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1、異世界で再会?

 ──痛み。

 それは──いまだに生きている証。

 正直、アレを食らった瞬間、死んだと思いました。

 ですが、ボクの身体の全身の至る所から、気が狂いそうな程の痛みのシグナルが発せられ続けて、このままではマジでヤバいです。

 確か、こういう時は何か一つの事に集中すると痛みを誤魔化せると何処かで見聞きした覚えがあります。

 なので、ボクは痛みの嵐を耐え忍ぶため、すべての事の起こりから現在に到る迄を回想しようと思います、

 ──そう、あれは現在いまより約二ヶ月ほどの前のことです────



 ボクはその日、同僚との久々の直の飲み会をして、ホロ酔い気分の上機嫌で家路を進んでいた道すがらのこと。

 丁度、繁華街から住宅街へと景色が様変わりする辺りで、ボクは彼等と遭遇しました。

 一人目は、

「離せ! 俺を巻き込むな!!」

 と自分に縋り付く人物を罵りながらも、表情はにこやか笑顔という器用なマネをする少年。

 二人目は、

「自分一人だけで異世界に行くのは淋しいから一緒に来てよ!」

 と先の一人目の少年に縋り付いている少年。

 そして、三人目最後の一人は、

「まもなく、召喚陣が起動しますから大人しくしていて下さい、勇者様!」

 と言いながら二人目の少年に縋り付いて引き止めようとするも、しかし、彼の膂力にかなわずに引き摺られてしまっている、端から見たらゲームやらラノベやら漫画に出てくるキャラのコスプレをしたような少女。

 ボクはそんな彼等の言動を見て、すぐに状況を察しました。

 この国の公共の場における防犯カメラの普及率90%を超える昨今、近年になって急増している社会問題の一つ、『異世界召喚』。

 防犯カメラが公共の場のほぼ全て設置されたことで、明るみとなった“神隠し”──手がかりや何らかの痕跡さえも見付けられなかった行方不明事件──の正体。



 それが──『異世界召喚』。



 まあ、厳密にはすべてが“召喚”というわけではないのですが、数的には召喚が最も多いので、便宜上、『異世界召喚』と一括りに呼ばれています。

 ただ、この異世界召喚は国民の異界への強制拉致という被害とは別に地球人類にとある恩恵をもたらしました。


 それは、『次元粒子じげんりゅうし』と命名されたモノの発見。そして、発見された次元粒子を用いての宇宙空間における“ショートワープ”の実現と安全性と確実性を以ての運用の可能。これにより、地球人類は宇宙開発が始まった20世紀からの千年の間、遅々として開発の進展が母なる地球の周辺止まりだったものが一気に太陽系外──延いては、ショートワープの正式な運用から約三百年という時をかけて、天の川銀河の1%の領域までに開拓の手の拡がりをみせ、遂に地球人類は広大な宇宙空間へと本当の意味で偉大なる一歩を踏み出したのです。

 ──おっと、すみません、話が逸れましたね。オホン、話を戻します。

 そんな訳で、『異世界召喚』現象は世間一般の人々が常識として識るまでに至りました。

 ですが、この『異世界召喚』現象は統計を取られ始めてから近年以前までは、年間で一件起きるかどうかだったのが、近年に入り年間で百件以上の報告が上がっているとのことです。

 これは、由々しき事態と国会などでは話題に上ったそうですが、如何せん異世界召喚に対する対処法など皆目見当も付きませんので、実質、時間の浪費にしかならなかったとか……。

 さて、また話が逸れそうなので、ボクの現実の方へと目を向けると、コスプレ少女の言った事が真実であると仮定──いえ、既に二人目の少年の足元には、所謂、魔法陣と呼ぶべきモノが着々と展開中のご様子で、このまま直進するとボクまで異世界召喚に巻き込まれないとも限らないので、ボクは彼等を避けるべく可能な限り距離をとって彼等とすれ違うことにしました。

 統計によれば個人もしくは少人数を召喚する際の魔法陣の直径は平均2メートル程らしいので、車二台が余裕で通れ、車同士がすれ違った際でも歩行者などの安全も十分に確保可能な道幅があるこの道であれば、彼等とは反対側の道路端を行けば魔法陣の効果範囲から逃れられる筈です。


 なので、ボクはホロ酔いとはいえしっかりとした足取りで、彼等から距離を取るべく方向転換をして歩みを進めます。

 ──しかし────


 ()()()()です!


 ボクは確かに彼等から離れるように歩いている筈なのですが、彼等との距離は離れるどころか近くなっています?! ──って、先頭を行く一人目の少年が、なんと!! ボクに向かって直進して来てるではないですか!!!?

 しかも、言外に「おっさんも、異世界ライフ楽しもうや♪」といった感じの表情を先の笑顔に貼り付けて。

 ボクは慌てふためき離れようとするも、ボクの動きより一足早く一人目の少年はボクへと近寄り、遂にボクの腕を掴みました!

 ボクは日頃から嗜んでいた護身術を用いて、少年の腕を振り払おうと条件反射的に身体が動こうとした瞬間、躊躇いが生じました。

 ──今現在、ボクは少しばかり酔っているので、力加減を間違えたら、どうしよう……と。

 その迷いが致命的な結果をもたらしました。

 二人目の少年の足元に展開中だった魔法陣が展開を終えて、次なるシークエンスへと移行したのです。

 その効果範囲とみられる魔法陣の内側に入ってしまったボクを巻き添えにして!!



 そして、視界いっぱいに眩い光りが溢れ、すべてが白に染まり───────



 ──そんなワケで、やってまいりました『異世界カドゥール・ハアレツ』。

 ──え? 「召喚直後のテンプレ展開はどうしたのか?」ですか?

 正直、リアルであの展開を体験するとは夢にも思いませんでしたよ。

 ──え? 感想は聞いてない? それは、失敬。

 では、改めて、テンプレ展開な召喚直後の出来事をダイジェスト版でお送りします。

 「マジでテンプレな展開じゃん」などという意見はお断りですから、悪しからず。



 ──白に塗り潰された世界が正常な色合いを取り戻したとき、其処は先程まで居た繁華街と住宅街の境ら辺の道端ではなく、ザ儀式場そのものな場所でした。

 そんな中で、最初に目に付いたのは召喚主と思われる、これまたザ王女様な少女。

 その少女の次に目が行ったのは同席者もしくは見物人の人々。

 そして、ボクがギャラリーの顔ぶれを眺めている最中、召喚主の少女が徐に口を開きました。

「──ようこそ、おいで下さいました、『勇者様』。この度は我々の願い『魔王討伐』の任を引き受けて頂き誠に感謝しています。」

 それは、何というか実に棒読みな──言い換えると、台本ありきな台詞でした。

 そして、少女の詞に応える勇者様こと高山たかやま 貴樹たかき君──この後で名前を教えてもらいました──もまた、

「いえ、わたくしの方こそ、貴方様の念願成就のお手伝いが出来ること、恐悦至極に存じます」

 丸暗記しただけなのがバレバレな棒読みでした。

 この後も、一言二言と台本通りの詞を召喚主の少女ことファナリア・テセラ・ネスハ・キュルメーラ王女──貴樹君と同じくこの後で、教えてもらいました──と、勇者の貴樹君は交わしました。それで、召喚の儀は終了となり、貴樹君に事前に伝えた事よりも詳細な事情を話すため場所を移動することと相成りました。


「先ずは、ユーウ、この度の勇者様のお迎えと説得の任、ご苦労様でした」

 移動した先は絢爛豪華に装飾された会議室と思われる一室。

 其処に到着早々、王女様はコスプレ少女ことユーウ・シュウ・ツベクート──貴樹君たち同様に移動中に教えてもらいました──ちゃんに先の労いの言葉をかけたのです。

 それから、勇者である貴樹君に詳細な事情が語られました。

 その後、再び場所を移動して、貴樹君に勇者の能力と名前はまんま『勇者の剣』が与えられ、此処に『対魔王討伐用勇者・貴樹』がこの世界カドゥール・ハアレツに誕生したのです。

 ちなみにボクには、召喚時に自動的に付与された、“言語と文字を脳内で自動翻訳する素敵能力”だけでした。



 以上、ダイジェスト版のテンプレだった召喚直後の展開でした。

 ──はい? 「それだけか」って? 「お前を異世界召喚に巻き込んだ一人目の少年はどうしたか?」ですか?

 あー! そうでした、そうでした。彼のことを忘れてましたね。

 序でに後で聞かれるのも手間ですので、現状に到る迄のボクについても、ご説明しようと思います。

 しっかり、付いてきて下さいね?



 貴樹君が勇者に覚醒後、三度、場所を移動して、先の王宮の中にある会議室のようなところに戻り、そこで、今度はボクの事を含めた様々な些事や貴樹君が勇者の使命を果たした後の事についてなどの話を聞きました。

 先ずは、ボクを異世界召喚に巻き込んだ一人目の少年こと小牧こまき 蓮真れんま君──こちらもまた、後で貴樹君から名前を聞きました──について。

 結論から述べると、彼は元居た世界──地球ですね──から、カドゥール・ハアレツには来ていません。早い話が置いてきぼりです。

 なんでも、貴樹君を召喚した召喚魔法は召喚時に“召喚対象”と“召喚対象を迎えに行った異世界こちら側の住人”しか通さないという事故防止機能があるらしく、召喚対象に含まれていない蓮真君はあの場に置き去りにされました。

 そして、それが事実であることはこの世界に在る魔法のアイテム『遠見の水晶』にて確認済みたとか。後でボクもその遠見の水晶で蓮真君の無事な姿を見せてもらいました。

「──そうだったんですか……。残念だな……、蓮真は過去に二度も異世界に行った事があるから、色々とアドバイスをもらえると思って誘ったんだけど、そもそも、こっちに来れなかったのか……」

 成る程、貴樹君が蓮真君を道連れにしようとしていたのはそういう理由だったんですね。

 さて、続いては防止機能があったのに召喚に巻き込まれてしまったボクについて。

 なんでも、昔にもボクと同じく召喚対象者以外が巻き込まれて召喚されたことがあり、その当時の調査の結果、召喚に巻き込まれた人物は前世がこの世界カドゥール・ハアレツの住人であった事が判明しました。

 詰まり、ボクもまた前例の話同様に幾つほど前の前世にあたるかは不明ですが、前世がこの世界の住人であったということらしいです。故に召喚に巻き込まれたのだと。

 そして、次に聞かされた話は貴樹君が勇者として見事に魔王を討ち果たした後の話。

 かなり長ったらしい話なので、要点だけを掻い摘まんでお話しすると、


 一、貴樹君が魔王の討伐に成功。

 二、すると、貴樹君を召喚した召喚魔法と対の送還魔法が起動可能になる。

 三、あとは貴樹君の凱旋帰還を待って、帰ってきた貴樹君と一緒にボクも地球へと送還。


 ──と、まあ、こんな感じ。

 正直、自分は何もしなくとも無事に地球に帰れるとは、僥倖以外の何ものでもありません。

 なにしろ、異世界召喚で行方不明になった人物が無事に地球に帰還した割合は統計上1割強。早い話、異世界召喚されたら、十中八九帰っては来れないのです。

 この話に希望を見出したボクは、胸を撫で下ろしました。

 それはどうしてかというと、ボクには子供がいるのです。今年で11才になる可愛い娘。あの娘とこのまま永遠の別れにならず済みそうなのは嬉しい限りです。

 はい? 「娘に会える会えないよりも、娘のこれからが心配じゃないのか?」って?

 それは、心配いりません。何故なら、実家住まいなので家には両親をはじめ兄夫婦に姉夫婦、妹に住み込みの家政婦さんが二人、あと、妻の両親と妻の兄夫婦に妻の妹、と、こんなにも頼りになる人たちがいるので、ボクが暫く家を留守にしていても大丈夫です。

 え? 「何で家にそんなにも人がいるのか?」って?

 ──それは、また、何時か、お話しする機会がありましたら、その時にお話ししますね。

 そうして、一通りの話が済んだ後、今度はカドゥール・ハアレツにおける一般常識やらなにやらを教わって、それらが一段落したところで、ボクと貴樹君は各々に用意された部屋へと案内されました。

 しかし、召喚対象の貴樹君はともかく、ボクの分の部屋まで用意されてるとは──いえ、おそらく短時間の内に用意してくれたのでしょう。

 そうして、ボクは宛がわれた部屋を根城にして、王宮の中で特筆するような事もこれと言って無く、一ヶ月をなに不自由なく過ごしました。


 そして、一ヶ月間をだらだらと過ごしていたボクはふと思ったのです。

 ──ボクには貴樹君のような勇者としてのような能力どころか、何の能力もありません。このまま、王宮に居ては奇異の目に晒されるかもしれませんし、何よりボクの精神衛生上も良くありません。なので──、

「旅に出よう!」

 ──と。

 そんな訳で、ボクは旅に出たい旨を『フンドゥース王国』の国王陛下へと申し上げると、国王様はボクに旅費を出してくれる上に護衛迄も付けてくれるという大盤振る舞いをして下さったのです。

 正直、いくら何でも至れり尽くせり過ぎて、ちょっとばかしビビってはいますが、これで、旅に出れそうです。

 さて、「魔王がいるのに呑気に旅をしている場合か」と思われる方も多数いらっしゃるでしょうが、実は大丈夫なんです。

 なにしろ、魔王は出現すると同時に“何人たりとも出入り不可能な結界”の内側に引き籠もって、最短で三年、最長八年の間は侵攻の準備をしているからだそうで、魔王が軍を率いて侵攻を開始するまでは人々の営みはそれ迄と何ら変わらないんだそうです。

 しかも、大抵の場合、魔王が軍を準備している合間に対魔王討伐用勇者も可能な限りの鍛練を積んでいるので、魔王が結界を消して侵攻を開始した直後に勇者は仲間と共に魔王を急襲して、平均で数日、最も早かった勇者では数時間足らずで魔王を討ち取ったという記録もあるんだとか。

 そして、魔王が倒れると、それに伴って魔王軍も綺麗さっぱり消滅してしまうので、残党狩りをする手間も掛からず後始末が楽なんだそうです。

 しかも、しかも、今回の対魔王討伐用勇者である貴樹君は過去最速で魔王を討ち果たした勇者と引けを取らない程の資質があるらしく、関係者の内では魔王討伐最速記録更新も有り得ると噂が立つ程。

 これは、もう、ボクにとっては最高の安心材料にほかなりません。

 なので、楽観的熟考の末に“魔王が侵攻開始と同時に貴樹君によって速攻でやられるまで”の最短三年から最長八年の間、折角なのでこのカドゥール・ハアレツという世界を旅して回ろうと思い至ったのです。


 こうして、ボクは護衛の騎士さんを伴って、フンドゥース王国の『王都フンドゥリア』からカドゥール・ハアレツを見て回る旅に旅立ったのです。

 さてさて、前述でボクは“カドゥール・ハアレツを見て回る”なんて宣いましたが、いきなりですが訂正します。

 何故って?

 簡潔に述べますと、旅の安全、ひいては治安がある程度の確保と保証が確実に為されてるのは、此処、フンドゥース王国のある『カヴォード大陸』だけなのだそうです。

 それは何故かと言いますと、このカヴォード大陸ではこの大陸に存在するほぼ全ての国が一連合国として纏まっているからなのです。

 おかげで、国家間の武力による小競り合いやらは無く、兵力の大部分を治安維持に回す事が出来て、他大陸の国々よりも安全安心な治安が保たれているのです。

 という理由でして、ボクは“貴樹君が魔王を打ち倒すその日”が訪れるまでの間、カヴォード大陸の国々を見て回りたいと思います。



 そうして、護衛の騎士さんと旅に出て、二週間と数日が経った今日。

 さて、先に述べた通り、ボクは護衛の騎士さんとの二人旅なワケなのですが、今現在、その騎士さんが野暮用──ボクの護衛とは別の命令──の為、一時的に別々になっています。

 ただ、騎士さんは、

「野暮用は出来るだけ早く済ませますので、此処からもう街の出入り口が見えている『ルニーン・タウン』にある『止まり木亭』という宿屋で待っていて下さい」

 とのことなので、ボクは、既に後ろ姿が米粒ほどに見えるまで見送った騎士さんから視線を外し、目の前にあるルニーン・タウンへと向けて足を進めます。

 さて、ルニーン・タウンまでは数分ばかりの距離ですが、到着するまでの間にこの世界の基本的常識をお復習いしておきましょうか。

 まず、この世界の一日は地球とほぼ同じ、約24時間。

 次に一年は地球よりも四日少ない三百六十一日。

 更にひと月の日数は1月から11月までは30日で、12月だけが31日。

 そして、一週間は地球と異なり、六日で一週間なんだとか。

 ……あとは、お金の単位だが、フンドゥース王国が属している連合国内では統一通貨の『メルカ』が使われており、1メルカは日本円で約5円程の価値になる。

 更に他諸々の事をお復習いしているうちに、街の出入り口である門の前に辿り着きました。

 ボクは門を警備している門番さんに軽く会釈をして門をくぐり、ルニーン・タウンへと入ります。

 すると、街を守る壁と街道の両脇に拡がっていた森に隠れて見えなかった、ルニーンの街並みが目に飛び込んできました。

 それは中世ヨーロッパの地方都市のようなお洒落な感じで、王都フンドゥリアのような建物が密集していて醸し出されていたゴミゴミ感もなく、いつかは住んでみたいと夢想するような街並みです。

 ボクはしばしの間、街並みの景観に心を奪われて立ち尽くしていましたが、ふと、我に返り、騎士さんが言っていた合流場所の宿屋『止まり木亭』を探します。

 綺麗に整備された石畳のメインストリートをボクはあっちにフラフラ、こっちにフラフラと、興味を引かれたモノを見ながら宿屋『止まり木亭』を探して、進みます。

 すると、──ありました! 此方の世界の文字で『止まり木亭』と記された看板が。

 ボクは足を速めて、看板を掲げている建物へと近付き、スイングドアを押して中へと踏み入ります。

 建物の中は此処──ルニーンに到る迄に立ち寄った街などにあった宿屋とさして代わり映えはなく、一階は食堂を兼ねた間取りになっていて、客が泊まる部屋は二階以降のようです。

 ボクは食事中の客が座るテーブルの合間を通って、奥にあるチェックインカウンターに向かいます。

「おや、いらっしゃい。宿泊かい?」

「はい」

 ボクがカウンターに到着すると、先にスタンバってくれていた宿屋の主人が応対をしてくれます。

「あいよ。そいじゃ、こいつに記帳してくれ。それと、何泊するんだい?」

 ボクは主人が出した宿帳に名前を記帳しつつ、答えます。

「連れとこの宿で待ち合わせする事になっているので、一応、連れが来るまでなので……、明確に何泊とは……」

「……そうか。なら、取り敢えず、前金は一泊分だけでいいぞ」

「はい、ありがとうございます。それで、おいくらですか?」

「二百メルカだ」

「分かりました、二百メルカですね」

 ボクは主人が提示した金額を取り出し、主人に手渡します。

「毎度あり。ほれ、こいつがアンタの部屋の鍵だ。無くさないでくれよ」

「はい。お世話になります」

 渡した前金と交換の形で渡された泊まる部屋の鍵を受け取り、ボクは一先ず部屋番号を確認します。

 二一三号室、ですか。

 ボクは数字にあまり拘りがないので部屋番号には特に感想はありません。

 これで、チェックインも済ませましたし、これから如何しましょうか?

 ……

 …………

 ……………………そうですね……………………

 …………う~ん、取り敢えず、腹ごしらえをしましょう。

 昨晩は街道で野宿をしたので、今朝は味気ない携帯食でしたし、普通の食事が恋しいです。

 なので、ボクはチェックインカウンター前から席が空いている場所を見付けると、その席に着席するや食べ物を注文し、食事を堪能しました。


「ふい~、さすが、冒険者の宿ですね~……」

 一皿の値段が格安なのに料理の量は普通の食堂の倍以上あるのですから、あっという間にお腹がいっぱいです。

 ボクは食後の紅茶をちびちびと啜りつつ、周囲を見回していると、あるところでボクの目がとまりました。

 それは、冒険者が旅の路銀を稼ぐ為のクエストボードです。

 国王様は、

「旅費が残り少なくなってきたら、この書類を国内であれば役所、連合国内の他国であれば我が国の領事館にて、提示すれば、其方らの旅費を都合してくれよう」

 と、仰っていたが、流石に気が引けます。なにしろ、ボクと護衛の騎士さんの旅費の出所は間違いなく国庫なワケで、詰まりそれはこの国の人々が汗水垂らして働いて得た大切な報酬から国の為に支払われた血税なワケなのでして、もう、恐縮する他ないです。

 ですが、それ故にボクは最初に“国王様から直接頂いた分の旅費以外は受け取らない”と、心に誓いました。

 なので、懐具合が心許なくなってきた現在、そろそろ自らの手で旅費を稼がないといけないのです。

 ですから、ボクは残った紅茶を一気に飲み干すと、食事代をテーブルに置いてから、席を立ち、貼られている依頼書を吟味するため、クエストボードの前に向かいます。

 クエストボード前には冒険者の方々がいて、あれやこれやと依頼書の内容を矯めつ眇めつしています。

 ボクも僭越ながら、その中に混ぜてもらい、クエストボードに貼り出されている依頼書を見ていきます。

 まずは討伐系から。依頼の内容の殆どはルニーンを中心とした周辺地域の害獣駆除のようですが、中には指名手配犯の捕縛又は討伐といった所謂賞金首関連のものもあるようです。

 しかし、

「ボクに出来そうな討伐系の依頼は無さそうですね……」

 ざっとしか各依頼書を見ていませんが、どれもこれも、ボク一人では太刀打ち出来ない害獣ばかりです。

 何故、そう言えるかというと、先にも述べたと思いますが、ルニーンに到る迄の道中に幾度か野宿をしたのですが、その際に依頼書に書かれている害獣やら盗賊団に襲われた事がありまして、護衛の騎士さんは笑いながら襲ってきた害獣をバッサバッサと軽く斬り捨てていましたが、リアルでの実戦経験の乏しいボクにはそんな芸当は到底無理で、ボクに出来たことは襲ってきた害獣に一太刀浴びせて攻撃をまともに受けないようすること。それだけで、もう、いっぱいいっぱいでしたから。

 なので、討伐系はやめて、次。

 採集系の依頼書を見ていきます。

 採ってくる物は、主に農園などでは栽培されていない植物や果実。他には栽培されている物より遥かに良質な値の張る天然の薬草などなど……。中には少し離れた所にある小さな鉱山での鉱石掘りもありますね。

 しかし、どれもボクには無理そうです。

 理由は、ただ採ってくるだけならば、依頼書に記されている採集スポットに行って採ってくるだけで済みますが、そうは問屋が卸してくれません。注意書きに採集スポットの周辺には先の討伐系の依頼書に書かれているような害獣が頻繁に出没するので“注意されたし”といった文言が記されているのです。

 ちなみに鉱山での採掘は依頼に縛られる日数が長期なので、こちらは旅をしている身としては当然却下です。

 そうなると、ボクに出来そうな依頼はあとは荷物運びくらいですが、流石に待ち合わせをしているのに勝手に別の場所へ行ってしまうのは、自分でもどうかと思いますので、今は荷物運びの依頼は受けられません。

 ……あ~、これは、

「困りましたね~……」

 討伐系は無理。採集系も無理。輸送系も現状は無理。

 ……詰みました。

 ですが、諦めるにはまだ早過ぎます。

 なにしろ、主流の三系統の依頼は無理でも、その他の依頼の中にはボクでも出来るものがあるかもしれませんからね。

 ボクはめげずにクエストボードを端から端までチェックします。

 ……。

 …………。

 ……………………あ、ありました! ありました!!

 その依頼書は一番目立つ所に貼り出されているのですが、それ故に冒険者のみなさんの注目度も高く、冒険者のみなさんは我先にと依頼書を覗くのですが、みなさん一様に直ぐに渋い顔になり他の依頼書の物色に行ってしまうのでどんな依頼なのかと気になってはいたのですが、漸くボクも直にその依頼書を拝めるチャンス到来、その依頼書の内容を隅から隅まで見た結果、この依頼ならボクにも出来ると確信しました。

 その依頼書の内容は──


 ──依頼内容──


 当方より派遣された者と、とある場所に同行していただき、とある物を回収していただきたい。依頼内容の詳細は派遣した者からお伝えします。


 ──中略──


 ──報酬、300000メルカ


 ──はっきり言って、ボロいです。報酬が最初に見た討伐系の賞金首上位クラスとか、マジで、ボロ儲けです!

 しかし、こんなボロい依頼を冒険者のみなさんが受けることなく渋い顔をするのは訳があります。

 それは、依頼を受けるには条件が有るのです。

 その条件は唯一つ──


 ──聖道具使せいどうぐつかい──


 ──であること。

 この、“聖道具使い”というのが実にネックなんです。

 この“聖道具”という代物は、簡潔に述べますと“聖なる○○”とか“聖○○”といった道具から武具に至るまでを指します。

 そして、これら聖道具には秘められた“聖なる力”が宿っており、その聖なる力を使い物として扱えるほどの技量を備えた者を“聖道具使い”というんだそうです。

 そして、これは幸運と言っていいのか、実はボクにもその聖道具使いとしての才があるらしく──大抵の人は数年から十年ほどみっちり修行しないと聖道具使いとしての技量を備えられないんだとか──、依頼を受ける為の条件を見事にクリアしているのです。

 さて、この依頼、高額報酬に依頼内容の詳細は伏せられていて滅茶苦茶アヤシイと訝しがるのが普通ですが、依頼主がそれらの懸念を払拭してくれています。

 その依頼主ですが、依頼主は『シュモネス教』。この世界カドゥール・ハアレツにおいて最大の信者数を誇る宗教団体です。

 現在の本拠地は此処──カヴォード大陸のフンドゥース王国の王都フンドゥリアに在り、他所の大陸からの巡礼者は後を絶たないのだとか……。

 そんな、超巨大宗教団体が依頼主なのならば、三十万メルカという高めの報酬額もポーンと出せてしまうでしょう。

 ボクは早速、依頼を受ける為、クエストボードから依頼書を剥がして、手続きをしてもらうため、依頼の受付も兼ねているチェックインカウンターに移動します。

「いらっしゃい。おや、お客さん、その依頼を受けるんですかい?」

「は──」

「──すみません! その依頼、私も受けたいのですが?」

 おやおや? ボクの返答を遮り、誰かが待ったを掛けてきました。

 声のしてきた方に振り向くと、其処には外套のフードを目深に被り顔を隠してはいますが、高貴オーラを幻視出来てしまうほどに醸し出している青年が立っているではないですか!

 一応、これは親切心で言うのであって、嫌味ではないですよ?

「あの~、この依頼は聖道具使いと名乗れる程の技量がないと受けられませんよ?」

「──失礼ながら、貴方の方こそ、本当に聖道具使いとしての技量がお有りなのですか?」

 おや? ボクの問いを同じ問いで返されてしまいました。

 もしかして、青年は気分を害してしまったのでしょうか? そんなつもりは無かったのですが……。

 しかし、青年がボクのことを聖道具使いであるのかと疑うのも致し方ないのかもしれません。なにしろ、今のボクの格好はどう見繕った言い方をしても、“一般人A”がせいぜい関の山ですから……。

 ですが、確かにボクには聖道具使いとしての才はあるのです!

 その証拠として、ボクが聖道具使いであると教えられた経緯をお話しします。

 あれは、ボクが「旅に出よう!」と、心に決めるより数日前のことです────



 ──その日。

 日がな一日、これといってやる事のないボクは王宮の中を適当にぶらぶらと散歩していました。

 そうしたら、偶々、王宮の敷地内に設けられている騎士や兵士が日頃鍛練を積むための訓練場の一つに辿り着いたのです。

 ボクが何気なしに訓練場を覗いてみると其処には勇者の貴樹君が武芸ナンバーワンの騎士のコーチの下、覚醒した勇者の能力を自在に操れるよう、そして更なる高みに至れるよう修行をしているではないですか。

 と、いっても、その時やっていたのは剣の素振りでしたけどね。

 ですが、その剣の素振りはただの剣の素振りではなく、貴樹君が剣を振り下ろす度に、なんと! 彼が手にしている勇者の剣から輝きを伴った三日月状の衝撃波が飛び出しているではありませんか!?

 一瞬、「何処ぞの、マスターソードかっ!!」とツッコミそうになりましたが、真剣に剣を振っている貴樹君の顔を見て、なんとか喉元でその言葉を抑えました。

 しかしですが、剣から飛び出る衝撃波を見て、ボクの中に眠っていた子供心が擽られ、自分も「剣から衝撃波を出してみたいな~」、と思ってしまいした。

 そして、貴樹君が一通りの鍛練を終えて休憩に入ったところで、ボクは貴樹君に頼んで勇者の剣を貸してもらい、早速、ダメ元で剣から衝撃波が出るかどうかを試そうとしのです。

 取り敢えず、昔、スポーツチャンバラをやった事があるので、剣の握り方は知っていたので、ちゃんと剣を握れているかを確認します。剣を振ったら、剣がすっぽ抜けたりしたら恥ずかしいですからね。

 ボクは入念に剣の握りを確認し、いざ、剣を振ろうと振り上げた、まさにその時。

 ボクはいつの間にやら、周囲で鍛練をしていた騎士や兵士たちの鍛練の声が止んでいることに気が付きました。

 どうしたのかと、視線のみで周囲を見回してみますとみなさん手を休めて一様に、ボクを注視しているではありませんか!?

 これは、もしかしなくとも今のボクは恰好の見世物ですね。

 正直、こう好奇の目で注目されていると緊張してきます。

 う~ん、このまま剣を振ったら、ボクは軽い失笑程度の笑いものになってしまうでしょう。

 流石にそれはごめん被りたいですね。同じ笑いものなら、もっと盛大に笑ってほしいものです。

 なので、ボクは如何したものかと頭を悩ませますが、一向にいいアイデアが浮かびません。

 シーンと静まり返った訓練場の中、ボクの思考が堂々巡りを始める直前、手にした勇者の剣の柄に填め込まれている宝玉に目が止まりました。

 宝玉の表面にはボクの顔が映り込んでおり、ボクは自分の顔をジッと見つめます。

 そんな事をしても、何かが変わるわけでもないのにと思いながら……。

 ところが、体感時間で十秒ほど経過した頃でしょうか。宝玉の表面、ボクの顔が映り込んでいた場所に文字とも記号ともつかない幾何学的紋様(?)が浮かび上がってきてのです!

 最初は目の錯覚かと思いましたが、マジマジと見詰めても、その幾何学的紋様(?)は消える事がありませんでした。

 しかもです。どういうワケかボクにはその幾何学的紋様(?)の読み方──もしくは、発音──が、分かってしまったのです。

 ボクはその意味も分からず幾何学的紋様(?)の読み方が分かってしまったことに頭が混乱し、何かしら笑いをとるためのアイデアどころではなくなりました。

 ですが、時間というのは無情にも過ぎていきます。

 既に訓練場が静まってから、早数分。

 場の空気が徐々にシラけ出した辺りで、混乱をきたし思考且つ行き詰まってしまったボクは、破れかぶれな気持ちに陥ってしまい「もう、どうにでもなれ!」と、自棄を起こして、

「ファルア!」

 先の幾何学的紋様(?)の読み方を口にしながら勇者の剣を振り上げ、大振りで剣を振り下ろしました。

 まあ、当然、ボクが勇者の剣を振り下ろしたところで、衝撃波などが出る筈もなく────


 ガガガ……ッ!!


 ────へ?!

「……なんか、出ちゃいました……」

 そう、何も出る筈ないと確信していたのに、衝撃波が出ちゃったのです!!

 ただ、出た衝撃波は貴樹君が出していたような三日月状で宙を飛んでいくようなモノではなく、地面をはしり大地に亀裂のような溝を数メートル刻み込みました。

 シラけ出していた場の空気が、再びシーンと静まり返り、そして、ほんの数瞬後、歓声が響いたのです。

 しかし、これはこの後に起きた、一歩間違えれば大惨事になっていたかもしれない大事件の前座にすぎなかったのです。

 その大事件とは、貴樹君がボクと同じように幾何学的紋様(?)の読み方を唱えながら勇者の剣を振ったら、ボクが出した衝撃波が児戯以下でしかなかったと認めざるを得ないほどの超高威力の地面をはしる──いえ、爆走する衝撃波が出て、王宮を囲っている壁の一部を粉微塵に粉砕してしまったのです!!

 そこからは、もう、王宮の中どころか王都全体が混乱、混乱、大混乱!

 不幸中の幸いだったのが、奇跡的に怪我人一人として出なかったこと。その事に事態を起こしてしまった貴樹君は安堵していました。

 そして、そんな大混乱の最中、事態急変についていけず、ボーッと立ち尽くしていたボクのところにある人物が近付いてきたのです。

 その方は、貴樹君の鍛練をコーチしている騎士で、その方がいろいろ教えてくれました。

 勇者の剣が聖道具──聖剣──であり、聖道具の力を使える物として引き出せる者を聖道具使いと呼ぶこと。しかし、勇者の剣は聖道具の中でも特殊な部類で、勇者の剣の力を十全に引き出すには聖道具使いである以上に対魔王討伐用勇者かその勇者の資質がある者でないと不可能なことも。

 そうして、他にもいろいろな事を教えて下さったその騎士は最後に、

「貴方ほどの天然の聖道具使いは滅多にいませんから、その事を誇りに思っていいですよ」

 と。

 どうやら、そのときのボクが異世界に来たのに何の力も持ち得ないことにふて腐れていたことをその騎士の方には見抜かれていたようです。

 実にお恥ずかしい……。



 ────まあ、そんなワケで、ボクは自分が聖道具使いであると知ったのです。

「まあまあ、お二人さん、そういがみ合わんさんなって。こちとら、依頼の仲介を請け負ってんだから、依頼人にいい加減な依頼引受人を紹介なんさ出来ないんでね。ホレ、コイツでアンタ等が依頼人が出してる条件の聖道具使いかを診るから」

 そう言って、宿屋の主人が持ち出したのは、成人男性の拳よりも少し大きめな水晶玉?

「これは?」

「コイツは『魔物除けのオーブ』っつう聖道具だ。今じゃ、誰でも使える魔物除けがあるが、ソイツがまだ無かった時代には聖道具使いとセットで重宝されてたって話だ。そんでもって、このオーブは使い手の技量如何で光り方が変わるから、聖道具使いの技量を量るのに現在いまじゃ使われてるってワケさ」

「成る程」

「そいじゃ、どっちから量る?」

 そう言って、宿屋の主人が差し出したオーブをボクは手に──

「では、ボク──」

「では、私から──」

 ──しようとしましたが、横から青年に掠め取られてしまいました。

 顔は見えませんが、この青年、高貴オーラが出まっくている以上、只者ではないはずです。

 そんな彼が先にやってスゴい結果が出た暁には、ボクは惨めな咬ませ犬になってしまいます。

 それだけは避けたかったですのが、この際やむを得ません。

 諦めて、咬ませ犬になりましょう。

 そんな事を思いながら、青年の結果を待つと、

「お! やるな、若いの。オーブがいい感じに淡く光ってるぞ」

 宿屋の主人の言葉通り、青年の手にしたオーブは淡い輝きを放っているではありませんか!

 うわ~、これは負けましたね~……。

 ボクはまだやってもいないのに、もう、敗北宣言です。

「ほら、次はアンタだ」

 そう言って、宿屋の主人は青年から返されたオーブをボクへと投げて寄越してきました。

 ボクは慌ててオーブを受け取り、危うく落としてしまいそうになりましたが、無事に両手でキャッチ。

 一息吐いて、両手の中に収まっているオーブを見るため、恐る恐る手の指を開いていきます。

 すると、

「おいおい、マジかよアンタ! スゲーな! 若い兄ちゃんよりもオーブが煌々と光ってるじゃねーか!!」

 そう、宿屋の主人の言葉には嘘偽りは無く、ボクの両手の上に載っているオーブは煌々と輝いていました。

「おし、これで二人とも依頼を受ける為の条件を満たしたわけだが、どうする? 共同で依頼を受けるか? 個別の場合は依頼主が依頼する相手を選ぶから恨みっこは無しだぜ?」

 う~む、ボクとしは……まあ、共同で依頼をしても構わないですね。なにしろ、報酬が高額なので青年と折半して半額になったとしても十分な額です。なので、

「ボクの方は共同で依頼を受けても構いません」

「そうか。

 若い兄ちゃんの方は?」

「私は…………、…………私も共同で依頼を受けることに異論はありません」

「そうか。了解した。んじゃ、依頼主に連絡を入れてくっから、その間にどっちでもいいから、この端末に表示されてる文面を読んでサインしといてくれ。あ! あと、手続き手数料も忘れるなよ」

 ボクの手の上からオーブを回収した宿屋の主人はソレを仕舞うと、カウンターの下から今度は一見透明の板にしか見えないタブレット端末を取り出して、表示内容を確認後にサインするようボクらに言うと、依頼主に連絡する為に奥へと引っ込んで行きました。

 しかし、この世界は街の景観や人々の生活スタイルは中世ヨーロッパ風なのに、所々で地球と同じか地球では机上の空論の域を出ていない高度な代物──構造や仕組みはほぼ全てが科学技術に拠るもので、魔法的要素は機械を動かすエネルギー関連のみ──が在ったりと、ちぐはぐ感は否めません。

 ですが、それはこの世界にかつて存在した二つの文明が在ったからだと、王都に居た頃に教わりました。

 一つは魔法文明。この世界に魔法と聖道具をもたらした文明。

 もう一つは魔法文明崩壊後、魔法文明の遺産を引き継ぎながらも新たな道を開拓していった、機械・科学技術文明。しかし、この機械・科学技術文明も今現在より約二千年前にこの世界全土を巻き込んだ大戦により崩壊してしまいました。

 そして、現在のこの世界は先の二つの文明の遺産を引き継ぎ──但し、先の大戦において魔法文明の遺産ならびに機械・科学技術文明が生み出した叡智の大部分が失われてしまいまた──三度、歩み出したのです。

 そんな事をボクは思い返しつつ、透明な板のタブレット端末に表示されている文面を流し読みして、読み終えた後に付属のタッチペンでボクの名前を漢字でサインします。

 それから、懐から手数料分のお金を取り出しカウンターに置いたところで、タイミングよく宿屋の主人が戻ってきました。

「おう、サインは書いたな。ファイルに保存と……。あとは、手数料もよし。毎度あり。

 あ、そうそう、依頼主からの伝言だ。「担当の者を直ぐに其方に寄越す。だから、悪いが移動しないで待っててくれ。」だとさ」

「わかりました。ありがとうございます」

「おう! 依頼が上手くいくことを祈っとくぜ」

「はい」

 さて、依頼主が寄越すと言った担当の人が来るまで、これからどう時間を潰したものか?

「──あのー、……」

「はい? なんでしょう?」

 おや、青年はまだいらしたのですか。依頼の手続きは済んだので、宿屋の主人が言った担当の人が来るまでは各々で勝手に過ごすと、ボクの中では思っていたので、いまだに青年がボクと同じくカウンターの前に居ることに少々ビックリです。

「……先程、端末にサインとして書かれた……記号……──いえ、文字はなんと読むのでしょうか?」

 おやおやおや? どうやら青年はボクがサインとして書いた漢字に興味を持ったようです。

 しかし、この青年、高貴オーラが出ているワリには少し怪しいです。

 ボクが漢字を書いて、この世界の人に見せたとき、全員が全員「この記号は何だい?」と、同様の質問をしてきました。その後「これはボクの故郷で使われている文字です」と答えると、皆一様に「異世界人は面倒臭い文字を使うんだな……」と、感想を述べるのです。

 なのに、目の前にいる青年は()()()()()()()()()()()()()()()から文字だと言いました。

 少なくとも青年は、漢字を見た事が有るのでしょう。

 ですが、ボクは青年のその事には突っ込みません。何故なら、彼からはどうも微かながらに厄介事の匂いが漂ってくるのです。君子危うきに近寄らず、です。

 なので、ボクは素直に、

「最初の文字と二つ目の文字を合わせて読んで『ひらの』。残りの一文字だけで『まどか』。ボクのフルネームです」

 教えます。

「──?! ()()()……マドカ……ですか?」

「? そうですが、何か?」

「──………………いえ、何でもありません………………偶然…………そう、偶然ですよね……──」

 はて? 何かあったのでしょうか? ですが、君子危うきに、です。青年の呟きは聞かなかったことにします。

 さて、今更ながらに気付いたのですが、ボクは青年に自己紹介をしていませんでした。これから共に依頼をやろうというのですから、一期一会の間柄とはいえ、自己紹介をしないのは失礼になりますね。

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ボクは平野ひらの まどかといいます。気楽に円と呼んでください」

「……え? あ、どうも。私はサーハといいます。故あってフルネームは明かせませんが、────」

「──あ、そういう事情説明はいいです。込み入った話を聞いたりはしませんから。共に依頼を頑張りましょう、サーハ君」

「…………はあ……、そう……ですね……」


「──サーハ君~、受ける依頼、決まった~?」


 ────おや?

 どうやら、サーハ君にはボク同様に連れがいるようです。

 声の聞こえてきた方を見てみると、其処にはサーハ君と同じく外套のフードを目深に被った少女(?)……でしょうか?──兎に角、外套姿の女性がいて、サーハ君へと近寄ってきます。

 ──しかし、彼女の声音・声色・イントネーションをボクは知っています──いえ、知っているではなく、“()()()()()()()()()()”!

「……あ! はい、報酬が破格の依頼を受けられました」

「お~ッ! サーハ君にしては、やるね~! いつもは報酬がショボいわりに割に合わない依頼ばかり取ってくるのに、明日は槍でも降るんじゃない?」

「……流石に槍が降るなんて事はあり得ませんよ……」

「分かってないな~、サーハ君は。比喩表現──例え話だよ~」

「あー……、そうだったんですか……。貴女の言葉は本気か嘘か判断が難しいので、てっきり、本気でそう言ったのかと思ってしまいました……」

「もう~……、付き合い長いんだから、あたしの言ったことが冗談かどうか判るようになってよね~」

「あはは……、善処します。

 ──あっと、そうでした。今回の依頼は、此方の方と共同で受けることになります」

「へ~、そうなんだ~。

 あの、あたし、此方の男性の旅の連れの者です。この度は依頼を共同で受けるとのことで、共に依頼を達成できるよう頑張りましょう。よろしくお願いしますね」

 サーハ君からボクの方へと向き直った外套姿の女性は、挨拶とともに頭を深々と下げました。

 ボクはそれに対して、

「此方こそ、宜しくお願いします」

 挨拶を返して、同じく頭を深々と下げます。

 そして、共に顔を上げたとき────


 彼女の目深に被ったフードの奥の瞳とボクの瞳が交差しました──。


「──ウ、ソ……!? なん……で……?!」


 そして──“もしかしたら、他人の空似では……?”という疑念が払拭されました────。


「……どう……して、……ここに……────?」


 間違いありません──。


 彼女は十年前に異世界召喚によって行方不明になったボクの幼馴染みであり────、


「──円……くん!?──」


 そして、そして──、ボクにとって自らの命より大切で大事な人の一人である────、ボクの愛しき妻の──────



「────良藍ららん!?」

















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