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「全く、姉ちゃんは!」
グチグチと愚痴を言っているラコンテとそれを苦笑しているエルゼ。
「何が! 恋文だ! 異性からの手紙を全部、恋文と思っているのか! 頭がお花畑なのか! 姉ちゃんは」
「そもそもオルトさんは聖職者だから恋人は出来ないと思うんだけどね」
ラコンテの姉 ローラは預かったオルトから手紙を恋文と勘違いと言うか、思い込んでラコンテをからかったのだ。オルトは生真面目な牧師であり、彼が全知全能の神を背いて恋人を作る想像はまずもって出来ない。
手紙の内容は頼みごとがあるから、この国の首都の教会に来てほしいという事だった。
と言う事でエルゼとラコンテは馬車を借りて、オルトのいる教会に向かっている。もちろん私もエルゼの小脇に抱えられている。
「なんかピエロの格好した吟遊詩人がいるな」
少し笑ってラコンテは馬車の窓を見る。エルゼも一緒に窓を見るとパーティで貴族の物が着る派手な衣装にごちゃごちゃと変な装飾品を付けた者がギターを弾きならしていた。
「ピクシの民かな?」
「まあ、そうじゃないかな。恰好が自由過ぎるし」
「お祭りに合わせているのかな?」
エルゼとラコンテはそう言いながら馬車は通り過ぎていった。
そう、建国祭がもうすぐ始めるのだ。
だがそれ以上にこの国では大きな問題が起きていた。
*
確かに自由を愛する流浪の民と言われるピクシの民だが、私は色々な人間がいると思う。
特にピクシの民とは思えない性格をしている者がいる。アルコバレーノ・サーカス団の団長だ。
ラコンテの父親なのだが、自由人と言い難いくらい現実的で慎重な男である。
エルゼの両親が殺されたことを知った後、団長は国に報告はしないで去って行った。あまりに非情な決断ではあるが、国から見て浮浪者である彼らが犯罪を告発して下手に疑われる可能性がある。エルゼよりもサーカス団の事を考えれば、そういう決断をするのは理解できる。
彼はエルゼが決闘令嬢である事も正直、快く思っていない。本来だったらサーカス団から脱退を言い渡されているだろう。だがエルゼはサーカスをする時の許可や書類を仕上げることが出来るのと、決闘裁判を起こして周囲でサーカスをして宣伝することが出来るのでエルゼを残しているにすぎないのだ。
だが一方で彼は「ピクシの民は北の神に見守られながら自由に旅をする者」と自負しており、流浪の民である事を誇りに思っている。
私が居た国では【郷に入っては郷に従え】と言うものがあるが、それを団長はちゃんとわきまえているし、何なら団員にも口酸っぱく言っている。
いささかピクシの民とは真逆な性格をしているが、民として自由に旅するための事なのかもしれない。
さてそんな団長だが予定ではこの国で行われる祭りに合わせて、王都でサーカスをするつもりだった。だが下見した際、すぐに予定変更した。
「やっぱり、団長の言う通り首都でサーカスしない方が良かったね」
「うわー、スゲー治安が悪い……」
馬車の窓から見た限りだとボロボロの服を着た人々が喧嘩をしていたり、道の真ん中で勝手にお店を開いて通行の邪魔をしていたり、物乞いが溢れていた。
二人が呆然としていると突然、馬車のドアが開けられた。
「綺麗なお嬢ちゃん! どうか私にお恵みを!」
「お断りだ!」
ボロボロの服を着た老婆がドアを開けて施しを要求してきた。それをラコンテが追い出して、馬車のドアを閉めて、ついでに鍵もかけた。
そう、ここの王都にピクシの民や別の国の人々が溢れかえっているのだ。
「三年前に来た時はこんなんじゃ無かったと思うけど」
「この国の新聞を読んで調べたんだけど、近くの国で勃発したクーデターのせいみたい」
うんざりした感じでエルゼは話し出した。
二十年前に起こった冷害による飢饉。兆候は見られたので前もって対策をしていた国々は、最小限とはいかないまでも大きな被害を出さないように出来た。だが政治が腐敗した国は対策なんて考えておらず大きな被害を受けて、今でも影響を受けている。
その国は政治腐敗が激しすぎて大量の餓死者が出てしまった。そしてどういう思考回路でこの結論に至ったのか分からないのだが、この状況を脱するために近隣の国々に戦争を仕掛けてきたのだ。だがすぐに負け、当時の王は亡くなった。そうなると国は大混乱と化す。誰が王になるのか派閥が生まれ、クーデターが起こったのだ。もう市民の事なんて一切考えていない。
「噂ではクーデターが成功して、第五王子が跡を継いでいるらしいわ。それで前まで政権を争っていた第一王子が雇っていた騎士たちや慕っていた市民が、ここに逃げてきたようね」
「あれ? ここってあの国を隔たる川が無かったっけ? 通るにも船が必要になってくるんじゃないんだっけ?」
「その大きな川が最近干上がって一部、人が通れるくらいの深さになったのよ」
「なるほど、そこから入り込んだわけか……。セリーヌの兄貴も忙しいわけだ」
こういった状態になってしまいこの国の王やセリーヌの兄などの貴族達も頭を悩ましている。連日、勝手に入り込んだ浮浪者をどうするか対策に追われているが、ドンドンと入り込んで間に合っていない。
馬車の窓を見ながらエルゼは「何にしても馬車で来てよかったな」と呟く。エルゼはかなりの健脚なので、馬車が無くてもスタスタと目的地に歩けただろう。だがこういう状況なので馬車で行った方が良いと周りから言われたのだ。お金はかかるだろうが、歩くたびに厄介ごとに巻き込まれるよりマシだ。
そうしているとラコンテが「あ!」と窓を見ながら言った。
「あいつ、泥棒している!」
「本当だ」
エルゼとラコンテの視線の先にはある男がいた。普通に歩いているだけなのだが、通行人とすれ違うと後ろポケットに入れてある財布をスッと取って行った。大胆かつ素早い動きなので、尊敬の念すら抱いてしまう。恐らくプロの犯行だ。
「あの人、ピクシの民だね」
「うん。黒髪だし彫も深いし」
悲しそうな顔でエルゼもラコンテも泥棒を見る。
ピクシの民にはいろんな人間がいる。でも悪い印象は否応なく注目されてしまうので、ピクシの民はならず者と思っている人々が多い。
そして取られたことに気づいた被害者が「泥棒だ!」と言って、スリのピクシの民を追いかけ始めた。それをエルゼ達は眺めていた。




