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051 天乃さんの救い

 トラウマになるほどだから、と覚悟はしていたものの、やはり心にくる話であった。

 セキレイは瞳を閉じて、深呼吸をする。そうやって、この重い内容をしっかりと受け止めた。

 少し湿った白銀のまつ毛が、ゆっくりと持ち上がる。


「――ありがとう、私に話してくれて。辛いことを言葉にさせてしまって、ごめんなさい」


「別にいいよ。人に話すのは初めてだったけど、少しは気が楽になった」


 イスカは背中を倒して、壁にもたれかかった。

 ベンチは二人で占有するには少し大きい。拳三つ分くらいの間を空けて、その横にセキレイが座る。


 彼女の心は、悲哀の気持ちでいっぱいだった。けれど慰めの言葉をかけたとしても、イスカの助けにはならないと思った。

 

 トラウマを、なんとかしてあげたい。


 彼の辛さを少しでも、和らげてあげたい。


 初めからそう考えて聞いていたので、セキレイの中でそのためのロジックは出来上がりつつあった。

 彼女自身はその事を認識していなかったものの、それはイスカにかけてあげたい言葉として、胸の奥からふつふつと湧いてきた。


 (…………えと)

 

 そわそわと所在無げに、手のひらを開いたり閉じたりする。

 小さな唇をはもはもして、こくん、と喉が鳴って。

 セキレイはすぅ、と息を吸った。


「――あの。……もしかしたら気を悪くさせちゃうかもだけれど、ひとつ思ったことがあるの」


 窓の外から視線を戻して、イスカはセキレイを見た。

 真剣な表情に少しだけ驚いたが、やがて頷いて先を促した。


「――お父さまは、戦闘機に殺されたって言っていたわよね。だから下地くんは、戦闘機を避けている……」


「――そうだね」


「……ごめんなさい、失礼なことをいうけれど。――お父さまの命を奪ったのは、戦闘機ではないわ」


 イスカの口が、ぽかんと開いた。

 セキレイが何を言っているのか、理解できない。

 そんなイスカを、青い瞳はまっすぐ捉えて話し続ける。

 

「お父さまは敵に……いや、戦争によって殺されたの。戦闘機はただの道具、本当に恐れるべきは人の醜い部分だったり殺し合わなければいけない状況だったり、そういうところだと私は思う」


「だけど、父さんは……戦闘機に撃たれて、戦闘機から逃げられずに死んだんだ。道具だとは言っても、殺す用途の道具じゃないか……?」


「そうね……もし、ナイフで誰かが殺されたとしたら。それはナイフの罪になる?」


「……いいや、殺した人の罪だよ」


「ええ、そうよ。――ナイフはただの道具でしかない。もちろん人を害せるけれど、りんごの皮を剥くことだったり、枝を削ることもできる」


――つまりはね、人間がどう使うかが重要なのよ。

 

 その言葉に、イスカの顔が少し上がった。


「戦闘機だって同じでしょう? 戦争では人を殺すような使い方をされていたけれど、今では身近な移動手段でしかないわ。そう考えれば、少しは気が楽にならないかしら……?」


 鈴の音のような、けれど一生懸命な声が、心を優しく整える。

 止まっていた思考が、ゆっくりと動き出す。

 

 僕は戦闘機が怖いのか。――いや、死が怖いんだ。


 では、戦闘機は何なのか。僕にとっては、死を連想させるトリガだ。


 ――それなら、攻撃機や爆撃機でも同じじゃないか?

 同じように人を殺すことができる機種だが、それらには別に忌避感はない……。

 

 そのことに思い至って、ふと気が付けば、晴れ空のように澄んだ瞳が目の前にあった。

 イスカはその中に映った自分を見た。その姿は曇りなくただ、そこにいた。

 自然と、言葉が出てきた。


「……僕は、父さんと戦闘機を、強く結びつけすぎていたのかもしれない」


 セキレイの目が、ぱちくりと瞬く。


「思えば……父さんが死んだときから、時間が止まっていたように思う。戦闘機を見ると父さんの死がよぎるのは。……僕は現実と向き合えていなかったんだ」


 父さんがいなくなった。それは起きてしまったことで、過ぎた話なのだ。終わってしまったことなのだ。

 父さんの死と関係があるものは、今はもうなにもない。


 ――今日の空を飛ぶ戦闘機は、その他多くの飛行機と同じく、便利な乗り物というだけだ。


 イスカは今度こそ、しっかりと顔を上げた。

 前髪が揺れて、黒い瞳が露わになる。澄んだ表面を、陽光がくるりと一周した。

 そこにはもう、曇りはなかった。


「――天乃さん。……ありがとう」


「――――――うん。うん……!」


 目の周りを赤く染めながら、セキレイは何度も頷く。

 ハンカチを取り出して、そっとイスカの目元へ当てた。

 それで初めて、イスカは頬を伝う涙に気が付く。

 彼は少し驚いて、そして小さく笑った。

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