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多くの人が好きな言葉って何だろうか? 【愛】? 【真実】? 【運命】? きっと色々とあるだろう。
多分、エルゼと対面して話している二人はすでにこの言葉を十回以上は言っている。
「ですから、私とパートロ様は真実の愛で結ばれているんです! これはもう運命です!」
「……そうですか。運命によって真実の愛を見つけたって事ですよね」
「先ほどから、そう言っているじゃないですか!」
「でもその理由でパートロ様はセリーヌ様との婚約破棄をさせるのはおかしいと思うんです」
エルゼの言葉にパートロの恋人 ロリーは「だから!」と語気を強めて、真実の愛とか運命とか話し出す。このやり取りはすでに五回以上はやっている。
エルゼも頭が痛そうで、眉間に皺が入っている。
何となく察しがつくと思われるが、パートロとセリーヌは貴族で幼いころから婚約を結んでいた。
ところがロリーがパートロを誘惑して、浮気をして、子供を身ごもり、明らかにこちらに非があるというのにセリーヌを悪者と言いつけて婚約破棄したのだ。ロリーも貴族の人間なのだが、貴族的なルールや決まり事は頭にないようだ。
穏やかな淑女だったセリーヌはこんな乱暴な展開に心を痛めてしまい倒れてしまった。
そこでエルゼはセリーヌの兄から、二人に慰謝料をもらってくるように依頼を受けたのだ。
「二人が真実の愛で運命と言う事は分かりました。ですがロリー様と会う前にセリーヌ様と婚約を結んでいました」
「いいえ! パートロ様は結んでいないです! 二人の両親が勝手に結んだんです!」
「政略結婚と言うのは貴族の運命みたいなものです。そして約束を反故すれば、何らかのペナルティは受けないといけないんです」
「だからパートロ様は!」
「パートロ様の親が勝手に婚約を結んでいたって事ですね。分かりました。でしたら、パートロ様の両親に慰謝料の請求を……」
「ちょっと待って!」
ずっと気まずそうに俯いていたパートロが顔をあげて焦ったように言う。
「あ、あの……両親にお金の請求をしないでほしい……です」
「そもそも、パートロ様のご両親は違約金を払ったでしょう?」
「ええ、払いました。ですがセリーヌ様は全く悪くないのに婚約破棄を言われて、しかも無理やり婚約破棄の書類を書かされたそうじゃないですか。そう言った精神的苦痛を与えたそうですね。目撃したメイド達も証言しています」
「だって婚約破棄したくないって泣き出すんだもの!」
何で私達が加害者みたいに言ってんのよ! とばかりにロリーは怒り、「そもそも!」と机を叩いて語気を強めて言う。
「何でセリーヌは来ていないのよ!」
「彼女は無理やり婚約破棄を突き付けられて精神的にまいって寝込んでいて、あなた方に面と向かってお話しできない状況です。なので私が代理として来たんです」
「え? セリーは寝込んでいるのか?」
なぜかパートロが心配するような声で言い、ロリーがジロッと睨んだ。睨まれたパートロは黙って俯く。そして代わりにロリーが「そうですか」と言った。
「ですが、とにかく慰謝料は払えません!」
「ではパートロ様のご両親に請求します」
「それはやめてくれ!」
話し合いは堂々巡りをしている。
パートロはロリーとの結婚は彼らの両親も認めている。
この醜聞にパートロは次期当主だったのだが弟に譲る事になった。だがパートロは勘当されることもなく小さな領地をもらって、そこを管理している。一応、家族の縁は切れてはいないが、昔のような生活をしていないのは服装で分かる。また家族ともいい関係を結んでいないようだ。でも貴族の身分は捨てていない。
セリーヌの兄は、貴族の身分のままであるパートロの処遇もよく思っておらず、彼が領地を任された数日後に慰謝料を取る事にした。出ないと言ってもパートロの両親から慰謝料をもらうと脅しを入れろ! とも言っていた。
「今の状態では慰謝料を払うのは厳しい」
「私は妊娠しているんです! これからお金が必要になります!」
「じゃあ、借金と言う形でも大丈夫ですよ」
「何で借金しないといけないのよ! 私とパートロ様は真実の愛で結ばれているんです! これはもう運命です! それなのに何で慰謝料を払わないといけないんですか!」
もうエルゼは【愛】も【真実】も【運命】の言葉を一年分聞いたと思う。そして証人として同席している牧師もそうだろう。慰謝料の請求の契約の証人として一緒に同席をしてもらっているのだが、何も喋っていないのにもう疲れ切った顔をしている。ついでにエルゼの座る椅子に立てかけてある刀の私、助太刀もこんなに【愛】だの【真実】などの言葉を短時間に聞いたのは初めてだ。
こうして何度も何度も同じ話しを繰り返したが、ようやくエルゼは慰謝料を払う約束させることが出来た。
自分に非が無いのに一方的に婚約破棄させられたので慰謝料を取るために決闘裁判をすれば簡単だっただろうなと思えるのだが、そうも言えない状況になってしまった。
エルゼの仇討から半年後、教会がついに決闘裁判を一部、禁止にしたのだ。
今まで婚約破棄や白い結婚の契約違反などなどで決闘裁判をやってきたエルゼだが、こういった争いは教会が認めた陪審員と呼ばれる者達に判決を決める裁判になったのだ。
とはいえ陪審員のいる裁判までしたくない人々もいるので、こうして和解に向けた話し合いを証人の牧師も同席させていたのだ。
決闘令嬢でもあるエルゼだが、こういった契約書などの書類を書くことが出来たり、弁は立つので決闘裁判が無くなっても必要とする人間は居るのだ。かつてアルコバレーノ・サーカス団にそう言った知識を持った元貴族の女性がいて教えてくれた。
それに決闘が全く無くなった訳では無い。




