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087 久しぶりのエアライン

 日曜日、夕日に染まったアスファルト。

 長い影を伸ばし、キャメルイエローの機体が出発を待っていた。

 エンジンカウルに背を預け、空を見上げるイスカ。

 平日ならば、ちょうど学校から帰ってくる時間帯だ。背中に感じるジュラルミンも、ひと仕事終えて熱くなっている頃。

 一人、飛行場から家までの短い距離を歩く間に広がる空の色だった。


 ……でも、今日は逆だ。


 これから学校のほうへ飛び立つ訳だし、火を入れていないエンジンは北風にぴりりと冷やされている。

 なにより、数週間ぶりにセキレイと飛ぶという事実が、イスカをそわそわさせていた。


 ――――そしてしばらくの後。


「――――おまたせ」


 こつこつと近づいてきた足音が止み、そっと声がかけられる。

 閉じていた目を開けて、イスカは顔を上げた。

 笑いかけようとした顔が、ぴた、と固まる。


 ――――天使がそこにいた。


 (……いや何を思ってるんだ僕は)


 あわてて頬を叩いたイスカを、心配そうに覗き込むセキレイ。

 片手で制して、あらためて笑顔を作る。


「――もしかして、どこか変かしら……」


「そんなことないよすごく似合ってる!」


「そ、そう? ならよかったけれど……」


 食い気味に褒められ、照れるセキレイ。

 白い頬に赤みがさして、ああよかった人間だ、なんておかしなことを思うイスカ。


 実際好きな人補正を抜きにしても、今日のセキレイは天上人じみた装いだった。


 もともとの白い髪の上、ちょこんと白のベレー帽。

 青の瞳が目立つ色白の顔、その下を白のロングコートが引き締めている。そこから覗くブーツは焦げ茶の軍もので、わずかな背徳感と安定感をプラスしていた。


 つまり、ほとんど真っ白なのだ。

 それでいて奇抜さは全く感じさせず、上品さと可愛らしさを備えているとくれば、天使という感想を持ってしまうのも無理はないだろう。


「……じゃあ行こうか」


「ええ。よろしくね」


 ――ふわりと浮かんだ微笑みは、さながら天使のようであった。

 





 紅の空が少しずつ、紫色へと変わってゆく。

 夜の帳を追いかけるように、ストルクⅡはプロペラを唸らせ飛んでいた。

 

 十年ほど前までは、夜間飛行は特別な訓練を必要とする難しいものであった。

 空軍のパイロットですら苦手な者がいたり、感覚を誤って事故を起こしてしまう者も少なくなかった。

 それこそイスカのような一介の学生には荷が重い、高度な技術だったのだ。


 だが戦争が終わり、自家用機での移動が当たり前になった現在では、それはもう昔の話。

 軍人にならいざ知らず、一般人にも腕前を求めていては、いつまで経っても飛行機は普及しない。

 そのため熟練の腕が要求される操作のほとんどは、自動管制装置をはじめとした機械がカバーすることになった。

 夜間飛行も例に漏れず、高度計と航法装置が連動した自動操縦システムがその役目を担っている。

 

 万が一のために操縦桿から手は離さず、しかし操縦は機械に任せているのでそこまで集中しなくてもよい。

 イスカの意識は、ほとんど後ろへ向いていた。


 帽子を膝の上に載せて、セキレイは座っていた。

 くるりと視線を一周させて、ヘッドレストにこんこんと軽く頭を当てて、ほぅっと息を吐いた。


「……なんでかしら、戻ってきたって感じがする……」


 下地くんの飛行機なのにね、と恥ずかしそうに笑う。

 そういえば、天乃さんの飛行機はどうだった? とイスカは聞いてみた。


「――ちゃんと直ってたわよ。それになんだか、壊れる前より静かな気がするの。多分このエンジン音に慣れちゃったのね」


 セキレイは機体を軽く撫でた。

 ほんと、静かでね。周りに何もないと思うくらい。

 私だけしかいない世界、みたいで。


「……一人で飛ぶのが寂しいなんて、初めて思ったわ」


 ――――僕と同じだ。


「だから今日、また下地くんと一緒に飛べるんだって楽しみにしてたの。私やっぱり、この空間が好きだから」


 ――――それはよかった、とかろうじて言葉を紡ぐイスカ。

 ……よかった、本当に。嫌われていなくて。

 ほっとして、しかも同じようなことを思ってくれていたと知って、嬉しかった。

 バックミラーを見上げた顔は、勝手に口の端が持ち上がっていて、慌ててきゅっと引き締める。


 寒空を飛んでいるはずなのに、胸がポットのように暖かい。それも沸騰しているやつみたいに。

 ぽこぽこと底から、気持ちが次々と。

 溢れそうに。


 ……どう動くのが正しいのか、ずっと迷っていた。

 ギクシャクを解決しなきゃ、と悩んでいた。


 けれど、多分正しいとかじゃないんだ。

 頭でどうにかするものじゃなかったんだ。

 

「……大丈夫? 具合悪い……?」


 ずっと黙っちゃって……、と心配そうなセキレイがバックミラーに映る。

 白一色の中から真っすぐこちらを向いている、透き通った青。優しく大人びた色をしていて、けれど少し子供っぽさを感じる瞳。

 好きになった、明るい光。

 大丈夫だよ、と答えて、イスカは心を決めた。


 ――――今日、想いを伝えよう。

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