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077 天乃さんの恐怖

「……なにがあったのか、教えてくれないか」


 イスカの言葉に、セキレイはぽつりぽつりと話し出す。


「……忘れ物を取りに戻ったときに、クラスの子たちが私のことを話していたの。すぐ離れたのだけれど、聞こえてしまって」


 イスカはそれを聞いてピンと来た。

 ――体育祭の日、帰り際の話だ。

 

「……私ね、生意気だって言われてた。お高く止まってる、みんなを下に見てる。だから王子様を軽くあしらったって」


 思わず、そんなことない、と口を挟みかける。

 すんでのところで唇を結び、続きを待った。


「……違うのに。人を見下せるほど私は完璧じゃない。大吉くんのことだって、馴れ馴れしくしないで欲しかっただけなのに」


「私はみんなに好かれたいわけじゃないわ。ただ、みんなの中にいたいだけ。だから誰かを嫌な気持ちにさせないために、完璧で静かで落ち着いた、みんなの理想の人間であろうとしてきた。小さい頃からずっとそうしてきた。本当の私を殺してでも、角が立たないならいいと思った。それなのに」


 ――それですら人に嫌われるのなら、どうすればいいの……?


 青色の雫が、ぽろぽろと転がる。


「もしかして今までずっと、高慢な人だと思われていたのかしら? クラスの子たちから、それから……エナもカラも有馬くんも、――っ……!」


 ……最後の名前が言葉にならなかったのは、本人が隣にいるからだろうか。

 ぎゅっと肩を押さえて、セキレイは震えていた。


 怖い、と言っていたのはこのことだろう。

 イスカはまず、その誤解を解くことから始めた。


「……賀島さんも四重さんも、僕もティトも、そんなことは思っていないよ。それが真実じゃないことくらい、話していればわかる」


「…………」


「そんな勘違いをしているのは、天乃さんと関わりが深くない人だけだ。完璧な面しか見ていないから、嫉妬しているんだよ」


 セキレイは、黙って話を聞いていた。

 丸まった背中は、氷像のように微動だにしない。

 小さな唇が少し動いて、小さな言葉を紡いだ。


「――下地くんは、違うのね?」


「もちろん」


「……なら、教えて。そのままの性格は駄目、人に合わせるのも駄目、だったら私はどうすればいいの……?」


 ――すがるように、濃紺の瞳がイスカを見た。


 セキレイは、己の芯を見失っているのだろう。

 周囲に合わせて素を隠し、求められている性格に自分を変えたというのに、今度はそれを否定されて。

 誤解されて、皆もそうなのだと思い込んで、友達にもそういう目で見られていたのではないか、と恐怖して。

 その結果が、これなのだ。


 小さい頃に何があったかは知る由もないが、性格を変えたのはそこからずっとだろう。十年も続ければ、たとえ演技だとしても自分の一部になる。

 それを否定されれば、自分の存在を否定されたように感じるはずだ。

 なぜなら、すでに素の自分も否定されているのだから。


「……どうして、下地くんが泣いているの……?」


 鈴のような声がして、イスカは我に返った。

 頬を触ってみる。指先が濡れた。


「……ごめん。やるせなくて」


 ごしごしと目元を擦る。

 今のセキレイの辛さは、この比ではないだろう。

 イスカは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 難しく考えることは、やめた。


 自分だったら、どうしてもらいたいか。


 解決策が欲しいか。それで気持ちが和らぐのか。


 ……否。必要なのは正論ではなく――――。


「……僕は、今のままで間違っていないと思う」


 ――寄り添ってくれる心だと、思った。

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