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話しを終えると、バーズは面談室から出た。
「賄賂分のお金は出さないからな」
ぶっきらぼうにオルトは言うと、エルゼは「大丈夫ですよ」とちょっと強がって返した。こういう賄賂は情報収集では必要なものだから慣れているが、やっぱり懐は痛い。しかもそこまで重要な情報じゃ無かった。
さてエルゼもオルトに交渉しないといけない事がある。
「ところで決闘裁判に出る私に何か見返りとかありますか?」
「見返り?」
「報酬ですね」
オルトは「ああ、なるほど」と言い、頷いた。
「都でのサーカスを開催する許可を出そう。噂によると首都より離れた場所でやっているそうだから」
「ありがたいけど、それは大丈夫」
「俺達はあえて、あそこでやっているのさ」
二人の言葉にオルトは不思議そうな顔になった。そこでラコンテは説明する。
「ああいう場所だと、サーカスにいる動物達に悪い影響が出るんだ。俺達の傍だったら大人しいけど、騒がしい奴らやちょっかいかける奴が一人でもいれば、たちまちストレスが溜まって襲ったりする。落ち着いていて静かだったら喜んで開催するけど、今の王都は騒がしいからな。他にもいらないトラブルも起こしそうだし」
「なるほど」
「それよりも他の貴族の領土に宣伝できるようにしてほしいですね。一部の貴族達は私達の事を王都にいる浮浪者の仲間と思い込んで、入れない領土があるんですよ。普通のサーカス団って事を伝えて、宣伝できる許可が欲しいです」
「分かった。伝えよう」
交渉が成立して、次は告発され決闘裁判に出る事になってしまった男 ダビーが面談室にやってきた。
ダビーは足を引きづっていて、右腕も包帯で巻いて布で釣っていた。来る際もヨタヨタと歩いて、ラコンテにぶつかっていた。
どうにかダビーは猫背に座って、卑屈そうな感じでエルゼ達に小声で「ダビーです」と自己紹介をした。
「ああ、あなた様が矮小な私のために戦ってくださる決闘士ですか?」
「……あなたのために戦うつもりでしたか、やっぱりやめます」
バッサリとエルゼは言い、ダビーは大きく目を見開いて「ええ! なぜですか?」と聞いた。
「だってあなた、ラコンテの財布を取ったでしょ」
エルゼの指摘にラコンテが「え!」と驚き、財布が入っているポケットを確認すると「うわ! マジだ!」と更に驚愕した。
「私、盗人のために戦いたくないです」
「うう、違うんです。私は悪くないんです。この、この左腕が! 左腕が盗ってしまうんです!」
大げさに泣き崩れるダビー。エルゼは「とりあえず、ラコンテの財布を返してください」と言うと、ダビーは素直に財布を返した。
その際も「私は悪くないんですう!」と嘘泣きをする。それを冷たい目でオルトは見ながら言う。
「こんな奴だから、陪審員の裁判しなくてもいいんじゃないかって言われているんだ」
「そんな、牧師様! 私は色々と盗みを働きましたが、殺人はやっていません!」
そう言って机に突っ伏して泣いてしまった。いちいち動作が大げさだから、嘘っぽく思えてしまう。
このダビーと言う男が起こした殺人事件を依頼したと言われている。
「えーっと、あなたは半年前に男爵の老人に施しをしてもらおうとした時、盗みを働こうとしてバレたんですよね」
「私じゃないです! 盗もうとしたのは、この左手です!」
「……この左手はあなたの物でしょ。だったら監督不行き届きであなたの責任です」
エルゼは意味の分からない理論をダビーに言い、話しを続ける。
「盗まれる前に男爵の老人は気が付いて、怒って王都を巡回する騎士に言いつけ、刑務所に入れられました。未遂だったので、すぐに出られたが施しをしてくれる教会が拒否されたり、物乞いをしていると騎士に追い払われてしまわれた」
「はい。働けばいいと思うでしょうけど、この足と右腕は不自由で、どこも雇ってくれません……」
「左手は盗みが出来るくらい器用なのに……」
ラコンテがポツリと言うと、ダビーは「そうなんです。この左手は悪いんです」と泣き始めた。それを無視してエルゼは淡々と話しを続ける。
「そして盗みを訴えた男爵の老人を殺した……と言う疑いがもたれている」
「殺してませんよ!」
「その日は何をしていました?」
「王都をさまよっていました」
「それを証言してくれる人間は居ますか?」
「……いません」
エルゼは「ですよね」とため息交じりで言う。貴族だったらメイドなどアリバイを証言してくれる人は多いのだが、浮浪者のアリバイなんて証言してくれる人間は居ないに等しい。
そうしてエルゼは難しそうな顔になって、「ベントスとあなたは知り合いですか?」と聞いた。するとダビーは首を振った。
「……知りません。だけど、私の事件は王都でも有名らしくて……。あの老人が死んだ次の日、殺したんじゃないかって噂されて王都にいると肩身が狭くて……」
「じゃあ、仕事場を変えればいいじゃないか?」
「物乞いが田舎にいたって、施しなんてしないでしょう? それにそれを逆手にとって、誰も施してくれないんですって言えば、施しをくれるかもしれないし」
ダビーの言葉にラコンテは感心の様なため息をついた。
そしてエルゼは紙とペンを取り出した。
「あと、ここに知っている文字で良いので書いてみてください」
ダビーは左手でペンを持って、自分の名前を書きだした。ラコンテのポケットから華麗に財布を盗った左手で書いたとは思えないくらい汚い字だった。
ダビーは落ち込んだ様子で「自分の名前しか書けません」と告げて、紙をエルゼに渡した。
***
「あの人のために戦いたくないけど、彼が犯人では無いのは間違いないわね」
そう言って殺されたとされる男爵の老人の診断書をエルゼは見せてもらっていた。
そこには老人は死ぬ一週間前、質の悪い風邪を拗らせてしまい医師にかかっていた。高齢だったから、そのまま良くならず家族に看取られながら亡くなった。
病死なのだが病の事実を知らずに、ダビーとの諍いを繋げて殺したんじゃないかと噂が立ったのだ。それをベントスは殺したと告発しているだけなのだろう。
他の告発もよく調べてみれば、ただ事故死などだった。
「ダビーも足を引きずっている事、右手を怪我している。見ての通り【弱き者】だ。助太刀も姿を現すだろう」
オルトは自信を持って言う。確かにダビーは【真実を訴える弱き者】ではあるが、私はあまり助けたくないな。盗人だし、自分の左手だけが悪いと言っているし。だが確かに彼は殺しをしていないことは確かだ。
次にベントスが証言した事件内容が書かれた書類をエルゼは見ながら「オルトさん」と言って話す。
「ダビーの無罪を証明するのと一緒に、ベントスにある事を供述するように仕向けるんですね」
エルゼの言葉にオルトは「そうだ」と頷いて、口を開く。
「決闘場と言う民衆たちが見て聞いている前で、あの男に真意を語らせてほしい」
 




