第6話 お客さんがヴァンパイア
汗。汗。だらだら。
心音ドドドドドド!
「ソソソ、ソフィーさん……!」
客席の吸血鬼から漂ってくる殺気を背中に感じながら、キッチンのソフィーに声をかける。
「はぁ~い、どうしたの~?」
相変わらずの、のんびりとした声。
全身に張ってた力がふっと抜ける。
ソフィーが空気が読めない感じで助かった……。
ちょっとだけ感謝。
「ふぅ……。いや、なんかお客さんが独特で、どう接客すればいいか……」
「え~? お客さんなんだから普通にしてればいいんじゃな~い?」
「いや、普通って……」
言われて思い出す。
ソフィーの普通は普通じゃないことを。
(でも……冷や汗おさまってる……)
そうだ。
この世界にはヴァンパイアがいる。
けど、あの人もコーヒーを飲みに来た、ただのお客さんなんじゃないか……?
なら……。
「ニャモ、僕はあの人を接客しようと思う」
「にゃにゃ、御主人様!? アイツは危険度SSSですにゃ! 今からニャモが灰も残らず滅殺してきますにゃ!」
「やめて。平和にいこう」
「でも御主人様を危険な目に遭わせるわけには……」
「はい、じゃあここでニャモに質問。プロの接客ってのは何だと思う?」
「にゃ? プロの接客ですかにゃ? それは、お客様がなにを求めて来店しているのかを察し、さり気なく提供することだと思いますにゃ!」
「うん。じゃあ、あのお客さんは『何』を求めてると思う?」
「にゃ……? 人間の血……ではなくて、ハッ……もしかして……」
「そうだよね。コーヒー。コーヒーを飲みに来たんだ。だから、ちゃんと接客してくるから安心して待ってて」
「わ、わかりましたですにゃ……! でも、万が一に備えてニャモはここで滅殺の準備を……」
「ニャモ? ここは喫茶店で、あの人はコーヒーを飲みに来たお客さんだよ? プロの接客する人が滅殺の準備するかな?」
「うにゃ……」
シュンとするニャモ。
僕はこほんっと咳払いを一つ、客席へと向かった。
「……」
男は頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めている。
「……なにか?」
全てを拒絶するかのような昏い真紅の瞳が向けられる。
「以前にも、うちに来られたことが?」
「いや、初めてだが」
刺すような男の言葉。
う……でも、めげないぞ。
「この店のことは、どちらで?」
「……口コミでな。静かで美味いコーヒーがあると」
なるほど。
やっぱりこの人はコーヒーを飲みに来た、ただのお客さんなんだ。
「キミは……我が怖くないのか?」
ほんの少しだけ男の口調に困惑の色の浮かぶ。
強面の男だ。
きっとこんな風に人間から話しかけられたことなどないのだろう。
「……ええ。僕はこのお店の従業員で、あなたはここにコーヒーを飲みに来られたお客様です。一体なにを怖がれと?」
「……」
男の眉がぴくりと跳ねる。
それから。目を見開いたり、口をすぼめたり。
老紳士らしからぬ豊かさで表情がくるくると変化した。
「キミは……変わってるな」
「そうでしょうか? ただの喫茶店の従業員です」
「ふっ、そういうことにしておこう」
男との話が一段階した時、ニャモが配膳スペースにコーヒーを乗せてやってきた。
「失礼しますにゃ~! こちらブレンドにゃ! 横から失礼しますにゃ~!」
ニャモのトレーがウィ~ンと伸び、器用にカップを男の前に提供する。
カップからキレのある香りが立ち上る。
少し、空気が柔らかくなったような気がした。
男の目がわずかに細まる。
そして、男はゆっくりとカップを口に運ぶと──。
「……美味い」
しみじみと漏らした。
(よっしゃ!)
僕は心のなかでガッツポーズ!
ああ~、この言葉を聞くのがきっと喫茶店従業員の醍醐味なんだろうなぁ!
めちゃ充実!
と思っていると、
「……え? ……あれ?」
ぐびぐびと美味しそうにコーヒーを口に運ぶ男の姿が……。
どんどんと小さくなって……。
え……?
「美味いのだ! おかわりなのだっ!」
ロリ。
ロリになった。
どこからどう見てもロリとしか言いようのない銀髪の少女になっていた。
「あわわわ! コーヒーが美味しすぎて魔力が保てなくなっちゃったのだ……!」
その銀髪、紅瞳のロリ美少女は、頭を抱えて「あわわ」と青ざめる。
「えと……それが本性?」
「うにゅぅ……なのだ」
うつむいた少女のほっぺたが、タコみたいに赤く染まる。
「あっ、泣かないで! え~っと……あっ、どうだった? うちのコーヒー? 美味しかった?」
こくり。
顔が首に埋まるんじゃないかと思うほど深く頷いた彼女は、「お、お代ここにおいとくのだ! た、足りるのだ……?」と小銭をテーブルの上に置いた。
「ひーふーみー……うん、足りているよ」
通貨は事前にソフィーに教えてもらっていたからバッチリ。
「そ、そうか……! では、邪魔をしたのだ! 我は忙しい身なのでこんなところで時間を食ってる暇はないのだ!」
さっきは静かな場所が好きとか言ってたくせに……。
「また、お越しください」
ドアの方に駆けていく少女に声をかける。
少女はおどおどと振り向くと「ほんとに……また来ていいのだ?」と尋ねた。
「ええ、ぜひお待ちしています」
少女の顔が、ぱあああああああ! と輝かく。
「う、うんっ! 絶対にまた来るのだ! わ、我は忙しいからそんな頻繁には来れないけど、必ず、必ずまた来る……来てやってもいいのだ~!」
そう言って少女はルンルンと飛び跳ねながら帰っていった。
「ふぅ……」
僕は振り向いてニャモとソフィーに「グー」の親指。
「にゃ! 御主人様、見事な接客だったにゃ!」
「ツカサくん、さすがね~!」
二人がべた褒めしてくれる。
うん、頑張った甲斐があったというものだ。
こうして、僕とニャモのアルバイト初日は無事順調なスタートを切った。