002 天乃さんは高嶺の花
全てのはじまりは、それなりに危ない事故だった。
乗ってきた愛機を駐機スペースに収め、さあ帰ろうと歩き出したイスカはふと足を止めた。
近づいてくる、上から被さるようなプロペラの響き。そこまでうるさくないのは、エンジンではなくモーター駆動の機体だからだろうか。
こんな辺境の飛行場で、割と新しい電動飛行機に乗っている人間はほぼいない。ましてや、イスカと同じような学校帰りの時間帯にやってくる人となれば、誰であるかは予想がつく。
天乃セキレイ。
イスカのクラスにおいて絶大な人気を誇る、容姿端麗、成績優秀、温柔敦厚の三泊揃った完璧美少女。
後ろで一つ結びにした白い髪はシルクのように滑らかで、歩くたびにぴょこぴょこ揺れる姿が目を引く。
ころりとした青色の瞳にすらりと伸びるまつ毛、小さく愛らしい鼻と唇。
それらが完璧なバランスで調和した顔は肌の白さも相まって、まるで大理石から彫り出された芸術品のごとき美しさを備えていた。
それでいて学力試験も上位三名以内を保ち、性格も控えめで誰にでも優しいという、男子の理想を具現化したかのような少女。
それが彼女――天乃セキレイ――に対するクラスの共通認識であった。
そして、なんと彼女はイスカのご近所さんでもある。
街と街、人と人の距離が極端に遠いこの世界では、同じ街にクラスメイトがいることすら珍しいのだが、それがクラスのヒロインたる美少女というのはまさに奇跡そのもの。
人に知られれば否応なしに、前世でどれだけ徳を積んだのかと睨まれながら聞かれるだろう。
しかしこんな幸運に恵まれながらも、イスカにそれを活かそうという気はさらさなかった。
イスカは他人と関係を深めることを避けている。人付き合いは最低限でよいというスタンスだった。
それは相手がセキレイであろうと変わらない。
幼少期のトラウマから己を守るために、成長していくにつれて形成されたその性格のせいで、イスカのクラスでの立ち位置はセキレイとは対極の場所にあった。
そんな二人の関係は当然、お互い見かければ会釈を交わす程度で、近所の顔見知りの域を出ないもの。好きも苦手もなく、興味もない。
どちらかがこの地を離れるまではずっと変わらない、薄っぺらい関係性のはずだった。
――イスカがそのとき、空を見上げさえしなければ。
「……煙?」
翼に描かれた校章で同じ学校所属の――つまりセキレイの機体であることが確定し、顔を合わせることもないだろうと踵を返そうとした矢先。
イスカは機体前面から白い筋が伸びていることに気がついた。
いたずらで曲芸飛行用のスモークを焚いているわけでは無いだろうし、燃料漏れしているようにも見えるが、電動飛行機にガソリンは積んでいないはずだ。
そうなると、モーターの故障による出火か。
そう思い至ったイスカの胸が、鉛のように重くなる。記憶の奥から這い上がる、過去の情景。閉じられたキャノピィの中で、暴れまわるオレンジ色の炎。溶け落ちるジュラルミンと、焦げる肉の混じった匂い。
「――ッ!」
ぎりっと歯噛みして、無理やり意識を戻す。
セキレイの機体はフラフラと着陸態勢に入るも、今度は何かの破裂音とともにプロペラが止まるのが見えた。
心なしか、吹き出す煙の量も増えているような。
「…………」
苦虫を噛み潰したような表情を貼り付けて、イスカは滑走路へと駆け出した。
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