050 イスカと明かされるトラウマ
――もちろん、嫌なら言わなくていいの。だけど、少しでもそれを和らげられるのなら。
イスカは、目を何度か瞬いた。頭の中で何度か思考を巡らせた。
そして結局、何も考えていないことに気付いて、今度は自分の胸のあたりに目を向ける。
傷を覆い隠していたかさぶたは、前よりは幾分ふやけていた。
その下がどうなっているかはわからないけれど。
――剥がしてもいいかと、少し思った。
「ありがとう。……僕も、天乃さんに聞いてほしいと思うよ」
ゆっくり息を吸う。
上ってきた言葉をそのまま、声に出す。
「――父さんが、戦闘機のパイロットだったんだ。それも、エースの一人だった」
セキレイが目を見開いた。
エースは、十機以上の敵機を撃墜した者に与えられる名誉ある称号である。お互いに三次元を移動しながら行う空の戦いは、地上戦とは違って弾を目標に命中させることすら難しい。
そのような神業を幾度となく成功させ、しかも撃墜まで至らしめるということは、才能のある一握りの人間にしかできないことであった。
居るだけで勝利の行方を左右する、いわば中世の将軍のような存在。それがエースパイロットである。
――下地くんのお父さまが、そんなすごい人だったなんて……!
けれどもセキレイは声を出さず、頷いたのみで耳を傾け続けていた。
「もちろんあの戦争に参加してて、配属先は前線に近い基地だった。僕と母さんは、そこから少し離れた所に住んでいて、よく基地へ会いに行ってた。だいたい哨戒飛行から帰ってくるタイミングで、父さんの機影が見えるのを僕はいつも楽しみにしていたんだ。……その頃は、父さんの駆る戦闘機が好きだった。格好いいと思ってたよ」
一度言葉を切って、イスカは唾を飲み込む。
周りに人はいない。二人だけであることをちらりと確認して、再び口を開く。
「……三歳のとき、その日は運悪く敵の爆撃隊が向かってきていて、父さんは迎撃に出ていたんだ。しばらくしてから、撃退に成功したとの無線が来たと顔なじみの飛行士が教えてくれて、それから母さんに何かを言った。それは聞こえなかったけど、僕は気にも留めず、いつものように父さんの帰りを待った。エンジンの音が聞こえるのを今か今かと、三十分くらい待っていた。音が聞こえて、僕は空を見た」
「……そしたら父さんの機体は、炎に包まれながら戻ってきたんだ」
――もう十年以上も前のことなのに、少しも色褪せることのない、あのときの情景。
赤い尾を曳きながら着陸する、父の乗った戦闘機。
被弾で機外へ脱出することができなくなっていたらしく、それならば何としてでも基地へ帰還する、と無線で話していたらしい。
運がよければ消火が間に合うかもしれない、と。
――そして何より、家族が待っているからと。
「……そんな」
「――結局着陸はしたけど、父さんは機体から出てこれなかった。火の勢いは収まらずに、父さんの戦闘機は黒焦げになって燃え尽きた」
セキレイの、イスカの手を握っている力が、震えを伴って少し増した。
されるがまま、イスカは続けた。
「……戦闘機は父さんを殺したんだ。戦闘機が、父さんの棺桶になった」
――僕にとって、戦闘機は死神だ。
大切なものを奪っていく、関わりたくもないものなんだ。
そう締めくくって、イスカは大きく息を吐いた。
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