098 私だけの王子さま
校舎裏は、時が止まったかのようだった。
覗き見ていた生徒たちはもちろんのこと、喧嘩していたシコでさえも、固唾をのんでその顛末を見守っていた。
ぴう、と風が二人の間を吹き抜ける。
イスカの手がわずかに揺れる。
セキレイがそれを見た。再び顔へ視線を戻す。
そして小さく首を振って。
「――――――――!?」
ばふ、とイスカを抱きしめた。
――――――一瞬の間があって。
「「…………ヒィャアアァ!!!!」」
どっ上がる黄色い歓声。
悲鳴を上げる男子、真っ赤に顔を染めて飛び上がる女子、他にもたくさんの生徒たちが、思い思いの感情を空へと放つ。
けれども彼らの声は、二人には全く聞こえていなかった。
……私も――私もすき。……大好き。
――――離れないで。ずっと私の隣にいて。
耳元の囁きが、硬直を溶かしていく。
伸ばしたままだった右手が、ぴくりと動く。
うん、と頷いて、イスカはその手をそっと背中に添えた。
両想いだったことへの嬉しさと驚き、そして溢れるほどの愛おしさ。いろんな想いが胸の中で広がって、思わず腕に力がこもる。
応えるようにぎゅっと抱き寄せられて、まるで二つの心臓がくっついてしまったかのような。
冬空の下だというのに、身体は熱くなる一方で。
二人は、のぼせる直前までくっついたままだった。
噂は実に、数週間続いた。
王子こと大吉キリが呼んだ担任のおかげで、強制解散になった告白の後。
その場にいた生徒たちは誰彼構わず話を広め、上級生どころか教師陣、はたまた学校長まで伝わってしまい、全校集会のネタで触れられるまでに至った。
噂は尾ヒレが付いてさらに広まり、二人は幼馴染だったのだとか、王子が力ずくで迫っただの逆婚約破棄だの、根も葉もない噂が流れ始め収集が付かなくなる事態にまで発展してしまう。
今更ながら危機感を覚えた担任による、
「――――原因のお前たちがなんとかしなさい」
との一言により、イスカとセキレイは休み時間に全クラスを回り誤解を解く羽目になってしまった。
なかなか漢気がついてきたじゃねえか、とティトには感心されたが、イスカは全く嬉しくない。
なぜなら、この公開処刑で二人の顔と仲が学校中に知れ渡り、全校生徒公認の名物カップルとして認知されてしまったからである。
「やっぱ簡単には収まらないかー。人気者だね、お二人さん!」
「カップルなんて珍しくもないのに……みんな物好きね」
お昼休み、食堂へ向かう五人にちらちらと視線が向けられていた。
先頭はエナ、その後ろにティトとカラ。イスカとセキレイは最後尾を並んで歩いている。
「――僕たち、そんなに気を引くのかな……?」
イスカがきょろきょろ、周りを見回す。
目が合う生徒はいない。けれど首を動かしたらすぐに、視界の外からちくりと視線が突き刺さる。
正直、気が散って仕方がない。
落ち着いて、隣を歩く天乃さんに集中したい。
そうだよ、天乃さんで頭をいっぱいにしたいのに……!
「目が合わないなら見られていない、そう思いましょ」
対してセキレイのほうは余裕があるようだった。
いつものように微笑みを浮かべ、気にすることはないとばかりに颯爽と歩みを進めていく。
けれどイスカは気付いてしまう。
普段は真っ白な耳が、ほんのり赤く染まっていることに。
(――かわいいな……本当に)
口元がむずむずしてくる。
ほんわかした感情にどうにも収まりがつかなくなって、隣でぷらぷら揺れていた手をすっと握った。
白髪が不意打ちでかくんとなる。
(……もう、下地くんっ! ひとまえ!)
きょろきょろ周りを気にして、セキレイがこそりと文句を言う。
繫いだ手を体の影に隠す彼女に、イスカも笑って囁いた。
(天乃さんもやっぱり、恥ずかしい?)
(……あ。へえ、そういうこと。からかってるのね? いいわ、それなら私にも考えがあるから)
セキレイの表情に余裕が戻る。
反応を待たず、イスカの手にくるりと指を絡ませる。
不意打ちの恋人繋ぎ。
思わず背筋を伸ばすイスカを、ぎゅっと引き寄せて――。
(……そろそろ私のこと――セキレイのこと、名前で呼んでよ)
(――――っ…………!)
――真っ赤になった大好きな彼氏に、かわいい、と微笑んだ。
次回はいよいよ最終回です。
お楽しみに……!




