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076 FLAP、再び

 軽いエンジン音が響いてきて、白い窓枠をかたかたと揺らした。

 ドアの横で丸まっていた黒猫が、大きな欠伸をする。


「お客さんかな?」

 

 コップを拭いていた女性はその手を一旦止めて、窓の外を覗いた。

 キャメルイエローの機体がきゅたんとタイヤを地面に擦りつけたのを見て、ブロンドの髪がふわりと揺れる。


「――あの子たち、また来てくれたんだ」


 珍しく閑散とした店内を見回して、黒猫がなぁ、と鳴いた。

 カウンター越しに振り返って、女性は声をかけた。


「――ココ。セキレイちゃん、ココのこと気に入ってそうだったから、たくさん撫でさせてあげてね。今日のFLAP、お客さん少ないし」


 仕方ないな、とばかりに尻尾を一振りする黒猫のココ。

 それを見て、女性――マロンは柔和な笑みを浮かべた。






「お久しぶりです、マロンさん」


 ドアベルを鳴らしたイスカの横で、セキレイが静かに一礼した。 


「イスカ君にセキレイちゃん! いらっしゃい!」


 るぅ、と喉を鳴らし、ココが歩いてくる。

 マロンもそれに続くように歩みを進め……うん? と首を傾げた。


「セキレイちゃん……なにかあった?」


 ぴくり。

 イスカの側で空気が動く。


「――いいえ、特には」

「あの、マロンさん」


 割って入るイスカに、マロンは目を瞬かせる。


「……どうしたの?」


「ココさんをお借りしてもいいでしょうか? それと、静かな席をお願いしたいです」


 なにかを察したように、真面目な目で頷くマロン。

 

「――――わかった。ココ、今日はセキレイちゃんのお膝に乗らせてもらって」


 えっ、とセキレイが声を出す。

 そのふくらはぎをぺちんと叩き、ココは尻尾をさっと振った。

 ほんの少し、セキレイの口が緩む。


「それと席は、カウンターの一番奥がおすすめだよ。お客さん来ても見えにくいから。……そう、置いてあるエンジンの側ね」


「ありがとうございます。――天乃さん。僕はコーヒーを頼むけど、飲みたいのある?」


「ありがとう。……私もそれがいいわ」


「わかった。マロンさん、コーヒーを二つお願いします」


 二人は並んでカウンターに座った。

 ぽんっとココが跳んで、セキレイの膝へ着地する。

 目を細め、艷やかな毛並みに指を走らせながら、セキレイはゆるりと表情を崩した。


「……どこへ連れて行ってくれるのかと思っていたら、ここで驚いたわ。下地くんはよかったの?」


「うん。この前来たとき、楽しかったから。特に誰かさんの飛行機トークがとてもよかった」


 くす、と笑うセキレイ。

 イスカはそれが、なんだかとても久しぶりに感じた。


「それに、あの時はココさんともあまり触れ合えなかったし。天乃さんが残念そうにしてたのを思い出してさ」


「……確かにそうだったわ。ありがとう」


 喉を鳴らすココに釣られて、セキレイの表情も自然と緩む。

 そっとコーヒーが前に置かれて、二人は一口ずつ口に含んだ。カップ持ったまま、イスカは口を開く。


「……僕は、天乃さんのことを友達だと思ってるよ」


 ――ココを撫でる手がぴたりと止まった。


「いままで付き合ってきて、表向きのキャラも素の性格も知った上で、僕は天乃さんを好ましく思っている。しかも、天乃さんは僕を救ってくれた」

 

 ことんとカップを置いて、イスカは体をくるりと回す。セキレイと、真正面から向き合った。


「――僕には、今の天乃さんが苦しんでいるように見える。だから今度は、僕が君を助けたいんだ」


 その言葉を噛み砕くように、つららのような睫毛がゆっくりと閉じられる。

 イスカの手に汗が滲んだ。

 

 ……気を悪くさせてしまったのではないか。本心をそのまま伝えたのは、やはりよくなかったのか。

 前もって言葉を選ぶべきだったのかもしれない。


 ひどくゆっくりと、時間が流れて。


「――怖いの。……怖いのよ」


 まぶたの隙間から、青色が覗いた。

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