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エルゼの言葉にシルビアは「え? 決闘裁判、ですか?」と戸惑った。そんな彼女にエルゼは「【白き騎士】と言う物語はご存知でしょうか?」と聞くと、シルビアは不安げに話し出す。
「ええ、知っています。確か王様だった父を失ったお姫様が、父親殺しの疑いをかけられて、それで裁判にかけられる物語ですよね」
「はい。でもお姫様にはアリバイもないし、父親から好きでもない男と結婚させられると言う動機があった。しかし彼女が王様を殺したと言う証拠や目撃者がありませんでした。そこで訴えを起こした公爵家の当主に決闘裁判を起こされました」
お姫様にはアリバイは無いがやったと言う証拠も出ていない。それなのに王様に好きでもない男(ちなみに公爵家の次男)と結婚させられるからと言う理由で彼女は王様殺しの疑いを持たれたのだ。疑わしき者は罰せよという心情は分かるが、それだけでお姫様が疑われるのはかわいそうだ。
まあ、物語だから文句は言ってはいけない。
「決闘裁判。文字通り一対一で剣を持って戦い、その結果に従って決着させる裁判です」
エルゼは得意げに言うが、シルビアは恐ろしいと言った顔になる。
当然だ。輝かしい物語の中の話しとは言え、決闘と言う事は誰かの血は流れ、癒えない傷を作り、時には命を落とす。
そう、これは命を懸けた裁判なのだ。
「あのエルゼ様。ダグラス様は騎士になる国立学校に通っています。それにかなり強いと噂されています」
「ええ、知っております。学年では一、二位を争う強さらしいですね」
「ご存知なら、彼に決闘を申し込むなど!」
「ご安心ください。シルビア様も私もか弱き女性です。代わりに戦っていただく者を用意いたしますわ」
シルビアがか弱いのは分かるが、エルゼもそれに含まれるかと言えば疑問を私は抱く。決闘裁判を進める女性が弱いわけが無いだろうに。
決闘裁判と言う言葉を聞いて、顔を青くして不安そうになるシルビアにエルゼは言葉を紡ぐ。
「決闘裁判は【神は正しい者に味方をする】と言う信仰によって生み出されました。つまり【決闘の結果は神の審判】になります。あなたがやっていないと言う潔白が本当なら、神はあなたに勝利をもたらしてくれるでしょう」
「もし神がいるとしたら、私はこんな疑いをもたれないでしょう!」
「それはつまり、あなたは婚約者の幼馴染を階段から突き落としたと言う事でしょうか?」
エルゼが畳みかけるようにそう聞くとシルビアは「違います!」と感情的に言った。否定した彼女の眼は苛烈であり、理不尽な状況への怒りがにじみ出ていた。
それをエルゼは受け止めて、静かに語り掛ける。
「私が決闘裁判を勧めたのは、あなたに対する冤罪の噂があまりにも広がっている事です。あなたの婚約者であるダグラス様の領地内で、粗悪品ですがあなたが行った犯行の新聞が出回っており、文字が読めない人のために街中で解説をする者まで出ています」
「……ダグラス様の幼馴染のアリサ様のせいですわ。彼女の家は印刷業をやっていますし、解説する者達も彼女の家の知り合いです」
「なのでまだ事件から一か月も経っていないのに、王都まで噂が広まっております。それからあなたが行っていたと言われるいじめについても……」
「私は、いじめも行っていません」
声を押し殺してシルビアは言う。だが聞いているのはエルゼのみで、世間の人間はそうは思っていない。
まるで質の悪い伝染病のごとく、シルビアのスキャンダルが広まった。本人はやっていないのに、すでに世間の認識ではシルビアは悪役令嬢となっている。しかも最悪な事に新聞では、アリサを階段から突き落とす前からシルビアはいじめを行っていたとも、事細かく書いてあった。それを解説する者達は、アリサを悲劇のヒロインのごとく話して民衆の同情を買い、シルビアに対して怒りを持たせようとしていた。
こんな最悪な伝染病をそのままにして、良くなるわけが無い。
「このままにしておけば、あなたは大罪人みたいに言われるでしょう。いや、すでに言われています。そう言った周囲の人間たちを、一瞬で認識を改めさせないといけないでしょう」
「……それが決闘裁判ですか?」
「そうです。裁判には傍聴する者達が大勢います。彼らの前であなたの潔白を証明させることが出来ます。それから決闘裁判とは【神の審判】と言われています。国の裁判所の書類にあなたが潔白であることが記されます。もしアリサ様がこれを不服と思って、更に非難する新聞を作ったとしても【それは神の審判】を否定することになります。非難されるのはアリサ様です」
「……」
「決闘裁判は【すべての人は自分の証明しようとする真実は剣を持って守り、甘んじてこの裁きを受ける用意を持つべきである】とされています。つまりあなたも自分の無罪を証明するために戦う事が出来ます」
エルゼの解説にシルビアは「でもそれは勝たなければ意味がない事でしょう」と言う。彼女の表情は、こんなに大事にしたくない、もし負けたら、などの不安がにじみ出る。
そんな彼女にエルゼは冷たい口調で言う。
「シルビア様。大変厳しい事を言いますが、この世にあなたを救ってくれる素敵な王子様や殿方は現れません。ずっとこの屋敷に居続けて待っても何にもなりません」
「……」
「それから噂では、ディルア家の当主、つまりシルビア様のお父様があなたを勘当すると言っているらしいじゃないですか。あなたは勘当宣言を聞くまで、この家で待つのですか?」
挑発的な言葉にシルビアはパッと顔を上げる。
そして微笑むエルゼに言った。
「やります。決闘裁判、起こします!」