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「なんだ、それ? 古典的教えって?」
聞きなれない言葉にラコンテは首を傾げる。エルゼは全知全能の神のシンボルである正方形のネックレスを見せて話した。
「実を言うと全知全能の神の教えって文字が無い時代から生まれたから断片的なのよ。そして文字が生まれた後、すぐに聖書が生まれた。だからこの辺の国で最初に生まれた本は、全知全能の神の教えなのよ。そしてその書が何冊もあるんだけど、教えが微妙に違っているの」
「何で違ってくるんだ? みんな、教えは一緒だろ?」
「例えば【日の光を浴びた作物を食べよ】という教えがあるけど、大昔の本は【日の光を浴びた実を食べよ】って記載されているの」
「日の光を浴びた実って事は……ジャガイモとかニンジンとか食べられないって事か? 地面の中に育った作物は対象外になっちまうぞ、その教え」
驚愕の事実にラコンテは驚くが、エルゼはため息をつきながら「そうなの」と言いながら、話す。
「こういうのには色々と原因があるのよ。文字が生まれる前だから昔は言葉が統一されていなかったり、伝言ゲームみたいに教えが伝わって、元の教えと違った文章になったり……。そうして教えを書き残したんだけど、原書と呼ばれる教本がそれぞれ微妙だったり、知らない格言があったりするのよ。今は教えを統一にさせているけど、今でも古典的な教えを守ろうとしている信者はいるみたい」
「はあ……、大変だな。これじゃあ、こっちの教えが本物だって言いあうだろうな」
「昔はそれで決闘裁判も行われたらしいわ。今も水面下で言いあっているみたい」
エルゼの解説を終えて、老人は「そう言う歴史があるんだな」と感心した。そして「意味不明な教えをずっと言っている輩としか認識が無かった」と言い、更に口を開く。
「とにかく古典的教えのせいで、めちゃくちゃだよ。うちの畑を見てカブやニンジンを育てるなとか言い出すし、結婚とか葬式とかの手続きをやってほしいって言っても、リラが魔女って事を調べているから忙しいって言うし……。おかげで公的な手続きなどは、港近くの教会でやってもらっているんだ」
教会の牧師は祈りを捧げる他に結婚式や葬式を取り仕切ったり、場所によっては学校の先生のような事もしている人もいるらしい。
だが魔女であることを調べるのは、今の牧師の仕事ではないのだが……。
エルゼは老人の話しを聞いて「やっぱりリラを魔女扱いしているんですね」と話す。するとラコンテは「何で?」と聞いてきた。
「古典的教えは【自分たちの脅威になる者達と戦え】って言うのがあるの。この【脅威になる者達】はエルフやピクシ、巨人達の事を指しているって考えているのよ」
「えー! 俺達、敵認定されるわけ!」
「昔はされていたけど、今のラコンテは敵認定されないよ。脅威でも何でもないもん。だけどエルフやピクシの民、巨人でも賢かったり、ものすごい強い力があったり、カリスマ性を持っていると【脅威になる者】って古典的信者は認識しちゃうんだ」
「……俺達は目立つなって言っているみたいで、なんか嫌な感じ」
ラコンテがそう言うと老人は「全くじゃ」と憤った。だがすぐに「まあ、でも大丈夫だろうよ」と言った。
「リラは悪い事は一切していない子だ。魔女なんかじゃないよ」
しかし老人は「ただ……」と言って話し出した。
「少しだけリラは雰囲気が違うんだ。ピクシの民とは少々違う顔立ちをしているんじゃよ。母親は普通にピクシの民って分かるけど。それから父親についても語ろうとはしないんじゃ」
「……もしかしたら貴族の隠し子で、周りに迷惑がかかるから隠していたり、辛い過去だから言えないのかもしれません。顔の雰囲気が違うのは、もっと遠い国からきたからとか……」
「かもしれんな。だからうちらは詮索しないようにしていたんだが、あの牧師は得意げに突っ込ん来るから、リラや母親が可哀そうなんじゃよ」
「うーん。デリカシー無いな」
そんな話をしていると日は傾き、オレンジ色に変わり始める。畑にいた者達はぞろぞろと帰って行き、のんびり動いていた荷馬車も村に近づいてきた。
だが何やら村の騒がしい。
「なんか、村のみんなが集まっているなあ」
「何か、あったのかしら」
不思議そうに見ていると、村人の青年がやってきて「大変だ! じいさん!」と言ってきた。
「リラが今夜、裁判にかけられるって!」
 




