053 天乃さんと連絡先
「――これ、渡しておくわね」
夏休みの前日、一学期最後の放課後。
飛行場に戻ってきてから、セキレイは小さな便箋を差し出した。
イスカは首を傾げてそれを受け取る。二つ折りにされた紙を開くと、真ん中にTEL、と整った文字。その横にはすらすらと数字が並んでいて、他にはなにも書かれていない。
「私の家の電話番号よ。夏休みの間、連絡できないと困るもの」
横から数字をつん、とつついて、セキレイが言う。
そして、――午前中はだいたい出られるから、と付け加えた。
「わかった。ありがとう」
便箋をポケットに入れつつ、イスカはふと思い出す。
そういえば、助けたことへのお礼として連絡先を提案されたことがあったっけ。あのときは断ったし、そもそも興味もなかったけれど。
――今は、少しだけ嬉しい。
「そうだ、僕の連絡先も教えるよ」
「ええお願い。書くものあるわ」
あらかじめ用意していたのか、手のひら大のメモと鉛筆を渡される。
イスカは開かれたページに――後ろの紙に跡が残らないよう気をつけて――そうっと番号を書いた。
変に力が入って、当然ぶれた。
「……ごめん汚いかも」
「全然大丈夫よ」
ぱたん、とメモをしまい、セキレイは鞄を肩にかける。結んだ髪を持ち上げて、絡まらないように払った。
「――じゃあ下地くん、またね! あと電話、いつでもかけていいから」
「はは……まあ、気が向いたらかけるよ」
にこ、と笑顔を残して、セキレイはぱたぱたと帰っていった。
軽やかに揺れる白い髪が、少し名残惜しいイスカであった。
――ということがあったのが数日前のこと。
夏休みの宿題を机に広げ、イスカは数学の問題集と格闘していた。
まだ夏休みは始まったばかり、完了までの道のりは長い。特別苦手な教科はないイスカだが、それでも終わるまでにはそれなりに時間がかかる。
追い込みをかけて短時間で終わらせる手もあるが、あいにくイスカはこつこつ終わらせるほうが得意なタイプであった。
そのため休日の昼間だというのに、家にこもっている訳である。しかもこの数日間、同じような過ごし方をしていた。
ページをめくり、イスカはふと鉛筆を止める。
目線の先には、朱色の電話機があった。
――電話、いつでもかけていいから。
そうセキレイには言われたが。
特に用がないことに加え、誰かに電話をかけるのはそれだけで少し気が引けるというもの。
もらった番号は未だに使っていなかった。
「――海に行くって話、本気だったのかな」
なんとなく用件を考える。真っ先に思い出すのは、FLAPに行く途中で出たその話。確か夏休みに行こうとか言っていたはずだが、あれ以来その話題は出ていない。
最近セキレイへの好意を自覚したイスカにとっては、あの時よりも行きたい気持ちはあるものの。
「……さすがに高望みが過ぎるか」
毎日一緒に登下校していたしな……、とヘタレた。
心の中で、ティトがわざとらしくため息をつくのを無視して、鉛筆を握り直したが。
――じりりん、とけたたましく電話が鳴って、イスカはぽとりとそれを落とした。
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