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 エルゼとボイドの決闘から一週間が経った頃、エルゼは父親が務めていた貿易業の会社の社長と教会で話しをする事になった。

 エルゼの親族である老人だったが、とても元気そうな方だった。彼は若かりし頃の父親と母親との馴れ初め、小さかったエルゼの話しをしてくれた。

 そして、彼女の資産について。

 両親の遺産はすべてボイドがほとんど使ってしまったが、エルゼのために両親が貯めていたお金があり、それを老人は預かっていたのだ。


「決闘しなくても、こうして話しを聞けば君がエルゼ・ローエングリンだって分かるね」

「ありがとうございます。ただ、お金は……」

「ぜひ受け取ってほしい。君の両親が残してくれた物だ。ギャトレー子爵の物ではないし、もちろん私の物でもない。渡さないと君の両親に怒られるだろうし」


 こうしてエルゼは少なくない資産をもらう事になった。




***

 エルゼの祖父が帰った後、エルゼはサーカス団に帰らず、教会の礼拝堂にいた。祈りはしないで、ただ全知全能の神の像を眺めて何かを考えている様子だった。

 そんな時、オルトが礼拝堂に入って来た。


「やあ、決闘令嬢」

「お久しぶりです。オルトさん」


 そう挨拶をして、オルトはエルゼの近くの椅子に座った。そして「どうだ? 君の決闘裁判を終えて」と聞いた。それにエルゼは微笑みながら口を開く。


「怒りって気まぐれなんだなって思いました」

「どういう意味だ?」

「ボイド様が殺した犯人は祖父だと言われて戦う決心が揺らぎ、結局彼の出した和解案をのみました。だけど犯人はすでに死んでいるから、ボイド様はいくらでも罪を擦り付ける事は出来る。そう思うと怒りがこみ上げてくるんです」

「ボイド氏にか?」

「それと私に。もっと彼が犯人である証拠を集めていれば良かったって思いました。時間が無かったから、しょうがないと諦めていますけど」

「……」

「それに、もうボイド氏は亡くなってしまいました。もう誰も真実を目撃した人間は存在しません」


 そう、決闘裁判の三日後。ボイド・ギャトレー子爵は自宅で静かに息を引き取った。ずっとローエングリン家の当主と妻を殺したんじゃないかと疑われ、更にエルゼと名乗る者が詐欺をしていったため、人を信用できず、ずっと孤独だったようだ。心労が重なって、決闘士を雇うお金が無かったから自分で決闘裁判に出たから限界が来たのだろう。新聞は【天罰か?】【決闘令嬢の代わりに神が裁いた】などとボイド氏の死の見出しが書かれていた。

 しかし噂では死に顔は穏やかだったと言われている。


 まさに死人に口なしって事だろう。エルゼは時々それを思い出しては泣きそうな顔になる事がある。だがボイドが殺したか、殺していないか、その判断も私は迷ってしまった。もし切っていたら錆びれて折れてしまっただろう。

 オルトは「なるほど」と呟く。そして「だが、罪悪感はしつこいぞ」と言った。


「僕の父を決闘で殺した叔父は後になって、本当に母を殺したのか? と悩むようになった。周囲の人間が避けるようになったり、いろんな原因もあっただろうが父への謝罪の手紙を書いて自殺をしているからな」


 その時、パアッと全知全能の神の像に日の光が当たる。たまたま太陽の光が当たっただけなのに、神は存在しているように見える。

 それをエルゼとオルトは黙って眺める。

 オルトの言葉を聞いて、ラコンテが決闘前に何を心配していたのか何となくわかった。あいつはエルゼに罪悪感を持たせたくなかったのだ。

 だがエルゼは両親の敵を討つために、決闘裁判に挑んだ。だが確証が得られず、敵を討てなかった。

 この選択がエルゼをずっと後悔させるだろうが、死にたくなるような罪悪感を持たないだろう。


 エルゼはポツリと「人を裁くのって難しいですね」と呟く。それにオルトは「そうだな」と賛同した。


「だから決闘裁判ではない方法で人を裁く方法を見つけるのは大変ですよ」

「一応、案は決まって来た。複数人でそれぞれの主張を聞いて裁く方法だ。それを取り入れるかもしれない」


 教会では決闘裁判ではない方法で裁判をしようと動いている。教会以外でも貴族や平民でも少なくない人々が決闘裁判は残酷であると考えているようだ。

 だがそうなるとエルゼは決闘令嬢の仕事が無くなってしまいそうだ。


 少しだけオルトと話した後、彼は去って行った。

 そして再びエルゼは一人になった。

 後光のように輝いている全知全能の神の像を眺めながら、エルゼは「ねえ、助太刀」と呼びかける。


「これから、どうしたい?」


 そう聞かれても、私の答えは決まっている。


「真実を訴える弱き者のために戦いたい」


 私が答えるとエルゼは微笑んだ。




***


「と言うか、最近、婚約破棄が多くない?」


 そう言いながらラコンテはエルゼのあとを追う。この国では都市開発が進み、綺麗な石畳が続く道には様々な商店が連なっている。商人たちはエルゼを見て、かわいいアクセサリーを勧めようとするが見向きもしないで彼女は歩く。


「最近、商人達がかなり儲かっているからね。王宮もそう言った人たちを社交界に招いているみたい」

「なるほどね。社交界で会った自由な発想の商人の娘や息子に、貴族の奴らは惹かれちゃうわけか」


 そう言いながら、待ち合わせの場所に着くと、すでに約束の女性は待っていた。

 帽子を目深く被って目立たないようにしているが、着ている服が綺麗なドレスだからすぐに貴族だろうと分かってしまうだろう。不安げに俯いて、そして悩んでいるようだった。

 エルゼが女性を呼びかけると、パッと顔を上げ少しだけ安心したような顔になった。その顔を見てエルゼは微笑みながら言う。


「初めまして、決闘令嬢 エルゼと申します」




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