第8話 赤字な呪い!?
「やはりソフィーの淹れるブレンドはサイッコ~に美味しいのだ!」
喫茶アンタルテでアルバイトを始めて二日目。
特等席に座ったヨルの艷やかな銀髪が朝日になびく。
うん、まるで昨日のデジャブ。
そう、また昨日と同じ光景……。
昨日も。
今日も。
店内にいるお客さんは、ヨル……一人……だけ……。うぉぉん……。
(で、でも、誰も来ないよりは……! 常連さんが出来ただけでも前進だよね!)
前進前進。
自分に言い聞かす。
とはいえ、この三日間でちゃんとしたお客さんはヨル一人だけ。
誰も来ないのも困るが、お客さん一人なのも困る。
しかも、それがこんなロリなヴァンパイアじゃ、喫茶店っていうより保育所だよ……。
焦る僕の気も知らず、ヨルは朝の窓辺の席で美少女オーラ満点でにこにこと微笑んでいる。
さて。
ここで僕たちの今の生活状況を確認しよう。
まず、僕たちの寝床は店の地下にある備蓄庫なんだ。
ソフィーがこの物件を購入してから全くの手つかずだったらしく、いたるところに蜘蛛の巣が。
僕とニャモは最低限の掃除だけして寝床を確保し、そこに毛布を敷いて寝泊まりをしている。
それから、食事は店のまかない。
まかないと言っても、料理の出来ないソフィーの用意してたもの。
焼くだけのパンとか、盛り付けるだけのベーコンとかサラダとか。
料理オンチなソフィーらしく調味料はなし。
それでも宿無し文無しな僕らにはありがたい。
そんな食住環境で、僕たちはアルバイト二日目を迎えていた。
(この調子じゃ給料も出ないし、閉店を考えてても当然か……)
僕らの給料が出ないのはまだいいとしても。
閉店。
閉店は困る。
閉店になった場合、借金を抱えるソフィーがどこかに売り飛ばされるらしい。
それだけは避けたい。
僕たちの恩人とも言えるソフィーだ。
なんとか助けなきゃ。
そのためにも、お店を流行らせて……。
その前に、せめて経営を黒字に……。
ぶつぶつぶつ……。
そんな僕のシクシクとした胃の痛みなど知る由もなく、アンタルテ唯一の常連客のヨルは、ご機嫌で椅子から浮いた足をぷらぷらと揺らしている。
「にゃ! ヨルは本当にソフィーのコーヒーが好きなのにゃ!」
「うん、好きなのだ! それに、ここはコーヒーだけではなく全てが最高なのだ! 細かいところまで掃除の行き届いた清潔な店内! 緑あふれる気持ちのいい空間! それに気の利くイケメン店員に、かわいい猫ちゃんロボ! 最高なのだ~!」
はて? イケメン店員とは?
そう思ってると、ヨルが言っちゃいけないことを胸を張って言い切った。
「そしてなにより! このお店はいつ来ても誰もいなくて貸し切り状態なところが最高なのだ~~~!」
シ~ン……。
ヨル……それ、絶妙に地雷だから……特に今この店内では……。
「……あれ? どうしたのだ? 褒めているのになんでそんなに静まり返っているのだ? もしかして、みんなシャイなのだ?」
そっか……ヨル、子供だもんね。
わかんないよね、経営のこととか……。
「あのね、ヨル? このままずっと貸し切り状態だと、お店潰れちゃうんだよ……」
「ええぇ!? なんでなのだ!? こんなに美味しくて空いてて最高なお店が、なんで潰れてしまうのだ!?」
「空いてると赤字で潰れちゃうんだ……」
「赤字!? 何なのだ、それは!? 呪いとかなのだ!?」
呪いって。
ま、僕らはお金という呪いに縛られた奴隷なのかも。
「ははっ……お金の呪い、だね。呪いを解くには、毎日三十人くらいはお客さん来てくれないと解呪できないんだ……(遠い目)」
「! なんということなのだ……! そんな手強い呪いが……!? 我が毎日来るとしても、あと二十九人……! うぬぬ……さっそくそこらを歩いてる人間をひっ捕まえてくるのだ!」
「そんなことしたら今すぐお店潰れちゃうよ」
「ぐぬぬ……! なんて手強い呪いなのだ……!」
「そう、超手強い呪いなんだよ……(超遠い目)」
ダンッ!
ヨルが細い腕をテーブルにつくと、その反動でコーヒーカップが宙に浮いた。
ニャモがくるりと宙を舞って胴体の仕切りにカップをキャッチ。
「にゃっ!」(すちゃっ!)
「おお、すごいな!」
「まぁ~! ニャモちゃん身軽ね~!」
「にゃはは~! この程度なら朝飯前ですのにゃ~!」
盛り上がる僕らだったけど、相変わらずヨルの顔は真っ青なまま。
「ダメなのだ……! せっかく見つけた我の癒しの場所を潰してしまってはダメなのだ……! 御主人様! 早く客を増やすのだ! 呪いを解呪するのだ~!」
涙目のヨルが僕にすがりついてくる。
(うん……僕たちの中でこの子が一番危機感を持っているな……)
「どうしたらいいのだ!? いくら我でも二十九人分に分裂は出来ないのだ!」
え、ヨルって分裂できるの?
ヴァンパイアすごい。
けど、まぁ今は関係ないからスルーしよう。
「そうだね……。お店を潰さないためには、【宣伝を頑張る】とかが大事かな。コーヒーの味は抜群なんだから、飲んでさえもらえればお客さんは増えるはずなんだ」
「う、うむっ! そうなのだ! ソフィーのコーヒーは最高なのだ! でも、宣伝ってどうすればいいのだ……!?」
「う~ん、そういえば宣伝ってしたことなかったわね~」
なかったらしい。
とはいえこの世界で宣伝とは?
テレビCMとかもウェブ広告もない。
即効性はないけど、チラシ配りとか?
う~ん。
あっ、そうだ。
ニャモ。
こんな時はニャモに聞いてみるとしよう。
「ニャモ? ここで宣伝するにはどんな方法がいいと思う?」
「にゃ。しばしお待ちをにゃ」
ニャモの頭の上に浮かんだピンクの霧が計算機を形づくる。
「計算中。計算中。計算中。計算中。計算中。計算中。計算中」
ニャモの顔に計算中の文字が流れ、カタカタと計算機が回る。
「ぴこ~ん! 出ましたにゃ! ニャモがご提案しますにゃ! 今回の有効な宣伝方法は【コーヒーの無料試飲キャンペーン】ですにゃ!」
「試飲……って、あのオシャレなコーヒー屋『イカルディ』の店頭で配ってるみたいな?」
「その通りですにゃ! さすが御主人様、飲み込みが早いですにゃ!」
「御主人様! 早く……! 早くその【むりょ~しいんきゃんぺ~ん】とやらをして呪いを解くのだっ!」
必死にヨルが訴えかけてくる。
「うん、わかったからヨル、大丈夫だよ」
ヨルの柔らかな銀髪をそっと撫でる。
無料試飲。
ふむ、たしかによさそうだ。
うん、この世界の人もソフィーのコーヒーを一度飲めば美味さに気づくはずだもんね!
よ~し、待ってろ! 異世界の人たち!
無料試飲キャンペーン! そしてお客さんゲットで黒字化だ!