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シルビアが決闘裁判を起こすと決意を示して、エルゼはすぐさま契約書を出した。
「とりあえず、決闘裁判の書類づくりをしませんといけませんわ」
「あれ? すでに書かれている」
「書くべきところは、私が全部書きました。後は、シルビア様の署名をすれば完成して裁判所にお渡しすれば、あとは裁判の日を待つだけです」
「……って、裁判の日にちは一週間後を予定するって書いてあるんですけど!」
「はい。人間なんてすぐに忘れちゃう生き物です。だからあなたの噂の熱が冷めないうちに、さっさと裁判をやってしまいましょう」
「で、でも、こういうのって……」
「実を言うと、あの事件について私の方でも独自で調査をしました。色々と情報が錯綜していて、それでシルビア様が疑われることになってしまったようです。それが無ければアリサ様の妄言としか思われなかったでしょう」
そう言ってエルゼは「書類に全部、目を通していただいてから著名をしても大丈夫です」と話す。
この書類は簡潔ではあるがシルビアがアリサを突き落とした犯人で無い証拠が、びっしりと書かれている。
シルビアは「ちょっと部屋で読んできます」と言って、屋敷の中に入って行った。
裏口には番犬のジョーとエルゼのみが残った。エルゼはチラッとジョーを見て、触ろうとするがスルッと逃げてしまった。どうやらシルビアしか触らしてくれないらしい。
ジョーと接触したいと思っていたであろうエルゼはちょっとため息をついて、シルビアが来るのを待った。
彼女が戻ってきたのは少し日が傾いてからだった。
「遅くなって申し訳ありません。ちょっと分からない文とかあって、辞書で調べつつ読みました。私の潔白について、ものすごく調べていて、ありがとうございます」
「いえいえ、これは必要な調査と書類です。それから書類より大事なものが……」
「お金ですね」
先立つものに必要な物、お金である。まだ家を出ていないディルア家の扶養されているシルビアにポンっと出せるはずはない。
当然、シルビアは難しそうな顔をする。そしてそれを見越したエルゼは助け舟を出す。
「現金では無くても大丈夫ですよ。高価な物だったら、こちらで換金できます」
「……それで、大丈夫でしょうか?」
エルゼには有能な質屋を知っているので、現金で無くても大丈夫なのだ。そして「お金に関しては、後払いでも結構です」と付け足した。
シルビアにとって、かなり有利な交渉である。だがここまで美味しい話をもたらしたのは、エルゼにもお願いしたいことがあるからだ。
「書類とお金以外ですが、一つだけ私のお願いを聞いてほしいのですが」
「……何でしょうか?」
エルゼはシルビアにお願い事を言う。恐らく難しいお願いをされると思って身構えていたシルビアだったが、エルゼからの願いはとても意外なものだった。
「え? それだけで、よろしいのでしょうか」
「ええ、この裁判が終わったらお願いします」
エルゼの『裁判が終わったら』の言葉にシルビアは再び暗い顔を見せる。そして彼女は「勝てるのでしょうか?」と聞いた。
「もちろん。勝つつもりで挑みます」
「……エルゼ様が戦うのですか?」
シルビアの質問にエルゼは不敵にほほ笑み傍らに持っていた業物である【私】に包まれた袋を外す。業物である【私】を見たシルビアは目を丸くして「それは?」と聞く。
「【刀】と呼ばれる異国の剣です。この剣には精霊のような者がついています」
精霊とは違うが、この国ではそう表現した方が良いかもしれない。
「【刀】の精霊である【助太刀】は仇討の剣と言われ、無情にも親しい者を殺され、真実を訴える弱き者を人の姿に変身して助けると言われています。この剣で我々は戦うつもりです」
エルゼがそう宣言をするが、すぐに「ただ」と話し出した。
「この剣、とある条件を満たさないと抜けないし、もちろん人に変身もしないんです」
「条件って」
「自分が真実であるか、証拠を見せたり訴えたりしないといけないんです」
少々困ったようにエルゼは言った。仕方がない、これが私の力を発揮する条件なのだから。