2、異世界で生け贄?!
「────良藍!」
「──あ、あ……あ……、ああ……、ああ……、ホンモノ……、本物の──円くんだ!!」
彼女はボクの名を呼んだ辺りで、勢いよくボクに飛び付き再会の抱擁をしてきました。
──ぎゅううぅぅぅ……!!
しかし、これは少々──いえ、かなりヘヴィーな抱擁です……。
──ですが、これくらい彼女の幼馴染みであり夫であるボクにはヘッチャラ……──あ……。
「──円くん♪、円くん♪、円くん♪、円くん♪、円くん♪…………──円くん?」
「いけません! 彼、白目剥いて泡を吹いてますよ!」
「──ッ!? あ、ごめん~。嬉しすぎて、つい力が入り過ぎちゃった~……。えへへ……、円くん、大丈夫?」
「──……ハッ! あ? え? あ、はい、大丈夫ですよ、良藍」
一瞬、意識が遠退きましたが、問題なしです。
「──しかし、良藍はいつの間にそんな力が強くなったのですか?」
「…………えっと……ね、この世界に来たら、急に力が強くなっちゃんたんだ~」
「…………そう……ですか」
なる程、所謂、異世界召喚補正というヤツですね。
「あれ? もしかして、円くんは力が強くとかはなってないの?」
「はい、なってませんよ。ボクは地球に居た頃のまんまです」
「そうなんだ~。
……ところでさ、円くんはどうしてこの世界に来たの? もしかして、あたしのことを探しに来てくれた……とか?」
「…………いえ、残念ながら、ボクはこの国が召喚した勇者の召喚に巻き込まれて、この世界に来たのです」
「な~んだ、やっぱり、そうか~。もし、そうなら、嬉しさは万倍だったのにな~……」
──まったく……、十年もの間、離れ離れだったというのに良藍は相変わらずですね……。
……しかし、
「……良藍……、十年前より、背、縮みましたか……?」
「あ、わかる~? 実はね、この世界に来たときに──あたし、十代後半くらいにまで若くなっちゃったんだよ~。ホラ~♪ しかも、不老らしくて、永遠のティーンエイジャーなんだ~♪ いいでしょ~♪」
そう言いながら、良藍が被っていた外套のフードを上げると、そこには確かに思い出の中にある十代後半の時の彼女の顔が姿を表しました。
「やっぱ~、成熟した二十代のあたしよりも、成熟手前の十代後半の今現在のあたしの方が魅力的だとは思わない~?」
「ボクは如何なる姿の良藍であろうとも愛してますよ」
「ん~、もう、円くんったら、嬉しいこと言ってくれちゃって~♪」
「あのー……?」
「──あ! そうだ! 円くん~、今日の夜は~、あたしと円くんの再会を祝して~……──」
「──あの! ヒラノ!」
「はい?」
「はい?」
「………………」
突如、大声を上げて呼び掛けてきたサーハ君。
しかし、呼び掛けられたので返事をしたのに、何故かサーハ君は眉間を揉むような仕草をしながら困り顔で固まっています。
「………………あー、えーと……、マドカ……さんの方では……なく──」
あー、良藍の方に声を掛けたのですか。
「なーに? サーハ君」
「……えーと、あのー……、ヒラノはマドカさんとは、その……どういう関係…………なのですか?」
「ん? どういう関係って、あたしと円くんは愛し愛される夫婦だよ~♪」
「──夫婦!!? ですが──」
「あ! もしかして、サーハ君、円くんより自分の方があたしに相応しいとか自惚れちゃってるの~?」
うわ~、サーハ君、ヒドい言われようですね。
でも、図星だったようで俯くサーハ君。
「──ねえねえ、円くん。あたしが居なくなってからの地球でのみんなの事、聞かせてよ」
「はいはい、わかりました。それでは、良藍が異世界召喚で行方不明になってしまった直後から、掻い摘まんで此れ迄のみんなの事をお話しします──」
──小一時間ほど経ったでしょうか。
ボクは良藍により様子や雰囲気を想像しやすいよう身振り手振りを交えながら、彼女が居なくなってからの十年間を掻い摘まんで話して聞かせました。
良藍はボクの語る話に表情をコロコロ変えたり偶にツッコミを入れたりしながらも、ちゃんと聞いてくれました。
そして、一段落したところで、長々と喋って喉が渇いたので、話し始める前に注文しておいた冷めてしまった紅茶をボクは一口に流し込み、喉を潤した丁度そのとき、俄に宿屋の外が騒がしくなったのです。
「どうしたのかしら?」
良藍は外の様子が気になるようで、しきりに首を伸ばして宿屋の外を見ようとしますが、ボクたちが座っているテーブル席はフロア内の奥の方故に外の様子を覗うには席を立たないと難しいです。
ボクは良藍に横着せずに席を立って見に行ったらどうか、と言おうとした矢先──。
──バタムッ!!
宿屋のスイングドアが勢いよく──どちらかというと、乱暴に──開かれました。
その音に宿屋の食堂内の人々は否応なく宿屋の出入り口に注目を集めます。
すると、ドアを乱暴に開けた人物二人が数歩ばかり宿屋の内側に入り、スイングドアが閉じないよう自らの身体を壁にして立ち並びました。
それはまるで、偉い人がこれから登場すると言わんばかりの動きです。
そして、ボクが思ったことは当たりだったようで、ドアを開けて立ち並ぶ二人の人物──神官兵たちの間を見た顔の人物が徐に通って、宿屋の中へと足を踏み入れてきました。
その人物は、一旦立ち止まり宿屋の食堂内に居る人々を値踏みするかのような視線で一瞥すると、迷うことなく出入り口に立っている二人とは別の神官兵を引き連れて、ボクたちの方へと向かってきます。
観衆の見守る中、ボクたちが座っているテーブル席へとやって来た人物はそうすることが当たり前のように空いている席──ボクの向かい真正面の席に腰掛けます。因みに連れの神官兵は人物の後ろでビシッと姿勢正しく待機のポーズで立っています。
「お久し振りですね、ヒラノ マドカさん。先ずは、この度は我等の依頼を受けて頂き誠に感謝しています。では、早速、依頼の詳細な内容を────」
「──ちょつと! 待ちなさいよ、貴女!」
挨拶もそこそこにその人物──依頼主が其方に寄越すと言っていた担当者──は、依頼内容の詳細説明に入ろうとしましたが、良藍が待ったを掛けます。
「貴女ね、あたしたちも円くんと一緒に貴女らの依頼を受けてるのよ。なのに、あたしたちに挨拶無しって失礼なんじゃない?」
「あら? これはこれは、“トラバーナの勇者”様に“亡国トラバーナの元王子殿下”でありませんか。──これは、失礼致しました。こうして、直にお目に掛かるのは初めてですね」
「ええ、そうね。シュモネス教──地の枢機卿ジッニ・ア・サハーカさん」
良藍が依頼の担当者の肩書きとフルネームを口にした瞬間、宿屋の食堂内にざわめきが拡がりました。
──シュモネス教──
一神教ではなく、八柱の神を奉る多神教で、教皇を頂点とした魔法文明の時代から存在するこの世界最古の宗教の一つ。ただし、先の記述通り、八柱の神々を奉っているため各神ごとの計八つの派閥があり、教皇はそれら八つの派閥のまとめ役でしかなく、実質のトップは各派閥の最高神職──枢機卿である。
そんな、超大物の方がいきなり登場したのです。なので宿屋に居る人々がざわつくのは至極当然です。
──しかし、この依頼…………キナ臭くなってきましたね…………。
なにしろ、普段はこの国の王都にある本拠地の『地の大神殿』にて多忙な職務をこなし、“座して動くことなし”と世間では言われているシュモネス教の地の枢機卿が、御身自らわざわざ出張って来ているのです。
これは、厄介事の臭いがぷんぷんどころか、吐き気を催す程に充満しています。
──ですが、報酬の額は実に魅力的です。辞めるのなら今のうちなのですが……、旅の路銀のこともあるので背に腹は代えられません。
さて、意識を思考の海から現実に戻しますと、ムスッとした顔の良藍が営業スマイルを貼り付けたサハーカ枢機卿を睨んでいます。
なんでしょうか、周囲の人々のざわめきとはまるで隔絶されたみたいに、このテーブル席では空気がギスギスしています。
これでは依頼の話をするにしても、スゴく胃に悪そうです。
なので、このギスギスした空気をなんとかするため、ボクはサハーカ枢機卿の言葉の中にあった気になっことを聞いてみます。
「──あのー、つかぬ事をお伺いしますが、こちらの彼女を“トラバーナの勇者”と、そして、そちらの彼を“亡国トラバーナの元王子殿下”とサハーカ枢機卿は仰られましたが、どういう意味なのでしょうか?」
「どういう意味と、仰いますと……?」
「いえ、ボクはサハーカ枢機卿もご存知の通り、異なる世界から来た者ですので、この世界の事はまだまだ疎いものですから……」
「成る程、そうでしたね。それでは、そちらの彼女とこちらの彼が先の呼ばれ方で呼ばれる事になった経緯について、我々の知る限りのことをお話ししましょう」
おや? 良藍の顔が昏い表情になってます!? これは話題選びをしくりましたかね……。ですが、サハーカ枢機卿は既に話を始めてしまいました。
「──現在より約三年ほど前、このカヴォード大陸の北側に在った都市国家トラバーナ王国にて内乱が勃発しました。その内乱は言葉にするのも憚れるような凄惨なもので、内乱を起こした者達はトラバーナに住まう無辜の民をはじめ国家を治めていた王侯貴族に至るまでを皆殺しにしてしまったのです。そして、当時、偶々他国に所用で出払っていた一人の王子とその護衛が内乱の報せを聞いて、急ぎ戻った時にはトラバーナに生きた者は内乱を起こし大虐殺を行った者達だけしでた。
そして──そのトラバーナの凄惨な光景を目の当たりにした王子の護衛の一人が憤怒に駆られ、単身で内乱を起こした者達を殲滅し、内乱を鎮圧したのです。
──以来、民と国を喪った王子は“亡国トラバーナの元王子殿下”、単身で内乱を鎮圧した王子のその護衛の一人は“トラバーナの勇者”、という代名詞で世間では呼ばれるようなったのです」
────…………そんな事が……、あったのですね……。
サハーカ枢機卿の話を聞き終えて、チラリと良藍の顔色を覗いますと血が滲まんばかりに唇を噛み締め何かを堪えているみたいです。
はぁ~……。ギスギスした空気を変えるつもりで振った話題が、余計に場の空気を悪くしてしまいました……。
だがしかし、この場の空気が悪かろうとお構いなしに、サハーカ枢機卿は依頼の話へと入っていきます。
「では、改めまして依頼の詳細な内容についてですが、ヒラノさんたちには我々と同行していただき此処──ルニーンより南に徒歩で片道三時間ほど行った先にある『旧・地の大神殿』に封印安置されている我らが奉る地の神・大地母神エダフォス様の名を冠した『神剣』を回収してほしいのです」
──…………神の名を冠した神剣…………ですか……。
成る程、だから枢機卿が出張って来たワケなんですね。宗教において信奉している神の名が付いた物というのは最上級の御神体と同義ですからね。その御神体を只の一信徒ではなく、トップに立つ枢機卿が自ら持ち帰ったとなると、箔というプレミアが付いて、信徒たちの信心は鰻登り、更には奇蹟に縋りたい未入信者を新たに獲得し易くなるというオマケ付き。
ですが、────
「──腑に落ちませんね」
ボクが言おうとしていた言葉をサーハ君が、サハーカ枢機卿に投げ掛けます。
「あら? 依頼の内容に何か不備がございましたか?」
「ええ、大ありですよ、地の枢機卿殿。貴女が仰られていた封印安置されている神剣についてですが、おそらく神剣を封印するのに用いてるのが聖道具であり、その聖道具の封印を解くのに聖道具使いが必要という事なのでしょう?」
「ええ、その通りです」
「ですが、私が聞き及んだところによれば、シュモネス教は八つの派閥すべてにおいて、いずれも優秀な聖道具使いを幾人もお抱えしているとのこと。つまり、私たちのような──現在では稀な在野の聖道具使いに依頼を出さなくとも、神剣の回収は出来る筈です」
「確かに“元王子殿下”──」
「──その呼び名、止めていただけませんか? 私のことは名で呼んでいただけると助かるのですが……」
「──わかりました。では、話しを続けます。確かに、サーハ殿が仰った通り『神剣』を封印している聖道具が只の聖道具でしたら、我々も依頼など出しはません。ですが──」
「神剣を封印している聖道具が特殊なモノであると?」
「ええ。『神剣』を封印している聖道具は、サーハ殿もご存知とは思われますが、かの“対魔王討伐用勇者”が手にする“勇者の剣”と同様の聖道具使いとしての技量があるだけでは扱えない、特殊な資質を伴わないと扱えないモノなのです。残念ながら、我らシュモネス教に身を置く聖道具使いたちにはその資質が伴っていなかったのです」
「それで、依頼を出したのですね……」
「ええ。そういう理由で、依頼を出したのです。疑問点は以上だけですか?」
そういう事ですか、依頼を出した経緯は理解出来ました。ですが、新たな疑問点が浮かび上がってきました。
それは、枢機卿が言っていた“特殊な資質”。身内の聖道具使いの中にはいなかったので、他の聖道具使いをあてにして依頼を出したとのことですが……?
「──ねえ、ソレって無茶苦茶効率が悪すぎない?」
あ! どうやら、良藍が先程の思い詰めたような状態から、普段の彼女に復帰したみたいです。よかった~。
「どういう意味でしょうか? ……えっと……確か……貴女はヒラ──」
「──良藍よ。今回だけ、特例で下の名前で呼ばせてあげるわ、枢機卿さん」
「…………ああ! そうでしたか。分かりました、ラランさん」
枢機卿はボクと良藍の左手薬指に同一のデザインの指輪が嵌められているのを目聡く見付けたようで、それでボクと良藍の間柄を見抜き、良藍の呼び方の変更の申し出に納得したようです。
「では、ラランさん。先程の“効率が悪い”とはどういう意味でなのでしょうか?」
「まんま、言った通りよ。貴女達が求めているのは聖道具使いであると同時に封印している聖道具を扱える資質のある人物。なのに、肝心の資質があるかどうかも分からないままに聖道具使いだからというだけで、枢機卿っていう超お偉いさんがわざわざ出張ってくるなんて、非効率にも程があるわ。もし、依頼を受けた聖道具使いの人に資質が無ければ無駄骨なんだし、普通こういうのって、貴女が出張る前に依頼を受けた人間が資質も伴ってるかも診るはずじゃないの?」
「──!? 確かに、ラランさんの言い分に一理ありますね。……そうですね、もし、今回、ヒラノさんが『神剣』の封印を解除出来なかったときは、次回からは封印の聖道具が扱える資質があるかどうかも依頼を受ける手続きの際に診てもらうように頼んでおくとしましょう。」
──どうやら、枢機卿は良藍の指摘した事に合点がいったようで、改善策を口にします。
──が、この依頼のキナ臭さが限界突破してオーヴァードライヴ状態です。
口にはしませんが、組織のトップに立って指揮する人間が重要案件で初歩的なポカをするでしょうか?
例え、指揮する人間がポカをしても補佐する人達などが指摘等をして先の改善策を進言しているハズです。
そして、なによりも今回の依頼はボクとサーハ君が共同で受けたものなので、先の枢機卿の発言は『──さんたち』と言うべきヶ所が、ボクのみしか指していません。
これはもう、違約金を支払ってでも依頼をキャンセルすべきなのでしょうが……、繰り返しになりますが、旅の路銀を稼ぐためには背に腹は代えられないのです!
よって、
「依頼内容に関する疑問や質問は以上ですか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「──でしたら、早速、『旧・地の大神殿』へと赴きましょう。移動には天馬車を用意しておりますので、どうぞ」
このまま依頼を始めます。
席を立ち上がって先導をする枢機卿に続いて、ボクたちも各々席から立ち上がり後に続きます。
そして、宿屋から出て直ぐのところに、枢機卿が言っていた“天馬車”が停まっています。
さて、この天馬車、人が乗る車の部分は通常の馬車とさして変わりはありません。が、車を牽く馬が天馬であり、しかも変わった三頭立てなのです。
そして、ここで一つ、天馬についてお話ししますと、実はこの世界の天馬は皆さんが想像するような背中に鳥の翼が生えたような生き物ではなく、外見は至って普通の馬と代わり映えがありません。
ですが、天馬は空を駆けるのです!
何故なら、この世界の天馬は、馬と風の精霊が融合した合成獣なので、天馬は融合した風の精霊の能力を使って、自在に天を疾り回るのです。
そんな、天馬を用いた天馬車。運用されはじめた当初は一頭立てだったそうですが、天馬一頭だけでは牽いている車が安定して宙に浮かない事が間々あったらしく、改良され、現在の三頭立てになったそうです。
そして、天馬車の天馬の配置ですが、車を牽く天馬が一頭、残りの二頭はそれぞれ車部分の斜め後方に各一頭ずつが配置されていて、一頭では車部分を浮かすのに安定を欠いていたものを追加の二頭で万全にしています。
「どうぞ、お乗り下さい」
天馬車の御者を務める神官兵が天馬車のドアを開けて、枢機卿を先頭にボクたちを天馬車の中へと誘います。
「──ほう、外装も内装もデザインに変に突出した派手さもなくシックで洗練されていますね。それに、使っている素材はどれも一級品ばかり。流石はシュモネス教の枢機卿がお乗りになる天馬車ですね」
天馬車に乗り込んで最初に感想を述べたのはサーハ君。
しかし、一目見ただけで使われている素材が一級品とか判るなんて、やっぱ元王子様は伊達じゃないですね~。
「ねぇ~ねぇ~、見て見て、円くん。このソファー、すっごいふかふかよ~♪」
「あ~、こら、良藍、子供じゃないんですから、そんなはしゃがないで下さい……」
ほら、枢機卿に笑われてますよ。
ボクは天馬車のソファーで遊ぶ良藍を窘め大人しく座らせると、自分も彼女の隣に座ります。
──をを……ッ!?
これは確かに、良藍の言った通り、天馬車のソファーはとてもふかふかでベッドにして寝転んだら寝心地が良さそうです。
そして、天馬車に乗った全員が着席したのを見届けると御者はドアを閉めて、御者台に乗りシートベルトを着用すると、天馬の手綱を手に取り、
「それでは、間もなく発車いたします。発車時の天馬車が上昇する際、多少負荷が掛かりますので、ご乗車の皆様はソファーに深くお座りください」
注意事項を述べます。
それを聞いた、ボク、良藍、そしてサーハ君は、ソファーに深く座り直します。
ボクたちがソファーに深く座ったのを確認した御者は、
「──では、発車します!」
手綱を振って、天馬に出発の合図を出しました。
そして、────
──グンッ!!!!
遊園地にあるフリーフォールが急上昇したときのようなGがボクたちに襲いかかり、皆一様に身体をソファーのふかふかクッションにめり込ませています。
暫くすると、掛かっていたGはなくなり、天馬車は音も無く、前進を始めました。
「うわ~♪ スゴいよ、円くん。ホントに空を飛んでるよ~♪」
窓の外の眺める良藍の言葉につられ、ボクも窓の外を覗きます。
すると、
「──これは、また絶景ですね」
窓の外の眼下には遥か遠くの自然の緑までも見渡せる展望が拡がっています。
やはり、高い所からの景色は世界が違えども、素晴らしいものです。
「あれ? サーハ君は外見ないの?」
良藍の声に、視線を窓の外から天馬車内のサーハ君へと移しますと、何故か彼はジッと真正面の壁を見たまま左右の窓の外には目もくれません。
「ほらほら、窓の外には心が洗われるくらいのスゴい景色が見えるのに、見ないのは損だよ」
「……………………」
しかし、良藍の誘いの言葉に沈黙で答えるサーハ君。
一体どうしたの──ああ、そういことですか。
「もしかして、サーハ君は高い所が苦手なのですか?」
「…………ええ、まあ……。幼少の頃に……ちょっと、ありまして……ね……」
ボクの導き出した答えに、サーハ君は顔を青ざめながらも正解であると首肯します。
「へぇ~、サーハ君って高所恐怖症なんだ~。勿体ない、こんな良い眺めなのに……」
さて、ボクたちがワイワイとしているソファーの向かい側のソファーに座っているサハーカ枢機卿はというと、……何やら、“今は話しかけないで下さい”オーラを出して考えに耽っているようです。
そうして、天馬車での空の旅は約三十分ほどで終わりを告げ、目的地『旧・地の大神殿』へと到着しました。
「──凄いわね~、さすがは大神殿ってやつね~。他所で見たことのある神殿や教会とは比べ物にはならないわね~!」
確かに、良藍の感想通り旧・地の大神殿は他の神殿や教会とは比べ物にならないほど雄大ですが、
「王都にある地の大神殿と外観はほぼ一緒なんですね」
「外観だけではありません。建物の内部構造も含めほぼ全て、王都の現『地の大神殿』はこの『旧・地の大神殿』をなぞって造られましたから」
「成る程、そうだったんですね。──でも、これと同じモノを王都に建てた人達は相当苦労したんでしょうね……」
「そうですね。本来はこの『旧・地の大神殿』を解体して王都に持って行き移築する予定でしたが、『神剣』の封印安置が此処で行われた為、解体移築は中止となり、已む無く、王都に新しく建てられる運びになったのです」
「へ~、そうだったんですか」
サハーカ枢機卿の解説で、王都の地の大神殿と此処の旧・地の大神殿が酷似している理由が解りました。
「それにしても、物々しいですね」
確かに。サーハ君の呟きの通り、旧・地の大神殿の門前には完全武装した神官兵やきっちり礼装したシュモネス教の関係者──おそらく、場所柄的に地の派閥の方々でしょう……──がいて、用意された簡易テントの下で各々談笑やら何かの打ち合わせやらをしている姿が散見されます。
「見てよ、サーハ君。あそこにいるの、何年か前にサーハ君が外交で行った国にいた司教さんじゃない?」
「ええ。確かにあの国にいた司教さんですね」
どうやら、良藍やサーハ君が見た事のある人の顔もあるみたいです。
そして、人の姿が疎らな方を見てみると、其処にはボクが見たことのあるモノないモノ様々なこの世界の乗り物がズラリと並んで停まっているではありませんか!
中には馬車の車の部分とヘリを足して二で割ったような物まであります!
そして、視線を元の方へと戻しますと、いつの間にやら談笑や打ち合わせをする声が凪のようにピタリと鳴りを潜めています。
何事かと頭の中に疑問符が浮かびますが、全員が全員の視線がボクたち──正確にはサハーカ枢機卿──に向いており、尚且つ、神官兵達は敬礼を、礼装した人達は会釈のような一礼をした状態で畏まっています。
つい先程までは沢山の人の声で和らいでいた物々しさが、静寂に包まれることで一層増してより重苦しく感じます。
「皆さん、我々は此れより『神剣』の回収に赴きます。無事に『神剣』の回収が恙無く終えられることを祈っていてください。」
静寂の中朗々と響くサハーカ枢機卿の声。
そして、喋り終えた枢機卿が片手を軽く上げて合図すると、
「「うおおおぉぉーーー……!!!! 大地母神エダフォス様、万歳!! 枢機卿様、万歳!! シュモネス教、万歳!! ……──」」
神官兵達の万歳三唱が轟き、場に再び人々の声による喧噪が戻ってきます。
「──なにコレ!? まるで、お祭りじゃない?」
「まるでじゃないですよ、良藍。紛う事無く、お祭り──厳密には式典ですよ、これは」
──しかも、ボクたちが神剣を必ず回収してくることを前提としたモノです。
枢機卿に連れられてボクたちは眼前の荘厳な門をくぐり抜け、正面に見える大神殿の顔ともいえる大礼拝堂へ進みます。
「うわ~、やっぱ大神殿となると、出入口の扉もデカいわね~」
「そうですね、どうやってこの様な巨大な扉を開閉しているのでしょうか?」
大礼拝堂に着くや、良藍とサーハ君が扉の大きさに圧倒されます。
ですが、ボクは王都で幾度か大神殿に行った事があるので見慣れてしまい、新鮮味はありません。
「皆さん、こちらから中に入ります」
大礼拝堂の扉の前で立ち止まっていたボクたちに、既に通用口の前に進んでいた枢機卿が付いてくるよう促します。
「へぇ~、スゴい広い礼拝堂ね~。声がスゴく響くわ~」
大礼拝堂の中に入り、良藍が開口一番にがらんどうな礼拝堂内に声を響かせます。
礼拝堂内は先にサハーカ枢機卿が解説してくれいた通り、王都の地の大神殿と同じ造りで違いなどが分かり……──いえ、決定的な違いがありました!
それは、礼拝堂内の一番奥。御神体である大地母神エダフォスを象った女神像の後ろの壁に描かれている肖像画が此処──旧・地の大神殿──と、王都の地の大神殿とでは異なっています。
此処の奥の壁に描かれているのは大地母神の肖像画だけですが、
「…………確か、王都の大礼拝堂には女神の肖像画の両脇に、それぞれ一人ずつ、計二人の女性の肖像画も描かれてましたね……」
「ええ、その通りです、ヒラノさん。此処に彼女達──二人の御子の肖像画が無いのは、彼女達が肖像画として描かれることになった偉業を為したのが、丁度、この『旧・地の大神殿』が解体移築する事が決定した頃だったのです。なので、此方には彼女達の肖像画はありません」
「そうでしたか」
ボクは他にも違いがないかと礼拝堂内を見渡してみますが、目に入るのは、祭壇に続く中央の通路の両脇に整然と立ち並ぶ神官兵達と、祭壇にある女神像の前に立つ人影ならびにその人影の周囲に立つ他の神官兵よりも装備が豪奢な神官兵たちだけです。
そして、通用口のところから一旦、巨大な礼拝堂の扉の前にボクたちは移動し、そこから今度は中央の通路を通って祭壇へとボクたちは進みます。
「お待ちしてましたよ、皆さん」
ボクたちが祭壇に辿り着いたところで、先程は人影にしか見えなかった存在が歓迎の言葉と共にボクたちを迎えます。
「大地母神エダフォス様、ヒラノ マドカさん並びに他二名をお連れしました」
サハーカ枢機卿がボクたちを迎えた存在に恭しく外にいた礼装した人達が枢機卿にしたような一礼をします。
良藍とサーハ君も眼の前にいる存在が何モノか気付いたようで、枢機卿に倣って一礼をします。
ですが、ボクは良藍たちがしたような一礼はせず、ただ、大地母神エダフォスを見詰めます。何故だかは分かりませんが、漠然と眼の前の神に一礼する事は失礼に値すると、心の何処かの自分じゃないような自分が囁いている気がするのです。
まるで、勇者の剣の宝玉に浮かんだ幾何学的紋様(?)が読めてしまったときと似た感じです。
──さて、ボクたちの眼の前に在る大地母神エダフォスですが、紛う事無く正真正銘この世界カドゥール・ハアレツのマジモンの神さまです。
どういう理屈かなどはボクなどには知る由もありませんが、この神さまは自身が祀られている神殿や教会の敷地内に限り、実体を伴って顕現できるそうです。……まあ、現にボクたちの前にこうして顕現してますしね。
しかも、この様に顕現が出来る神さまは他にもいて、シュモネス教の水・火・風の神さまも出来るのだそうです。
「それでは『剣』のもとへと参りましょう」
眼の前の地の神がそう告げると、音も無く御神体を載せた祭壇が横へとスライドし、地下へと続く階段が姿を現しました。
ボクたちは今度は地の神に導かれる形で地下へと続く階段を降りていきます。
先程、祭壇の近くにいた豪奢な装備の神官兵もボクたちに同行して。
体感的に長く感じた階段も漸く終わりを見せ、ボクたちは礼拝堂の地下に設けられた巨大空間に辿り着きました。
其処には所狭しとガラス蓋の棺(?)が整然と並んでいて、差し詰め此処は地下墓地なのかもしれません。
そうなりますと、神剣の回収というのは“墓荒らし”にあたるのではないしょうか? いくら、神さま同伴といっても気が引ける依頼です。
「──あの、ここに眠ってるミイラってシュモネス教の聖人とか敬虔な信者の方々なんですか?」
沈黙に耐えきれなくなったか、良藍が誰となしに問い掛けます。
「いいえ、此処に眠っている方々はミイラなどではありません。ちゃんと生きてますよ。そして、此処に眠る方々は、このカドゥール・ハアレツの脈々と連なる歴史に名を刻んだ偉人や英雄と呼ばれた方々の複製体です。ですが、いずれの方も魂が宿っていない為、起きて活動するということはありませんが……」
「っ────!?」
「ウソっ──!?」
そんな、良藍の問い掛けに答えたのはサハーカ枢機卿でしたが、彼女の口から語られた真実に、ボクも良藍も言葉を失います。
既に三十五世紀を超した地球においては未だにヒトそのもののクローンを生み出すことは禁忌とされています。
故にボクと良藍は、当たり前に此れ程のクローンを生み出しているこの世界に絶句するほかありません。
「二人とも、どうかなさったんですか?」
…………
サーハ君はこの光景を見ても、何とも思わないのでしょうか? 彼にこの光景の感想を聞きたいですが……、正直、答えを聞くのが何だか怖いので、何でも無いフリをします。
「──…………いえ、こういった光景を見るのは初めてでして、少々度肝を抜かれただけですので、お気になさらず」
「? そうですか……」
ボクたち一行は無数の人間のクローンが寝ている中を言葉一つ無く黙々と進み、やがてシュモネス教の紋章が刻まれた大きな扉の前に辿り着きました。
そして、一行を先導していた地の神が、紋章の刻まれた扉に手を翳すと、静かに扉が両開きのの扉が開いていきます。
そして、見えてきた部屋の中の様子は正面中央に祭壇に載っていたのと同じ造形の女神像が鎮座し──
「──っ!? 女の子のクローン体!?」
──そう、良藍が思わず漏らした呟きの通り、女神像の両隣には先の無数のクローン体と似たガラスの棺のような物が二つあり、それぞれの中に少女が眠っています。
ただ、其処に眠る少女たちは、他のクローン体たちが同一デザインの衣服を着せられているのに対して、各々が凝った意匠の紋様や縁取りがなされた艶やな衣裳に身を包んでいます。
そして、それらの衣裳に包まれた少女たちは、この部屋に施された装飾と部屋中央に鎮座する女神像と合わさることで、得も言われぬ神秘性を醸し出しています。
──しかし、この少女たちの顔をボクは知っています。正しくは、見た覚えがあるですが、何故、ボクが彼女たちの顔を知っているかというと王都の地の大神殿──大礼拝堂で見たからです。彼女たちの肖像画を。
「──二人の御子──」
「──ええ、その通りです。この子たちは王都の『地の大神殿』に描かれている二人の御子。この子たちは手前の部屋に並でいるような複製体ではなく、正真正銘、彼女たちの本当の身体です。そして、この子たちは現在も尚、生きています」
「──!!」
「──えッ!!!?」
「──信じられません!?」
サハーカ枢機卿が告げた真実にボクたちは啞然とします。
ですが、
「──向かって右の彼女は既に亡くなってる筈です」
──はい???
ボクは自分の口から反射的に滑り出た言葉に困惑します。
しかし、ボクの困惑など意に介していないどころか、ボクの言った事に疑問ではなく、
「確かに、右側の彼女は人間としては死んでいると言っても過言ではありません。ヒラノさんたちの世界では“脳死”と言われているような状態です──厳密には違いますが」
答えをサハーカ枢機卿が返してきました。
「──厳密には違うってどういうことよ……? 」
そして、今度は良藍が枢機卿の言葉に食いつきます。
「……そうですね……、ラランさんたちには信じ難い事だとは思いますが、この世界では魂の存在が物証的に証明されています。そして、我々の世界では肉体は何ら異状は無く生きているのに魂が肉体から完全に乖離するという、貴方方の世界では定義されていない“第三の死”があるのです。我々は彼女──『神降ろしの御子』が偉業を成し遂げた後、彼女を迎えに行ったときには、既に彼女の魂はもう輪廻の輪の中へと還ってしまっていました──」
そう語ったサハーカ枢機卿の表情はどこか哀愁が漂っていました。
「さて、閑話はこれくらいにして、皆さんには依頼に取り掛かってもらいます。
『神剣』は見ての通り、『神降ろしの御子』が腕に抱いています。そして、『神剣』を回収するには『神降ろしの御子』の眠る装置の蓋を開けねばなりません。
ですが、別に難しいことはありません。
『神降ろしの御子』の前にある石柱の上に設置されている聖道具の『宝珠』に触れて下さい。資質があれば『宝珠』が反応し、『神降ろしの御子』が眠る装置の蓋が開きます」
そう言うと、サハーカ枢機卿は地の神と共にボクたちに道を譲ります。そして、同伴してきた豪奢な装備の神官兵たちも予め決められていたのであろう位置に立ち並び、無言でボクたちに依頼の遂行を促してきます。
「──では、私から行きます」
まずはサーハ君が前に出て、真剣な面持ちになって柱の上の宝珠に手を触れさせます。
……。
……………………。
……………………………………………………………………………………。
「──何も起きないね……」
良藍の言葉がサーハ君の結果を告げます。
次はボクの番です。
サーハ君と交代して、ボクは宝珠の前に立ち、心を一旦落ち着かせ、呼吸を整え、意を決して、宝珠に手を伸ばします。
──ピト。
宝珠に触った瞬間、水晶のような肌触りとヒンヤリ感が伝わってきます。
…………。
……………………。
……………………………………………。
──しかし、待てども暮らせども何かが起こる気配は────
「──円くんっ!? 逃げて!!」
「はい?!」
良藍の突然の叫び声にボクは反射的に彼女の方を振り返ります。
そして、ボクは気付きます。ボクの足下の床から光りが溢れ出し、その輝きが増していっていることに……。
「──これは、いったい……なn……i……────」
──アレ? おかしいですね……。
身体がうまく動きません……。
それに──五感のすべてが────薄れていきます────────
──これは──
──ああ……、もしかしなくても──
────死────