず、股間部分にある“吸魔の門”に──
──ザイィーン!
ダイヤより硬質なカルカタ鉱石製の剣で、ひと筋のキズを刻み込みます!
すると、キズの入った“吸魔の門”は輝きを失い、沈黙しました。
『──なーにっ?! そんな、バカな!?』
──先ずは、最初の1つ。
ボクは着地すると、直ぐさま床を蹴って飛び込み前転の要領で、巨大ゴーレムの股間下を潜り抜けて、体勢を立て直すと一気に駆け出して巨大ゴーレムの攻撃範囲から逃げ出します。
『──こんの、雌ガキがぁー!
フザケた真似しやがって!!
何処、行きやがった?!』
“物理的に無敵”と豪語していた手前、まさかの一撃を喰らってキレる『妄執のニーショ』。
巨大ゴーレムは周囲を見渡しますが、既にボクはストーンサークルの石の裏に身を隠し、巨大ゴーレムの視線が逆方向を向いた隙を突いて次々と石の裏を移動していき、ランテさんの居る所まで戻ります。
「やるっすねー、円さん!」
「ま、相手が油断していてくれたお陰で、上手くいきました」
「さーって、ここからが本番っすよ! オイラは契約している音の精霊の力を借りて、見えてない残り三つの“吸魔の門”が刻まれている場所を探すっすから、その間に腹の部分の紋にキズを入れておいてくださいっす!」
「わかりました!
出来る限り、やってみます!」
ボクは石の裏から出て、サーハ君たちと合流します。
「──ったく、ヒヤヒヤさせんじゃねーよな、嬢ちゃん……」
「すみません。ですが、意表を突いて一撃を喰らわせてやりました」
「ところで、マドカさんのその剣には何か特殊な能力でも?
それとも、『妄執のニーショ』が言ってた事がデマカセだったのでしょうか?」
「どちらも“いいえ”ですよ、サーハ君」
「なら──?」
「この剣は、精錬するとダイヤより固くなるカルカタ鉱石で出来ています。なので──」
「あのゴーレムにキズを入れられたってワケか」
「ええ、その通りです、ガメッツさん」
「──詰まり、マドカさんの“剣”がこの戦いの要になるって事ですね」
──!? 今更になって気付きました。
確かにサーハ君の言う通り現状であのゴーレムにキズを入れられるのは、ボクが手にしている剣くらいです。
「……そう、なりますね……」
「なら、ちゃちゃっと、腹の紋にもキズを入れちまおうぜ?」
意気揚々とガメッツさんが戦闘再開を促しますが、お腹の部分の紋は股間部分のモノよりも高い位置にあり、キズを入れるのはかなりの危険を伴います。
特に紋にキズを入れる前よりも、入れた後の床に着地するまでの間が完全に無防備になってしまいます。
「では、私がゴーレムの気を引きつけますから、隙が出来たところをマドカさんが一気に詰め寄って腹の紋にキズを入れてください。
そして、ガメッツさんはマドカさんが紋にキズを入れた直後は無防備になってしまいますから、ゴーレムがマドカさんに攻撃を加えないよう、そのハンマーによる攻撃でなんとかゴーレムの攻撃を阻止するということで、いいですか?」
おおー! 流石は人の上に立つ家柄に生まれたサーハ君です。的確な作戦をこうも直ぐさまに立ててしまうとは!
この作戦なら、イケる気がします!
「よっしゃ、了解したぜ、兄ちゃん!」
「了解です!」
「それでは、いきますよ!」
作戦通り、先ずはサーハ君がゴーレムの前と飛び出します。
『あ~ん?
其処に居やがったか、雌ガキ!』
「──おっと、『妄執のニーショ』さん、か弱いレディを付け狙うのはやめて、私の相手をしてもらえないでしょうか?」
『あん?! なんだ、テメェー、キザったらしい科白を吐きやがって!
いいぜ、先ずは優男、テメェーからぶっ殺してやらーっ!!』
『妄執のニーショ』はサーハ君の挑発に乗って、ターゲットをボクからサーハ君へと移し、向かってくる彼を殴り潰さんとゴーレムの拳を振り上げ、そして、油断していた先程とは異なり、恐ろしいスピードでその拳を振り下ろします!
──ドガァーン!
ゴーレムの拳が床を叩く音が響きますが、其処には既にサーハ君の姿はなく、素早いステップで躱した彼はお返しとばかりに手にした剣でゴーレムを攻撃します。
──キィイーン!
しかし、サーハ君が振るった剣はゴーレムの装甲に当たると、金属同士がぶつかる甲高い音を響かせ、弾かれます。
「──やはり、私の剣ではキズ一つ付きませんか……」
『あたぼーよ!
言ったろ?
コイツにはダイヤコーティングがされてるってな!
さっきの雌ガキの一撃はまぐれよっ!!』
──チープな誘い文句ですね……。そんなので、ボクが姿を見せると思ってるのでしょうか?
勿論、ボクはサーハ君がゴーレムの前に飛び出したところで、すぐにストーンサークルの石の陰に隠れて、隙を窺いながら慎重にゴーレムに攻撃を仕掛けるのに最適なポイントへ移動をしている最中なので、のこのこと出ていったリなんて真似はしません。
『妄執のニーショ』にとって、ボクは現段階で最要注意対象。なにしろ、物理攻撃に無敵を豪語していたゴーレムの装甲に易々とキズを入れたのですから。真っ先に始末したいと思っていることでしょう。
しかし、ボクはいまだ石の陰に隠れて姿を見せないことにイラ立ちを覚えた『妄執のニーショ』は手近な相手──サーハ君にそのイライラをぶつけるべく、ゴーレムを動かして彼に攻撃を加えていきます。
『──ちょこまかと避けてんじゃねーよ?! ゴラーッ!!
それに、優男、テメェーの剣じゃ、このゴーレムにはキズ一つ付けられねーってつってんだろうが!!』
ですが、サーハ君はゴーレムの攻撃を尽く躱しては、剣をゴーレムに打ち付けて挑発を繰り返します。
それにしてもスゴいですね、サーハ君は。ゴーレムの凶悪な一撃を涼しい顔でヒラリと躱しては挑発攻撃を繰り出し、『妄執のニーショ』を翻弄し、まるで社交ダンスのリード役の如くゴーレムをある位置へと誘い込んでいきます。
「どうしました? 『妄執のニーショ』さん。
私をぶち殺すのではなかったのですか?」
サーハ君が『妄執のニーショ』に言葉による挑発をします。それは、いわばボクたちへの合図。
『──なら、とっとと、大人しく潰れ死ね! 優男がっ!!』
頭にきている『妄執のニーショ』はサーハ君をなにがなんでも殺さんが為、執拗に彼に攻撃を加えますが、先と同様にサーハ君は危なげなく其れ等の攻撃を躱し続けていきます。
ですが、広いとはいえ此処は屋内。外とは違って壁が存在します。更にはこの部屋には大きな石が立ち並ぶストーンサークルもあるため、些か実際の広さより狭く感じられる節があります。
そして、華麗に躱し続けているサーハ君ですが、躱し続けているうちにいつの間にやらストーンサークルの大きな石の前に追い詰められてしまいました。
『ヘッヘ……。漸く追い詰めたぜ!
優男、テメェーにはもう逃げ場は無ー。
今度こそ、ぺちゃんこに潰してやるぜ!!』
「それは流石にごめん被ります」
『抜かせ! 潰れちまいなっ!!』
──ドグァアアァーン!!
『妄執のニーショ』が放ったゴーレムの一撃は、サーハ君が背にしていたストーンサークルの大きな石を見事なまでに貫きました。しかし、貫いたのは大きな石だけで、其処にはサーハ君の姿は何処にもありません。
『──チッ。優男め、ドコに行きやがった?!』
「コチラですよ、『妄執のニーショ』さん」
ゴーレムの左側から掛かるサーハ君の声。其処にはかすり傷一つ負っていない彼が立っています。
実はサーハ君、ゴーレムが石を貫いた一撃を放った瞬間、体勢を低くするとゴーレムの攻撃の軌道に合わせて一気に前進して、その攻撃をやり過ごし、すかさず『妄執のニーショ』が彼に視線をやったときにボクの姿が死角に入る位置に陣取って、彼の姿を捜す『妄執のニーショ』に声を掛けたのです。
『クソがっ!! 舐めたマネしやがって!!
──ナッ!? ゴーレムの手が石から抜けねー?!』
『妄執のニーショ』は再びサーハ君に攻撃を仕掛けようとしますが、石を貫いた方のゴーレムの手が支えて抜けず、空いている方の手で攻撃しても、サーハ君はゴーレムの攻撃範囲の外に立っているため意味をなしません。
さて、好機到来です。
ボクはサーハ君に躍起になっている『妄執のニーショ』の隙を突き、一気に駆け寄り、
『──チッ。やっぱ、雌ガキが出てきやがったか!
だがな、させねーぞ!!
ぐぉオラーッ!!』
しかし、『妄執のニーショ』はボクの足音に気付き、ゴーレムの視線をサーハ君からボクへと移すと、ゴーレムの力を振り絞り、床に固定されていた大きな石を貫いたまま力任せに引っこ抜くと、ゴーレムの腕を大きく振ってその大きな石をボクの方へと飛ばしてきました。
ですが、石の軌道は現在のボクの身長より少し高めで、ボクの頭上を素通りしていきます。
ボクは怯まずに更にゴーレムへと接近すると、大きな石を貫いた時の体勢のままになっているゴーレムの膝を曲げた状態の脚を踏み台にして、二段ジャンプの要領で巨大ゴーレムの腹部まで跳び上がり──、
──ザイィーン!
──剣を切り上げの形で振るって二つ目の吸魔の門にキズを入れます!
『クソがっ!!
また、やりやがったな、雌ガキがーッ!!』
『妄執のニーショ』はまたもや吸魔の門を潰された事に激昂し、声を荒らげます。
『──だがよー、雌ガキ。テメェーはこれでお終いだッ!!』
ところが、『妄執のニーショ』は一転して喜悦の言葉を吐きます。
何故なら、先程、大きな石を飛ばしてきたゴーレムの手が、既にボクに必殺の一撃を加えるべく、構えられていたからです。
──ガメッツさん、頼みます! このままじゃ、ボク、死んじゃいますから、ホント、頼みます!!
ボクは心の中で、ガメッツさんがこの攻撃を阻止してくれることを固く信じて、異様に長い体感時間の中を過ごします。
しかし、待てども暮らせども巨大ゴーレムの動きは止まることなく、巨大な拳がボクへと迫ってきます!?
一体、ガメッツさんはどうしたのかと、視線をガメッツさんへと向けると、そこには作戦開始時点では意気揚々だったガメッツさんがまるで別人かのようにその場で身を震わせたまま突っ立っているではありませんか?!
──何故? ガメッツさんの身にナニが──?
そう、思った瞬間、──
『──まずは一匹!!』
『妄執のニーショ』の吐いた言葉が異様に耳につくと同時に、凄まじい衝撃がボクを襲い────
────そうして、回想は現実に追い付きます。
「──生きておるか、円よ?」
「──ええ。ベヒさんたちのおかげで、こうして、なんとか……」
「──いや、吾らの力だけでは、其方を守り切れなんだ……。
其方が生き長らえたのは其方が身に纏っている衣服のお陰。
もし、其方がその衣服以外のモノを着用していたならば、先のゴーレムの一撃で、其方は“パァーン!”となっていたことだろう……」
──え!? “パァーン!”? って、まさか…………ね?
「あの、ベヒさん、その“パァーン!”というのは……?」
「……うむ、果物などに強い衝撃を加えると、その衝撃に因って果物が内側から破裂する事があることは知っていよう?」
「ええ、まあ、それくらいのことなら、大抵の人は知ってると思いますが……」
「詰まりは、そういうことだ。
あのゴーレムの一撃は真に必殺の一撃だった。
繰り返し言うが、其方が現在、身に纏っている衣服でなかったら、其方は先のゴーレムの一撃によって生じた衝撃が体内を駆け巡り、やがて行き場を失った衝撃は内側から外側へと向かう圧力となって、其方を破裂させていただろう……」
──うわ……。まさか想像した通りとか……ヤう゛ェーは……マジで……。
「しかし、その衣服のお陰で、其方は全身打撲と四肢の骨に満遍なく皹が入るくらいで済んだのだ……」
それはまた……“この衣服”に縫い込まれている防護魔法が如何に凄いモノかを改めて実感しました。
──成る程……、一撃必殺の攻撃ダメージを大怪我程度にまで相殺するとか、道理で矢が雨霰と降り注ごうともなんともないワケですね……。
「──ですが、ボクが回想に耽って痛みを紛らわしている間に、治癒を施してくれたのはベヒさんとぷるるんなのですから、ベヒさんたちのおかげには違いがありません」
「……う、うむ、そうか。ぷるるんには吾から其方が感謝していたことを伝えておこう」
「ええ、お願いします」
──そう、回想を始めた時は、気が狂いそうな痛みが全身から絶え間なくあったのですが、現在では軽く痺れを感じる程度までに治まっています。
普通に考えても、自然にはこんなに早く痛みが治まることはまず無いでしょう。ならば、考えるのは肉体の治癒を促進させた“何か”があると踏むのが定石。
そして、そこに自分とこの身体に遺る知識を総動員して導き出した答えが、“宿っている精霊ちの力に因るもの”。なにしろ、地と水の精霊は生命に深く関わっているらしいので、間違いないと思い至ったのです。
案の定、ベヒさんとぷるるんが気を利かせてくれたみたいで、こうして身体も違和感なく動かせるようになりました。
──さて、一先ずはランテさんと合流しようと思いますが、…………その前に、不可抗力とはいえ、先のゴーレムの一撃で一時的に膀胱が緩んでしまったようで、三十を過ぎているのに粗相とかマジでないです……。それに、濡れた下着やストッキングが肌に張り付く感じがどうにも気分を害します。なので、丁度、今居る場所は誰からも死角になっているので、念の為に持ってきていた替えの下着とストッキングに履き替えます。ただ、不幸中の幸いはスカートが濡れなかったことですね……。なにしろ、この衣服の替えはありませんから……。
──さてと、無事に着替えも済んだので、とっとと、ランテさんと合流しましょう。
──それにしても『妄執のニーショ』め。ボクにあのような辱めを受けさせるなんて、絶対に許すマジ!!
ボクはそう心に誓うと、ストーンサークルの石の陰を渡り歩き、ランテさんの居る所まで忍び足で移動します。
「あ! 円さん、生きてたんすね?!」
「──!? シーッ。ランテさん、シーッです!」
ボクが無事だったことに思わず声を上げてしまったランテさんを、ボクは制します。
「──!? おっと、そうでやすね。失礼しやした。
ですが、無事でなによりっす。
流石はジャーケン十八番の防護魔法と言ったところっすね。
即死間違いなしの攻撃でもほぼノーダメージにしてしまうとは恐れ入りやす」
どうやら、ボクの意図が分かってくれたようで、ランテさんは声量を下げてくれました。
「──ところで、ガメッツは居るか?」
「…………あ、ああ、此処に居ますよ、ベヒさん……」
ガメッツさんの声が聞こえてきたのはボクが身を隠している石の反対側、そこにガメッツさんが気落ちして力無く項垂れて座っています。
「…………よ、よう、嬢ちゃん。す、すまねー……。なんかよ……、いきなり変な臆病風に吹かれちまって……ホント、済まねー!」
よほど、先の作戦における自分の失態を気にしているようで、ガメッツさんの声は消え入るようにか細いです。
「──いえ、ボクはこうして無事だったんですから、出来るだけ気にしないでください」
「そう言ってくれてありがてーが、なんか……オレ……駄目なんだ……。
急にワケわかんねーほどにビビっちまって…………足が竦んで……もう立てる気すら……しねーんだ……────」
「──うぬ……、やはりか」
「? 何が“やはりか”なんすか、ベヒさん?」
「うむ。此奴の動きが急におかしくなったのは気付いておるな?」
「ええ、まあっす。ですが、兄貴が急に弱気になる事は偶にあるっすから、今回もそうかと──? 違うんすか?」
「その通りだ。
ガメッツよ、お主、呪詛を喰らっておるな。しかも、恐怖心を異常に増大させるタイプのモノを」
「──な?! 呪詛って!?
あ、兄貴、ちゃんとオイラが前以て渡しておいた呪詛から身を護る御札は使ってるっすか?」
「……あ、ああ。ちゃんと使ってるぞ、ほら」
そう言って、ガメッツさんは防具が覆っていないシャツの部分をめくり、シャツの裏に御札が貼り付けられているのを見せます。
「……………………兄貴……、その御札……、効果を発揮させてないじゃないっすか?!」
「え!? 御札って、貼っておくだけで効果があるんじゃねーの?」
……………………。
「……兄貴……、御札を渡したときに説明したっすよね?
この御札は規定の手順を踏まないと効果を発揮しないって」
「…………あー、スマン。テキトーにしか聞いてなかったから、憶えてねー……。
ワリぃ……」
「…………はぁ~、まったく、兄貴は……。
いいっすか?
まずはどっちの手の指でもいいので唾を付けて下さい。そしたら、唾を付けた指を御札に押し当ててそのまま横線を引くように、御札に押し当てた指を動かせば、御札は効果を発揮するっすよ」
ガメッツさんは早速、ランテさんの言った通りの手順を踏むと、
「お!? おお!? おおお!!
つい今し方まであった意味の分からねー恐怖心が綺麗さっぱり無くなっちまった!!
これなら、イケる! イケるぞ!!」
先程までの気落ちしたガメッツさんは何処へやら。見事に呪詛から解放されたようで、元のガメッツさんに戻りました。
「……ったく、手間掛けさせないでくださいっすよ、兄貴」
「おう、いつも、すまねーな、ランテ。
嬢ちゃんもさっきは済まなかった。
借りはキッチリ返すから、オレに任せな!!」
「それでこそ、兄貴っす!
妄執のニーショ』なんざ、いてこましちまってくださいっす!!
──あっと、それと、ゴーレムの吸魔の門の残り三つのうち、二つの場所が分かったっすよ。一つは、左脚の膨ら脛に当たる部分。もう一つは右脇の下っす」
「──では、先に比較的楽な左脚の膨ら脛にある吸魔の門を潰しましょう!」
「それが妥当っすね!」
「おうよ! んじゃ、オレは引きつけ役を兄ちゃんと交代すっから、紋へのキズ入れは頼むぜ、嬢ちゃん!」
「わかりました!」
「引き続き、オイラは五つ目の吸魔の門の場所を探るっすから、皆さん、お願いしやすよ?」
「任せろ!」
「ええ!」
「うむ。吾ら精霊たちも助力を惜しまんぞ!」
みんな気合い充分!
これなら、なんだかイケそうな気がします!!
まず最初に動いたのはガメッツさん。彼は一人奮戦していたサーハ君のところへ悠々と歩いていくと、
「おう! 『妄執のニーショ』の相手役の交代だ!
兄ちゃんは、下がって休んでな」
サーハ君へ交代の旨を告げます。
「──! ありがとうございます。少々、疲れてきたところでしたので、助かりました。
それでは、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
そうして、ガメッツさんの言葉を受けたサーハ君はそう言うと、ゴーレムの攻撃を此れ迄のようなすんでのところで躱すのではなく、大きく距離を取って躱すと、警戒を怠ることなくボクたちが居る方へと退いてきます。
しかし、「──疲れてきた……」と言っていたサーハ君ですが、戻ってきた彼はいまだ息を切らせるどころか汗一つかいていないとか……どんだけ体力があるのでしょう?
そんな疑問を抱きつつも、ボクは再び視線をガメッツさんの方へと向けます。
『ああ~ん?
なんだ? 今度はうどの大木が俺様の相手をするってか~?
──おいおい……、まさかとは思うが、さっきくたばった雌ガキの仇討ちとか言うんじゃねーだろうな?
その時、ビビってなにも出来なかった貴様がよ~?』
「──……そうだ。と言ったら?」
『か~……、見た目と違って、殊勝なことするじゃなねーか。
──だがよ、雌ガキがやられた時にビビって動けなかったテメェーが出しゃばったところで、俺様にペシャンコに潰されるのがオチだぜ?』
「ハッ、出来るもんなら、やってみな?!
それによ、さっきからオレのことを“ヒビって何も出来ねー”って何度も言ってるがよ、本当に“ヒビってんの”はテメーの方だろ?」
『抜かせ!
この俺様が“ヒビってる”だと~?
巫山戯たこと抜かしやがるんじゃねー!!』
『妄執のニーショ』はそう吼えると、巨大ゴーレムの腕を動かして、ガメッツさんに一撃を加えます!
──ガイィィーン!
しかし、巨大ゴーレムの腕の一振りはガメッツさんに届くことはなく、彼に届く少し手前で止まっています。
『──なん……だと……!?
何で、テメェー動けるんだ??』
そう、巨大ゴーレムの一撃はガメッツさんが手にした鎚によって、完全に受け止められていて、さらに、
「おらーっ!」
──ガイィィーン!
ガメッツさんが見るからに重量がある鎚を棒切れ同然に振り回して、動きが止まったゴーレムの腕を一撃すると、金属同士がぶつかった甲高い音を響かせ、ゴーレムの腕は弾き上げられました。
「チッ。弾き上げられても、装甲に凹み一つ無ーとか、頑丈すぎんだろ……」
『バカな?!
テメェーは俺様の呪詛を喰らって、動けねーハズ……なのに──』
「あ~ん? テメーの呪詛なんざ、御札一枚で、ご覧通りの無効さ。
……ったくよ、呪詛なんて小賢しい手を使ってオレをビビらせて動けなくするとか、テメーがオレにヒビってるなによりの証拠じゃねーか。
ダッセーな、『妄執のニーショ』さんよ、ん~、おい?」
ガメッツさんは『妄執のニーショ』の呪詛が効いていないことのネタばらしと挑発をし、『妄執のニーショ』を煽ります。
『──クソォが! クソォが! クソォが!!
潰れろ!! 潰れちまえ!! 贓物をぶち撒けろ!!
この、うどの大木がっー!!』
──ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! …………
ガメッツさんの挑発にキレた『妄執のニーショ』は我武者羅に巨大ゴーレムのを両腕を振るって、ガメッツさんに攻撃を仕掛けますが、その全てはガメッツさんの鎚による迎撃によって防がれます。
『巫山戯んな! 巫山戯んな! 巫山戯んな! 巫山戯んな!! ……………!!』
全ての攻撃を防がれたことに『妄執のニーショ』はさらに激昂し、ガメッツさんへの攻撃を苛烈にしていきます。
──ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! ガイィィーン! …………
しかし、それらの攻撃もまた、ガメッツさんの振るう鎚によって全てが防がれ、堂々巡りに。
「さっすが、本気を出した兄貴っす!
カッコいいっすね~!
惚れ惚れするっす!
おし、オイラも兄貴に負けてらんないっす!
音の精霊──シンフォニア、反響探索っす!」
そう言や、ランテさんは目を閉じ耳を澄ませ、スゴい全集中を開始しました。
──さて、ボクもそろそろ動くとしましょう。ベヒさんとぷるるんのおかげで全回復しましたしね。
──ですが、その前に、
「ベヒさん」
「む? どうした?」
「お聞きしたいのですが、現在、ボクに宿っているシルフルズのうちの何人かを憑依を解いてもらって、風の魔法を自在に使える状態にする事って、可能ですか?」
「うむ、可能であるが、憑依を解いてしまうと解いた分だけ其方に掛かっている身体能力強化の効果が落ちるが……?」
「──構いません。寧ろ、風の魔法が自在に使えた方が何かと便利だと思うんです」
「……成る程。其方の意見には一理あるな。分かった」
「それではシルフルズのうち、二人は引き続きボクに宿ったままでいてもらい、あとの三人は憑依を解いて何時でも風の魔法が使えるように」
「……うむ。シルフルズたちが了解したとのことだ」
ベヒさんがそう告げると、身体の中からナニカが抜け出る感覚がします。おそらく、シルフルズのうちの三人が抜け出たのでしょう。
試しに風を弾にして撃ち出してみると、放たれた風の弾は壁にぶつかり、壁を少し削ります。
──おし。魔法が使える状態になってます。
ボクは取り急ぎ、ストーンサークルの外側を通って、鎚を振るうガメッツさんと凄まじい打ち合いをしている巨大ゴーレムの後ろ側へと忍び寄ると、先ずは目標である左脚の後ろ側にある吸魔の門の位置を確認します。
………………確かに、ランテさんが言った通り、巨大ゴーレムの左脚の後ろ側──人でいうと膨ら脛の所に空気中から魔力を吸収していることを示す光りを発している吸魔の門が見えます。
ボクはタイミングを見計らい、剣を横に構え、自在に使えるようになった風の魔法を用いて、紋がある高さに合わせて自らの身体を宙に浮かせて、準備オーケー。
『潰れろ! 潰れろ! 潰れろ! 潰れろ! 潰れろ! …………』
「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! …………」
──ガイィィーン! ガイィィーン! …………
幾度目かはもう数えてないので分かりませんが、ガメッツさんとゴーレムの打ち合いで、ガメッツさんの鎚とゴーレムの腕がぶつかり、ゴーレムの動きが一瞬止まった瞬間──
──今です!
ボクは魔法を行使しているシルフルズたちにGOサインを出して、宙を舞って、一気にゴーレムの後ろ側を駈け抜けます。
──ザイィーン!
構えた剣が、ゴーレムの左脚の後ろ側の吸魔の門にキズを入れ、その光りを失わせ吸魔の門の機能を停止させます。
『──は?』
実に間の抜けた声を出す『妄執のニーショ』。
そんな『妄執のニーショ』の前にボクはシルフルズたちの魔法で宙に浮いた状態のまま、態と姿を曝して近くにあるストーンサークルの石の上に降り立ちます。
『──!?
雌ガキ……テメェーは……俺様の一撃で……くたばった……ハズ……?!』
「おや? 何時、ボクが貴方の攻撃を受けて、“くたばった”って言いました?」
『妄執のニーショ』の言葉に、ボクは彼を小馬鹿にした返答をしておちょくります。
勿論、普通は死人に口なしの言葉通り、くたばったら、そもそも「くたばった」などと口にすること自体無理ですが、相手は亡霊ですのでこれくらいの小粋なジョークをかましてもいいのではと思ってボクはそう発言したのですが、どうやら『妄執のニーショ』にはボクのジョークがわからなかったようで、
『──チッ。このゴーレムの一撃をモロに喰らって無傷とかバケモノかよ……』
ボクの事を“バケモノ”呼ばわりとは……。
「は~……。亡霊にバケモノ呼ばわりされる謂れは、ボクにはないのですがね~……」
『うるせぇー!! 普通の奴ならまず間違いなく即死の攻撃を喰らって無傷でいるとか有り得ねーようなヤツに“バケモノ”っつって、何が悪い?!』
……ん~……、確かに、言われてみればネタを知らないで結果だけを見るなら、バケモノ呼ばわりも致し方ないと思いはしますが……、ようは手品と同じ。
一見、摩訶不思議でもソレには種も仕掛けも有るんですよね。詰まり、少し考えれば何がカラクリがあると気付きそうなモノですが、どうやら『妄執のニーショ』は考える事をせずに結論を出したみたいですね……。
「……よくそんな短慮な頭で歴史に名を遺す大商人に成れましたね……、…………あ!
もしかして、本体であるニーショ当人は頭のキレる方だったけど、その残留思念である貴方には当人の頭のキレは受け継がれなかったのでしょうか?
それとも、ニーショには優秀なブレーンが──」
『──!! だから、うるせぇーっつってんだだろうがっ!!』
──ズガァーン!
ボクがみなを言い終わるより前に、頭にきた『妄執のニーショ』がボクへと攻撃をしてきて、ボクが立っていたストーンサークルの石を打ち砕きます。
ですが、巨大ゴーレムがボクが立っていた石を打ち砕いたときには既にボクは魔法担当のシルフルズたちのサポートでゴーレムの攻撃射程からは逃れ、今度は床に降り立ちます。
「──まったく、人の話は最後まで聞きなさいって小さい頃に教わらなかったのですか?」
『ニーショの執念である俺様にはそもそも、小さい頃なんて無ぇーっ!!』
──ズドォーン!
ボクの茶化しにマジメに応答しながらも、再び、ボクへと攻撃を仕掛けてくる『妄執のニーショ』。
しかし、精霊憑依で身体能力が強化されているボクは、普段ではギリギリであろう回避行動を余裕をもって行い、巨大ゴーレムの一撃をヒラリと躱します。
「──おいおい……、『妄執のニーショ』!
テメーの相手はオレだろうがっ!!」
──ゴイィーン!!
再登場したボクに構いだして隙の出来た『妄執のニーショ』に、ガメッツさんが一撃を加えます。
しかし、
「──ちっ。フルスイングでも、凹まね~とは、頑丈にも程があんだろ……」
先程、打ち合いをしていた時よりも重い金属同士がぶつかる音が響きはしますが、巨大ゴーレムの装甲はビクともしません。
『──邪魔するなーッ!! うどの大木がっー!!』
怒髪衝天にきている『妄執のニーショ』は反射的に巨大ゴーレムの腕を振るってガメッツさんを一撃しようとします。
「!? やべ! 近付きすぎたか!?」
これマズいです……。ガメッツさんが零した呟き通り、このままではゴーレムの腕はガメッツさんが身を退くより早く彼に到達してしまいます。
……。ここは乱暴な手でも、やむを得ません。人命第一!
──ヴオォーーォォ!
ボクはシルフルズに頼み、人が吹き飛ぶ程の強風を起こしてもらい、ガメッツさんを強制的に後退させます。
「──!? うおっとっとっと……。
サンキューな嬢ちゃん、助かったぜ!」
ガメッツさんは一瞬、目を白黒させますが、すぐに状況を察してボクが起こさせた風に乗って危なげなくゴーレムから距離を取ります。
そして、ガメッツさんが風に乗って後退した直後、ゴーレムの腕がつい今し方までガメッツさんが立っていた場所を通過しました。
『チッ。ちょこまかと逃げやがって、小癪な!』
『妄執のニーショ』はボクたちが距離を取ったことで、一旦、攻撃を止めて、対峙します。
「──さて、ここからは私も戦線復帰です」
「なんでい、兄ちゃん、休憩はもいいのかい?」
「ええ。私も引きつけ役以外の戦功を挙げたいと思いましてね……」
そう言って、先程までランテさんの居るところで休憩していたサーハ君が戦列に再び列びます。
「では、次の目標は右脇下にある吸魔の門です」
「実に厄介な場所にありますね」
「ええ。場所が場所だけに紋にキズを入れるにはゴーレムの右腕をどうにかして、脇をガラ空きにしないといけませんからね……」
「なら、ゴーレムの右腕をどうにかする役はオレがやってやるよ」
「!? 出来るんですか、ガメッツさん?」
「おうよ! 任せな!
とっておきの奥の手があっからよ、ソイツでゴーレムの腕なんざどうにかしてやるぜ!」
「……では、お願いします!」
「おう、お願いされたぜ!」
「あとはボクたちが、どう動くかですが……──」
「それでしたら、私に案があります」
「どんな案でしょう?」
「少々、耳をお貸しください」
ボクは頷き、サーハ君の方へ耳を傾けます。
「いいですか。…………に……て、…………するんです。そして、…………してください。そしたら、…………」
「……はい、……はい、分かりました。その案で行きましょう!」
ボクはサーハ君の案を聞いて、それならイケると思い了承します。
『ふわぁ~……。よ~、作戦会議は済んだか~?
ったく、待ちくたびれちまったぜ~……』
ボクたちが作戦会議をしている間に冷静さを取り戻した『妄執のニーショ』が、欠伸を噛み殺します。まったく、律儀にボクたちが作戦会議を終えるまで待ってくれるとは、悪党にしては人がいいのか……、それとも、別の理由があって、ボクたちが作戦会議中に何もしなかったのか……、ま、兎にも角にもやる事には変わりありません。
「ほんじゃ、ま、行くぜ! ヤロウども!!」
「おー!」
「はい!」
ガメッツさんの号令で、巨大ゴーレムへとか向かって先頭を走るガメッツさんの後にボクとサーハ君が続きます。
『来い! 今度こそ、全員、ぺしゃんこに叩き潰してくれる!!』
構えを取る巨大ゴーレムへと接近していくボクたち。
そして、ボクとサーハ君はガメッツさんの体でゴーレムの視線から隠れられる位置まで来ると、お互いの走る位置を入れ替えます。
そして、更にゴーレムに接近した瞬間、ガメッツさんが、咆えました!
「──オレのハンマーが、光って唸る!!──」
──ギュイイィィーーイイイィィィーーーン!!
ガメッツさんの咆哮に反応して、ガメッツさんが手にしている鎚が金色の光りを放ち唸り音を上げます!
「──全てを砕けと、轟き叫ぶ!!──」
──イイイイィィィィーーー
ー…………イイイイイィィィイィィーーン!!
更に、ガメッツさんの咆哮に反応して、金色だった光りが真紅に変化し、唸り音もけたたましくなります!
「──一撃粉砕! 粉骨砕身!!──」
──…………イイィィーン………………。
更に更に、これまたガメッツさんの咆哮に反応して、鎚が放つ色が真紅から蒼白に……──そして、唐突にガメッツさんが手にした鎚は光りを失い、唸り音もピタリと止んでしまいました。
──ですが、それは明鏡止水。まるで嵐の前の静けさを思わせます──
『はん。威勢良く吠えた割りにはナンだ?
オモチャみてーに光って音が出ただけの虚仮威しとか、うどの大木、テメェー、俺様を舐めるのも大概にしやがれっ!!』
迫り来るガメッツさんを迎え撃つため、『妄執のニーショ』は巨大ゴーレムの右腕を動かし、可動範囲ギリギリまで後ろに引くと、ガメッツさんが攻撃射程に入るのを待ち構えます。
「…………」
それに対して、ガメッツさんは『妄執のニーショ』に言葉を返すことも、先程までのように咆えることもぜず、走りながらもしっかりと鎚を構えた状態で無言でゴーレムの攻撃射程範囲内に足を踏み入れます!
『──ミンチになりやがれーーっ!!』
『妄執のニーショ』は攻撃射程範囲内に入ったガメッツさんへ向けて、巨大ゴーレムの拳を此れ迄の中で最大の速度で打ち出しました!
「──砕け散れ!!!!」
ですが、ソレを待っていたガメッツさんが咆え、巨大ゴーレムの拳と打ち合わさるように構えた鎚を全力で振り上げます!
──ドゥバゴンドォーォーン!!!!!!
ガメッツさんの鎚と巨大ゴーレムの拳がぶつかり合った瞬間、凄まじい爆音が轟き、そして、此れ迄幾度もガメッツさんの鎚と打ち合っても凹む事すら無かった巨大ゴーレムの右腕が拉げて肩の関節部分から千切れ飛んでドーム状で高くなっているこの部屋の天井付近まで舞い上がりました!
『──バ……、バカ……な!?
有り……得ん……。
こんな……こんな……バカな事が────!?』
その事実に驚愕する『妄執のニーショ』。
ですが、ボクたちは『妄執のニーショ』以上に驚愕しています。何故なら、ガメッツさんの一撃で千切れ飛んだ巨大ゴーレムの右腕が自由落下に入った直後、その姿を無数の金銀銅の円形状のモノ──コインに姿を変え、更にコインの内側からは煌びやかな金銀財宝が姿を現したのです!!
「──そういう事でやしたか……──」
その光景を見て、ランテさんが何かに気付いたようですが、話は後です。
ボクは視線を落ちてくる“ニーショの遺産”から巨大ゴーレムへと移し、先のガメッツさんの一撃によって右腕を失った際の衝撃で体勢を崩しているゴーレムを確認すると、すかさず体内に残る魔力すべてを風の精霊のシルフルズへと捧げて、風の魔法を解き放ちます!
──如何なるモノも薙ぎ倒す下降気流、ダウンバースト──
風の当たる範囲は体勢を崩して後ろに大きく傾いた巨大ゴーレムの頭部一点のみ。
『──?! な、何だ!?
ゴ、ゴーレムが何かに押されている……だと?!
マズい!
このままでは、ゴーレムが倒れてしま────』
──ズウゥゥーン。
風の魔法の追撃で完全にバランスを崩して、土煙を上げて仰向けに倒れ込む巨大ゴーレム。
絶好の好機到来!
体内の魔力が空になって、やる気がすこぶる減退していますが、そんな自分にムチ打って、ボクは吸魔の門にキズを入れるべく巨大ゴーレムへと急接近していきます。
しかし、『妄執のニーショ』もボクが近付いてくることは予想済みで、ボクを近付けさせない為に形振り構わず、ゴーレムの左腕と左脚を目茶苦茶に動かして牽制してきます。
流石に出鱈目に振るわれている巨大ゴーレムの手脚の中に飛び込んで行くほどの蛮勇はボクには有りませんので、ボクは足を止めて、剣帯に吊してある小袋から魔力の実を一つ取り出して口に放り込みます。
咀嚼と同時に口内にブドウとリンゴを掛け合わせたような甘味と酸味が拡がり、瞬く間に身体の隅々まで魔力が満ち溢れていきます。
『──テメェー、雌ガキ、余裕ぶっこいて、戦闘中にモノを食うとか舐め腐ってんじゃ────』
──ザイィーーン!
『妄執のニーショ』がみなを言い終わる直前、巨大ゴーレムの右の脇の部分から甲高い金属同士が擦れ合う音が響きました。
──即ち、サーハ君が、右の脇にある吸魔の門にキズを入れたのです!
『──な──に──?!
優男──、テメェーの“剣”じゃ、このゴーレムには傷一つ付けられねー筈なのに…………どうやって────?』
「ええ。確かに“私の剣”ではこのゴーレムの装甲に傷一つ付けられはしませんが……、今現在、私が手にしているのが“彼女が持っていた唯一そのゴーレムに傷を付けられる剣”であったとしたら、どうです?」
「──!? まさか、テメェーら、“剣”を持ち替えてやがったのか?!」
「ご名答です」
『──クソがっ!!』
そう、ボクとサーハ君はガメッツさんの体で自分達がゴーレムの視線から隠れた瞬間に走る位置を入れ替えた際に剣も一緒に入れ替えておいたのです。それが、サーハ君がボクに耳打ちした案。
なにしろ、『妄執のニーショ』にとって、一番目障りなのはゴーレムの装甲にキズを入れられる武器を持ったボクで、次がゴーレムの攻撃を鎚で軽々と受け止めてしまうガメッツさん。そして、サーハ君はというと、『妄執のニーショ』にとっては既にアウトオブ眼中でノーマーク。その事を突いた見事な頭脳プレーでした。
ボクたちは癇癪を起こした『妄執のニーショ』によって、倒れたまま暴れ回る巨大ゴーレムから離れると、ランテさんの居る所まで後退して、様子を見守ります。
「流っ石は兄貴!
それに円さんとサーハさんの連携も良かったっすよ!」
労いの言葉で出迎えるランテさん。
「それにしても、ガメッツさんの先の一撃は凄まじかったですね。アレをもう一度、ゴーレムに叩き込めば、弱点である吸魔の門を狙わなくても倒せるのでは?」
「おいおい……兄ちゃん、アレは奥の手ってっつったろ?
オレのテラキロハンマーは装備している間、オレの魔力を常に一定量ずつ吸収して蓄えてんだ。
そして、蓄えたオレの魔力を任意のタイミングで全部打撃力に変換して一撃を放つ!
さっきの一撃は約半年ほど蓄えた分だ。だから、次にさっきのと同じ威力の一撃を放つには最低でも半年も待たなきゃならん」
「……そうなんですか。意図的に魔力を武器に蓄えられたら、使い勝手がよさそうなのに……」
「確かにな。でも、出来んモンを言ったところで詮無きことだぜ、兄ちゃん」
「そうですね……」
「ところで、ランテさん、先程、何かに気付いたみたいですが、何に気付かれたので?」
「はいっす。みなさんも、兄貴がゴーレムの腕を吹っ飛ばした後、その吹っ飛んだ腕が無数のコインに変化して更にその中からお宝が出てきたのは見てるっすね?」
「ええ」
「まさか、あんなトコにお宝を隠してるとは度肝を抜かれたぜ」
「あれには驚きでしたね」
「『妄執のニーショ』が戦闘を始める前に言っていた『ゴーレムを倒さなきゃ、お宝が手に入らない』って言っていた意味が漸く理解出来やしたっす」
ランテさんのその言葉にこの場に居る全員も同じ事を思っているでしょう。
即ち、“ニーショの遺産”は巨大ゴーレムの中に詰まっている──と。
「そして、次に先の事を理解したことで、戦闘が始まってから疑問に思ってた事の幾つかが納得出来たっす」
「それは?」
「一つは兄貴の度重なる攻撃を以てしても、ゴーレムの装甲が凹まなかった事っす。
ゴーレムの中身がギッチギチに詰まっていたから、兄貴の攻撃を幾度も受けてもゴーレムの装甲が凹む事が無かったんす。
そして、二つ目は中身がギッチギチに詰まっている所為で、あの巨大ゴーレムは重心が安定してないっす。
故にゴーレムは立っている間は一度も脚を使って攻撃をしてこなかったっすし、最初にいた位置からあまり動いてないのがその証拠っす」
「成る程」
「詰まりは、あのゴーレムの方こそが、うどの大木って事だな」
「要はゴーレムの攻撃範囲に入らなければ基本的に安全ということですね」
「そういう事っす。そして、遂に最後の吸魔の門の在処が判明したっすよ! みなさん耳を──」
言われて、ボクらは耳をランテさん傾けます。
「いいっすか?
言いやすよ。最後の──五つ目の吸魔の門はあのゴーレムの襟なような部分の内側に在るっす」
「襟の内側ってことは……、紋にキズを入れるにはゴーレムの頭部に上らないといけないって事ですよね?」
「そうっすね。ですが、円さんが先の宙を飛ぶ魔法を使えば比較的簡単にゴーレムの頭部へは上れるっす」
「……あ、確かに」
「しかし、私が右脇の紋にキズを入れた時にゴーレムの頭部周辺を見た限りでは、頭部と襟の隙間はかなり狭く、紋にキズを入れるのは至難──いえ、実質不可能に思えますが……?」
「サーハさんの言う通り、そこが問題なんすよね。
こう……、ゴーレムの装甲を易々と貫通出来るような手段が有れば隙を突いて、外側からズブリといけて楽なんすけど……?」
う~ん……外側からズブリですか……。
「それならば、円よ、其方が腐臭を浄化した時の魔法が応用できるのではないか?
確かアレは臭い成分の分子結合を解く魔法であったであろう。それを応用して、対象を限定せねば、あのゴーレムとてイチコロであるぞ!」
「あー……、ソレやったらゴーレムの中に在る“ニーショの遺産”まで分解されちゃうんですけども……ベヒさん……」
「そうっすよ、ベヒさん。それじゃ本末転倒っす……」
「でもよ、噂に聞く、魔法剣みてーに武器に魔法の効果を付与出来たら、イケるんじゃね?」
「……兄貴、魔法剣なんて高等技術がおいそれと使えるワケないでやんす……。
それに、使えたとしても、武器に付与する魔法は対象無差別の“分子分解”っすよ?
下手したら自分自身を分解しかねないっす。自殺行為に等しいっすよ」
「マジか……」
確かに、それは危険極まりないです。
そんなボクらが、あーでもないこーでもないと議論していると、
『待たせたな!』
突如、『妄執のニーショ』の声が響き渡りました。
そして、その響いた声に反応して、巨大ゴーレムの方を振り返ると、其処には起ち上がった巨大ゴーレムの姿が目に入ります。
「ん? なんでい、そっから動けねー上にパンチしか出来ねー、真のうどの大木が何の用だ?」
『んだど、ゴラーっ!! 待ってろ!! 直ぐにそっちに行って、ぶん殴ってやらー!!』
ガメッツさんの挑発に乗って『妄執のニーショ』はゴーレムを歩かせようとしますが、脚を動かそうとする度に巨大ゴーレムはバランスを崩しかけ慌ててバランスを保つ動作を繰り返し、遅々としてその場からコチラへは歩み寄ってくることはありません。
『……………………すまねぇーが、テメェーら、コッチに来いや!!』
頼んでいるのか凄んでいるのかわからない言葉を吐く『妄執のニーショ』。
「……チ。しゃ~ね~な、んじゃ、コッチから行ってやるよ。だがよ、左腕だけでオレらをどうにか出来るのか?」
『ヘッ。テメェーらをぶち殺すなんざ、左腕だけで十分だ!!』
なんとも滑稽なやり取りです。
ですが、確かにいまだ健在の巨大ゴーレムの左腕は脅威に違いはありません。下手に近付くのは危険すぎます。
「ナルホド、さすがは『妄執のニーショ』さん、怖ろしいでやんすね」
『あんだ? 今までブルって見てただけのチビ助が出しゃばりやがって!』
「いえいえ、オイラも少しは目立ったところで兄貴たちのお役に立ちたいと思いやして、こうして出しゃばった次第でやす」
『ほう~、じゃあナニか、テメェーにはこのゴーレムにキズを付ける手段が有るってか?』
「──まさか、オイラの手札の中には特殊装甲のゴーレムにキズを付けられるカードは一枚もありやせん────が、腕一つもぐくらいの事は出来るっすよ?」
『──ぶ、ぶはははは……。おいおい、チビ助、テメェー、自分で言った言葉の意味分かってんのか?
ゴーレムにキズは付けられないと言っときながら、“腕をもぐ”だ~?
荒唐無稽な頓智話は寄席でやってな!』
「──なら、試してみるっすか?」
『……いいぜ。出来るものなら、やってみせろよ!』
「では、遠慮なくやるっすよ!」
『オラ、こいよ! チビ助!!』
ランテさんは一歩前へ進み出て、一つ大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、キッとした毅然な視線で『妄執のニーショ』を睨め付けます。
そして────
「──オイラと契約せし音の精霊シンフォニアよ」
「その大いなる力をここに示せっす──」
「共振崩壊っす!!」
──うわ~んわ~んわ~んわ~ん………………
ランテさんが咆えると、室内に反響音のような音が響きだし、その音は絶え間なく響き続けます。
『? 何だ? この変な音は??
は? な、なにーッ!?』
鳴り続ける音に怪訝な声を洩らす『妄執のニーショ』。更に何かに気付いたようで驚愕の声も洩らし、ゴーレムの頭部が自身の左腕の方を向きます。
つられてボクたちも視線を巨大ゴーレムの左腕に向けると、なんと、ゴーレムの左腕の肩と胴を繋ぐ関節部分に時間が経てば経つほどにヒビが入っていき、ついにはヒビが関節部分の全体に入ったところで、ポロリとゴーレムの左腕が余りにも呆気なく床に落ちてしまいました。そして、落ちた左腕は右腕のとき同様に装甲は無数のコインに、更にその中からはニーショの遺産が姿を見せます。
『チビ助──テメェー、ナニをしやがった?!』
「ナニって、共鳴現象を用いて、さっき言った通りにゴーレムの左腕をもいだだけっすよ。
知ってるっすか?
物には固有振動数といものがあって、同じ振動数の音なんかを当て続けると共鳴して振るえだし、やがて分子同士の結合部分が振るえに耐えられなくなって壊れちゃうんすよ」
懇切丁寧に説明するランテさん。しかし、『妄執のニーショ』には難しかったようで、
『ワケわかんねー言葉を並べ立てやがって、ざけンじゃねー!!』
「はぁ~……。折角、簡単に説明してあげたっすのに……。ま、いいでやんす。
さて、『妄執のニーショ』さん、これで、もう文字通り、手も足も出ないでやんすね」
確かに、ランテさんの言った通り、巨大ゴーレムは両腕を失ったことで攻撃手段は自身の体軀を活かしての押し潰しや寝っ転がって脚を使ったモノに限定されますが、倒れたら最後、二度と自力では起ち上がれなくなるし、脚での攻撃範囲も高が知れているので脅威にすらなりませんから、実質詰み状態です。
『──クッ! 確かに両腕を失っちまってはお手上げた──尤も、両腕を失ってっから上げる手なんて無いがな……』
「「「「…………」」」」
…………。
『──おい、人がギャグを言ってやったんだから、笑えよな、テメェーら!!』
「……そう、言われましても……──」
「……だよな。っつうか、程度低すぎだろ……──」
「ボクはノーコメントで」
「オイラも右に同じっす」
『────……だーっ! もういい!
ところでよ、奥の手ってーの持ってるのはなにもテメェーらだけじゃねーんだぜ?』
『妄執のニーショ』はギャグの感想が芳しくなかった事に腹を立てますが、直後、イヤな予感がする言葉を口にします。
「は? 奥の手だ~?
な~に、ハッタリかましてんだ?」
「そうっすよ!
ブラフにも程があるっす」
「ええ、悪党が窮地に陥った時にデマカセを言うのは往々にしてありますからね」
「…………」
ガメッツさん、ランテさん、サーハ君は、『妄執のニーショ』の発言をハッタリと踏んでいるようですが、ボクにはどうにもイヤな予感が拭えません。
『ハッ。俺様の言葉をハッタリと抜かすか。なら、とくと見やがれ!
そして、恐れ戦き、絶望に震えるがいい!!
この自壊鏖塵暴爆呪の魔法陣の前にな!!!!』
『妄執のニーショ』が、そう叫ぶと、巨大ゴーレムの胸部の装甲が両開きにスライドしてその内側に禍々しい輝りを湛えた魔法陣が姿を現します。
『ヘヘヘ……、この魔法陣はな、爆発すると一定範囲内にある周囲の魔力すべてを爆発エネルギーに変換するんだぜ。
わかるか?
この部屋にはタンマリと魔力を蓄えた魔力石が大量にある。
こいつらすべての魔力が爆発エネルギーに変換されりゃあ、ルニーンの街を含む此処ら一帯が消し飛ぶぜ!!』
「──マジ……かよ……」
「──正気……ですか……?」
『妄執のニーショ』が告げた事に戦慄したガメッツさんとサーハ君が零した言葉に、『妄執のニーショ』には気分を良くしたようで、
『マジで正気さ。なにせ、俺様は亡霊だからな。
地形が変わる程の爆発に巻き込まれたって、何とも無いからな!
アーハッハッハッ……!!』
勝ち誇った笑いを上げる『妄執のニーショ』。
「そういう事でやしたか……。ゴーレムを起動させるだけにしては魔力石の数が多すぎると思ってやしたが、まさか自爆用だったとは……、ゴクアン・ニーショ、恐るべしっす……」
ニーショの狡猾さに舌を巻くランテさん。
ボクはというと、
「どうする、円よ?」
「“どうする?”と、言われましても……、どうにかして、あの魔法陣の発動を阻止しない限りは、ボクたちはおろかルニーンをはじめその周囲に住む人々に未来はありませんからね…………。
勿論、やりますよ。ベヒさん」
腹を括ります。何もしないで後悔するつもりは毛頭ありませんからね。なにしろ、幼少期から良藍に引っ張り回され続けられてきたお蔭で、結果が出るまでは諦めない癖が着いてますからね、ボクは。
『──おっと、そうそう、コイツは出血大サービスだ。
この魔法陣の発動を止めるには、テメェーらがこのゴーレムを止めようとしたのと同じく、魔法陣にキズを一筋だけでも入れるだけで充分だ。
簡単なモンだろ?
それに、もうゴーレムを動かしようがねーから、楽勝だぜ?』
「──見え透いた嘘を!」
「──明白なブービートラップっすね……」
「──大方、魔法陣にキズを入れた瞬間、“ドカン!”ってヤツだな……」
「…………」
サーハ君、ランテさん、ガメッツさん、が『妄執のニーショ』の罠を看破する中、ボクは魔法陣の中心に浮かぶ数字を見詰めます。その数字は一定の間隔で数が減っており、まるで時限装置のようです。──って?!
「あん? どうした、嬢ちゃん?」
「何ですか? マドカさん、魔法陣の中心など凝視されて?」
「──!? ヤバいっすよ、兄貴、サーハさん!
アレ、爆発までのカウントダウンっす!!」
「な~にっ!?」
「──ウソ……ですよ……ね? もう少しで六十を切ってしまいますよ!?」
──これは、もう、手段など選んでられないみたいです。
「ランテさん、五つ目の吸魔の門の正確な位置は?」
「え? あ、はい、丁度、項の辺りのド真ん中っす……って、どうするんすか?」
「決まってます!
先程、ガメッツさんが言っていた魔法剣で最後の五つ目の吸魔の門を外側から“ズブリ”とやります!!」
「そんな!? 無茶っすよ!
下手したら、円さんが──」
「──無茶で結構!
ですが、ボクにはベヒさんを筆頭に頼れる精霊たちが付いてます!」
──と言っても、頼ってばっかりですけどね……。胸中でそう付け加えます。口に出したら格好がつきませんからね。
「それに、どの道ここであの巨大ゴーレムを仕留めなければ、ボクたちはおろかルニーンやその周辺に住んでいる人達に明日は在りません!
それと、経緯はどうであれ、現在の状況を招いた起因はボクたちです。
ならば、落とし前は着けないといけませんからね!!」
「確かにそうっすが……、もっと確実な方法が他に──」
「──あるでしょうね」
「でしたら──」
「ですが!
それは、時間があったらの話です。こうして話している間にも爆発までのカウントダウンは刻々と迫ってきています。
故に、もう試行錯誤している余裕は一刻もありません。
あとは、伸るか反るかの大博打に打って出る他ありません!」
「──てもっす、魔法剣は無茶苦茶に高等技術っすよ?
素人が即席で出来るシロモノじゃないっす!」
「確かに、世の中には幾らやっても出来ない事などごまんとあるでしょう。
しかし、先にも言いましたが、ボクにはベヒさんを筆頭に優れた精霊たちが付いてます。そして、魔法は精霊たちの力を貸してもらったモノ。
ならば、頼れる精霊たちの力を借りれば魔法剣だって出来ます!」
「その通りだ、円よ。吾らにお任せあれ、だ!」
「ほら、ベヒさんもこう言ってます。それでは───」
「──待ってくださいっす!
いくらベヒさんたちが付いているとはいえ、成功する保証は何処にも無いんすよ?!」
「──ランテさん、成功する見込みがいくら低かろうとも、前向きな気持ちでやるのと後ろ向きな気持ちでやるのとでは結果に大きな差が出ます。時に後ろ向きな気持ちは成功する可能性をゼロにしてしまう事だってあるんですよ。
だから、ボクは結果が出るまでは成功する──成功させると信じて行くんです!!」
ま~、尤も、良藍に引っ張り回されいた時は、彼女がやる事なす事には為すがままに振り回されて、彼女の物事に取り組む真剣さに気付くまでは後ろ向きな気持ちでしたがね……。
「──わかりやしたっす。もう、後ろ向きな発言はしないっす。頼みます、円さん!」
「はい、頼まれました。
では────行きます!!」
ボクは風の魔法で、自らを宙に浮かせ、高さをゴーレムの胸部に合わせ、剣を進行方向に突き出した構えを取り、そして、突撃を敢行します!
「──!? マドカさん?! 一体、何を?!」
「──おい! 嬢ちゃん、アレはワナだ!! ヤメローー!!」
サーハ君とガメッツさんの絶叫が上がる中、ボクは一直線に巨大ゴーレムの胸部へと突き進みます!
『…………』
──!? ボクの行動に、一瞬、表情が動くハズのないゴーレムの顔がほくそ笑んだ気がしました。おそらく……取り憑いている『妄執のニーショ』の感情が漏れ出てきたのでしょう。
ですが、ボクは構わず、針路を下方修正しつつ、進む速度は上げて、更にゴーレムへと突き進みます。
ぐんぐんと加速度的にボクは巨大ゴーレムへと近付き、そして、一気にゴーレムの股の下の間を潜り抜けます。
「──え?」
「──んな?」
『──は?』
これには作戦を知らないサーハ君とガメッツさんをはじめ、てっきり胸部の魔法陣にボクが突っ込んでくると思っていた『妄執のニーショ』までも間抜けな声を洩らします。
そんな、隙を突いてボクは体を空中で180°旋回し、ゴーレムの後ろにある魔力石を足場にして、そこを蹴って三角飛びの要領で巨大ゴーレムの後頭部へと肉迫します!
体を旋回させて三角飛びをした時点で、手にした剣の剣先に分子分解の魔法は展開済み。
一気呵成に突き進み、魔法の影響で徐々に崩壊していく剣を狙い違わず、五つ目の吸魔の門があるゴーレムの項の部分の襟へと──
──突き刺します──
──音も無く、まるで柔らかいスポンジケーキに刃物を入れたみたいにボクの手にした剣はゴーレムの襟を貫きました──が、──
「──?! ハズした!?」
まさか、剣が突き刺さる直前で『妄執のニーショ』が──巨大ゴーレムが胴体ごと振り向くとは──!?
『──な!? 雌ガキ、テメェー
……?!』
──ですが、まだ、目標は手が届く範囲にあります。
ボクは躊躇わず、分子分解の魔法の展開範囲を手にした剣の刃全体に拡大。
──くっ、一気に魔力が持っていかれます。……これでは、保って数秒……しかし、それだけあれば、充分!!
ボクはゴーレムの襟に突き刺さったままの剣を形振り構わず、ゴーレムの項の方へと振り抜きます!
それと同時に、ボクは魔力切れとなり、宙に浮かぶための風の魔法も消え、重力に従って落ちていきます。
高さ的にはそれ程ではないですが、剣を振り抜いた際にバランスが崩れ、このまま床にぶつかったら首がポキリと逝きそうです……。
そんな事を考えていると、目に映っている巨大ゴーレムが突如、その姿を夥しいまでの量の金銀銅のコインへと変え、更には腕に内包されていた量など物の数にならないほどの莫大な財宝がその姿を現しました。
──ドサ。
「やったじゃね~か、嬢ちゃん。
それにしても、ハラハラさせてくれんじゃね~よな……」
おや、
「今度は呪詛も喰らわずに連携バッチしですね、ガメッツさん」
「おうよ。言ったろ、借りはキッチリ返すって」
「ええ。確かに、返してもらいました」
いやはや、一時はどうなるかと思いましたが、ガメッツさんが落下してきたボクを見事にキャッチしてくれました。
おかげで、これといった怪我もなく、無事に床に着地します。
手にした剣には既に刃は無く、柄も握る部分を残して綺麗さっぱりと分子結合が解除されちゃってますね……。ただ、幸いに握っていた手が分解されているという事はなく、手に嵌めているロンググローブもほつれ一つありません。
これも、ジャーケン氏の防護魔法のお蔭なのでしょうね……きっと……。
『──おのれ、おのれおのれ、オノレ、オノレオノレおのれオノレ…………オノレッ!!
雌ガキ、テメェーだけは何が何でも絶っ対ー、殺す!
取り殺してくれるッ!!』
「──っ!?」
「あんだ!? あの気色悪りーのは?!」
突然、これまで一度も姿を見せることの無かった『妄執のニーショ』が、歪に歪んだ悍ましい姿を顕し、ボクに憎悪の怨言を吐いて迫ってきます!
しかし、
「──往生際が悪いですよ、『妄執のニーショ』」
それに待ったを掛けたのは、サーハ君。堆く積み上がっている財宝の山から飛び降りて、『妄執のニーショ』を縦に一閃!
『バカか、優男。俺様は亡霊だぜ?
亡霊に只の剣の一撃が通用すると思ってるのか?』
サーハ君のやった事を嘲笑う『妄執のニーショ』。しかし、
「──残念ながら、私の剣には不死者には天敵の浄化の能力が宿っているのですよ。だから──」
──そう、サーハ君の持つ剣には浄化の能力が秘められているため、『妄執のニーショ』にとっては真に命取り。
『──なん……たと……!?
ま……まさか……?!』
「──滅び去りなさい!
『妄執のニーショ』よ、永久に!!」
サーハ君の剣が更に数回閃き、『妄執のニーショ』に幾筋もの剣閃を刻んでいきます!
『──そ、そんな……そんな……バカな……、ぐワあぁアアぁァアァァ……!!!!』
断末魔を残して、滅び去る『妄執のニーショ』。その歪んだ姿は空気の中に溶けるよう薄らいで消えていきました。
「──お疲れ様っす、兄貴、円の姐さん、サーハさん」
「おうよ。ランテもお疲れさん」
「ええ。ランテさんもお疲れ様です」
「そうですね。皆さん、お疲れ様でした」
「──ところで、ランテさん。ボクの呼び方が姐さんになってますが、それはどういう……──?」
「──はいっす。オイラ、自らの危険を顧みず他者の為に命を賭して果敢に行動を起こした円の姐さんに感銘したっす!
だから、敬意を込めて“姐さん”と呼ぶ事にしたっす。それと、オイラの事は“さん”付けじゃなく、呼び捨てにして下さいっす!」
──あー……、確かに振り返ってみると、自分の言動は見る角度によってはランテさんが言った通りに見えるかもしれませんが、あの場はああするより他が無かっただけ……、なんですけど……ね……。
「……あー、ボクのことを姐さんと呼ぶことは分かりましたが、……その……“さん”付けしていた方を急に呼び捨てにするのは……その、自分としては抵抗感というか……ハードルが高いというか……と、兎に角、これからはランテ君と呼びますね?」
「……分かったっす」
一瞬、ランテ君は不服そうな顔をしましたが、了承してくれました。
──さて、
「──ところで、このニーショの遺産である財宝の山はどうしましょう?
ここにいる人数だけでは運び出すのに相当な時間──いえ、日数がかかりますよ?」
ボクは巨大ゴーレムの中から出てきた財宝の山を見上げ、誰となしに問います。
「おう、そいつなら心配ご無用!」
ボクの問に答えたのはガメッツさん。彼はそう言って、自分の腕を──正確には腕にしている腕輪を見せてくれます。
「コイツは“亜空間倉庫”っつって、前文明の遺産の一つでな。
コイツは亜空間っていう異空間を形成して、そん中に何でも仕舞えちまうんだ。
こんだけある財宝の山だって仕舞えちまうんだぜ!」
「──成る程、そうでしたか……」
ボクはガメッツさんの説明に関心を示します。そして、ボクは右手のロンググローブを脱ぎ、素手に嵌めている腕輪を繁々と見詰めます。
「“コレ”って、ボクが思っていた以上に物が収納出来るのですね……」
「──ちょっ!? 待てよ、嬢ちゃん!
まさか、ソレは?!」
「──え?! 姐さん、ソレを何処で──?」
今度はボクがみんなに腕輪が見えるよう、腕を見せます。
「コレはこの国──フンドゥース王国の王様が「旅の荷物は意外と重くなるから、コレに収納するといい」って仰って、貸与してくれたんです」
ボクがガメッツさんの言った“亜空間倉庫”を所持している理由を話します。
「……マジかよ……此れじゃ、お宝を山分けするときにピンはね出来ねーじゃねーか……」
ガメッツさんの零した呟きを、ボクは聞かなかったことにし、
「──そういえば、財宝が見付かった場合のボクたちの取り分は四割でしたよね?」
「ええ、姐さんたちの取り分は四割っす……けど……」
「オーケー。では、先にボクたちの取り分を取らせてもらいますね」
ボクはそう宣言して、亜空間倉庫を作動させます。
「試作型次元跳躍システムに接続。亜空間ゲート形成完了後、“この場にある財宝の四割を収納”」
音声で指示を入力すると、腕輪から数ミリ上の空中にホログラム・ディスプレイが出現して、そこに『コマンドの受け付け完了。作業開始』と表示されます。
すると、腕輪に付属している無数の球が分離して、各々が自動で空中を飛び交い、財宝の山にスキャン用のレーザー光線を照射していきます。
「なあ、嬢ちゃんよ。嬢ちゃんの腕輪から飛び出したあの小っこい球は何をしてるんだ?」
「あ~、アレは収納する対象をいろいろと測量しているんです。ですから、キッチリカッチリ正確に山分けが可能ですよ」
そう、ボクがガメッツさんに説明していると、測量が終わったみたいで、空中を飛び交う球は各々が測量したデータを基にして算出された空間座標に移動すると、今度は点と点を結ぶように球がレーザー光線で繋がり合い囲いを作り上げます。そして、囲った内側の物を取り零さないよう光の膜が現れて、財宝の山の一部を完全に覆ってしまいました。
そして、ホログラム・ディスプレイには『次元跳躍による物質の空間転移を開始』と表示が出ると同時に、光の膜の内側に在った財宝は全て姿を消して、後には空気以外のモノは何も残ってはいませんでした。
「──ひゃー!? さすがはフンドゥース王国所蔵の前文明時代製の亜空間倉庫っすね! オプション機能がパねーっす!」
役目を終えた球は光を消すと起動した時と同じく、自動で空中を飛び交い、腕輪の元の位置に戻ります。そして、ホログラム・ディスプレイには『作業完了。ご利用、誠にありがとうございました』と表示されると、ホログラム・ディスプレイもまた消えてしまいました。
「ほえ~、嬢ちゃんのヤツはすっげぇ~便利だな。オレのなんて、腕輪から出る光が確りと届く範囲の物までしか一度に仕舞えねーから、少し手間掛かるんだよな~……」
そう言って、四割がなくなってもいまだに見上げるほどの山を形成する財宝を前にガメッツさんはボクが持っている亜空間倉庫を羨ましげに見詰めています。
「兄貴、姐さんのを羨ましがっていても何にもならないっすから、さっさと、オイラたちの分を仕舞っちまいましょうっす」
「そうだな……」
ガメッツさんはランテ君に促され、目の前にある財宝の山をせっせと亜空間倉庫へと収納していきます。
「──ふぅ~……、やっと、全部、仕舞い終わったぜ……」
ガメッツさんとランテ君がニーショの遺産をせっせと亜空間倉庫に収納している間、ボクとサーハ君は部屋の入り口付近でマッタリと休ませてもらっていました。
ランテ君が持ってきた保存食を囓りつつ、これまたランテ君が持ってきたハーブティーを啜りながら、のんびりと。
「よお、嬢ちゃん、オレにも一杯お茶をくれ」
「あ、は~い」
「オイラにも、お願いしますっす、姐さん」
「了解~」
ボクはランテ君から預かった彼の道具袋の中から、木製のコップを二つ取り出し、ハーブティーの入った水筒からお茶を注いでいきます。
「おう、サンキュー」
「ありがとうっす」
お茶を注いだコップを二人に渡し、全員で車座になって、寛ぎます。
「──ぷはっ。しっかし、ニーショの遺産は想像していたモノより遥かにスゴかったな~。一生遊んで暮らしても使い切れねーぞ、ありゃ」
「確かに、そうっすけど、兄貴の場合、コレがあるっすから、案外すぐに底を付いちゃうかもしれないっすね?」
そう言って、ランテ君は何かを振っては転がすような仕草をします。おそらくは賭け事……でしょうね。
「もしかしたら、一日で使い切っちまうかもな?
ガッハッハッハッ……」
ランテ君の言葉にガメッツさんは豪快な笑いを伴って冗談めかした事を口にします。
「──私としては、そういうのは余り感心しません……──」
──パラパラ……。
サーハ君がガメッツさんのお金遣いに苦言を呈しようとした瞬間、突如、部屋の天井から剥がれ落ちた破片の小石が幾つか落ちてきました。
しかも、
「おい、何か、爆発みてーな音がしねーか?」
ガメッツさんの言葉に、耳を澄ませてみると──
──ドォーン! ドォーン! ドォーン! …………
確かに、爆発音みたいな音が聞こえます!
「まさか、この地下空間が崩壊を──?!」
サーハ君がイヤな事を口にしますが、
「いえ、違うっす!
音が響いてくるのは上──部屋の天井からっす!」
音には人一倍敏感なランテ君がサーハ君の言を否定します。そして、特定した音源の場所を視線で指します。
ボクたちもランテ君に続いて部屋の天井を見上げると、先程から断続的に続く爆発のような音が響く度に、天井には亀裂が入っていき、それに伴って欠けた天井の欠片が少しずつ量を増しながら降ってきます。
「おいおい、まさか、天井裏でバケモノ同士が喧嘩してるんじゃねーだろうな……?」
「どうでしょう?
……ただ、いい事の前兆でないことは確かです」
ガメッツさんが零した不安の呟きに、ボクも不安の籠もった言葉を返します。
やがて、天井全体に亀裂が入りきり、そして、
「──!? 天井が崩落するっす!!
全員、退避っす!!」
ランテ君の指示が飛び、ボクたちは部屋の入り口付近から通路の中ほどまで全速力で退避。それと同時に、背後では──
──ドーン!! ガラガラ……、ドドドドーン!!
崩落した天井の破片が次々と床に落ちてぶつかる音が響きました。
崩落音は十秒ほど続きましたが、やがて、崩落の音は止み、ボクたちは部屋の方を恐る恐る振り向くと、警戒心をもって注意深く天井の破片が落ちて様変わりした部屋の中を観察します。
そして、そこには瓦礫の中に立つ人影が二つ確認できます。
天井の崩落で舞い上がった埃が徐々に収まり、部屋の中の様子が鮮明に見えてきます。
「──あ! 良藍!?
……それと、貴樹君!?」
埃が晴れて、人影だった人物の姿がハッキリと見えるようになり、瓦礫の中に立っていたのが良藍と貴樹君であると確認できました。
更に、二人の足下には貴樹君が持つ勇者の剣が胸部に突き刺さっている人型のナニかが床に横たわっています。
「──ん? アレは……まさか!?
殺戮人形っすか?!」
ランテ君が床に横たわるソレを見て戦慄を伴った驚愕の声を上げます。
「何ですか?
その殺戮人形とは?」
ランテ君の近くに居たサーハ君が、ランテ君が口にした殺戮人形について訊ねます。
「──殺戮人形は、前文明が崩壊する原因となった戦争の末期に造られた“敵味方の区別無く、動くモノを全て破壊し殺戮し尽くすまで止まらない”凶悪な兵器の一つっす」
「…………」
ランテ君の解説に言葉を失うサーハ君。かくいう、ボクも床に横たわっている殺戮人形に戦慄を覚えます。
しかし、そんな凶悪な兵器を倒したであろう良藍と貴樹君は凄いの一言に尽きます。
よくよく二人の容姿を見てみると、良藍は無傷かつ息も乱れておらず、貴樹君は体中の至る所には刃物に因ると思われるかすり傷や打撲傷が無数に見受けられ血が滲んだ制服はボロボロ。
更に貴樹君は息づかいも荒く、ボクが知る限りでは彼がヒドく息を乱している姿を見るのは、お城で勇者の能力に覚醒したての彼が騎士団最強の人と初めて手合わせをした時以来です。
「やっぱ、マジモンの勇者サマたちは凄ーな!
どこぞの自称勇者とは格が違い過ぎるぜ」
「当たり前っすよ、兄貴。
マジモンの勇者が使い物にならなかったら、もしもの時に世の中お先真っ暗になっちゃうっすよ」
「違ぇねー」
ガメッツさんとランテ君は二人の姿を見て危険はないと判断し、既に警戒心を解いて、世間話に興じています。
「──おーい、タカキ~! ラランさん~! 生きてるか~!」
崩落で開いた天井の穴の上から、メンド少年の声が響いてから、約十分後。
ボクたちは良藍と息を整えた貴樹君を伴って、風の精霊のシルフルズの力を借りて、天井に開いた穴を通って良藍と貴樹君が殺戮人形と闘っていた場所に昇り、そこから貴樹君たちが通ってきた道順を戻って、ニーショの館の一階を目指して進む道中。
「──……へぇ~、そうだったんですね~」
ボクは貴樹君から、ニーショの館に着いてから、メンド少年が注意深く見ても分からない程に隠されていた秘密の扉を発見。そして、秘密の扉を潜って進んだ先で先の殺戮人形と遭遇して闘いになり、そこへ闖入してきた良藍が成り行きで助っ人になって共に闘うことになってまでの経緯を聞き、相槌を打ちます。
「ところで、平野さんたちはどうやって、あの地下の空間に?」
「あー、それはですね……──」
「──なあ、キミ、下着替えたろ?」
……………………。
「は?」
「はあ?」
「な?」
「え?」
「へ?」
「あん?」
「す?」
「ゑ?」
今度はボクが貴樹君に経緯を話そうとした矢先、メンド少年が唐突に場の空気を凍て付かせる発言をしました。
メンド少年を除く全員が彼の発言した内容に「ナニ言い出してるんだ、コイツ?」という眼差しをもって凝視します。
「オレっち、匂いの精霊と契約してるから、人とか物とかが纏う匂いに超敏感なんだ。
だから、分かったんだけど、キミさ、オレっちらと別れる前と匂いが微妙~に違ってるんだよね。見た目は変わってないから、ぴーんときたよ!
下着を替えたってね♪
当たりだろ?」
………………………………
「何ですか、この気持ち悪いの?」
「流石に、それはあたしでも引くわー」
「メンド……、その発言は流石に……」
「勇者様、彼とは友誼を断つべきです!」
「最低っ!!」
「救いようのねーな……」
「デリカシーの欠片も無いんすか……?」
「非常識ですよ、少年!!」
全員が全員、メンド少年の発言に非難の言葉を浴びせます。
「え? え? ゑ? オレっち、そんな非難されるような変なこと言った??」
──ダメだ、コイツ……。
ボクたちはメンド少年の先の発言を無かった事にして、各々、空気が凍て付く前の状況に復帰して、歩を進めていきます。
そんな、一幕もありながら、ボクたちはニーショの館を後にして、ルニーン・タウンに帰り着くと、各自の宿泊施設へとみな帰って行きました。
ただ、別れ際にガメッツさんが、
「今日のお宝探しの大成功の祝宴を嬢ちゃんたちが泊まってる宿でやっから、夕食は食わずに待っててくれ」
そう言って、去って行きました。
──そして、夕刻。
夜の帳が降り始めたた頃、ガメッツさんとランテ君がボクたちが泊まる『止まり木亭』にやって来て、ガメッツさんが宿の中に入るや開口一番、
「此処に居合わせた、奴等、よ~く聞け!
オレことガメッツと、隣にいるランテと、奥のテーブル席に座ってる銀髪の嬢ちゃん、それと同じく奥のテーブル席に座ってる兄ちゃんの四人は、今日この日、千百余年の間、誰も見付けることの出来なかった“ニーショの遺産”を遂に発見し、見事にゲットしたぜ!!」
ボクたちが“ニーショの遺産”を発見し無事に持ち帰ったことを公表しました。そして、
「嘘じゃねー証拠に、こいつを見ろ!」
手に持っていた袋の中から、金属部分の所々が経年による酸化で錆びが付着してはいますが填め込まれている子供の拳大程の数多の宝石が長い年月を歴ていても色褪せること無く燦然たる輝きを放つ宝冠を取り出して、この場にいる全員に見えるように掲げます。
「信用のおける鑑定士に鑑定してもらった結果、「まず間違いなく、歴史的資料にも記載されているニーショ秘蔵の宝冠だ」と、御墨付きも貰った、正真正銘の“ニーショの遺産”だ!」
ガメッツさんが掲げる宝冠に、この場に居るほぼすべての者が見蕩れます。
そして、一時の静寂が訪れたと思った、次の瞬間──
「──スゲェーや!
噂に聞いていた通り、お宝探し屋ガメッツはどんな財宝でも探し当てちまうってのはホントだったんだな!」
「──いやいや、シュモネス教の御子様がご同行なさってたんだ。
きっと、大地母神エダフォス様のお導きだ!」
歓声が轟きました。
「さあ、今宵はニーショの遺産が見付かった祝いだ!
勘定はこのオレ──ガメッツがもつから、この場に居る全員、好きなだけ食って飲んで、オレらの新たな偉業を讃え祝いやがれ!!」
「「「おおおーー!!!!」」」
ガメッツさんの音頭にこの場に居る全員が、先程以上の歓声を轟かせ、宴会がはじまります。
「──スゴいお祭り騒ぎ……。何かあったんですか?」
宴会開始から、早小一時間。
ふと。知っている声が聞こえたので、そちらを見てると、宿屋の出入り口に貴樹君一行の姿があります。
「よう、勇者の少年じゃねーか!」
「あ! 今晩は、ガメッツさん。
あの、このお祭り騒ぎは一体……?」
「おう、オレらがニーショの遺産を発見して持ち帰った祝いの宴だ!
勇者の少年らもじゃんじゃん食って飲んでいきな!
お代は全部、オレがもつから、遠慮はいらねーぜ!」
「え? そんな、わるいですよ……」
「遠慮はいらねーっつったろ。ほれ、王女さんも、そっちのお嬢ちゃんも、気にせず入った入った」
「そうっすよ、勇者貴樹君。兄貴の言う通り、遠慮はいらないっす。お腹いっぱい食べていくといいっす」
「んじゃ、遠慮なく……」
「クソ坊主、テメーには言ってねーよ!」
「そうっす! 幼子でもないのに最低限のエチケットも身に付いていないような人の参加はお断りっす!
ニーショの館からの帰りの時みたいな場の空気を悪くされては堪ったもんじゃないっす!」
「──そんな……」
「だがよ、オレも鬼じゃーね。クソ坊主が一言も発せずに黙って飲み食いできるなら、参加させてやってもいいぜ?」
「…………わ、わかった、善処する」
「善処するだけじゃ、困るんすよ。
もし、何か発言して場の空気を乱したら、即刻、追い出すっすからね?!」
「…………は、はい、分かりました」
それから、さらに少し、ガメッツさんたちと貴樹君たちは言葉を交わすと、ガメッツさんに先導されて、貴樹君たちはボクたちが座っている奥のテーブル席へとやって来ます。
「おい、見ろよ。第三王女様と魔王を倒す為に異世界からやって来た勇者が、御子様の新たな偉業達成の祝いの席に馳せ参じて来られたぞ!」
「マジかよ!?」
「おー、本当だ!」
途中、貴樹君たちの素性を知っている人達がざわめき起ちますが、なんだか漏れ聞こえる会話の内容を聞くに、何かボクとしてはビミョーな違和感を覚えるのですが、祝いの席ですので深く考えるのは止めておきましょう。
「平野さん、今晩は。御相伴に与ります」
「今晩は、貴樹君、王女様、ユーウちゃん、…………それと、メンド少年」
「今晩は、ですわ」
「今晩は」
「なあなあ、キミってさ、オレっちらと同じ十代半ばだろ?
酒なんて飲んじまってて、見た目と違って、不良なんだな」
──ピクッ。
挨拶もナシに言うに事欠いて、このガキャ……。
「言っておきますが、ボクはこれでも三十代前半なものでしてね。
だから、お酒を呑むことをとやかく言われる筋合いは無いのですが?」
「──!? マジかよ、嬢ちゃん!
オレより、四つ以上、上なのかよ!」
おや、見た目に反してガメッツさんって意外と若かったんですね……。
さて、それよりも問題なのはメンド少年。
「え? えー?! マジ!?
見た目、オレっちらと変わらねーのに、三十過ぎとか、タカキが言ってたロリバ……──へ? あれ? 何で、オレっち、宙に浮いてるの?? って!? っのわぁ~-?!!!」
メンド少年がみなを言い切るより先に、堪らずボクは彼を風の魔法でもって宿屋の外へと追いやります。
「──貴樹君、アレに何て言葉を教えてるんですか?!」
「…………えっと、あの、その、す、すみません!」
「いきなり、やらかしたっすね、アレ」
風の魔法で飛ばされて行ったアレこと──メンド少年をランテ君は“あー、やっぱりっす”といった表情で視線だけで見送ると、何事も無かったかのように、
「ささ、勇者貴樹君も、第三王女様も、ユーウちゃんも、座って、好きなモノを注文して、たらふく食って楽しんでいって下さいっす」
貴樹君たちに席を勧めます。
そうして、その後も色々となんやかんやとありながら、飲めや歌えのドンチャン騒ぎな宴会は深夜まで続きました────。
────数日後。
「──ココが、あたしと円くんの、この世界での愛の巣なのね♪」
場所はルニーンの街の住居区と農業区の境付近。
そこに他所様よりも少し広めのお庭付きの小さめなお屋敷が、ずでーんと建っています。
先の良藍の言葉が示す通り、“愛の”ではありませんが、眼の前にあるこのお屋敷がボクたちのこの世界──カドゥール・ハアレツでの拠点にして持ち家です。
「しかし、三人──いえ、マドカさんの護衛の騎士を含めて四人で用いるにはこの家は広すぎやしませんか?」
「仕方ないですよ。良藍が旅の垢を落とすのに広いお風呂が欲しいって言って譲らなかったんですから」
「え~、だって、お風呂が広ければ一緒に入れるし、色々と……、ね♪」
──やれやれ……。ホント、良藍は欲と好奇心には素直ですね……。
「さて、それじゃ、まずは中に入って、各自自分の部屋を決めたら、家財道具と備蓄用を含めた食糧を買いに行きましょう」
「は~い、あたし、円くんと同じ寝室がいい♪」
「はいはい、寝室は一緒ですね。ですが、各々、プライベートルームは必要ですから、自分の部屋もちゃんと決めてくださいよ?」
「わかってるって♪ じゃあ、あたしが一番~!」
そう言って、良藍はボクの手の上から家の鍵を引っ手繰っていくと、玄関の鍵を開けて、家の中へと駆け込んで行きます。
──さてさて、それではこのボクたちの家を拠点に、貴樹君が無事に魔王を倒すその日まで、良藍たちと共に悠々自適に各地を旅して過ごして、待つとしましょうか。
────ボクと良藍が地球へと還れるその日が訪れるまで─────
★☆★☆★エピローグ☆★☆★☆
──コン、コン、コン。
ルニーン・タウンの拠点こと──カドゥール・ハアレツでの我が家で先日の冒険と前日の物資調達の疲れをとる為にのんびりと寛いでいる最中。
時間は昼食には幾分まだ早い、朝の時間帯。
玄関のノッカーが鳴らされ、来客を告げます。
「は~い、少々、お待ちくださ~い!」
玄関開けてすぐにあるエントランスホールに設けた居間も兼ねる応接セットのソファーで寛いでいたボクは、外にいる来訪者に聞こえるよう大きな声で応答すると、座り心地の良いフカフカなソファーから起ち上がり、乱れた身なりを整えてから、玄関の扉を開けます。
「いらっしゃいませ、どちら様で──」
「約一週間ぶりです、円さま」
ボクがみなを言い切るより先に来訪者──ボクの護衛の騎士さんことアイナ・ガーディトンちゃんが、再会の挨拶をしてくれます。しかし、彼女の出で立ちはボクと旅をしていた時のような動きやすさを重視した簡易的なものではなく、儀礼的な礼装をきっちりと身に纏っています。
「……ええ、そうですね、アイナちゃん」
「えへへ……、円さま、
以前のおじさまの姿の時も色々と好かったですが、現在のお姿もプリティでラヴリィで抱き枕にして一緒にお眠りしたいほどです──いえ、自分専用の抱き枕にしたいです♪」
「…………そ、そう。
あ、ありがとう(──で。いいのかな?)。
ところで、アイナちゃん、どうしてボクのことを“さま”付けで呼んでるのですか?」
「はい、現在の自分の上司が円さまのことを“様”付けでお呼びしている以上、部下である自分が以前のように“さん”付けで呼ぶ事は失礼に値しますので、はい」
「そうだったんですか……。
っていうか、現在の上司ってことは所属部署が変わったんだですか?」
「はい。現在、自分は王族直属の特殊部隊預かりになり、正真正銘、円さま専属の護衛です!
えへへ……、これで自分は、もう、円さまだけのモノです♪」
「──へ??」
「アイナ・ガーディトン、公務中の私語は慎みなさい!」
アイナちゃんがおかしな事を口走ったところで、彼女の後方から凜とした声が響き、彼女を窘めます。
「は!? と、とんだ、失礼を致しました!」
叱責の声にアイナちゃんは姿勢を正すと、彼女は洗礼された動きで場所を空けてフンドゥース王国軍式の敬礼をとります。
アイナちゃんが場所を移動したことで、先の彼女の後方から聞こえてきた声の主の姿がボクの眼に入ります。
そこに居たのは──、
「──ファナリア王女殿下!?」
──そう、そこに居たのはこのフンドゥース王国の第四王女様で、勇者である貴樹君の召喚主でもある、ファナリア・テセラ・ネスハ・キュルメーラ王女。
更に、ファナリア王女の後方には、フンドゥース王国軍の元帥にして騎士団団長とこの国の政を取り仕切る首席宰相、それと、お供の連れの兵士や従者の方々が、位の高い人と謁見するときのように片膝をつき頭を垂れています。しかも、その頭が向いている対象はあろう事か──ボク?!
「お久し振りです、円様」
「……え、ええ、お久し振りです、ファナリア王女殿下」
そう簡素な挨拶を交わすと、ファナリア王女は徐にボクの前まで進み出ると、他の人同様に片膝をつき頭を垂れます。それに先んじてアイナちゃんもまた片膝をついて頭を垂らしており、この場で頭が上がっているのはボクだけに!?
はて? コレは一体……なんのご冗談で──?
状況を飲み込めないボクを余所に、事態はそれが当然であるが如く進行していきます。
「私こと、ファナリア・テセラ・ネスハ・キュルメーラは父であるフンドゥース王国国王陛下より、異世界からの客人にしてシュモネス教の最重要人物のお一人であらせられる『神降ろしの御子様』の接待役という栄職を賜り此処に罷り越した次第です。────」
──ホント……これは……なんなんでしょうか……?
──あれから暫く、儀礼的なことが続き、漸く終わると、国のお偉いさんとお供のお連れの人達は帰って行きました。
そして、家の玄関の前に残っているのは、当然ながら家の住人であるボクと、専属の護衛になった騎士のアイナちゃん、それと──
「円様♪ これからはずーっと、ご一緒ですね♪」
──ファナリア王女。
さらに、
「これより、御子様と姫様の身の回りのお世話をさせていただく──せーのっ」
「「「メイド三姉妹です」」」
「アタシはイド」
「メドはメドっていいます」
「メイちゃんです♪」
「掃除、洗濯──」
「食事にその他家事全部に──」
「夜伽のお相手も、何でも御座れな──」
「アタシたち──せーのっ」
「「「メイド三姉妹♪」」」
三人の侍女。彼女たち“三姉妹”と名乗ってはいますが、どう見ても血縁はありそうにありません。
「……えーっと、ファナリア王女──」
「──円様、もう公式の場ではないのですから、ファナリア王女だなんて他人行儀な呼び方はせず、ファナとお呼びください♪」
そう言って、ファナリア王女──ファナは顔を仄かに赤らめ意味深な視線を送ってきます。
──なんか、ボクが旅に出る前の彼女とはまるっきり別人です。
ですが、一先ずは先に尋ねておきたい事を訊きます。
「……えっと、ファナ、この娘たちは?」
「はい、彼女達は先程彼女達自身が自己紹介した通り、円様とわたくしの身の回りの世話をしてくれる娘達ですわ」
「そう、ですか。ところで、ファナはさっき“これからは、ずっと一緒”って言ってましたが、あれはどういう意味で……?」
「どういう意味も、わたくしは円様の接待役♪
接待役である以上、わたくしは円様を“接待♪”する為にお傍に居なくては意味がありませんから」
「…………えっと…………詰まりは、ボクたち一緒に行動を共にすると?」
「その通りですわ♪ 不束者ですが、どうぞ、よしなに♪」
……………………。
「──と、ところで、ファナはどうしてボクのことを“様”付けで呼んでるのです?
確か、ボクが旅に出る前は普通に“さん”付けでしたよね?」
「──それは、“愛”に目覚めたからですわ♪」
「“愛”に目覚めた、ですか?」
「はい、わたくし、王家の為──ひいては未来のこの世界の為にと思って、円様と肌を重ねて、ナニもかも初めてながらにも、あんなにもはしたなく烈しくまぐわい──そして、無事に新たな生命をこの身に授かったと知った時、わたくしはこの身に宿った生命に、そして、共に“この新たな生命”の為に頑張ってくださった円様──貴方様に“何ものにも代え難いほどに愛しい”という想いが芽生えたことに気付いたのです。
以来、わたくしは円様のことを生涯お慕いし身も心も捧げると誓ったのです」
──ちょっ!? 何を言い出してるんですか、この姫様は?!
いや、確かに訊いたのはボクですが、もっと、こう、オブラートに包むような言い回しがあったのでは?
もしも、知っている関係者以外で聞いている人がいたら──
「──ねぇ、円くん──、ちょ~っと、いいかな?」
──ホラ、敢えて話していなかった良藍に聞かれてしまいました。
「あら? お初にお目に掛かりますわ、円様の奥様の平野 良藍さん。わたくし、円様の『愛人』でこの国の王女を務めさせていただいている、ファナリア・テセラ・ネスハ・キュルメーラと申します。以後、お見知りおきを」
「あ~ら、あたしの事を知っていていただき光栄です、お姫様。既にご存知の通り、あたしは平野 良藍。円くんの妻です。
ところで、お姫様、アナタ自分のことを“円くんの愛人”って、称してるけど、それってアナタの一方通行なんじゃない?」
「──ええ、その通りですわ、現在は」
「現在は?」
「はい。ですが、この度、円様の接待役を拝命し、円様をもてなす為にお傍に仕えられたこの好機を活かして円様からの寵愛を──いえ、一番の寵愛を賜れるよう誠心誠意努めてまいりますわ!」
「ちょっと、妻のあたしを差し置いて、円くんの一番の寵愛って、大きく出たものね?」
「そんな事、ありませんわ」
「そんな事、あるわよ!」
「うふふ……」
「ふっふっふ……」
笑顔で睨み合う、良藍とファナ。二人の視線の間には見えない火花が迸って散っているのが、幻視出来ます。
「──マ、マドカさん、助けてください!」
──ん? はて? この声はサーハ君の声ですね。しかし、何やら慌てているご様子で、しかも、ボクに助けを求めているとはいったい何があったのでしょうか?
ボクはいまだに笑顔で睨み合う二人を残し、サーハ君の声が聞こえてきた方向──家の中へと入っていきます。
すると、そこには、
「──よかった、マドカさん、彼女を落ち着かせてください」
エントランスホールの床に押し倒されて衣服をはだけているサーハ君と、彼の上に馬乗りになって荒い息をしているメイド三姉妹の一人──メドと名乗った娘の姿が目に入ってきました。
「えっと、メドちゃん──で、いいかい?──は、何をしようとしているの?」
「はい。メドはトラバーナの惨劇以来、離れ離れになってしまったサーハ様と、こうして再会できた事を喜び、そして、仇は取ったとはいえ、トラバーナの人々を、国を、亡くされて癒えることの侭ならない心の傷を抱えたサーハ様をほんの僅かばかりでもお慰め出来ればと思って、ご奉仕しようとした次第です」
「そうなの?」
メドちゃんの話を聞き、ボクはサーハ君に確認をとります。
「──え、えーと、確かにこのメドはトラバーナの王宮に勤めてました。それと、知り合いの伝手でフンドゥースの王宮に勤める事になったとも耳にしてました──」
「はい♪ サーハ様の仰る通り、メドはあの惨劇の折、命からがら逃げ果せた後、フンドゥースの王宮に勤めている知り合いの計らいで、フンドゥースの王宮に勤める事に相成りました。
そして、この度、御子様達のお世話係に抜擢されて天にも昇る気持ちになりました♪
何故なら、御子様のお側にサーハ様がいらっしゃると聞き及んでいましたから。そして、そして、サーハ様と再会できた暁にはお勤めとは別にメドのスペシャルなご奉仕で、サーハ様を慰め癒して差し上げようと心に誓いました。ですので、こうして再会できました以上は、メドはサーハ様を慰め癒すべくスペシャルなご奉仕を──」
──ふむふむ、成る程。
「分かりました。メドちゃんがサーハ君の為に“してあげたい”という気持ちは理解しました──」
「ちょ、マドカさん?!」
「ああ~、御子様は本当に慈悲深き御方です。さすがは、発見なされた財宝を貧しき者達にも賤しき者達にも分け隔てなくお恵み下さった偉大で寛大な御方」
──? 何でしょうか、メドちゃんが口にした後半の話は? 何処から涌いて出たのしょうか? …………ま、いいです。それよりも、
「──ですが、人目のあるところでのその様な行為は厳禁です!──」
「そうですよ、メド。分かったのなら、すぐに退いてください」
「──そんな~……、サーハ様~……」
ボクの言った事にサーハ君は危機を脱したようなホッとした表情をし、メドちゃんはお預けを食らって不満顔。しかし、
「──そういった行為はサーハ君の自室などの人目のない所でお願いします」
「え!? マドカさん、なに余計なことを──」
「そうですよね♪ スペシャルなご奉仕はプライベート空間内で、ですよね♪
では、サーハ様。サーハ様のお部屋に参りましょう♪
それでは、御子様、失礼致します」
「な!? メド、降ろしてください!」
「えへへへ……♪」
ボクが次に言った言葉を聞いて、メドちゃんは目を輝かせると、素早い動きでサーハ君をお姫様抱っこして──見た目と違ってスゴい力持ちですね、メドちゃんは……──一礼してサーハ君の自室へと向かって行きました。
──はぁ~……。
それてしても、まだ昼すぎだというとのに、一日中動き回ったみたいにどっと疲れました。
ボクはエントランスホールの応接セットの手近なソファーに身をボフっと沈めます。
「御子様、お茶を淹れてまいりました。どうぞ」
「え? あ、ありがとう」
そこへタイミングよく、いつの間にやら着替えたのか、外で見たときとは違った“ザ・メイドさん服”に身を包んだメイちゃんが、お茶を差し出してくれました。
ボクは受け取ったお茶の香りを楽しみ、そして、一口啜ります。
「……あ、美味しい。メイちゃんって、お茶を淹れるの上手なんだね」
「はい♪ お誉めいただき光栄です♪」
使われている茶葉は、昨日ボクたちが買ってきた物。なのに、自分で淹れたのとメイちゃんが淹れてくれたのでは風味も味も全然違います。
「御子様、時間がなかったのでこの様な物しか作れませんでしたが、昼食を作ってまいりました」
そう言って、台所からやってきたのはこれまたメイちゃんと同じく“ザ・メイドさん服”に身を包んだイドちゃん。彼女が押すカートの上にはいっぱいのサンドイッチを載せた大皿が乗っており、応接セットの所まで来ると、彼女はひょいとサンドイッチがいっぱいの大皿を手にして、それを応接セットのテーブル上に置きます。
「どうぞ、お召し上がりください。お口に合うとよろしいのですが……」
ボクは取り敢えず自分の一番手前にある一つを手に取り、口へと運びます。
──もきゅもきゅもきゅ……ゴックン。
「うわ~、まるでお店で出されるものみたいにスッゴく美味しい♪」
「エへ♪ 御子様のお口に合ってなによりです」
すかさず、ボクは次のサンドイッチを手に取り、頬張ります。
「そんなに美味しいのですか?
では、自分もお一つ。……モグモグ……ゴクン。
おお! 確かにコレは美味しいですね♪
いくらでも食べられてしまいす♪」
いつの間にやら、旅をしていた時と同じ簡易的な騎士装備に着替えたアイナちゃんが来て、大皿の上からサンドイッチを手に取り口にします。
「ちょっと、円くん?! あたしたちをほっぽといて先に昼食とかズルい~」
「円様♪ わたくしが円様がお食事しやすいようお手伝いいたしますわ♪」
どうやら、笑顔で睨み合っていた良藍とファナも家の中へと入ってきたようで、場が一気に賑やかになります。
──そういえば、昨日、サーハ君が“四人ではこの家は広すぎる”とか言ってましたが、何の因果かいきなりこの家に居る人数が倍になってしまいました。
これなら、広すぎると感じることもなくなるかもしれませんね。
それにしても、メドちゃんが口にしていた“何処から涌いたのか分からない話”。先日の宝探しの後の『止まり木亭』での振る舞いの事ですよね。しかし、どうも根も葉もない尾ビレ背ビレが付けられてしまっているようで、なんかボクらの与り知らないところで大きなうねりが起きている気がします……願わくば、この先も平穏無事に過ごせますように────
──To be Continued,