075 立ち上がるイスカと切り札
「――僕は、天乃さんに助けられたことがあるんだ」
イスカは話し始める。
相槌は打たず、三人は静かに耳を傾ける。
「夏休み前の校外学習で、僕が皆に迷惑かけたときのこと、覚えているかな」
戦闘機の映像と父の死を結びつけ、気分が悪くなったイスカを班の皆は心配してくれた。
あのときは悪かった、と頭を下げるイスカ。
気にしてない、とティトは手を振る。エナとカラも頷いて、先を促した。
「……あれ実は貧血じゃなくて。過去のトラウマが蘇っちゃって、ああなったんだけど」
「……過去のトラウマ、ですか」
「うん。――小さい頃に父が、戦闘機の中で亡くなったんだ。僕は目の前でそれを見てたから、その記憶がちょっとね」
「――イスカ……」
「いいんだ、ティト。それはもう大丈夫なんだ。今は踏ん切りがついてるし、もう戦闘機を見て同じことにはならない。そのトラウマは克服したよ。それで──」
――その手助けをしてくれたのが、天乃さんなんだ。
その言葉に、大きく目を見開く三人。
それはどういう……と聞いたエナに、イスカは頷いて話を続ける。
「……天乃さんは僕の過去を聞いて、そのトラウマを今と切り離してくれた。ひとりでは抜け出せなかったループから助け出してくれた」
僕はそれまで、人と関わることを避けていた。
父さんみたいに、大事な人を失うことが怖かったから。
けれどあの日からは、少しはマシになったんだ。
過去は過去で、現在も同じことが起こるわけじゃないって理解したから。
囚われていた過去から、抜け出せたから。
「人と関わることを避けていたって……それ、今のセッキーと同じ……?」
「そう。――天乃さんも、僕と同じで過去のトラウマが原因な気がするんだ。だから今度は、僕が天乃さんを助ける。ひとりじゃいつまでも、苦しみ続けるって知っているから」
自分のキャラじゃないのは分かっている。
絶対の自信があるわけでもないし、現に固めた拳は震えている。
けれど、言い切った。
受けた恩は返さなければ――――いいや、違う。
好きな人が苦しんでいる。ならば迷うことはない。
「で、でも。それはセッキーが理由を話してくれなくちゃ成り立たないんじゃ……。下地、本当にできるの……?」
それは……と頭をかくイスカ。
「――昨日、飛行機の中で探りを入れてみたんだ。明らかに言葉数が少なかったし、いつもの天乃さんじゃないのはすぐに分かったから」
「……それで、どうだった?」
「もちろん、話してはくれなかった。皆と同じように、素っ気ないやり取りだけで終わったよ」
やっぱり、とエナが目を伏せる。
ティトはそれをちらりと見て、それからイスカを見た。
「……それでもなにか、考えがあるんだな」
ああ、とイスカは大きく頷く。
「――僕はもう一つ、まだ切っていないカードがある。それに賭けてみようと思ってる」
数時間後。
伝声管から聞こえてきた声に、思わずセキレイは聞き返した。
「――下地くん、もう一度言ってもらってもいいかしら」
「うん。今週の土曜日、一緒に出かけない?」
聞き間違いではなくて、珍しく固まるセキレイ。
――下地くんから誘ってくるなんて。
頭の中に、これまでのお出かけがフラッシュバックする。
最初はカフェ、FLAP。
その次は、水着を買いにショッピングモールへ。
そして夏休み。海に行った。
全て、セキレイが言い出しっぺだ。
唯一素の自分を知っていて、それを受け入れてくれている男の子。
人付き合いが苦手なのに、なんだかんだ一緒に来てくれる、大切な友達。
彼が人を誘うなんて、絶対にないと思っていたのに。
「どうして、急に……?」
「僕がそうしたいから……じゃあ、だめかな?」
……いいけれど、と呟きながら、セキレイは悩んだ。
誘ってくれたことはびっくりしたけれど、嬉しい。
土曜日も特に予定はないし、下地くんとならどこへ行っても楽しいとは思う。
だけど、やっぱり怖い。
下地くんにまで「そう」思われていたら、それをもし知ってしまったら、私はもう立ち直れない。
怖い。
怖い……。
――やっぱり、断ろう。
そう思って、セキレイは伝声管を掴み――。
「嫌なら断ってくれて構わない。天乃さんが嫌なことはしたくないから――」
「嫌じゃないわ! ……あっ」
思わず口から出た言葉は、言わんとしていたこととは正反対の言葉だった。
純粋に本心から出た言葉だと、セキレイは察する。
口の中で組み立てていた断りのパーツは、どこかに吹き飛んでしまっていた。
――そうよね、嫌じゃないんだわ。……それに彼から誘われることなんて、もう二度とないかもしれないし。
ふぅ、とセキレイは息を吐く。
伝声管をぎゅっと掴む。
そして少しだけ震えた声で、今度こそ返事を吹き込んだ。
「……分かったわ。土曜日、お出かけしましょうか」
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