070 天乃さんと借り人
ティトとエナが異次元の走りを見せ、二人三脚を白チームの圧勝で締めくくったあとも、競技は続いていく。
一つ前の選抜リレーとは打って変わり、借り人競走は緩んだ雰囲気の中で始まった。
個人の運動能力はあまり関係がない上に、借り人のお題もランダムとなれば、勝負の分かれ目は運の良し悪し。ぴりぴりしても仕方がない。
数少ない、肩の力を抜いて楽しめる種目である。
スタートラインに、選手が横一列で並ぶ。
一番手前に、セキレイとカラがいた。
「セッキー! カラー!」
応援席からぶんぶんと手を振るエナに、二人は小さく手を振り返す。
青色の視線を感じて、イスカも控えめに手のひらを揺らす。ご機嫌なセキレイの振りは、エナやカラよりも少しだけ長い。
イスカは選手たちから目を逸らそうとして――。
「あれは……」
見覚えのある顔を見つける。
遠目にも整っている顔立ちの、その男子は。
(――大吉キリも出るのか)
いつかの校外学習で、セキレイにアプローチをかけてきた「王子」であった。
ピストルの鋭い音が響いた。
一斉に選手たちが、ばら撒かれた紙を拾いに走る。
とはいえ書かれたお題が見えないよう二つ折りになっていて、しかも一度取ったら替えられないというルールがあるため、足並みはばらばらだ。
速くても遅くても、結果はあまり変わらない。
猛ダッシュを決めた数人が紙を片手に悩む横で、小走りでやってきたセキレイがお題を拾い上げる。
人差し指でぱらりと開き、記された文字を読む。
「………………」
セキレイは瞬き二つ分の時間だけ、少し考えた。
――そしてふわ、と白髪が揺れる。
微笑みをたたえて振り返ったその先に、さっきまで座っていた応援席があった。
我関せず、という顔のイスカが見えた。
「――おっ、天乃が来たぞ」
横でティトが呟いた。
もしかしたら自分に――? と、男子勢がにわかに活気づく。
女子のほうへ行ってくれたらいいのにな、とイスカは少し思う。ただの嫉妬だけど。
さっ、さっ……とセキレイが立ち止まる。
応援や野次の飛び交う校庭で、その声はやけにはっきり聞こえた。
「――下地くん!」
ぎろ、と周りの目がイスカへ集まる。
「――えっと、僕……?」
「ええ。借り人として、来てくれないかしら?」
フリーズしかけたイスカの肩に、ティトがぽんと手を置いた。行ってこいよと、背中をぐいと押す。
「……わかった」
ぎらぎらした周囲の視線から逃れるように、イスカが立ち上がった、まさにその時。
「――少しいいかい、天乃くん」
1-Bの全員が、その声のほうへ顔を向けた。
エナが顔をしかめた、その主は。
「……大吉くん」
王子じゃん、と誰かが言った。
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