013 扉を開けたら天乃さん
その日は珍しく、ティトが風邪で休んだ。
担任が電話で聞いたところ、「明日までには治しますよ!」と言ったそうだ。……本人が。
それなら、そこまで心配はいらないだろう。むしろ寝ていなくていいのか、と少し不安になったけど。
そんなわけで、イスカは久しぶりに一人で学食へ来た。
校外に出ることは禁止されているので、生徒は弁当を持参する派と学食を利用する派に分かれる。
家が遠いぶん出発が早いため、イスカは学食派。
実家が近いティトは弁当派。
セキレイは……イスカの近所に住んでいるから普通に考えれば学食派だが、あの完璧美少女のことだ。
毎朝早起きして弁当を作ってきていても不思議ではない。
イスカはそんなことを考えながら、食券機へ向かう。
鋳造で作られているせいで無駄に存在感のある筐体の前には、すでに長蛇の列ができていた。
十分は経っていないといったくらいの時間でイスカの番が来る。手癖でいつものボタンを押す。
ハムサンドとおやつのドーナツ。からんとコインを押し込むと、じーっと食券が二枚出てきた。
人の流れに呑まれたまま注文と受取を済ませ、ほんのり温かい紙袋を携えて食堂を出る。
階段を上がり、向かうは屋上。立ち入りは自由でベンチもあり、景色もよい。
生徒の休憩スペースで使えるようにという設計思想が感じられる場所だが、いつも閑散としているのは単に風が強いからである。
それさえ我慢すれば校内屈指のランチスポットではあるので、イスカやティトはよくここで昼を過ごしていた。
弁当をかきこんだ後、ティトがイスカのドーナツを片方つまむまでがテンプレ。イスカも慣れたもので、ドーナツという二個入りのおやつを買うのはそれを分かっているからだった。
――そういえば、今日は二つとも僕が食うのか。
今更ながら気付いて、だったら買わなくてもよかったと思うイスカ。駄弁るために買うおやつ、一人なら必要ない出費。
まぁしょうがないか、もう買ってしまったんだし。
屋上へ続く、分厚い扉のノブを回すと。
「――あ、下地くん」
「……天乃さん」
四角く切り取られた空間の向こうに、思いもよらないシルエット。
白い髪を風に遊ばせ、セキレイがベンチにくたりと座っていた。
「大丈夫、私しかいないから」
「……ならよかった」
イスカは後ろ手に扉を閉め、フェンスにもたれ掛かる。ベンチからは少し遠い。
「――心配性ね。誰も見ていないわよ? こっちに来たらいいのに」
「……誰か来るかもしれないからね」
がさごそと、紙袋からサンドウィッチを取り出す。
アルミホイルの包装をまくって、堅焼きのパンを囓る。
「なかなか豪快に食べるのねー」
「……他にどう食べれば」
「さあ。私はそれ、買ったことないもの」
小さく笑って、セキレイはベンチから立ち上がる。
すたすたと歩いて、イスカの隣にもたれ掛かった。
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