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061 アクシデントと無邪気な姿

 ――痛くない……?


 おそるおそる開いた瞳に、黒髪が揺れた。


「下地くん……」


「はぁ……間に合ったっ……」


 イスカは大きく、安堵の息をつく。

 反射的に伸ばした腕は間一髪セキレイを支えられて、よくやったと褒めてやりたいくらいだ。

 小さな肩が、手の中にすっぽりと収まっている。

 腕を枕に、細い首が載っかっている。


 (――――っ)

 

 気づけばじわじわとセキレイの体温が伝わって来ていて、顔が熱くなるのが分かった。

 天乃さんだったら動じないんだろうな、と思いながら、イスカは目線を下げた。


「……あ、えっと――」


 真っ赤に染まったセキレイがいた。

 え、と固まるイスカ。

 大丈夫? となんとか声をかけるも、頷くばかりで返事がない。

 青い瞳はイスカを避けて、すすーっと横へ逸れる。

 そこで初めて、違和感に気づいた。


 ――何かが腕に、つんつんと当たっている。


 細長いアクアグレイがちらちらと、波に揺られてなびいていた。

 セキレイがさっと水着を押さえる。

 この感じは……。

 この紐って、まさか。


「ごめんなさい――ほどけちゃってる、かも」


 困ったような顔は、さらに赤くなっていた。






「――ここで見張ってるから……結んじゃって」


「……ええ。ありがとぅ」


 海岸の端の岩場で、イスカは後ろを見ずに言った。

 心臓がどきどきうるさい。あの後、いうなればお姫様抱っこの状態でここまで来たからだろう。

 伏せられた青い瞳、存在することがかろうじてわかるほどの軽い体。そして吸い付くようなさらさらの肌……。

 

 ありありと、それも今起きていることのように思い出してしまい、イスカはぱちんと頬を叩く。

 近くに人がいないせいか、周りはやけに静かだった。


 ――衣擦れの音さえ、聞こえてきそうなほどに。


 (……どうしたらいいんだ)


 最近こんなことばかりだ。今までは煩悩で悩むことなんてなかったのに。

 恥ずかしい。情けない。

 何よりこんな気持ち、天乃さんには絶対に知られたくない。

 イスカは口をきゅっと結んで、腕を組み直して――。


「……わぁ!」


 ――発せられた叫びに、反射的に振り返ってしまった。

 あっ……と気づいたが、すでに遅い。

 ちょうど背中から手を離したセキレイが見えた。


「……助かった」


 どうやら、結び終えた直後だったらしい。

 セキレイは中腰で岩を見つめていた。イスカに気づいたが、その顔に恥じらいはもうなかった。

 お宝を見つけたかのような表情で、来て来て、と手招きをする。


「……どうしたの」


「見て、カニ! カニがいるわ!」


 伸びた人差し指の向こうに、くすんだ色の塊がスライドしていくのが見えた。

 確かにあの動きはカニだろう。


「見えた?」


「うん、見た」


「よかった! 私、初めて見たわ!」


 セキレイはすっかり素に戻っていた。

 それを見て、イスカも平静を取り戻す。

 無邪気なはしゃぎようが、かわいいなと思った。

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