第7話 一人目の常連客
「ブレンドで!」
窓際の特等席で笑顔を見せるのは、銀髪ロリなヴァンパイア。
高級なシルクのような美しいツインテールが朝日を照らす。
喫茶アンタルテでアルバイトを始めて二日目。
開店と同時にやって来た昨日のロリ美少女。
あれだけ「(なかなか来れないだろうけど)必ずいつかまた来る……!」みたいな帰り方していったのに、めっちゃ早かった……また来るの。
その大きな目をキラキラと輝かせた少女は、提供されたコーヒーの香りをくんくん嗅ぐとカップに可憐な唇をゆっくりと近づける。
ぷるぷると潤いに満ちた上下の唇がカップの縁を挟み込む。
こくんっ。
と、一口。
液体が細い喉を伝い、ゆっくりと。
喉奥へと下りていく。
……間。
少女は長いまつ毛を携えた瞳をうっとりと閉じる。
白磁のような頬に「ほぅ」と赤みが射す。
「ぷはぁ~~~~~……」
少女は数度小さく頷いたあと、恍惚の表情で感嘆の声を漏らす。
「うみゃい、うみゃい……! 美味いなのだ~……! 香りは芳醇、酸味と苦味のバランスが絶妙っ! あぁ……もう……我は今ここで死んだとしても一片の悔いなしなのだぁ~!」
脱力した少女は、だら~んと椅子で脱力してる。
「マスターを……呼んでくださいなのだ……」
とろけた顔の少女が告げる。
「はぁ~い! 私がマスターのソフィーでぇ~す!」
【接客レベルZZZ(僕認定)】なソフィーが、色んなものにぶつかり、蹴っ飛ばしながら騒々しくフロアへとやってきた。
「おぉ……! あなたがあの見事なブレンドを淹れたマスター!」
ロリの目は、大物スターを前にしたような目つきでキラキラ輝いている。
「はぁ~い、そうです~。ソフィーと申します~」
少女はスチャと椅子から飛び降りると、ソフィーに向って社交界の挨拶のような挨拶をした。
「我は【宵闇の君】──『ヨルディラ・ルーシェ・アルフォンス』と申すのだ! 誇り高きヴァンパイア一族の末裔なのだ! 此度は、我が人生最後の思い出にと、コーヒーマニアの間で評判の高いこちらにお伺いしたのだ! 噂に違わぬ素晴らしい一品だったのだ! これでもう、我は思い残すことなく逝けるのだ! 感謝感激雨あられなのだ!」
「ちょちょ……ちょっと~? え~っと……ヨルディラ……ちゃん?」
「『ヨル』と呼んでくれて構わないのだ!」
「ヨルちゃん? コーヒーを美味しいって言ってくれるのは嬉しいんだけど、えっ? 人生最後の思い出とか、思い残すことなく逝けるとか……え~? ちょっと~?」
さすがのソフィーもそこに引っかかったらしい。
「たしかにちょっと尋常じゃないな」
「にゃ、お店も暇ですにゃし、ニャモたちに事情を話をしてみてはいかがですかにゃ?」
少女──ヨルは小さく息をくと、消え入りそうなくらいしょぼんと背中を丸めて話し出した。
「実は……魔界は今、存亡の危機に瀕しているのだ……」
「魔界が存亡の危機?」
魔界──とかあるんだ、この世界。
「うむ……。魔王様の力が衰え、魔界全体を支えていた魔力がどんどん減少しているのだ。かつて栄華を誇ったヴァンパイア一族も我を残して……」
この世界での絶滅危惧種みたいな感じなのか……。
昼間の喫茶店。
明るい雰囲気に不似合いな重い空気が流れる。
「え~っと……じゃあ逆にヨルちゃんはどうして生き残ったのかしら~?」
「我は一族で一番幼く、魔力が低かったので影響を受けるのが一番最後だったのだ……。それに──」
ヨルが、漆黒のワンピースの胸元から真っ赤なペンダントを取り出す。
「この『タンテファトラ』──我がアルフォデス家に伝わる秘宝なのだ。この中には長年かけて蓄えられていた魔力があるのだ。このおかげで我は人間界まで逃げてこられたのだ……。でも、その魔力も尽きかけているのだ……」
ヨルが細い肩を力なく落とす。
「我はもうすぐ消える運命なのだ……。だから、せめて最後の思い出としてここでコーヒーを飲みたかったのだ……」
沈痛な空気が店内を覆う。
けどさ……?
「消える運命ってわりにはさ……ヨル? ずいぶん元気そうだけど」
ヨルは「ハッ!」とした表情を浮かべる。
「そ、そうなのだ……! 昨日、ここに来た時は疲れ果てていつ消えてもおかしくない状態だったのだ……! でも今はなんだか……元気なのだ……」
ソフィーが調子っぱずれな声をあげる。
「あら~! もしかしてうちのコーヒーが効いたとか~? ほら、なんかすごいヒーリーング効果があるとか~!?」
「それはないにゃ。成分を分析した結果、特殊な成分は検出されなかったですにゃ。マスターのコーヒーは、ただの美味しいコーヒーですにゃ」
「そっかぁ~。ざぁ~んねん」
ニャモの分析結果を素直に受け入れるソフィー。
この人もたいがい天然だな……。
「でも、じゃあなんで回復してるんだ?」
「簡単にゃ! 御主人様ですにゃ!」
「え、僕?」
「そうですにゃ! 御主人様に近づけば近づくほど、魔力が回復しますにゃ! ニャモがこんなに色々出来るようになったのは、毎日御主人様がニャモに会いに来てくれていたからですにゃ!」
…………はい?
ん? 僕が日本でニャモのいるファミレスに通ってたから、ニャモがこんなオーバーテクノロジーな存在になっちゃった……ってこと? はい?
ヨルが馬鹿にしたような表情で僕に近づいてくる。
「ははっ……この人間はたしかに素晴らしい接客力と胆力を備えているのだ。とは言え、どう見てもただの人間なのだ。魔力が回復? そんなことがあるわけがないのだ。たかが人間ごとき……に……!?」
ヨルの顔に困惑の色が浮かぶ。
「ち……力が湧き出してくるのだ!」
えぇぇ……?
「おぉ……なんということなのだ……! 我だけではなく、この秘宝『タンテファトラ』にまで魔力が貯蔵されているのだ……!」
「にゃ! 御主人様に近づけばもっとハイペースで貯蔵されますにゃ!」
「! なるほど……なのだ! ぐふふ……もっと……もっと近づいて、もっといっぱい貯蔵~~~! なのだ~~~!」
きら~ん☆ 目を輝かせた銀髪の美少女ヨルが飛びついてくる。
「うわぁ~~~! ちょっとやめて! ふとももに体を押し付けないでって~~~!」
「ふふふ……感じるのだ……! 体の奥底から湧き上がってくるフレッシュかつブラッドな魔力を……! 決めたのだ……我は毎日このお店に来て御主人様から魔力を分けてもらうのだ!」
「ちょっと!? 誰が御主人様だって!?」
「貴殿に決まってるのだ! これからは客と店員、御主人様と下僕としてよろしく頼むのだ~!」
「まぁ! うちのお店初めての常連さんね! 嬉しいわぁ~!」
「ソフィーさ~ん!?」
「にゃにゃ!? 御主人様に仕える下僕ですとにゃ!?」
こうして、喫茶『アンタルテ』に初の常連客──僕のことを「御主人様」と呼ぶ、銀髪ロリ少女ヴァンパイア「ヨル」が誕生したのだった。