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ピクシ人と言うのは流浪の民である。彼らは黒い髪と黒い瞳を持ち、彫刻の像のように深い彫を持った民族だ。肌の色も蜂蜜のような色だったり、パンケーキの焼き目のような色をしていて、少し日に焼けた色をしている。
彼らの祖先は南西にある国だったらしいのだが数百年前の民族紛争で負けてしまって、北の神に助けてもらおうと決意し、彼らは北へと向かう。
そして今の周辺諸国に着いて、独自に生活し始めた。
元々ピクシ人は魔獣使いの力があり、それを使ってサーカスやパフォーマンスをしたり、独特な音楽やダンスをしてみんなを楽しませてきた。
そうして何世代もわたって彼らは周辺諸国の土地を流浪して生活していった。
だが決して彼らはその国の住人になろうとはしなかった。
周辺諸国が進行している教会の全知全能の神に対してピクシの者は懐疑的であり、更に見た目や生活感、思考が独特過ぎる。更に犯罪行為をするピクシの民もいるので、すべてのピクシの者は厄介者として国の人々は見てしまう。その証拠にサーカスなどを開いて喜ばれても、彼らが長居すると住人たちは眉をひそめる。
だからほとんどのピクシ人はどこ国にも属さず、居住も収入も不安定な流浪の民のままである。
***
城下町から少し離れたサーカスのテントにはたくさんの人でにぎわっていた。
口笛を吹いて鷹ほどのドラゴンを操るピクシの青年。腕にとまらせると、もう片方の手に持っていたローソクを見せる。するとドラゴンは火を噴いてローソクに火をつける。
小さいとはいえドラゴンなんて見たことない人々は目を丸くして手を叩く。
ドラゴンと青年は舞台から去ると司会者が舞台袖から入れ替わって出てくる
「さあ、可愛らしいイフリートのローソクの火つけはいかがでしたか? 続きまして、気高きユニコーンと妖精のハーフと噂される少女の登場です!」
決して人に慣れないと言われているユニコーンと美しい少女が舞台にやって来る。少女はユニコーンにまたがり、華麗に乗りこなす。
そんなサーカスの舞台をエルゼはチケット売り場に座りながら見ていた。すでに開園しているので、やって来る者達はほとんどいない。
「よう、エルゼ」
そう言って売り場の裏口からピエロの青年が入ってきた。エルゼは微笑んで「お疲れ、ラコンテ」と言う。
「まだ、お疲れじゃないよ。この後、俺は大技をやるんだから」
「大技って、ただのジャグリングじゃない」
「それでも大技だよ」
ラコンテがちょっと真面目そうな顔になって「ところで書類は提出したか?」と聞き、エルゼは「もちろん」と答えた。
「今日のお昼ぐらいにシルビア様にお会いして、著名をしてもらったわ」
「と言う事はやるって事だな。決闘裁判」
「ええ。だけど、まだお金をもらっていないし、彼女はまとまったお金が無いから、高価な物を売ってお金を作るわ。その時には……」
「ああ。手筈は整っている。それ以上に親御さんとかにも許可は取っているのか?」
「取っていないわ」
澄ました顔してエルゼは答えて、ラコンテは「え?」と言った。
「だって、玄関で話をしようとしたら追い出されちゃったんだもの」
「シルビアって子は未成年じゃないのか?」
「そうね。だけど保護者として私の名前も書いておいたから、恐らく大丈夫でしょう」
「恐らくって……」
愉快なピエロの化粧なのに難しそうに悩んでいるので、ちょっと変な顔になっていた。
一方、エルゼは真面目な顔になって「恐らくシルビア様は勘当されるわ」と言った。
「ディルア家の当主もこの騒動を納めようとしたけど、新聞のせいで火消しは難しそうね。だとしたら、やっていないシルビア様が事件の犯人として修道院に入れ、勘当宣言をするでしょうね」
「そもそもダグラス? っていう奴はこの騒動に対して何かしているのか?」
「何もしていないわ。はっきり言ってラテルナ伯爵家はこの婚約を嫌がっていたのよ。飢饉が無ければ、この条件は受け入れなかったと言っていたわ」
「……確かに。格下の子爵で、田舎の貴族へ婿にさせるのは家として嫌だろう」
「一方、アリサ様のルトリル家がやっている印刷業はかなり成長している。平民の身分ではあるけれど、ラテルナ伯爵家の力を借りて貴族の仲間入りをしたいと思っているのよ」
ラコンテは「なるほどねー」と呟く。
そんな時、「早く早く」と愛らしい声が聞こえて、「ちょっと待って」と低い声が聞こえてきた。
振り向いたエルゼは声の主を見て「あら、噂をすれば……」と呟いた。