第3話 喫茶『アンタルテ』
僕たちの目の前にあるのは、年季の入ったレンガ造りの建物。
喫茶『アンタルテ』
看板には「喫茶アンタルテ」そう書かれている。
それと、妙にかわいらしいタッチの猫のイラスト。
荒廃したスラムに咲く一輪の花……というか。
明らかに浮いてる。
浮きすぎ。
異様。
逆に怖い。
「ニャモ……? 大丈夫だよね……?」
「大丈夫と推察しますにゃ! 看板にも『喫茶』と書いてありますにゃ!」
「うん、たしかに。……っていうか、あれ? 僕、文字読める……?」
「はいにゃ! 現地言語と文字を解析し、御主人様の脳にアプリをインストールしましたにゃ!」
「え……脳にインストールとか怖いんだけど……。やめて……」
「はいにゃ! 今後は御主人様の脳に勝手にアプリをインストールするのはやめますにゃ!」
「いやマジで。ほんとに。二度としないで。脳とか一番デリケートな部分だから」
「はいにゃ!」
まぁ、なんにしろ文字を読めるのは助かる。
こう見えても本の虫。
流し見だったとはいえ、毎日ファミレスで本を読んで過ごしてたからね。
どこかこっちにも図書館みたいなところがあれば、こっちの世界のこともよくわかりそう。
さて、とりあえず喫茶店には着いた。
じゃあコーヒーだ。
コーヒーを飲もう。
この世界のお金は一円も持ってないけど仕方ないよね。
だってコーヒーを飲んで落ち着かないことには、この先のこと何も考えられないんだもん。
喫茶店に入ろうと意気揚々とドアに近づく。
と、その横に貼られているボロボロの紙が目に入った。
『アルバイト募集中。年齢、種族、種族、犯罪歴問わず。本格コーヒーが自慢のお店です。時給応相談』
可愛らしい丸文字。
ここにも猫ちゃんのイラストが描かれている。
女の店主さんなのかな? こんなスラムで?
あと、猫のイラスト描いてあるけど、猫が好きだったりするんだろうか。
にしても「犯罪歴問わず」のワードがちょっと怖い。
どうしよう、ここが「ゲーム喫茶」を謳いながら実は「違法カジノ」だったりする日本のあれみたいな感じだったら……。
ドアへと続く階段を上がるのを躊躇してると、ニャモがキャタピラをカタカタと鳴らして階段を上っていった。
「ちょ……ニャモっ!?」
「御主人様、入りますにゃ~」
カランコロンカラーン。
どうやってあの配膳ロボボディーでドアを開けたのか。
ともかく。
ベルの音がするドアの奥へと目をやる。
と、同時にコーヒーのいい香りが漂ってくる。
外界の荒み具合とは全く違う。
ほんわかとした心地のよい空気が、部屋中を包んでいる。
「ここ……本当に……喫茶店……?」
毎日コーヒーを飲みに(ファミレスに)通っていた僕にはわかる。
この雰囲気は、間違いなく本物の喫茶店。
と、店の奥から間の抜けた声が聞こえてきた。
「ほぇ~~~? うそでしょ!? お、お客様……!? え、ちょっとやだぁ~~~!」
店の奥から姿を現したのは、ふんわりパーマのロングヘアー美女。
その手には、かじりかけのフランスパンが一本丸ごと握られている。
「あの~、お店の方ですか?」
僕は、その虫も殺さなさそうなお姉さんに尋ねる。
「ひゃいっ! て……店主のモニカでしゅ!(声が裏返る) ってちょっと、えぇぇ? 本当にお客さんなの~? うそ~、どうしようかしら~、全然準備できてないんだけど~~~」
どうやらこの美人さんは店主らしい。
けど、フランスパン片手に右往左往してる彼女の姿からは明らかに「無能」な感じ──とほほ感が漂っている。
「もし開店してるんだったら、コーヒーを一杯飲ませてもらいたいんですが」
途端にモニカの顔が輝く。
「──コーヒー!? コーヒーが飲みたいの!?」
「え? えぇ……。ここ、喫茶店ですよね? 喫茶『アンタルテ』」
「きゃ~~~~! 何日かぶりのお客さんなの~~~! やったわ~! 私、腕によりをかけてコーヒー淹れちゃうわね~!」
何日かぶりのお客……。
え、大丈夫なのか、ここ……?
隣のニャモの顔を見ると「๑•̀ㅁ•́ ฅ」と、なんとも言えない顔をしていた。