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 穏やかな丘にまだ青々とした小麦畑が広がっていた。そしてその向こうにはレンガ調の大きな屋敷が見える。それを見ながらエルゼは「さて、どうしましょうか」と呟いた。

 全く困っている様子は無いエルゼは後ろを振り返った。するとさっきエルゼが歩いてきた道を中年の女性がこちらに向かって歩いていた。


「あら、ちょうどいいわ。あの人に頼みましょう」


 早速、エルゼは中年女性に向かって歩き出した。エルゼは普通の女性より、かなり健脚だ。マイペースにスタスタと歩いて、すぐに女性と鉢合わせた。


「すみません。あそこの小高い丘にあるディルア様の屋敷にお仕えしている方でしょうか?」


 優雅な笑みを浮かべながらエルゼは屋敷に向かう中年女性に声をかける。声をかけられた女性は驚きと警戒を見せながら「そうですが、どなたですか?」と聞いた。


「決闘令嬢と申します」

「はあ?」

「失礼しました。実はシルビア様のご友人で、彼女にお話ししたいことがあったんですか……」

「申し訳ございませんが、シルビア様は体調を崩していまして……」


 女性は渋い顔をして言葉を濁した。

エルゼは「そうですか」と言いながら、女性の手に取る。ただの握手ではない。エルゼは彼女の手のひらにお金を乗せたのだ。

 お金が手のひらに置かれ、女性は目を見開く。


「あの件に関しましてシルビア様が体調を崩されていると聞き、私は心を痛めております。何とかこの状況を変えられたらと思っていまして、どうにか彼女とお話ししたいのですが……」

「……メイドたちが出入りする裏口からでしたら、シルビア様をお呼びしてお話しする事なら可能ですが……」


 その話を聞いてエルゼは「ありがとうございます」と言って、手を離す。もちろんお金は女性の手に残して。

 そうしてエルゼは女性の手引きでディルア家の屋敷の裏口まで向かった。




***

 ディルア子爵。この周辺で一番広い小麦畑を持つ貴族だ。華やかな都市部の貴族とは違い、慎ましく保守的な家と社交界ではそう評価されている。

 ただここ最近に起こったスキャンダルでディルア家、特に長女のシルビア嬢に世間の目は注目している。


 女性の手引きでディルア家の屋敷の裏口で待つように言われたエルゼは、辺りの景色を見る。小高い丘に建てられた屋敷だが、ここからだと辺境の領地で金や宝石が取れる鉱山と街が見えた。

 そして屋敷の周りを見回す。田舎特有の牧歌的な雰囲気がある庭だった。放し飼いの鶏が居たり、馬やヤギがいる飼育小屋があり、大型の番犬ものんびりと寝ている。屋敷の庭はとても穏やかなお昼と言った感じだ。

 しかし屋敷内は不気味なくらい静かだった。人の話し声さえも聞こえないくらいに。


「お待たせしました」


 そう言いながら裏口が開き、明るい茶色と黄色い瞳の少女が出てきた。どこにでもいる普通の女の子と言う雰囲気があるが、表情は陰鬱で暗い。

 彼女が出た瞬間、大型の番犬がゆっくり立って少女の方へと来る。そして足元に寄り添うと、少女は「ジョー」と言って頭を撫でる。

 彼女は番犬のジョーを撫でると私の方を見て「どちら様でしょうか?」と話す。


「私の友人と名乗ったようですが、私と初対面ですよね」

「申し訳ございません。どうしてもあなたが置かれている状況を脱する方法を、お話ししたかったもので」


 少女は「はあ」と訝しげに見る。まさに詐欺師を見ている眼だ。


「おっと、自己紹介がまだでしたね。申し遅れました。私はエルゼ、決闘令嬢です」


 真っ赤なドレスの片方の裾を持って、カーテンシーを決めるエルゼ。両手でやらないのは、彼女の左腕には重くて長い業物である【私】を持っているからだ。

 少女は警戒心を持ちつつ「シルビア・ディルアです」と名乗ったが、すでに存じていますとばかりにエルゼは微笑む。


「ところで私、父から外に出してもらえず面会謝絶されております。あなたと会ったことが父にバレたら……」

「でもこの状況を脱したいと思って、ここまで来たんでしょう。シルビア様」


 シルビアは非常に苦い顔をして俯く。そこに畳みかけるようにエルゼは話し出す。


「あなたのスキャンダルを聞きました。婚約者の幼馴染を階段から突き落とした……」

「そんなことしてません!」


 語気を強めてシルビアは否定した。手を強く握り、俯きていた顔はパッと上げてエルゼを睨みつけた。主人であるシルビアの怒りに番犬のジョーは心配そうな顔を見せた。

 一方、エルゼはシルビアの否定の言葉に幽かに笑みを浮かべる。だがシルビアはエルゼの表情に気づかず、堰を切ったように言う。


「それどころか、私はその場に居ませんでした。その日は別の場所にいたのです! それなのに、なぜかダグラス様にアリサ様を突き落としたと断罪され、婚約破棄されて! やっていないと言っても、誰も私を信じてくれません……」

「心中、お察しします」

「……嘘よ。あなたも私を笑いに来たんでしょう」

「いいえ、シルビア様」


 そう言ってエルゼは首を振り、シルビアの手を取った。


「私は言いました。あなたが置かれているこの状況を脱するために来たと」

「……でも、どうやって」


 シルビアの手を離して、【私】である業物を前に出してエルゼは口を開く。


「決闘裁判をしましょう」


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