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エルゼは「あの、ちょっと頼みごとがございまして」と言って、例の件を話し出した。
「シルビア様が事件当日、ここで本を貸したって言う証拠とかありますか」
「……うーん、あるにはあるんだよねー」
そう言いながらシルビアが借りた本をジーっと見る書籍売りの男。すぐに察したエルゼは「やっぱり本を買い取りします」と言って、すぐに先ほど返してもらったお金を書籍売りに渡した。
「まいどあり!」
人の好さそうな笑みを浮かべて書籍売りの男はエルゼに本を渡した。こういったやり取りを見ると、ピクシの民と言うのは抜け目が無いなって思う。
嬉しそうにお金を財布に入れて、書籍売りの男は粗悪な紙をまとめたメモ帳のようなものを出した。
「貸出希望の人には名前を聞いたり書いてもらったりしているんだ。あの子は貴族の子だったから、名前を書いてもらったんだ」
そう言ってメモ帳をペラペラとめくって、シルビアが名前を書いた紙を出した。見ると買った日付もあった。
これと彼女が昨日書いた書類を照らし合わせて本人の筆跡と確認出来たら、アリバイは完成できる。
シルビアのアリバイが証明できる書類を手に入れてエルゼは嬉しそうに微笑む。
それを見て書籍売りの男は教会新聞を出した。
「もしかして君たち、これをやろうとしているの?」
粗末な紙ではなく、上質紙で書かれているが急いで刷ったのか字も大きく、空白が多い。そして大きな字に【決闘裁判!】と書かれていた。
意外と思うだろうが、決闘裁判と言うのは教会が裁判官として取り仕切るのだ。これは【神は正しい者に味方する】と言う周辺諸国が信仰する全知全能の神の教えによるもの。つまり力と力のぶつかり合いであるものの、結果は全知全能の神が決めていると考えがあるのだ。
だから裁判は教会新聞で告知される。
「今日の朝、号外で出されたんだ」
「教会では話題なんだな」
「久しぶりの決闘裁判だからね。どうしても荒事になるから、決闘裁判ってやろうとするものは少ないんだ」
そう言って書籍売りの男は「それにしても、あの子の家族はよく許可したよねー」と話し出した。
「さっきも言ったように、ここら辺の貴族って保守派だからな。ご令嬢が決闘裁判なんてするなんて! って言いそうだもの」
愉快そうに言う書籍売りの男の言葉にエルゼはそっと顔をそむける。ラコンテも気まずそうな顔になった。
それを見て書籍売りの男は「もしかして許可を取っていないの?」と聞いた。
「はい。取ってないです」
「えー! と言うか、どうやってシルビア嬢に会ったの?」
「……玄関に行ってシルビア様に会いたいと言っても当主に門前払いをされたので、その屋敷のメイドにお願いして、裏口から隠れて会いました」
「え、じゃあ、この朝の教会新聞でそのご令嬢の家族は知ったって事になるよね」
「……そう、なります、ね」
そう言ってエルゼは苦笑いをする。
あまりにも危機感のないエルゼに、ラコンテと書籍売りの男は大丈夫か? と言わんばかりの顔になった。
書籍売りの男と別れて、エルゼとラコンテはサーカス団の拠点に帰る事にした。ちょうど王都へと帰ろうとしていた馬車が通っていたので、ラコンテとエルゼはその馬車に乗る。
「歩いて行けばいいのに」
「エルゼはいいけど、俺はこれから王子様役をやるの。歩きすぎて足がガクガクな王子なんてかっこ悪いだろ」
「それもそうね」
馬車の中でエルゼは買い取った本をパラパラ見る。内容はよくある恋愛小説のようだ。この本を借りた次の日から婚約破棄されるし、悪役令嬢みたいに言われてしまったシルビア。人によっては読む気が失せるな。呪いの書にも思えてくるだろう。作者には悪いが。
エルゼが本を流し読みしているとラコンテが「俺の予言を言っていいかな」と言った。
「シルビア嬢の親から抗議が来るぞ。鬼の形相で」
「ラコンテのお婆様は凄腕の占い師だったけど、ラコンテにはそう言うの引き継いで無さそう」
「これは占いじゃなくて予言! と言うか、誰でも絶対に予想はつくぞ!」
ラコンテの言葉に「まあ、そうよね」と答えるエルゼ。
「でも決闘裁判をするのは親では無くて、シルビア様だからね。本人は戦う意志がありそうよ」
「でもさ」
「そもそもこの状況をそのままにしておくのもおかしいわ」
澄ました顔でエルゼは言い、ラコンテは呆れた表情になる。
そうしてサーカス団に帰ってくると、仲間が封筒を持ってきて「エルゼ」と呼んだ。
「なんか、ディルア家って言う、凄くかしこまった奴が、凄く不愛想な感じで、この封筒をエルゼに渡してほしいって言って持ってきたぞ」
「ありがとう」
アルゼは封筒を受け取るとすぐに開けて、手紙を取り出した。ラコンテがのぞき込むように「なんて書いてあるんだ?」と聞いた。
「明日、我が家にお越しくださいませ。招待状だね」
「随分とかしこまった脅迫状だな」
ラコンテの言葉にエルゼは肩をすくめた。