079 天乃さんのお家
イスカには馴染みのない道の上には、わずかに夕日の残滓が残っていた。気を抜けば立ち止まってしまうほどの遅いペースで、二人は歩いていく。
言葉のやり取りはなかった。
けれどついさっきとは違って、あまり気にはならない。
セキレイの言葉は、一人になりたくないという意味だ。話さずとも、側にいれば大丈夫だろうとイスカは思った。
ぱちぱちとちらつく街灯の側に、同じようなシルエットの家々が並んでいる。効率重視のシンプルな平屋は、空襲で家を失った国民のために短期間で数を揃えることを目的に設計された「終戦ハウス」と呼ばれるものだ。
冷たい印象を感じさせる硬派なデザインとは対照的に、カーテンの隙間からは暖かい光が漏れていた。
十分ほど歩いて、明かりが漏れていない家の前でセキレイは足を止める。
「……ここ?」
「――ええ。私の家」
「そっか。……もう、落ち着いた?」
――周りはすでに暗い。
正直セキレイが心配ではあるが、それを口実にして家に上がり込むというのは嫌悪感があった。
イスカの問いには答えず、セキレイは鍵を取り出してドアノブを回す。
がとん、と重そうな音ともに、かすかなラベンダーの香りがふわりと香った。
イスカの家も終戦ハウスだが、香りなんてしない。
女子の家だということを改めて実感し、なおさら今日は帰るべきだと思うイスカ。
そんな彼の手首を、セキレイは遠慮がちに握った。
「――もうちょっとだけ、だめ……?」
「――――――ッ……」
好きな子に上目遣いで見つめられて、断れる男子はいるのだろうか。
イスカは天を仰いだ。落ち着くために、一度大きく深呼吸をする。
――うん。このまま放って帰るのはよくないよな。
自分の心に言い訳をして、頷いたのだった。
そこに座っていて、と言われたソファーから眺める間取りは、イスカの家と全く同じだ。
しかしさすがはセキレイと言うべきか、家具はきちんと並んでいるし収納は上手いしで、そこはイスカと大違いであった。
イスカの家も汚くはないが、よく使うものはついつい手に取りやすい場所に置いてしまうため、気付いた頃には整理整頓が必要な状態になってしまっている。
それに比べて、ここはなんと整っていることか。
「――おまたせ。熱いから、気をつけてね」
そんなことをしみじみと思っていたら、セキレイがキッチンから戻ってきていた。
紅茶を淹れてくれたらしい。
「ありがとう。いただきます」
お礼を言ってカップを傾ける。
ちょうどよい熱さとともに、スモーキーな香りが鼻腔を抜けていく。
「うん、おいしいよ」
「――よかった」
自分のカップを持って、セキレイはとすっとイスカの隣に腰を下ろす。
ほんの少し口をつけてから、カップを置いた。
「……下地くんに、助けてもらったから。全部話そうって思ったのよ」
「……全部、って?」
「私の過去。私がなんでこういう性格に変わったのか、その原因の話。誰にも話していなかったけれど、下地くんには知ってほしくて。聞いてくれると、嬉しいのだけど……」
わかった、とイスカは頷く。
遠くを見るような目つきで、セキレイは口を開いた。
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