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3、異世界で精霊召喚&契約!




 ──────パチ……。



 ────パチパチ……。


 ──パチパチパチパチ……


 脳内の神経細胞が凄まじい速さで情報を処理していく音が鳴り響いています。

 でも、それは幻聴。何故なら、脳内で神経細胞が活動している音など普通は聞こえません。

 ですが、そんな幻聴が聞こえてしまうほどに、今現在、脳が活性化していて、新たな情報──“ボクのすべての記憶”が脳に書き込まれているのです。


 そう、ボク──“平野 円のすべての記憶”が。


 ────パチクリ。

 ん? あれ? 薄れていって、そして、喪われたはずの五感のすべてが戻っています。

 ボクは……確かに……──死──を認識しました。……そのハズ……です。

 ですが、────



  ──生きてます──



 ────そう、生きているのです。

 死んだ、筈、なのに……。

 訳が分かりません。

 ただ、戻った五感の一つ、視覚がもたらす情報がボクに現状を教えてくれます。

 ボクの視線の最も手前には、床に散乱する着用者を喪った衣服を抱き締め嘆き悲しむ女性が映ります。

 その女性の直ぐ近くには、複雑な表情で彼女を見詰める青年。

 そして、女性と青年から少し離れた場所には地の神といつの間にやら枢機卿になっていた()()の姿があります。

 ──はて? 同僚? 誰が? サハーカ枢機卿が? 誰と? ボクと? いえ、違います。

 ……………………これは…………──ボクの記憶じゃありません。

 ──ですが、()()の記憶ではあります。

 そうです──この身体に遺っている()()の記憶です。

 ──即ち、サハーカ枢機卿が神降ろしの御子と呼んでいた人物。

 そして、遺された記憶の知識が教えてくれます。


   ──反魂の術──

   ・反魂の術のレシピ

1、魂が完全に乖離した生きた肉体。

2、1から乖離した魂。

3、乖離した魂と肉体を再度繋ぐ為に必要な人一人分の充分な生命エネルギー。

 以上、上記の三つを全て揃え、生命いのちに深く関わる高位存在──強い力を持った地か水の精霊、又は神──の力を借りて術を行使。


 ──そう、この場には反魂の術に必要な因子ファクターすべてが揃っていたのです。

 1は神降ろしの御子。2はボクの魂。3はボクの魂を除いた肉体の全て。

 そして、一番の要──


 ──術を行使する為に絶対に必要な、力を借り受ける対象となる高位存在の“神”────


 ……

 …………

 ……………………!

 そういう事ですか……。

 これは予め仕組まれていた事。

 仕組まれたのは…………おそらく、ボクが諸事情で旅に出ることを決意し、それをこの国の王様に申し出た後。

 そして、やはり通説通り“うまい話には裏がある”でした。

 まさか、ボクが生け贄にされて、“前世”の蘇生の材料にれるとは、思いも寄りませんでしたよ。

 ──ですが、サハーカ枢機卿の目論見は半分失敗しました。

 きっと、枢機卿の中では彼女の知る“ボクの前世”が甦ったと思っていることでしょう。

 ですが、残念でした~。中身はボクこと──平野 円のままです。

 しかし、この棺桶のようなモノの中からはどうやったら出られるのでしょうか?

 それに、漸く馴染んできた身体を試しに少し動かす度に視界が僅かに揺らぎます。まるで水の中にいるようです。

 ……………………ん?! あ! ──いえ、前言撤回、水の中にいるようではなく、水と思われる液体の中にいます。どうやら、棺桶のようなモノの中は呼吸が可能な液体に満たされています。

 何故、直ぐに気付かなかったのかというと、普通に呼吸が出来ている感覚があったのと液体の中なのに気泡が一切出ていないことです。

 しかし、これはまんま──あの伝説のアニメの一つに出てくる、液体の中に居ても息が出来る生命のスープみたいじゃないですか。尤も、鉄分の匂いはしませんが……。

 そんな下らない事を考えていると、突如──


 ──コポッ。


 そんな音が足下の方から聞こえたかと思うと、棺桶のようなモノの中を満たしていた液体が徐々に排水されています。

 やがて、すべての液体が排水され、

「──ブハァッ! ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ……、ウゲェ~…………」

 肺に空気が入ってくると同時に、肺を満たしていた息が出来る液体を盛大に吐き咽せました。

 ──ウぅ~……ギもチ悪ゥ~……。

 そして、


 ──プシューっ!!


 思わせ振りな気体の排出音を伴い、ボクを閉じ込めていた棺桶のようなモノが口を開きます。

 ……………………。

 一名を除く、一同の視線がボクに集まります。

 ──畏敬、──困惑、──喜悦、──無感情、三者三様のそれぞれの感情が籠もった視線。

 それらの視線を浴びる中、ボクは寝かされていた場所から起き上がり、棺桶のようなモノの中から出て、床に足を着けます。

 その時でした。風雲急を告げるとはまさにこの事。

 ボクの元の体が着用していた衣服を抱き締めて泣き崩れていた良藍がユラリと立ち上がり、

「──…………して、……返して、円くんを返してっ!! 返してよっ!!!!」

 腰のベルトに携えていた剣を抜剣すると同時に素早い動きでサハーカ枢機卿へと肉迫!

 ──キィインー!

 しかし、サハーカ枢機卿に振り下ろされた良藍の剣の切っ先は、豪奢な装備の神官兵が手にする剣によって受け止められました。

「──っ、邪魔よ!」

 ですが、良藍の威勢まで止められず、神官兵は彼女と剣を交えたまま数歩ほど後退り。

 押し込む良藍。

 神官兵も負けじと押し返そうとしますが、異世界転移補正による身体強化がなされた彼女の膂力の方が勝り、ジリ貧に。

 そこへ、一人では対処しきれないと悟った他の神官兵たちが割って入ります。

 対して、良藍は鍔迫り合いを止めて後ろに飛び退くと、片手を剣の柄から離して神官兵たちの方へと翳します。

 良藍はおそらく魔法を使うつもりなのでしょう。現に彼女が翳した手の平の先には魔力が集まり、魔力が見るからに高温そうな焔に変じます。

 しかしこれは、……マズいのではないでしょうか?

 狭い空間内で、あの様な高温そうな焔の魔法を解き放ったら、みんな丸焼けになってもおかしくありません。

 ボクは思考を巡らせ事態回避を模索。ですが、よいアイデアが咄嗟に浮かぶ訳もなく、已むを得ず、緊急手段に打って出ます。

「──円くんの仇っ!!

 貴様らぁ、灰燼に帰せぇーーーっ!!!!」

 それは、マジで間一髪。

 良藍が放った焔が爆ぜる直前、神剣の能力ちからを解放したボクはヒトの域を超えた超スピードで彼女と神官兵たちの間に割って入り、これまた神剣の能力ちからで以て爆発する寸前の焔を掻き消したのだった。

「──……ッ!?」

 良藍は自らの焔が掻き消された事に驚くと同時に“今の”ボクを心までもが凍て付いてしまいそうな程の憎悪が籠もった瞳で睨み付けてきます。

 こんなにも憎悪に染まった彼女を、ボクは過去に一度たりとも見た事がありません。

 それだけ、ボクを喪ったことに心が深く傷付いてしまった良藍。

 ──ああ、それ程までにもボクのことを大切に想っていてくれたのですね。──

 ボクは直ぐにでも良藍のその翳りを払拭してあげたくて、そんな彼女とボクは視線を合わせ語り掛けます。

「ボクの話を聞いてください、良藍!

 ボクです! 平野 円です!

 肉体からだは見ての通り別ものなってしまいましたが、正真正銘、平野 円です!!」

「嘘よっ! 信じないっ! 返して! 円くんを返しなさいよっ!!」

 ……これはまた……、困りました……。

 やはり、証拠は必須ですね。

 物的証拠は皆無ですが、ボクには“ボクが平野 円(ボク)であることを良藍に認めてもらえる”のに確実な証拠──想い出があります。

 即ち、“ボクと良藍の二人だけの秘密の想い出”。これを彼女に語って聞かせれば、ボクが正真正銘の平野 円だとわかってもらえる筈です。

「それでは、ボクが平野 円である証拠を示すことが出来れば、信じていただけますか?」

「──出来るものなら、やってみなさいよ!

 どうせ、無理でしょうけど!」

 ──ふぅ、ここが正念場です。

 ボクの「証拠を示す」発言で、良藍の瞳の憎悪の色は益々濃くなってしまいました。

 ですが、ボクはこれからボクが語る“二人だけの秘密の想い出”で、彼女の瞳に宿ったその憎悪を払拭できると、そう信じています。

「──では、────」

「──ちょっと、待ちなさい!」

「はい? どうしたのですか?」

「貴女、まさかとは思うけど、ここにいる全員に聞こえるように話すつもりじゃないでしょうね?」

「あ! これは失敬。

 では、お嫌かもしれませんが、耳をお貸しください」

 ボクは徐に良藍へと近付き、彼女の耳元に口を寄せ、

「──…………、…………、………………、……」

「──なっ!? ……どう……して、そのこと……を……?!」

「──………………、……、……………………」

「……………………貴女は……本当の……ホントに……円くん…………なの……?」

「──本当のホントにボクは円ですよ」

「──本当のホントに本物の……円くん……なの?」

「──本当のホントに本物の、貴女の、良藍の円です────」

「──ううぅ……ヒック……、……生きてる……見た目は……女の子になっちゃった……けど……、……ヒック……円くんが……、生きてるよ~……」

 ──やはり、“二人だけの秘密の想い出”は効果覿面こうかてきめんでした。

 見事、良藍の眼から憎悪の色を消し去り、ボクが“平野 円(ボクのまま)”であることを彼女にわかってもらえました。

 因みに、ボクと良藍の“二人だけの秘密の想い出”がどんな内容か、なんて、野暮なことは聞かないで下さいね。

「──グスッ。

 ……ああ、円くんが、生きてる。

 こんなに嬉しいことはないよ~」


 ──ぎゅうううぅ……!


 ボクが生きている事が嬉しいあまりに、良藍はボクのことを熱烈に抱擁してきてくれます。

 ボクも彼女の熱烈な抱擁に応じるため、抱擁をして返すのに腕を……腕をあげ……──あ……。

「ヒラノ!

 マドカさんが、また白目を──」

「──えッ!?

 あ、ゴメン、またやっちゃった……」

「──……カハっ!

 はぁはぁ……、ボ、ボクは大丈夫ですよ、良藍」

 熱烈な抱擁に、一瞬、意識が遠のきかけましたが、こ、これくらい、へっちゃらです。


 共に気が済むまでボクと良藍は抱擁し続けた後、“前のボクの身体”が身に着けていた衣類や小物等を回収。

 さて、周囲を見回すと、神官兵たちはいつの間にやらこの部屋に到着したときに着いていた立ち位置にしれっと何事も無かったかのように戻っており、地の神はニコニコしながらボクたちを眺め、サハーカ枢機卿はポカンと口を開けたまま佇んでいます。

 ボクは神剣を持って、サハーカ枢機卿の前に進み出ると、

「どうぞ。こちらが、お望みの神剣です。お納め下さい。」

 慇懃な態度で手に持った神剣を彼女へと差し出します。

 しかし、サハーカ枢機卿はいまだポカンとしたままで、ボクが差し出した神剣を受け取る素振りもありません。

「──……違う、違うわ。こんな筈じゃ……、こんな筈じゃないわ……」

 それどころか、何やらブツブツと呟いていて、はっきり言ってコワいです。

「──そうよ!

 アナタは今、転生者の記憶が混じって意識が混乱してるだけ!

 そうよ、そうに違いないわ!」 

 …………これは、重症ですね……。

 どうやら目論見が外れ、望まぬ結果になったことにサハーカ枢機卿は現実逃避をしていたようです。

 さて、どうしたものでしょうか? サハーカ枢機卿を現実に戻す何かいい手は……?

 ボクは視線を廻らせ、この場にいる人の顔を順繰りに見ていきながら考えます。

 先ずはサーハ君ですがボクたちと同じく部外者ですから論外。

 次は神官兵たち、彼らは多分ですが「畏れ多い」とか言って役に立ちそうにありません。

 残りは……地の神ですか。…………神、ね。………………うん? ああ! 信奉している神の言葉なら、きっとサハーカ枢機卿を現実に戻せるかもしれません。

 では、早速、お頼みするとしましょう。

「すみません、大地母神エダフォス。

 僭越ながら、現実逃避しているサハーカ枢機卿を現実に戻して頂けないでしょうか?」

「──そうですね、わかりました。」

 ボクの頼みを引き受けてくれた地の神はそう言うと、サハーカ枢機卿と向き合い、

「ジッニよ、前以て伝えておいた筈です。反魂の術で彼女を()()()()()()()させても、彼女の意識が目覚める可能性は低いと……」

 諭すように語り掛けます。

 すると、

「──ですが、大地母神エダフォス様、可能性はゼロではないと……仰有られていたでは……ない……です…………か…………」

 地の神の言葉に反応して現実に戻ってきたサハーカ枢機卿。しかし、地の神の眼に窘めの色を見てとったサハーカ枢機卿の言葉は尻すぼみになり、やがて押し黙ってしまいました。

「それと、例え、ノーマ・ル・ウツフの意識が目覚めたとしても、貴女のことを拒絶した可能性が大いに有りました。」

「────そん……な……!?」

 信奉している神さまの御言葉に茫然となるサハーカ枢機卿。

 それにしても、大凡おおよその結末が予想出来ていた上で、黙ったまま枢機卿の行為に手を貸す神さまも、なかなかにおひとが悪いです。

「──さて、何はともあれ、これで無事に依頼を完遂出来たことですし、報酬を貰ってルニーンに戻りましょう」

「そうね♪ ルニーンに戻ったら、パーッとやりましょう~♪」

「──と、いうワケでして、サハーカ枢機卿、この度の依頼“神剣の回収”の報酬をご用意して頂けませんか? それとも、後でボクたちの元へ届けて頂けるのでしょうか?」

「…………」

 しかし、サハーカ枢機卿は黙したままボクの言葉に応えてくれません。

 余程、ボクの前世の意識が目覚めなかった事がショックだったのでしょうか?

 でもまあ、ボクには関係の無いことですので、

「ボクたちは先に上の礼拝堂の方へ戻らせてもらいますので、依頼の報酬の件、宜しくお願いしますね」

 ボクはサハーカ枢機卿に念押しして、良藍とサーハ君を引き連れて、来た道を引き返し──

「──待って! 待って下さい!」

 はて? 何でしょうか?

 まだ、歩き出して数歩のところで、サハーカ枢機卿に「待った」と言われたので、条件反射的に立ち止まってしまいました。

 う~む、このまま、サハーカ枢機卿の「待った」の声を聞かなかった事にして行ってしまってもいい気がしますが、立ち止まってしまった以上、話くらいは聞いてあげてもいいかもしれません。

「──まだ、何か?」

 ボクはサハーカ枢機卿の方へと振り返り、話を聞く意思があることを示します。

「──お願いです。あの子を『神代かみしろの御子』──シャル・スーペ・ツベクートをこの『神剣』の能力ちからを用いて、目覚めさせて……ください」

「──はい?

 神代の御子を起こす?

 何故、ボクが?

 そのくらい、信徒の聖道具使いの方に頼めば済む話では?」

「──それは……──」

「──……確か、神剣の能力ちからを使うには聖道具使いであることと、神剣の銘を知っていること、あとは神剣の銘になっている神の基礎知識──何の神かを知ってるだけで十分だったハズです──があること、以上の三つの条件を満たした者なら、誰でも使える筈ですよね」

「──…………確かに、そうなのですが…………──」

「──ならば、ボクに頼む必要性が何処にあるのです?

 なんなら、サーハ君に頼めばいいんじゃないですか?

 神剣の銘と何の神かを教えるだけでいいんですから」

「──それは──……出来ません。……出来ないんです……──」

「? どうして、出来ないのですか?

 別に部外秘というわけでは無い筈でしょうに……」

「──ある存在ものに因って、『神剣』の“銘”と“その神のこと”を識る事が出来ぬよう、認識阻害の呪いをこの世界全体に掛けられてしまったのです。

 ただ……、例外的に既に『神剣』の“銘”と“その神のこと”を識っている者にはその呪いの効果はありませんが……」

 ふ~ん、認識阻害の呪いですか……。流石は魔法が実在する世界です。それなりに文明を進化させてきた現在の地球でも、いまだ仮想空間内でしか実現できていないような事を平気でやってしまうのですから、恐れ入ります。

「──なら、その識っている者に────」

「──残念ながら、『神剣』の“銘”と“その神のこと”を識っている者の中には、とある事情故に聖道具を扱える者は誰もいません。──貴女を除いては……」

「……成る程、深くは追及しませんが事情はなんとなく分かりました」

「──でしたら、どうか、お願いします。あの子を──シャルを目覚めさせて下さい」

 ですが──、

「お断りします!」

「──なっ!? どうして?!」

 「どうして?!」って、そんなの決まってるじゃないですか、

「何故、“タダ”でサハーカ枢機卿の頼み事をボクが聞かなくてはならないのです?

 そんな義理はボクにはありませんから、悪しからず」

「……………………。

 分かりました──『神剣』回収の依頼と同額の報酬を用意しますので、どうか、“『神代の御子』シャル・スーペ・ツベクートを目覚めさせる”依頼を受けては下さいませんか?」

「ええ、いいですよ。

 確かにその依頼承りました。

 ──交渉成立ですね」

 ふふ~ん、まさか報酬が倍になるとは、これは棚からぼた餅ですね♪

「……ヒラノ、マドカさんって、前のお姿の時の印象からは想像出来ないほどに、エグいことを平気で為さいますね……」

「そうよね~、円くんって、相手への好感度がマイナスに振れると普段はしないようなエグい事を平気でしちゃうからね~……。サーハ君も気を付けないと……──」

「聞こえてますよ、二人とも!」

「ス、すみません」

「円くん、冗談だよ~、冗談……」

 まったく、良藍もサーハ君もボクのことをなんだと思っているのでしょう。

 さて、

「それでは、神剣を用いて神代の御子を目覚めさせるとのことですが、具体的にはどういう手順を踏めばよろしいので?」

 サハーカ枢機卿から渡された神剣を手に、ボクは再び部屋の中にある左側の神代の御子が眠るガラスの棺桶のようなモノの前に立ちます。

「まずは、『神代の御子』の前にあります台座に『神剣』を収めて下さい」

「分かりました、神剣を台座に収めるんですね……」

 ボクは神剣を鞘から抜き、サハーカ枢機卿が言った台座にある溝のような穴に刃の部分を下にして、神剣を台座へと刺し込み収めます。

「神剣を収めました。次の手順は?」

「あとは『神剣』に触れた状態で、『神剣』の“銘”を唱え、『彼の者の御魂を在るべき場所へ返し給え』と続けて唱えて下さい。それで、神代の御子』は目を覚ますはずです」

「分かりました」

 ボクは台座に収めた神剣に再び触れて、軽く深呼吸をしてから──


 ──神剣ミールよ

   彼の者の御魂を

   在るべき場所へ

   返し給え


 サハーカ枢機卿が言った詞を唱えます。

 すると、神剣を収めた台座がやにわに光りを帯びて、台座に彫られている紋様を輝かせます。そして、その光りは台座全体を輝かせると、今度は床を奔る複数の線状の溝の上を進んで、神代の御子が眠る棺桶のようなモノの下にまで到達します。

 やがて、神代の御子が眠る棺桶のようなモノに変化があらわれます。

 現在いまのボクの肉体からだの時と同じように中の液体が徐々に排水されていき、そして、中で眠っていた神代の御子はボクと同様に咽せて肺の中の液体を嘔吐えずいてます。

 その後も、ボクの時と同じく、プシューっと気体の排出音と共に棺桶のようなモノが口を開き、意識を取り戻した神代の御子が徐に上体を起こして床へと降り立ちました。

 ボクは役目を終えた神剣を台座から抜き取り、鞘に収めます。

 ふうぅ~……、これにて依頼完遂──と。これで、報酬は最初の倍♪ かなりの余裕をもって、これからの旅を続けられそうです。

 ──まあ、本来の肉体からだは喪ってしまいましたが……、こうして生きているので、良しとしておきましょう。

「──ノーマちゃん? ノーマちゃん……だよね?」

 おや? 目覚めた神代の御子がボクに向けて何やら呼び掛けています。

 しかし、ボクは神代の御子の呼び掛けには応えません。何故なら、ボクは彼女が呼んでいる「ノーマちゃん」ではありませんから。

「──あ~、やっぱり、ノーマちゃんだ~☆」

 無視です。

「ねえねえ、ノーマちゃん☆

 ノーマちゃん?

 お~い、ノーマちゃん。

 ……無視するなんて、いぢわるしないでよ、ノーマちゃん!」

 無視です。無視。

「ぷぅ~……。もう!

 そんな、いぢわるするノーマちゃんにはオシオキです!

 とおぅりゃあ~……!

 擽りの刑です~☆」

 神代の御子はそう宣うと、何を思ったのかボクに向かって飛び掛かってきました。

 ですが──、


 ──ぎゅめしッ!


「に゛ゃあ゛あ゛あぁぁあ゛ぁーー……!!」

 ボクの意思とは無関係に──おそらく、この肉体からだに染み着いた経験からくる条件反射で、ボクは飛び掛かってきた神代の御子の顔面にアイアンクローをかまして、彼女がそれ以上ボクの方へと接近するのを阻止していました。

「──ほ、ほら、この、爪が食い込むように……、わたしの顔を掴む……──に゛ゃぎゃッ!?

 こ……これ以上、強く掴むのや……やめて……。ね。血……、血が本当に出ちゃうから……!」

「──あ! すみません」

 余程、ボクの前世は神代の御子のことが、ウザったらしかったのでしょう。

 思わず、彼女の顔を掴んでいる手に力が入ってしまっていました。

「謝る気持ちがあるなら、もう放してよ、ノーマちゃん」

「申し訳ありませんが、ボクは貴女の言うその“ノーマちゃん”ではないので、貴女の勘違いが是正されるまでは放したくとも放せません」

「でもでも……、ノーマちゃんはノーマちゃんだよ!

 だって、その身体もその魂も間違いなく、ノーma……────」

「──ですから、ボクは“ノーマちゃん”ではありません!

 貴女の知ってる“ノーマ・ル・ウツフ”は既に死んでるんです!」

「──……ノーマちゃん、何でそんな事を言うの?

 だって、現にノーマちゃんはわたしの前に居るじゃない!!」

「…………、何度も言いますが、ボクは貴女の言う“ノーマちゃん”ではありません。ボクは彼女の生まれ変わりで、平野 円という異世界人です!

 因みにボクの本来の身体は、この身体とボクの魂を繋ぐ為の生け贄にされてもう在りませんがね」

「──え?! それって、どういう──?」

「詳細はそこのサハーカ枢機卿から伺ってください」

「え?

 ジッニが枢機卿?

 え?

 え?!

 どうなってるの……!?」

 どうやら、神代の御子は現状を把握していなかっようです。

 ボクは混乱して大人しくなった神代の御子の顔から手を放し、そそくさと神剣をサハーカ枢機卿に返します。

「それでは、これで依頼は完了ですね?」

「え、ええ。ありがとうございます。報酬の方は外の天幕があるところでお受け取りくだい。この度の追加の依頼分もお支払いしますので」

 サハーカ枢機卿は事務的にボクへそう返答すると、案内と報酬の支払い手続きをする役目を担わせた一人の神官兵をボクたちに付けて、その後はボクたちを見送ることなく神代の御子の方へと行ってしまいました。

 ──ま、現世いまのボクにはもう関係の無い事ですので、神代の御子のことはサハーカ枢機卿以下関係者各位にお任せします。



 ──体感時間で小一時間といったところでしょうか。

 ボクたちは旧・地の大神殿の秘密の地下空間から出て、依頼の報酬六十万メルカを受け取り、徒歩でルニーン・タウンへと向かっています。

 案内と報酬の支払い手続きをしてくれた神官兵が「帰りの天馬車も用意してあります」と言っていましたが、丁重にお断りしました。

 そんなワケで、ボクたちは北北西の空──フンドゥース王国はこの世界の南半球に位置していますので──で燦々と輝く太陽の下をえっちらおっちらと進んでいきます。

「そういえば、良藍はこれから如何するんです?

 ボクは一応これからも旅を続けようと思っているのですが」

「あたしは、勿論、円くんに付いてくよ♪」

「まあ、そうなりますよね。これからは、勝手に捜しに行く事が出来ないような遠くには行かないでくださいね」

「分かってるよ、円くん♪ これからは円くんの傍に、ず~っと居るからね♪」

「さて、お聞きの通り、良藍はボクと一緒に行きますが、サーハ君はどうなさるんですか?」

「私は……──今はまだ、わかりません……」

「そうですか。では、どうするか決まるまで、ボクたちと共に行きませんか?」

「…………そう、ですね。私が進む方向が定まるまで、ご一緒させてもらいます」

「はい。これから宜しく、お願いしますね」

「こちらこそ、宜しく、お願いします」

「あ! そうでした! コレ、今回の依頼のサーハ君の取り分です」

 ボクは手荷物の中から、お金の入った小袋を一つ取り出して、サーハ君へと渡します。

「あ、すみません。……って、コレ、少なくありませんか?」

 何を仰いますやら、サーハ君は?

「そんな筈ありませんよ。ちゃんと、良藍の取り分を差し引いた、サーハ君が受け取るべき報酬分入ってます」

「いえ、ヒラノの分を差し引いているのは分かりますが、それでも全体の報酬額は六十万メルカですよ?」

 これは、これは、彼も異な事を言いますね。

「確かに報酬は山分け折半と取り決めましたが、──」

「そうですよ、マドカさん。報酬はちゃんと折半した額で分けませんと……」

「──ですが、それは元々の神剣回収の依頼だけでの話です。あの場での追加の依頼は先の“報酬を折半する”には含まれませんよ」

「いやいや、それはないと思いますよ、マドカさん。我々は共同で依頼を受けたのですから、追加の依頼も共同で受けたのと同義です」

「そうですか。では、問いますが、サーハ君は追加の依頼において、貴方は依頼を達成するために、なにか行動を起こしましたか?

 もし、なんらかの行動をしていたというならば、追加の依頼の報酬も折半することにボクはやぶさかではありません」

「──グ!?

 …………すみません、欲をかきました……」

「分かってくださって、結構です」

 此れにて、一件落着です。

「ところでさ~、円くん~」

「なんですか?」

「円くんの前世って、名前が“ノーマル”のわりに──」

「……良藍、ボクの前世の名前は“ノーマル”ではなく、“ノーマ・ル”で────」

 ──もにゅん。

「──ひゃわっ?!」

「──胸、デカいわね~♪

 あたしより有るわ~♪

 揉み心地も、最高~♪」

「──良藍!

 何処、触ってるん──」

 ──さわさわ……。

「──にゃ?!」

「腰の括れもはっきりしてて、それに──」

「──もう、なにを──」

 ──もみもみ……。

「──はにゃ!?」

「──おしりも胸に負けず劣らずの揉みごたえ♪

 これは、“名は体を表す”に対する明らかな詐欺だよ~──」

「──ええーい、やめえぇーい!」


 ──スパァーン!!


「──イった~……、スリッパで叩くなんて、いきなり何するのよ、円くん?!」

「──“いきなり何する?!”はボクのセリフです!

 いくら生涯を誓った仲とはいえ、往来の場での今し方の行為はセクハラですよ!!」

「へ?

 往来の場?

 セクハラ?」

「そうですよ。周りを見てください」

 既にボクたちの周りには人集りと言うには少ないですが、街道を行き交う人々が、何事かと遠巻きに此方を見ています。……それに、中には邪な目でボクたちを見ている人もいるような気が……?

「…………あ~、ホントだ……。人がそれなりにいるね~」

「…………まったく、場所をわきまえてください」

「え~、でも~、今の円くんって着てる衣服のデザインも相まって、見てるだけでもイタズラしたくなるような艶やかな見た目なんだよ~。もう、これはイタズラする他ないじゃない♪

 サーハ君だって、そう思うよね?」

「わ、私はノーコメントです……」

 顔を赤らめて外方を向くサーハ君。そういえば、さっき彼の取り分の報酬を渡したときも、どこか視線が泳いでいましたが──。

 まさか、今のボクの格好は周囲の人には目の毒なのでは?

 …………あり得ますね。先程、ザッと周囲を見渡した時は“気がした”程度でしたが、今ははっきりと邪な視線を複数感じます。

 ……それに、あの地下空間で現在いまの身体の身を包んでいる衣裳を見たときに艶やかだと感じはしましたが、まさか、良藍の食指が動く程とまでは思いませんでした。

 それに此処は異世界なのですから、この様な艶やかな衣裳でも、好奇や変な目で見られることは少ないと思い込んでいましたが、どうやらそれはボクの勘違いだったようです。

 これは、着替えた方が無難ですね。

「良藍、ボクはそこの茂みの奥で着替えてきますので、見張りを頼めますか?」

「え~……、着替えちゃうの~?

 似合ってるのに~……」

「似合っていようと、イヤらしい目で見られるのは、正直、不快ですので」

「お~、円くん、その気持ち分かるんだ~。確かに、イベントなんかで劣情を煽るのが目的じゃないコスプレをしてたときに、そういった目線で見られたのは流石にあたしでも気分悪くなったからね~」

「そういうワケで、着替えますから、見張りをお願いします」

「オッケ~♪

 分かったよ、円くん。着替え中の円くんには、何人たりとも近付けさせたりしないから安心して着替えてね♪」


 ──ゴソゴソ……。

「ところで、円くん……」

「なんですか? まだ着替え途中なので、手短にしてください」

「うん。……あのね、円くんはさ、身体が男から女の子になっちゃったワケだけど、何か違和感とか不調……みたいなことはない?」

 ……………………。

「……そうですね……、特にはないですね。おそらく、昔、良藍に付き合わされて仮想空間没入型ヴァーチャルダイブのゲームで、散々、女性キャラをロールプレイさせらてたのが功を奏したのでしょう。所謂、ケガの功名というやつですね」

「え~、そこは普通、昔取った杵柄って言う所じゃない~?」

「いえ、間違えなく、ケガの功名ですよ。……っと、着替え、終わりました」

 ボクは脱いだ衣裳を荷物の中に仕舞い、茂みの奥から出ていきます。

「お~、これはこれで、またセクシーなヘソ出しルック~♪」

「し、仕方なじゃないてすか。シャツのボタン部分が届かずに留められなかったんですから……」

 まさか元の身体が着ていたシャツを普通に着ようとしたら、胸の部分のボタンが届かずに胸の谷間が大露わになるなんて思いもよらず、やむなくシャツの下裾を留め紐代わりにして胸部の肌が露出しないようにした結果、良藍の言うヘソ出しルックになってしまいました。

「ま~あ、それだけ前世の名前とはかけ離れた立派なお胸をお持ちなんですから、胸部分のボタンが留まらないのも仕方ないよね~♪」

 まったく……良藍は……。

 しかし、着替えたというのにあまり邪な視線が減った気がしませんね……。

「──ほらほら、サーハ君、着替えた円くんも、これまたイヤラシイ妄想したくなるほど……──」


 ──スパァーン!!


「──ちょっと、円くん!? あたし、何も悪いことしてないじゃない! なんで、スリッパで叩くの?!」

 なる程。着替えた格好もまた周囲の人々には目の毒なのですね……。

「サーハ君に変な妄想をするよう焚き付けてたじゃないですか」

「──え~、だって~……──」

「“だって”じゃありません」

 ……はあ~。どうしたもの…………あ! そうです!

「良藍、貴女の外套を貸してもらえませんか?」

「え? あ、うん、いいよ♪ はい♪」

「ありがとうございます」

 良藍は二つ返事で自分が身に纏っている外套を外し、ボクに貸してくれました。

 そして、ボクは良藍から拝借した外套をサッと身に纏い、外套で衣服を隠します。

「あれ~?

 隠しちゃうの~?

 勿体ない~……」

「勿体なくありません!

 ほら、二人とも行きますよ」


「──おや?」

「サーハ君、どうかしましたか?」

「いえ、このようなところにも“精霊の祠”への入り口があるんだなと、思いまして」

 先ほどの場所から幾何か歩いたところで、サーハ君が立ち止まって見ている看板を見てみると、其処には確かに『この先、精霊の祠への入り口あります』と書かれています。

「“精霊の祠”?」

「マドカさんは精霊の祠はご存知ないんですか?」

「ええ。初耳です。精霊の祠とはどんな処なんですか?」

「あたしが説明してあげる。精霊の祠ってのは、一生に一回、強い力を持った精霊を喚び出せて、喚び出した精霊と契約を結べる場所なんだ」

「成る程。それで、精霊と契約すると何か特典があるのですか?」

「勿論♪ 精霊と契約を結べると──なんと、本来であれば長年に渡る辛い修行と座学を修めないと体得できないマジモンの魔法を詠唱もナシに使えるようになっちゃうのです♪」

「マジですか?」

「マジです!」

 おおおぉぉ~……! マジの魔法が使えるようになるなんて、少々興味が惹かれます。

 そういえば、旧・地の大神殿の地下空間で良藍が焔の魔法を使ってましたね。

 あの様な事が、ボクにも出来るようになれる!

 一応、この世界には、異世界人のボクでも丸暗記した呪文を唱えるだけ使える魔法というのもあるにはあるんですが、それらは“マッチ程の小さな火”だったり、“ロウソクの火ほどの明かり”だったり、“大さじ一杯分の水を空気中から取り出したり”と、魔法が実在しない地球からしたらそれだけでも充分にスゴい事なんですが、やはり、物足りなさを感じていたのです。

 因みに、この世界には魔法道具も在りますが、前述の呪文丸暗記で使える魔法と同等の効果を得る魔法道具でさえ、そのお値段は丸暗記する呪文を教えてくれる講座の受講料の約二十倍以上で、しかも使用回数制限有りの使い捨てという始末。しかも、半恒久的に使用可能な物ととなると値段が更に跳ね上がります。

 そんな訳で、魔法道具は全体的にべらぼうに高額な故においそれとは手を出せません。

 更に因みに、ボクの護衛の騎士さんはまだまだ若いのに、かなりの高給取りで、それなりの数の魔法道具を所持していますが、全て国からの貸与された物であり、如何に個人が魔法道具を自腹で手にするのが経済的に至難かを如実に表しています。

 「──あ~、でも、精霊を喚び出しても、必ずしも契約を結べるってワケじゃないわ。サーハ君なんて喚び出した精霊の数が精霊の祠始まって以来の過去最高だったのにも拘わらず、総スカンくらったからね~」

「ヒラノ……、それは他言無用と言ったじゃないですか……」

「あ、ゴメ~ン、つい、うっかり喋っちゃった♪

 テヘペロ♪」

 そうでしたか……。それで、サーハ君は『──精霊の祠の入り口あります』の看板に敏感に反応したのですね。

「それで、円くんは、当然──」

「──立ち寄っていきますよ。やはり、VRゲームの中だけではなく、リアルでもマジモンの魔法を使ってみたいですからね」

「決まりね♪」


「おや、いらっしゃい。はじめてのお客さんと、そっちは以前来られた二人だね」

 精霊の祠の入り口──空間転移の魔法陣で移動した先は、まるで木の中に造られた施設のようで、正面受付にはお年を召したお婆さんが受付として立っています。

「……えっと、精霊と契約をしたくて来たのですが……?」

「わかってるよ、此処はその為の場所なんだから。丁度、225番の召喚の間が空いているから、其処を使うといい」

「あ、ありがとうございます」

「召喚の間の位置は横の案内板に記されているから、よく確認してから行っとくれ。迷子になっても、あたしゃ、知らんからな」

「はい、わかりました」

 ──迷子ですか……この施設はどれだけ広いのでしょうか?

 そんな事を思いつつ、案内板を確認していると、

「あ! あったよ、円くん。案外っていうか、直ぐ近くだよ、225番の召喚の間」

 良藍が速攻で受付のお婆さんが言った番号の召喚の間の位置を見付けました。

 彼女が指差す案内板のヶ所を見てみるとそこは──、

「…………受付ここの直ぐ隣ですね……」

 サーハ君の言葉通り、案内板に記されている225番と明記された召喚の間は受付の直ぐ隣にあります。

 実際に案内板から目を離して、案内板にあった方向に目を向けると、其処には『225』とこの世界の数字で壁に記され、その数字が記されている下には召喚の間の中へと入る入り口がぽっかりと開いています。

「それじゃ、パパッと精霊召喚して、パパッと精霊と契約しちゃいましょう♪」

 ボクは良藍に背中を押されながら、早速、225番の召喚の間へ入っていきます。

 そして、入り口をくぐった先──召喚の間には二つの魔法陣と手前側にある魔法陣の中に建つ一枚のプレートがあります。ただ、それら以外の物は特になく、ちょっとした広間くらいの広さです。

「意外とシンプルなんですね」

「まあね。あたしもはじめて召喚の間に入った時、此処のあまりのシンプルさに拍子抜けしちゃったもん。

 そいじゃあ、円くん、精霊の召喚方法を教えるね♪」

「頼みます」

「まずは、円くんが手前にある魔法陣の中に立ってね」

 良藍に言われた通り、ボクは手前側にある魔法陣の中に入ります。

「はい、魔法陣の中に立ちました。次は?」

「次は心の中で精霊に対して『来て』と強く念じるの。そうすれば、後は念じた人の心の声に反応した精霊が奥の魔法陣──召喚陣の中に顕れるわ」

「なる程、精霊に対して心の声で呼び掛けるのですね。わかりました。では、早速──」


 ──ボクと共に歩んでくれる精霊よ、どうか、来て下さい!!


 精一杯の念を込めた心の声で呼び掛けます。

「──ちょっと、ヒラノ、マドカさんに出鱈目を教えたら──」

 へ? デタラメ?

「──ぷくく……、だって~、円くんったら、真剣過ぎるんだもん~♪」

「──マドカさん、本来の精霊の召喚方法はマドカさんがいる魔法陣の中に建っているプレートに刻まれている上側の呪文を────」


 ──ブワァー!


 サーハ君がみなを言い終えるより先に、突如、奥の召喚陣から風が溢れ出しました!?

「いったい、何が?」

「円くん、後ろ……、後ろ見て……」

「はい? 後ろ?」

 サーハ君の困惑の声に続いた良藍の言葉にボクは反射的に正面に向き直ると其処には──


 ──精霊たちがいました。


 ──ひい、ふう、みい、よつ、いつ、む、なな。合計で七体の精霊たちです。

 そして、顕れた精霊たちは向かって左から順に──、


 ・火の精霊:ウィスプ

 見た目はまんま火の玉。

 ・水の精霊:ぷるん

 球体状の水の集合体。

 ・風の精霊:シルフ×5

 女性の姿を模した風。


 ──計七体の精霊たち。

「これは凄いですね……。四大元素の精霊のうちの水・火・風の三精霊に、風の精霊に至っては過去最高の六体同時に次ぐ五体同時顕現ですか。無事に契約が結べれば、マドカさんの努力次第ですが、風は局地的な天候操作も可能になりますよ!」

 なんと、これは当たりを引いたというヤツですね!

 ボクとしても、風の精霊とは契約が結べたらいいなとは密かに思っていたのです。

 なんたって、風の精霊と契約できたならば、天馬のように自由自在に空をべるかもしれませんからね。

「それで、サーハ君。精霊たちと契約を結ぶにはどうしたらよいのでしょう?」

「はい、精霊たちと契約を結ぶには、マドカさんが居る魔法陣の中に建っているプレートに刻まれている下側の呪文を唱えて下さい。唱えた後は、精霊たちが個々に契約を結ぶかどうかを判断します」

「わかりました。それで、契約を結んでもらえた場合はどうなるのでしょうか?」

「精霊が契約を受諾した場合、契約者側──詰まりはマドカさんの周囲に契約の証として、各精霊のイメージカラーの光りの粒子が舞います──って、マドカさん、もう、契約の呪文を唱えたのですか!?」

 はい?

「──いえ、呪文を唱えるどころか、まだプレートも見いていません」

「そうなんですか?! ですが、既に契約の証が──」

 サーハ君の指摘した通り、ボクの周りには彼が言った契約の証である光りの粒子が──


 ──紅・蒼・翠・黄──


 ──と、乱れ舞っています。

「どうやら、マドカさんは出てきた精霊たちに余程気に入られたようですね」

「……そうなんですか?」

 なんか実感が湧きませんね……。

「普通は精霊側から積極的に契約を結んでくる事は稀と聞いていますからね」

「はあ……、そうなんですか……」

 なんとも、まあ、自分ながら間の抜けた返事です。

 ですが、無事に精霊たちと契約を結べた事は喜ばしい限りです。

「おや、無事に精霊との契約が済んだのかい。なら、すまないが直ぐに場所を空けてもらえるかい? ついさっき、団体のお客さんが来てね、後がつっかえてるんだよ」

 いつの間にやら、召喚の間に入ってきていた受付のお婆さんにボクたちはせき立てられ、精霊と契約が出来たことに対する喜びの余韻を噛み締める間もなく召喚の間を後にします。

「あら、お婆さんが言ってた通り、団体さんね~」

 召喚の間を出て直ぐに目に付いたのは同じ服──制服を身に纏う少年少女達。

 その数、ざっと見積もっても百人以上はいるんじゃないでしょうか?

 召喚の間に入る前は広く感じた受付前の空間が人でごった返してます。

「……これは、ウホマ魔法学園の生徒達ですね……」

「サーハ君、知ってるんですか?」

「詳しくは知りませんが、私たちが居るカヴォード大陸とは異なる大陸に在る教育機関だそうで、昔、此処に付き添いで来た時に、その魔法学園の生徒と話をしたことがあったので制服のデザインを覚えていたのです」

「へ~、そうなると、この精霊の祠というのもカヴォード大陸にあるワケじゃないんですね」

「……! 言われてみれば、確かにそうなりますね。此れ迄、旅してきた地域のほぼすべてに“精霊の祠への入り口”が在りましたから、てっきり、精霊の祠もカヴォード大陸の何処かに在るモノと思い込んでいました」

 ボクとサーハ君がそんな事を話している最中、ボクの耳はサーハ君の声とは別に、生徒達の会話のざわめきの中からこんな会話を聴き取っていました。


「なあなあ、あそこのイケメンの兄ちゃんと居る女の子たちの内の片っ方、あの娘、レンマと同じチキュー人じゃね?」

「……さあな」

「でもよ、お前と髪の色も瞳の色も同じだぜ?」

「……なら、そうなんじゃあねーの」

「んだよ、マジメに応えろよな~。……つうかさ、レンマ。もしかして、もう片っ方の娘に一目惚れしたな?」

「はあ? 何言ってだ? そんなんじゃねーよ」

「ア・ヤ・シ・イ……」

「あ~、ウザ……」

「なになに? レンマ君が一目惚れ?」

「そうなんだよ。ホラ、あそこのイケメンと一緒にいる女の子で黒髪じゃない方の娘」

「あ~、あの娘か。ん? ん~……、なんか、あの娘、地の女神様を祀ってる教会で、女神様と一緒に肖像画が描かれている御子の一人に似てない?」

「…………! おお! 確かに。まるで画から抜け出したみたいだ」

「さすがにソレは言い過ぎ──」


 “レンマ”? まさか……ですよね?

 ボクは思わず聞こえてきた人名に反応して、彼らの方へと視線を向けます。

 すると、そこにはボクの記憶にある、“あの少年”──小牧こまき 蓮真れんま君、その人がウホマ魔法学園の制服に身を包み友人達と談笑しています。

「──あ!?」

「────!?」

 そして、唐突に此方を向いた蓮真君と、目が合ってしまいました。

 ──しかし、ウホマ魔法学園の生徒達が移動を開始したようで、蓮真君は人混みに紛れて見失ってしまいました。

「──? 円くん、どうかした?」

「……いえ、なんでもないです」

 ──何故、蓮真君がカドゥール・ハアレツに? という疑問が頭の中に涌きましたが、それと同時に蓮真君には悪いが“絶対に関わらない方がいい”と勘が告げています。なので、ボクは彼がこの世界に来ている事は知らなかったことにして、例え、彼の友人の貴樹君と顔を会わせても、彼がこの世界に来ている事は伝えない事を心に誓います。


「そういえば、契約を結んだ精霊たちは無事に元居た場所に還ったのでしょうか?」

 精霊の祠を後にして、ボクたちが精霊の祠に行くのに使った入り口──空間転移魔法陣がある場所に戻って直ぐ、ボクらは受付のお婆さんにせき立てられて召喚の間を出てしまった為にあの場にあのままになっていた精霊たちの事が気に掛かり、誰となしに問い掛けます。

「ああ、それでしたら心配はいりませんよ、マドカさん」

「そう……なんですか? サーハ君」

「はい、契約を結んだ精霊たちは基本的に私たちが見る事の出来る実体を解いた状態で契約者の側に常に居るそうですから。おそらく、今現在もマドカさんの近くに精霊たちは居る筈です」

「……なる程……。ところで、精霊たちに再び姿を見せてもらうにはどうしたらよいのでしょうか?」

「精霊たちに姿を見せてもらう、ですか?

 それまた、どうしてです?」

「精霊たちに面と向かって、『これから宜しく』と、挨拶をしておきたいので」

「そうでしたか。

 …………そうですね…………、私は精霊と契約が出来ませんでしたから、確かなことは言えませんが、呼び掛けたら案外あっさりと私たちにも見えるよう姿を顕してくれるかもしれません……」

「……そうですか……。

 …………ま、わからない事を深く考えても埒はあきませんので、ものは試しです。

 ──ボクと契約をしてくれた精霊の皆さん、今一度、ボクの前に姿を見せていただけませんか?」

 ………………

「円くん、呼び掛けたくらいで精霊たちが姿を見せてくれたのなら、苦労はないわ~。あたしなんて、契約してから一度も契約した精霊たちの姿を見た事はないわ──って、マジ?!」

 ボクが呼び掛けてから少し間がありましたが、目の前の空間が陽炎のように揺らいだかと思うと、そこには、火の精霊のウィスプ、水の精霊のぷるん、風の精霊のシルフたち、そして、カバをモチーフにした巨大な獣? ──はい??

「……あ、あの~、貴方はどちら様でしょうか?」

 契約した精霊たちと共に顕れた第四の存在。

 それは、見上げるほどに巨大でどこかカバを彷彿とさせる風貌。そして、身に纏うは威厳ある風格で、自然と畏まってしまいます。

「うむ。われは地の精霊のベヒーモス。これから宜しく頼むぞ、契約者の円よ。吾のことは気軽に“ベヒさん”とでも呼んでくれ」

「あ、はい、こちらこそ宜しくお願いします。──って、待って下さい。ボク、貴方と契約した憶えがないのですが……?」

「なに?

 憶えてないのか?

 ちゃんと、こちらの精霊ものたちと共に吾も契約したぞ」

「──えーっと、でも、確か契約の証の光りの粒子は……紅……蒼……翠……そして、黄──」

「──そう! ソレ!!

 その黄色の光りの粒子が吾と円が契約を結んだ証であるぞ!」

「え!? でも、あの場にベヒ……さんはいらっしゃいませんでしたよね?」

「……いや、吾はあの場に居ったぞ。尤も、召喚陣を通ってあの場に行ったのではなく、お主らと共に精霊の祠へと赴いたからの」

「ボクらと共にですか?」

「左様。吾はある役目を請け負って約二千年もの間、今現在では旧・地の大神殿と呼ばれている場所に留まっていたのだ。だが、今日この日、その請け負った役目が終わりをむかえての、吾は自由の身となった。そして、自由を謳歌しようとブラブラしていたところ、お主たちを見付け、何やらお主が精霊と契約したいという話を聞き、人間と過ごしてみるのも一興と思い立ってな。それで、お主らの後に付いていき精霊の祠でこちらの精霊ものたちが其方と契約するタイミングに合わせて吾も円と契約を結んだのだ」

「そうでしたか……。…………わかりました。改めて、これから宜しく、お願いします。ベヒさん。

 精霊の皆さんたちも、これから宜しくお願いしますね」

「うむ。こちらこそ、改めて、宜しく頼むぞ。円。

 ──……ん?

 何だ? お主たち。

 なになに……、ふむふむ……、そうか、そうか、わかった、わかった。そう責っ付くな……」

「あの~、ベヒさん?

 どうか、したんですか?」

「──うむ。この精霊ものたちが、吾だけ愛称で呼ばれるのはズルい、我々にも愛称を付けて呼んで欲しい、とのことだ」

 精霊かれらたちの愛称ですか……。そうですね…………。

 ……。

 …………。

 ……………………。

「……わかりました。それでは、火の精霊のウィスプさんは、ウィス」

 ──ボおォーー♪

「水の精霊のぷるんさんは、ぷるるん」

 ──ぷるぷるる~ん♪

「風の精霊のシルフさんたちは、シルフルズ」

 ──ヒュオー……。

 あれ? シルフさんたちだけ反応が薄いです。

「もしかして、シルフさんたちは、今の愛称が気に入りませんでしたか?」

「…………ふむ、…………うむ、…………そうか。

 いや、どうやら、シルフたちはグループ名だけでなく、個々にも愛称を付けて欲しいそうだ」

「そうでしたか……。では、今すぐ考えますので、少々待っていてください」

 シルフさんたちの個々の愛称ですか…………。

 ……。

 ……………………。

 ……………………………………………………………………………………。

「──決めました。まずは、髪飾りを着けているシルフさんは、トン

 ──ヒュ~ゥ♪

「腕輪をしているシルフさんは、ナン

 ──ヒュル~♪

「ペンダントをなさってるシルフさんは、西シャー

 ──ヒュオ~♪

「アンクレットをしているシルフさんは、ペイ

 ──ヒュルルン♪

「そして、サークレットを着けているシルフさんは、四喜スーシー

「──ちょっと、円くん。女の子の名前に麻雀用語とか────」

「おや、シルフたちは皆気に入ったみたいですよ、マドカさんが付けた名前を──」

 ──ヒュオ~ん♪

「──あら、ホント……だわ……」

「皆さん、喜んでいただけて、嬉しいです」

「うむ。良きかな良きかな。それでは吾らは実体を解き、お主からは見えなくなってしまうが、ちゃんと傍に居るから心配せぬでもよいぞ。それと、吾はこれから昼寝をするのでの、呼び掛けても返事は出来ぬが、円が吾の力を必要とするなら、その時は吾が眠っていてもちゃんと力を貸すから安心せい。では、お休みじゃ……──」

 ベヒさんがみなを言い終えると、精霊の皆はその姿が空気に溶け込むように消えていきました。


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