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 オルトの「初め」と言葉で先に動いたのはベントスだ。私が対戦してきた者達よりも速く駆けていた。そして彼が持っているのは短剣を逆手に持っていた。

 彼が一気に近づくのを気づきながら私は動かなかった。私は鞘を持ったまま、その場を動かなかった。

 ベントスが狂気的な笑みを浮かべて私の首筋を向かって短剣を薙ぐ。

 その瞬間、私は大きく身を低くして鞘を抜刀する勢いで斬った。


 彼の両足首を。


 ベントスは突然消えた私に驚き、更に自分の足が斬られたことに気が付いた。だが勇敢な戦士になりたいと思う者だ。まだ止まらない。

 ベントスは振り向きざまに、身を低くしている私を斬りつけようとする。


 だが手に取るように動きは分かっていた。


 それよりも早く私は振り向いて、短剣を握るベントスの手首を深く切った。

 斬りつけようとしたナイフを握ることは出来ず、そのまま手から落ちた。そして先ほど斬った足首でベントスは膝をついた。

 パタパタと利き手を両足首から血が決闘場から出ていた。


「クッソ、クッソ!」


 悪態をつきながらベントスは落ちた短剣を握るが、すぐに私が払って遠くへと落ちていった。

 ベントスは憎しみを込めた目で私を見上げる。それを見ながら私はゆっくりと刀を鞘に戻し、一礼をする。

 そしてエルゼの元へと戻った。


「ありがとう、助太刀」


 そう言ってエルゼは私の刀を受け取る。私は実態を失い、普通の刀に戻った。

 その時、ベントスが「おい!」と叫んだ。


「何で、俺を殺さねえんだ! 決闘だろう! 殺すまでやるんだろ!」

「今、あなたに戦える力はあるでしょうか? 立てないし武器も握れないのに」

「はあ? 死ぬまでやるんだろ? それが決闘だ! もしかして、俺に同情して殺さないのか?」

「そんなわけないでしょう。助太刀を汚さなくても、あなたは死ぬ運命ですから」


 そう言ってエルゼはダビーに「あなたはもう無罪です」と言って、二人で決闘場を出て行く。その際、ベントスは「おい! 逃げんのか! おい!」と怒鳴る。


「お前はもう戦えない。両足と利き手が深く切られているからな」


 オルトはベントスと対峙して冷たく言い放つ。


「おい! 牧師! 次の、次の決闘だ! 俺はこいつだけじゃない! 他の奴も告発しているんだ!」

「お前に次の決闘など無い」


 オルトの言葉にベントスは「はあ?」と理解できないと言う声を出した。


「何でだよ! こいつ以外にも告発しているはずだ!」

「宣誓前にお前は噂を聞いただけで告発したと言っているだろ! 私も傍聴人も神も、お前の証言を聞いた!」


 オルトの言葉にベントスは愕然としているのか、黙っていた。

 決闘が始まる前、ベントスが告発した事案がすべて噂程度のものだと言う事を、発言するように促してほしいとオルトはエルゼに頼んだ。そう、ダビーの真実よりもこちらの告発の真相を決闘場に集まる者達に聞かせることが大きな目的だったのだ。

 そしてオルトは厳しい声で言った。


「お前は他の凶悪犯罪者のように処刑となる」


 最悪の死に方を宣言されたベントスは悪態をつく。だがそれもどんどんと小さくなる。

 決闘場を出る時、チラッとエルゼは振り向いてベントスを見た。彼は膝と着いて、額を地面に着く、土下座のような格好で泣いていた。



***


 舞台に立ったサーカス団の女性が凛とした声で言う。


「決闘ね! よろしくてよ!」


 そして手に持っていた洋剣の鞘を抜く。すると一瞬にして舞台が暗くなり、再び明かりがつくと洋剣を持った剣士が立つ。

 これを観覧場所から遠い所で見ていたエルゼは「私、こんなに高飛車じゃないと思うんだけど……」と恥ずかしそうに呟いた。


 ついにラコンテ脚本の【決闘令嬢】の舞台が完成して、セリーヌのいる領地でお披露目となった。この舞台を見ているのは平民も多いが、他の領地から来ている貴族も見ているようだ。

 エルゼも舞台席の後方で隠れて恥ずかしそうに見ていた。確かに少しセリフは違うが、決闘場のエルゼの強気な雰囲気が舞台俳優には出ている。

 羞恥心を耐えて見ていると「やあ」とエルゼに小さく声をかけてきた。


「あれ? オルトさん。どうして」

「【決闘令嬢】の舞台がやっているからって事で、仕事が終わったから来てみたんだ。なかなか評判が良いらしいな」

「それは嬉しい限りです」

「ところで君は出ないのか? 本人役とか」

「出ません」


 この舞台をやるにあたってエルゼは絶対に舞台に出ないし、証明とか手伝わないと伝えた。恥ずかしすぎてセリフも言えなくなるし、手伝いを忘れるからと。

 そんな時、婚約破棄した男性役のラコンテが「待ってくれ!」と哀れっぽくセリフを言う。


「本当に愛しているのは君だけなんだ!」

「残念ですが、私はあなたに愛が尽きてしまいましたわ」


 決闘令嬢の助けを求めた女性役に言われ、婚約破棄した男性役のラコンテは大げさに「本当だ、待ってくれ」と縋り付くように言っていた。うん、迫真の演技。

 オルトや観客の反応を見ていると、結構楽しんで見ている。

 そしてエピローグが終わり、俳優たちは舞台に一列になって礼をして再び浴びるような拍手が起こった。


「結構、貴族の人も来たようだな」

「そうなんです、オルトさん。今日は祭りの最終日なのに、王都に行かなかったのでしょうか」

「祭りの最終日は公開処刑だ。私は死刑囚たちの弔いをしていたんだ。だがかつては一大イベントで多くの人が見ていたようだが、最近は残酷だって事で見ない人が多くなった。確かに罪人の首を切る所より劇の方が面白いからな」


 元々、処刑と言うのは人々に公開される。我が国でも見せしめのために公開していた。だが残酷と言って見ない者が増えたという事は、恐らくいい事だろう。

 処刑と言えば、ベントスもギロチンにかけられたのだろうか。【戦って死ぬ】事も出来ず、ただただ殺される。この男にとって、これ以上ない罰だ。

 舞台を遠くで見ながらオルトは口を開いた。


「噂で聞いたんだけど、グレーテル国の学校に行くんだな」

「ええ。ちょっと法を学びに」


 ベントスの決闘後、エルゼは学校に行くことを決めた。

 エルゼには亡くなった親が残した彼女名義のお金がある。最初、育ててくれたラコンテの両親に渡そうとしたが二人は「いらない」と拒否した。叔母は「結婚の支度金にしなさい」と言っていたが、結局エルゼは学費にするつもりだ。


「刑務所にも真実を訴える弱き者が多くいたと思うんです」


 凶悪犯罪の濡れ衣を着せられた者をいるとエルゼを知った。そこで彼女は彼らを救うために法律を学ぼうと考えたのだ。

 彼女の進路を聞いてオルトは「そうか」と言う。


「それにしてもラコンテが悲しがるな」

「そうですね。ラコンテは同い年の兄妹みたいな関係でしたし」

「……君は色々と鈍いな」


 オルトは苦笑して言い、エルゼは首を傾げる。

 色恋事に鈍そうなオルトにさえ分かるのに、エルゼの鈍感さは筋金入りだろうな。




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