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ラコンテと叔母が帰り、エルゼと両親が夕飯を食べ終わった頃、誰かが来たようだ。父親が対応したと思うとうんざりしたようにダイニングへとやってきて、母親に話した。
「僕の父親と兄貴だ」
どうやらエルゼから見て父方の祖父と叔父が来たようだ。
エルゼの父親の実家は男爵家だったが、三男だった彼はかなり冷遇されていた。
貴族は基本的に家を継ぐのは長男のみ。次男からはスペアであり、成人になったらどこかの貴族の婿になるか、国の文官や武官などで働く事になる。そして貴族の立場は無いのだ。
「また融資の話しか……。全くうんざりだよ。散々、僕をバカにして、放っておいたのに」
エルゼに聞こえないくらい小さな独り言を父親は呟く。
三男だったエルゼの父親は虐待とは言わないが、かなり放置されていた。また貴族といえど、裕福とは程遠い暮らしをしていたわけではないようだ。
現に成人は二十歳なのだが、彼は十五歳で家を出ている。普通だったら高等教育を受けている年なのだが、お金が無くて中等教育のみしか受けられず、叔父の貿易業で働かせられたのだ。
心配そうな顔をしている母親はエルゼに「もう部屋に行っていなさい」と言って、自分の部屋に行かせた。
エルゼは少し不安そうだったが、すぐに「分かりました」と言って自分の部屋に向かった。
飢饉によってグレーテル国の富裕層は変わってきた。
貧しい土地しかない自国はで食料を生産できない。だから安く小麦やお茶の葉などの食料を得る為に、貿易業が盛んになった。その結果、エルゼの父親のように貿易で富を得る平民が出てきたのだ。
その一方で父親の実のように港など無く、これと言った生産物もなく、飢饉が訪れる前からギリギリの生活をしている者達はすぐに危機に瀕してしまった。彼らの中には夜逃げしたり、国に土地や貴族の位を返したりしている者もいる。
父親の実家がまだ貴族と名乗っているが、ギリギリの状態のようだ。
「お茶を出せ」
「父上、もう使用人じゃないんですよ。僕の妻です」
呆れたように父親は言うがエルゼの祖父であるは「うるさい」と怒る。
よく来るようになった祖父だが、かなり威圧的だ。しかもピクシの民や平民を見下している。そして幼いエルゼを見ても邪魔扱いするので、自分の部屋に行かせたのだ。
祖父はふんぞり返って「融資の話しだ」と話すが、父親は「その話しは聞きたくない」と返す。
「全く利益にならないし、やっても無駄だ」
「利益とかを考えるな。家族を助ける時だぞ」
「俺を追い出した時、もう帰って来るなとかもう家族じゃないって言っていただろ?」
「黙れ、そんなことは言っていない!」
そんな時、エルゼの兄が「今回の融資は僕が持ってきた」と話し出した。卑屈に構えた感じの口調だ。
「僕の友人が……」
「だから不利益しか出ないって、あの地は作物なんて育たないんだから……」
「それに僕の方がお前の会社を大きく……」
「はあ? だったら自分の領土で成功させろよ! 次期当主!」
一方、エルゼは本を読んでいたが父親の大声でベッドに入った。誰だって、父親の怖い声を聴きたくないのだ。
そしてエルゼは首から下げていた正方形のシンボルが付いたネックレスを両手で握って、言葉を紡ぐ。
「全知全能の神様。どうかお父様の怒りが収まりますように……」
エルゼがそう願っていると、大きな物音が聞こえてきた。ベッドから飛び起きるエルゼに母親の悲鳴が響いてきた。
「お父様、お母様」
エルゼは恐る恐る自分の部屋から出た。そして両親のいる部屋ではなく、刀の私のいる部屋へと入って行った。
「ちょっと借ります」
そう言ってエルゼは私を手に取った。護身用のつもりだろう。




