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エルゼはオルトに「もっとベントスの情報が欲しい」と伝えると、ベントスと知り合いだった男を紹介してくれた。ちなみに彼は刑務所にいる。刑務所にいるって事は【同じ穴のムジナ】なのだろう。
「ベントスの知り合いの方って何をしたんですか」
「万引きだ。パン屋にあるパン二点を店内で食べた上に、お金を払わずにパン十数点持って店から出たんだ」
ラコンテが「それは万引きか?」と言いながら、馬車の窓から街の様子を見る。相変わらず治安が悪く、グループで店の商品を根こそぎ【万引き】をする輩もいた。
オルトは頭が痛いような顔をしながら話す。
「彼らにも言い分があるだろう。隣の国は戦争で、ますます貧しくなった。お金どころか仕事もないから、ここに来た。だがよそ者は雇わないと決まりがあるから、こうして溢れてしまって悪さをする。だがこの国の人にとっては、とんでもないとばっちりだ。」
「……この人たち、どうするんですか?」
「ここの王と貴族、他国の使者や教会の者が会議をして、仕事ある地に送ろうかって事になっている」
疲れたようにため息をつくオルト。生真面目だから、気苦労も多そうだ。
そんな話をしていると、刑務所に着いた。
刑務所も王都の路上を凝縮したような感じだった。エルゼに「おい、ペチャパイ嬢ちゃん」と言ったり、ラコンテに「おお、生き別れになった息子よ!」と言ったり、オルトに「施ししろよ! 牧師」と言ったり……と騒がしかった。
この光景を見てラコンテは「何と言うか、ミーコよりも騒がしいな」と言った。ミーコはサーカス団のキメラの動物だ。厳つい顔をしているが、人懐っこい子である。
「ここの檻とミーコの檻は違うからね。ミーコは芸をしたら三食おやつ付きの快適な檻で、ここは外に出れない上に三食も出ないかもしれない狭い檻だからね」
うんざりしながらエルゼはラコンテに言う。
オルトが刑務官に交渉して面談室にてベントスの知り合い バーズと面会になった。
バーズは真っ黒な髪と浅黒い肌をした二十代くらいの男だった。雰囲気からしてピクシの民である。
「よう、ベントスの話しを聞きたいって奴はお前らか?」
「ええ、そうです」
「これを話したら、減刑になるんかい?」
期待の眼差しを向けてバーズは言い、エルゼとラコンテは顔を見合してオルトを見た。
「減刑は無い」
オルトが無情な言葉を吐くとバーズは「あっそ」と明らかにやる気をなくしてしまった。これだと有力な情報は得られないなと思っていると、エルゼは手を合わせて形で「お願いします」と言った。
「ベントスとの決闘で、どうしても情報が知りたいんです」
「はあ? 何で報酬も無く……ん?」
バーズは机の下に何かを気が付いた瞬間、ニヤッと顔がほころんだ。ラコンテが机の下から銀貨を渡そうとしているのだ。それを受け取った瞬間、「よし、教えよう」と快く引き受けてくれた。……現金な奴である。
オルトの方を見ると賄賂に気が付いて何か言いたそうな顔になっているが、我慢していた。
バーズのやる気が出たところでエルゼは早速、質問をする。
「ベントスはピクシの民のようですが、両親は要るんでしょうか?」
「いや、無いね。と言うかピクシの民と言う確証もない。あいつは生まれながらに孤児だったから、顔の雰囲気でピクシの民だからそうじゃないかって思っていたらしい」
「あなたもそうですけど、どうしてピクシの民なのに全知全能の神の洗礼を受けているんですか?」
ピクシの民と言うのは【北の神】を信仰している。また信仰していなくても、彼らが全知全能の神の洗礼を受ける機会はほとんどない。エルゼは洗礼を受けているが、貴族の子の義務のようなものだ。
エルゼの質問にバーズはニヤッと笑って、「戦争のせいだ」と言った。
「戦争するのには色々と建前がある。隣の国が起こした戦争理由は【食糧不足は近隣国が呪ったから】だそうだ。そう言った建前を持って神に許しを得て戦うのさ。そしてこの戦争では兵士募集をしていたんだ。だから職にあぶれたピクシの民も結構参加して、洗礼を受けたんだ」
エルゼとラコンテは感心したように「なる程」と言った。一方、オルトは眉をひそめる。聖職者として、こういった理由で洗礼するのはどうなんだ……と不快感があるのかもしれない。
更にバーズは「ただ俺達が信仰深いというのは疑問だな」と言った。
「俺も戦争に参加した奴らも全知全能の神の教えなんて全部知らないし、洗礼した日以来、教会には行っていない。戦争に行くために洗礼を受けたから、思い入れは無いよ。特にベントスは『神なんていやしねえだろ』って言っていたし」
「そうでしょうね」
「それと『ピクシの民なんだから、ベッドで死ぬことなんて無いだろ』と言っていたな。あいつ」
定住する者もいるが、基本的にピクシの民は流浪の民だ。野垂れ死にすることさえも、彼らにとっては普通の事なんだろう。
次にエルゼは「ベントスは強いでしょうか?」と聞くと、バーズは「強いぞ」と即答した。
「俺が生き残っているのは、あいつのおかげともいえる。兵士募集と言っても、やったことは先陣切って敵に向かって行くことだから、思いっきり敵の攻撃に当たって死ぬ。まあ、お偉いさんの肉壁として集められたんだろうけど」
バーズの言葉にエルゼは顔をしかめる。だが、戦争って言うのはそういうものだ。
「だがベントスは誰よりも早く敵陣について、敵をせん滅していった。あいつ、ものすごく足が速いし、力も強いんだよ。先陣切って敵が付けている鎧の隙間をぬって喉や目を刺して、倒れた敵をぶん投げたり、盾にしたり……」
「……残酷」
「そうしないと俺達も生き残れないからな。後、感覚が敏感だから、背後からの敵も夜襲とかもすぐに察知できる。あいつは自分をピクシの民って言っているけど、巨人の血でも混じっているんじゃないかな? ってくらい戦いが凄まじかったな」
野生のシカよりも早く走り抜け、巨木を投げ、剣を振るえば竜巻が起こり、戦闘になれば騎士団さえ打ち壊す……などと言う伝説を持つ巨人。とはいえ、その巨人も様々いる。サーカス団にいるゴーシュと言う巨人の血を引く者は確かに力強いが、音楽が好きな穏やかな奴だ。
とはいえ、バーズの話しを聞く限り本当に巨人の血が混ざっていると思える。
そしてバーズは遠い目をしながら、寂しげに言う。
「だが戦争に負けちゃえば、そんな話も歴史の陰に隠れちまう」
「……確か戦争は八年前に終わりました。その間、ベントスは何をしていましたか?」
「前王が亡くなり、第一王子が跡を継いだが国内でもこの無謀な戦争は批判があって、また戦争を企てるかもしれないっていう噂があった。そこで第五王子を王にして平和路線で行きたい貴族達と政権交代の争いが起こった。それでベントスは第一王子が指揮する騎士団に入った」
「あなたも入ったんですか?」
「いや、もう争いはこりごりだと思って、さっさとあの国を出たよ。それで他の国々をフラフラしていたんだ。とはいえ、あの国が起こした戦争のせいでボロボロになっていたけど」
「そしてまた彼とこの国で再会をしたんですか?」
「そうだな。それで色々と愚痴っていたなー。クーデターは起こったけど、大した戦いは無くってつまらなかったとか……」
ラコンテがドン引きして「つまらなかったって……」と呟く。
「それであいつはどこかで戦争していないかな? って言ったんだ。そこで俺は決闘士の話しをしたんだよ。決闘士になれば、いいじゃんって。戦い放題だろって」
「でも重罪以外は決闘裁判では無くて陪審員の裁判になりましたよね」
「そうらしいな。だから自分で事件を起こして、決闘に持ち込もうとしているんだろうな」
ラコンテもエルゼも顔をしかめる。この反応にバーズは面白げに笑って、「とっておきの情報があるんだ」と言った。
「とっておきの情報ですか?」
「ああ、そうなんだよ。だけど思い出せなくて、ここの喉の方まで出てきているのに……」
チラッとエルゼはラコンテを見て頷く。そしてまたラコンテは銀貨を机の下からバーズに渡した。
これにオルトはものすごく何か言いたげだったが堪えていた。
賄賂をもらったのでバーズは思い出し、話し始めた。
「ああ、良かった。思い出せたよ。あいつは鎧とか付けないんだよ」
「え? 鎧を付けないって事はそのまま戦うんですか?」
「そうなんだよ。兵士の時に一応、鎧を支給されるんだけど、あいつは要らないって言って、そのまま軽装で戦うんだ。多分、速く走って敵陣について切りかかるためだと思うんだけどな」
この話しを聞いた時、ポツリと「助太刀の戦い方に似ているな」とラコンテは呟いた。
 




