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084 天乃さんと唐突な終わり

 週末の四一区飛行場。

 滑走路には、巨大な機体が駐機していた。

 ずんぐりとした胴体から伸びる分厚い主翼、取り付けられたエンジンは四基。

 重爆撃機のようにも見えるが、それにしては胴体が異常に太っている。

 前から見るとウシガエルのようだ。


「――航空機運搬用特殊輸送機『ゴライアス』。私も初めて見た……!」


 その大きさに言葉を失っていたイスカに、セキレイが教えてくれた。さらに、言葉を連ねる。


 ――私の飛行機ね、故障したのは設計ミスだったんですって。それで直すのに時間がかかったらしいわ。


 ――自力で飛べるのにわざわざこれで運んでくるだなんて、なんだか丁寧すぎてむずむずしちゃうわよね。


 今日のセキレイはよく喋る。

 イスカも合わせるように、声を出した。


「……よく降りられたよね、こんな小さな飛行場に」


「確かにそうね……!」


 機体の横で、整備主任の吾妻とパイロットが打ち合わせをしているのが見えた。頷きあってから、パイロットは機内へ戻る。

 じゃらじゃらと音がして、機首が左右に開き始めた。貨物扉が前にある機体を、イスカは初めて見た。


 ……あそこから機体が引き出されたら、天乃さんとの相乗りは本当に終わるんだ。


 思えば、奇妙な五ヶ月間だった。

 ちょうどこの少し先で、セキレイを助けたことから始まって。

 一緒に学校へ行くことになり、関わりも増えて、友達になって。

 カフェにも行った。

 校外学習では、トラウマから救われた。

 夏休みは海に行って、体育祭でもいろいろあって。

 弱さも、明かしてくれて。


 一生関わることもあるまいと思っていた完璧美少女は、いつの間にか大切な友達になり、初めて恋した人になった。

 そのきっかけになった、二人だけのエアラインが、もうすぐ終わる。


 愛機が戻ってくるのは、天乃さんにとってはいい事。ならばイスカにとっても嬉しいことだ。

 そのはずなのに、なんでこんなに寂しいのだろう。

 わがままな自分が、情けなかった。


 セキレイの声は、さっきから明るい。

 嬉しいのだろう。それならいい。

 同じように寂しがってほしいなんて女々しい気持ちは、さっさと捨てなければ。


 ぴゅうと冷たい風が吹いて、煽られたイスカは横を向いた。

 セキレイの髪がさらりと揺れる。

 

 ――ちらと覗いた青い瞳は、地面を見ていた。


 (……どうしてだろう)


 イスカは不思議に思う。ゴライアスの機首はぱっくり開き、慎重に白亜の機体が運び出されていた。

 これは相当レアな光景だろう。飛行機好きの天乃さんなら、見逃したくないはずなのに。


「やっぱり――」


 小さな呟きが聞こえた。


「……やっぱり、私は悪い人だわ。迷惑ばっかりかけて、なのにまだかけたいだなんて」


「――何を言って……?」


「……あのね、下地くん」


 セキレイがイスカのほうを向く。

 その顔に微笑みはなかった。


「私、これまで下地くんと一緒に飛べて、本当に楽しかった。迷惑かけてるってわかっていても、毎日が楽しみで、下地くんと二人だけの、あの空間が大好きだった。だからようやく迷惑かけずにすむのに、私はまだこれを続けたいって思ってしまっているの」


 イスカは息を呑んだ。

 ――天乃さんも、同じ思いだなんて……。

 セキレイは、でもそれは駄目なのよ、と首を振って続ける。


「――下地くん。今まで、本当にありがとう」


「えっとさ、天乃さん。天乃さんさえいいなら、僕は続けてもいいと思っていて……」


 慌てて言うイスカに、淡く微笑みが向けられた。


「ありがとう。でも、そもそも代機がなかったから下地くんの後ろに乗せてもらった訳で、ずっと続けるなら飛行機を修理する必要もなくなっちゃうでしょう? そうしたら修理してくれた人たちに申し訳ないし、吾妻さんにも怒られちゃう」


「それは…………そうだけど」


「……下地くんと私は友達だもの、これまでと同じよ」


 白い頬に雫がひとつ、するりと流れる。


「――また、学校でもよろしくね」


「――――――うん」


 受取の確認をするらしく、吾妻がセキレイを呼んでいた。

 ぎゅっと強めにイスカの手を握り、名残惜しげに白髪を揺らして、セキレイは踵を返して歩いていった。






 時間は巻き戻り、前日の教室では。


「――――有馬さん、ガルホークの焚き火祭りには行きますか?」


「あー再来週か。いや特に行くつもりは…………まぁ、行ってもいいとは思ってるが」


「――でしたら、いつもの皆で行きません? カラが行きたがっているんです」


「なんだ、てっきり四重からデートに誘われたのかと思ったぜ。もちろんいいぞ」


「ばっ……違いますっ!」


 からかわないでください、とカラがそっぽを向く。

 かはは、とティトは笑ってから、ずいと身を乗り出した。


「――――で、それだけじゃないんだろ? 特に天乃とイスカのこととか」


「……その通りです。やっぱり有馬さんにはわかっていましたか」


「そりゃあ、あからさまにギクシャクしてるからなー。確認だが、喧嘩じゃないんだろ?」


「ええ。軽いすれ違いですけど、なんというか……私とエナがけしかけてしまった面もありまして……」


「だいたい賀島がだろ、想像できるわ」


「……私も同罪です」


「まーそれで、祭りに誘って天乃とイスカを仲直りさせようって訳だな? いいんじゃねえか」


 カラは目を大きくしてティトを見た。

 するり、と黒髪が肩から流れる。


「……有馬さんって、意外と察しがいいのですね。それによく周りを見ている……」


「意外ってなんだ意外って。見直したか?」


「そういうのに疎そうなので」


「――よし、祭りで俺の解像度も上げるとするかね。ついてこいよ、射的でどれが倒れない細工をされてるか、見ただけで当ててやる」


「……もちろん弾も当てられるのですよね?」


「当たり前だろ?」

 

 カラはころころと笑って、楽しみにしています、と微笑んだ。


「――では来週あたりに話を持ちかけるので、その時は援護射撃をよろしくお願いします。下地さんを逃さないように」


「おうよ、任せとけ。天乃はそっちに任せる」

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