048 イスカの異変
ひんやりとした艦内にはガラスケースが置かれ、様々な展示物が陳列されている。
加給品の軍用煙草や菓子類、文房具や絵葉書をはじめとした小物類、珍しいものだと艦長の秘蔵ウィスキー。
加えて制服や調度品などが並べられ、当時の生活がありありと感じられるようになっていた。
メモを取ったり、絵が得意な者は簡単なスケッチを描いたりしながら、生徒たちはぞろぞろと進んでいく。
各所の指揮官を全員集めてもまだ余裕があったらしい、広くて豪華なブリーフィングルームでは、映像を用いての説明が行われている。
イスカたちのクラスはほぼ全員がそこに収まって、スタッフの語りに耳を傾けていた。
「――本艦『エラ・ノーラ』は飛行空母、すなわち空の航空母艦です。完全内蔵型浮遊ガスタンクを採用、最大七五機の航空機を搭載し、航行速度は三四ノットと、このクラスの飛行空母としては珍しく快速を誇っていました」
天井から下ろされたスクリーンに、びかっと光が当てられる。
プロジェクターが、雲を引き裂いてゆうゆうと航行する艦影を映し出す。
「――ネームシップの『エラ・クロア』を始めとして、同型艦は四隻が建造されています。それぞれ、『エラ・クロア』、『エラ・プリマ』、『エラ・ノーラ』、『エラ・サーラ』。本艦は三番艦に当たります。ちなみに、本艦以外のエラ・クロア級飛行母艦は全てが戦没しており、生き残った本艦は幸運艦として人気がありました。親しみを込めて、『シスター・ノーラ』とも呼ばれています」
映像が切り替わり、シーンは戦闘時のものへ。
ハンガーの中だろうか、多数の戦闘機がプロペラを回し、その間を整備兵が行き交っている。
翼から突き出した機関銃が鈍く光る。パイロットが勇ましく笑みを浮かべる。
映像に照らされたイスカの顔が、それとは対照的に青白さを増した。
「さきほど皆さんが乗艦してきた入口は、元は航空機の搬入口でした。本艦の下部は格納庫及び発艦口となっており、この映像のように――」
フィルムの中のエラ・ノーラ、その下部ゴンドラがズームアップされる。底面が数か所、扉のように下へ開いた。そこからレールが伸びて、載せられた戦闘機が地上へ向かって滑り落ちた。
はっと息を呑む声がそこかしこから聞こえたが、戦闘機は瞬く間に体勢を立て直し、他の発艦口から同じように出てきた機体と編隊を組む。
次々と、息をつく間も置かずにそれが続き、気づけば大編隊が一瞬のうちに出来上がっていた。
おお、と周りから驚きが漏れる。
「アリオンMk.ⅩⅣだわ……!」
セキレイはどちらかと言えば機体を見ていた。
生徒の様子を見たスタッフは満足げに頷いて、話を続ける。
「飛行母艦の強みはどこでも移動できる飛行場ということの他に、このような航空戦力を瞬時に展開できるということでもあります。この映像は八〇年のエイベック航空戦の時に撮影されたもので、発艦した戦闘機隊はアキュラ神聖国空軍と壮絶な空中戦を繰り広げました」
ゔぁんっと雄叫びを上げ、敵機を追尾する戦闘機。
ガンカメラの向こうで、きらきらとキャノピィが砕け散った。
翼端から一条のヴァイパーを伸ばし、まるでダンスを踊るかのように翼と翼が交差する。
曇った空をキャンバスに、複雑に絡み合った軌跡を描いて、互いの背後を取ろうと噛みつきあう戦闘機たち。
――不意に、寒気がやって来る。
周りには人が多い。本来ならば暑いはずなのだが、イスカはかじかむような寒さを感じた。
貧血の時のような、体の芯から冷える感覚。
指の先から、拍動が響いてくる。
無意識のうちに、息が早くなっていく。
怪訝そうにセキレイが覗き込んだが、イスカに彼女は見えていなかった。
「……この戦いは連合国軍が勝利したものの、出撃した戦闘機のうち約半数が未帰還となりました」
敵戦闘機の射線に捉えられ、ジュラルミンが弾け飛ぶ。イスカたちの国、エリアナ共和国の国籍マークがついた翼が根元からもげ、くるくると落ちていく。
イスカの顔は、まるで病人のように青ざめていた。
どくん、どくんと頭が震える。
下地くん、とかけられた声は、今のイスカには届かない。
映像の中で、火だるまになった機体が着艦を試みていた。それは黒煙を噴き上げながら、飛行甲板に胴体をこすりつけ、そのまま炎上した。
モノクロの色彩に、イスカは鮮やかな赤を見た。
収録されていないはずの、整備士たちの怒号を聞いた。
――そこにいるはずのない、父の最後の姿を見た。
「――下地くんっ!?」
イスカの膝が、がくりと折れる。
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