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数日後、決闘裁判当日。
場所は前にキャンプしていた森に面した南の国。森の中ではなく、森に沿うような道を選んで馬車で移動する。
エルゼは「遠回りになるよ」と不満げに言うがラコンテは「この道の方が良い!」と力強く言った。
「森の中でまた変な奴に襲われたら嫌だろう。しかも俺達が修道院の敷地にいたけど、夜中に不審者もうろついていたんだぞ。また契約書を盗みに来た奴らだろ」
ラコンテの言う通り、修道院をうろつく不審者をサーカスの団員たちは確認している。シュマやゴーシュなど、他の男性サーカス団員が見張りに立っていたので何も無かったが……。
「俺には学が無いけど、契約書って大切なんだろ? だったら厳重に行った方が良い」
「そうだね。ラコンテの言う通りだ。クレアさんに言ったら申し訳ないけど、ガスラ様は結構荒っぽいですね」
「負い目なんていらないですよ、もう他人ですし。それにガスラは本当に荒っぽいですから」
クレアが話していたガスラ・ジングという男の話しを私は思い出す。
ガスラ・ジング男爵は南の国の中では新興貴族の家だという。
さて二十年前に起こった飢饉によって、周辺諸国の貧富の差を広げた。前々から飢饉が起こる前兆を察知していた国は多少経済の停滞などがあったが、今は普通に政治や経済を行っている。
だが飢饉に何も対策を行っていなかった国は悲惨である。貧困や治安の悪化により国が立ち行かなくなってしまって、未だに問題解決できない所さえある。
南の国は酷かったようで栄養失調や餓死者も出た噂も出た。クレアを保護していた修道院も難民を保護していたようだ。
ボロボロになった東の国だったが、十年前に変化が起こった。珍しい作物を他国に売り出す商売を始めたのだが、成功したのだ。
ジング一族は前当主がこの商売を始め、成功した褒美として国王から貴族を承った。
「と言っても、前当主は結構黒い事をしていたようです」
クレアはうんざりしたような顔でそう言った。
「前当主は珍しい作物を売って領民の暮らしを良くしていると言われています。ですが作物の売り上げよりも、別の作物を加工した違法薬物で私腹を得たようです。それが表に出てきたのが、私が婚姻した頃でした」
「黒い噂が出たから、他国のクレアさんに婚約したって感じでしょうね」
「そうでしょうね。でも私が違法薬物の製作はやっていないわ。結婚直後にジング家を忌々しく思う貴族の密告や近くの国々に苦言があって、国王から直々に捜査があったわ」
「……そう思うと結構タイミングが悪かったですね。クレアさん」
「と言ってもガスラは全部、父親がやった事だと言って逃げ切りましたけど。捜査もあまり深く追及はしなかったですね。さすがに違法薬物を製作と販売は出来なくなってしまったけど」
とはいえ、この操作でジング家が行っている商売はどんどんと売り上げを落としたとクレアは言った。
「他の貴族達も同じ商売を始めて低価格だったり品質を良くしていったので、うちの売り上げが減っていったんですよ。でもガスラは特に対策を打たないし、愛人と遊んでばっかりで、私に全部、丸投げしていたんです」
「よくいるボンボンな貴族って感じですね」
エルゼがそう言うとクレアは苦笑しながら「まさにそうです」と言って、遠い目をしながら話した。
「ガスラはずっと母親にべったりだったし、基本的に何にも出来ない男です。多分、彼の事業である作物の商売が全然ダメだから私に当たろうと裁判するのでしょう」
「他人事のように言っていますが、凄く面倒くさくないですか?」
「もちろん面倒くさいですわ」
クレアはため息交じりでそう語った。




