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こうしてピクシの民の農園まで、のんびりと向かうエルゼとラコンテ。荷馬車の荷物と一緒に乗せられて非常に座り心地は悪そうだ。本当に馬が引っ張っているのか? ってくらい遅い。これじゃ、我が国にある牛車である。
「ところでピクシの民の農園に行くらしいけど、何しに行くんだ?」
「あ、リラに会うためです。彼女と遠い親戚なんです」
リラとは領主たちから魔女の疑いをもたれている子の名である。ちなみにエルゼと遠い親戚の子、と言う設定でこの国に入り込んだ。質屋の旦那から言えば【ピクシの民は全員、親戚】らしいけど。
「リラちゃん、魔女裁判をすると聞いたので心配になって来たんです」
「ははは。あの子は魔女じゃないよ、聖女だよ」
「聖女って事は、何か奇跡でも起こせるのか?」
ラコンテが不思議そうに聞くと老人は「いや、出来ないな」と即答した。エルゼやラコンテが不思議そうな顔をしいると老人は笑って、話し出した。
「あの子は寒さに強い作物の種を持っていて、画期的な農業方法を教えてくれたのさ。二十年前の飢饉の時、この地は本当に貧しくて餓死者も出たくらいだったし、ずっと不作は続いた。そしてピクシの民の農園になる前の村人は居なくなってしまった」
「それで領主は新たにピクシの民を入居させたんですよね」
「ああ。自由人のピクシの民だから、すぐに居なくなるだろうって、わしらは思っていたね。というか土地が貧しすぎて、普通の人間だって逃げるよ。しばらく農業をやっていた時に聖女が来たんだ」
聖女誕生の話しを聞きたいのか年老いた馬も歩みを止める。だが老人は「ほれ、歩きな」と手綱を動かして歩かせた。
真っすぐに伸びている道の両脇には広い小麦畑になっており、とても発育がよさそうだ。そして遠くにはカブや玉ねぎなどの畑や牛を放牧している草原がある。とても最近まで不作だったとは思えないくらい豊かな土地だ。
「えーっと、どこまで話したかな……。あ、そうそう。リラは母親と一緒に来て、最初はひっそりと細々とやっていたと思ったら、いきなりリラがやっていた農園だけ大豊作になったんだ」
「え、凄いですね」
「本当にすごいよ。でも、もっとすごいのは、秘密にしないでそれを他の農園や近くの農村に無償で教えたんだよ。しかも寒さに強い種もくれた」
「え? 教えたんですか?」
「そうなんだ。昔の飢饉で大変だと思うので……と言って、教えてくれたんだ。おかげで、うちの農村も豊かになった」
老人は「これで孫に、街の学校へ行かせてあげられる」と嬉しそうに語る。だがエルゼやラコンテは【教えた】という行為に驚いていた。そして私も。
基本的に儲かる事は独占したい気持ちになる。普通の人だったら、そうするだろうし、教えたとしても、何らかの対価を要求するだろう。
だがリラは無償でそれを教えて、広めていった。なるほど奇跡を起こさなくても聖女と崇めたくなる気持ちも分かる。
だがこんな慈悲深い聖女が裁判にかけられるのだろう? エルゼもそれが気になったのか、「何で裁判を起こそうしているのでしょう?」と聞く。すると老人は憎らしい顔で話した。
「ここの領主のグラファ子爵とバスロ牧師のせいだ。子爵はリラの農法や持ってきた種を独占しようと考えていたのだが、その前に教えてしまって独占出来なかったんだ。その腹いせで魔女だと言って、バスロ牧師と結託したんだろう」
「でもやっていることは全知全能の神の教えに反していないぞ。困っている人がいたら、助けないさいって言う教えがあるだろ。むしろ率先してやっていて、教会が聖女認定させた方が良いだろ」
ラコンテが不思議そうな顔で言うと、老人はため息をつきながら話した。
「今、牧師が全知全能の神の古典的教えを信じている人なんだよ」




