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アルコバレーノ・サーカス団もテント付きの荷馬車は数台ほど所有しているが、この森の荷馬車は多くの書物でいっぱいだった。ここまで書籍をいっぱい積んでいると、図書館が移動しているようにも思える。
馬は近くの木々に括られてのんびりと休んでいて、傍らには主人である男が粗末な紙の新聞を見ていた。アリサの家が発行している新聞だろう。
「すいません。貸本屋さんでしょうか?」
エルゼの声にパッと顔を上げる男。ピクシの民の特徴である黒髪ではあるがとび色の目をしていて、肌も白い方だ。
エルゼの質問に男は肩をすくめて「違うよ」と言う。
「僕は書籍売りさ。まあ、貸本屋もやっているけど」
「実はシルビア・ディルア様の頼まれごとで、こちらの本を代理で私が返しに来ました」
そう言って本を差し出すと書籍売りの男は「ありがとう」と言ってパラパラとページをめくる。
そして「うん、綺麗に読んでいるね」と言って、お金をエルゼに渡した。
キョトンとしているラコンテに、書籍売りの男は軽く笑って解説する。
「うちがやってる貸本屋は、貸す前に書籍の値段を払うのさ。それで返しに来た時、最初に払った値段から半額の金額を返すんだ。そうすれば本を返しに来なくても損はしない」
「なるほど」
「本当は買ってほしいけど、この子は今、大変だからな」
エルゼがチラッと男が読んでいた新聞を見る。やっぱりシルビアの事件が書かれた新聞だった。エルゼが新聞を見ているのに気づいて、書籍売りの男は苦笑しながら口を開く。
「この子が事件当日にうちの店で本を買っていたんだけどね」
「じゃあ、この子にはアリバイがありますって言わないの?」
「そんな声をかき消すくらい大騒ぎしているんだよ。しかも僕はしがない書籍売り。記事を書く新聞記者じゃ無いからな。しかもこういった新聞って作っている人間に都合がいい事しか書かないし」
そう言って様々な新聞を取り出した。教会新聞や貴族達が読む新聞、農村部に掲げられる掲示板に付けられる簡単なお知らせの新聞まで、様々だ。
「後追い記事ばっかりだけど、全部アリサって言う令嬢の話しばっかり。犯人のシルビア嬢についての話しは一切ないんだよね」
「ここだけの話し、シルビア様は屋敷で軟禁状態なんですよ」
「なるほどね。ここら辺の貴族は保守的だからな。噂が立つと言う事実だけで恥って思って、彼女は無い者として扱っているんだろうな」
ペラペラと喋る書籍売りの男にラコンテは「随分と詳しいな」と呟いた。すると書籍売りは苦笑しながら「僕も貴族の出なんだ」と言った。
そして書籍売りは遠くに見える鉱山を指さして話し出す。
「僕はあの鉱山を所有するの貴族の息子だったんだ。まあ、前の当主がピクシの民のメイドに産ませた子だったけどね」
「……書籍売りをしているって事は」
「前の当主が死んだら、その正妻に追い出されたよ。でも一応、前の当主から貴族の子が受ける教育をしてくれたから、そこそこ生活できる。今の当主の兄貴も、別れ際に隠れて前の当主の遺品やお金を少し渡してくれたし」
そう言いながら書籍売りの男は鉱山を遠い目で見ていた。恐らく二度と家には帰っていないだろう。そして決して貴族の家を悪く言わないのは、それ以上にひどい事をする貴族の人間がいるって事を知っているのだろう。
流浪の民であるピクシ人は不当な扱いをされる事が多い。
かといってピクシの民は帰る場所もない。
ピクシの民の血が流れる者は、どこまでも安住の地のないのだ。